転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第25話

 三年生の秋。

 春の大会で優勝してから、俺の中には一つの焦りが生まれていた。

 玲との差。

 打撃でも守備でもない。

 投手としての差だ。

【成瀬 伊織】

球速     74km/h

コントロール B76

スタミナ   C67

【水城玲の解析情報】

球速     80km/h

特殊能力   ノビC

「六キロ差……」

 数字だけなら、まだ追いつける。

 そう思った。

 だから投げた。

 

◇

 

 練習が終わったあともフォームを確認した。下半身の使い方、踏み込み、体重移動、腕の振り。翌日も、その次の日も投げる。

【筋力が上がった】

【技術が上がった】

「伊織君、最近ずっと投げてるね」

「球速上げたいからな」

「僕も」

「お前はもう速いだろ」

「もっと速くしたい」

「……」

 玲はそう言って、またボールを投げる。

 シュッ!

 パシンッ!

 簡単に言うなよ。

 俺だってやってる。

 打撃練習を少し減らして、守備練習のあとに投げて、家でもフォームを考えている。

 それでも。

【球速 75km/h】

「……一キロ」

 上がった。

 確かに上がった。

 でも、その数日後。

「八十二出た!」

「……マジ?」

「うん!」

 俺が一キロ上げた間に、玲は二キロ上げた。

 

◇

 

「まだ投げるのか?」

 監督に聞かれた。

「はい」

「今日はもう結構投げたぞ」

「あと少しだけ」

「駄目」

「でも」

「駄目なものは駄目だ」

 ボールを取り上げられる。

「子どもの肩は消耗品じゃない。今壊したら何にもならん」

「……はい」

 分かっている。

 前世でも野球をやっていた。投げ込みすぎがいいわけじゃない。

 だから無茶はしない。

 無茶はしないけど、時間は増やしたい。

「……朝に走るか」

 なら体力。下半身。それなら肩を使わない。

 

◇

 

 翌朝から少し早く起きて走るようになった。

「伊織、最近早いわね」

「走ってくる」

「朝ご飯までには帰ってきなさいよ」

「分かってる」

 家を出て走る。学校へ行き、授業を受ける。放課後はチーム練習。帰宅したら素振りとフォーム確認。そのあと宿題をして寝る。

 そんな生活を繰り返した。

【運動が上がりました】

【精神が少し上がりました】

 悪くない。

 むしろ全部伸びている。

 でも、ある日の帰り道。

「伊織君、今日空いてる?」

「今日?」

「うん」

 頭の中で予定を確認する。

 今日はチーム練習がない。

「ごめん。玲と投げる」

「……また?」

「今、ちょっと球速上げたくて」

「そう」

 詩織が小さく頷く。

「じゃあ今度ね」

「うん」

 そのまま別れる。

 少しだけ引っかかった。

 でも今は野球。

 そう思った。

 

◇

 

 それから何日かして、詩織と帰っている時だった。

「じゃあ来週の水曜日ね」

「ん?」

「遊ぶ日」

「ああ、うん」

「ほんとに覚えてる?」

「覚えてるって」

「前にもそう言ってたから」

「今回は大丈夫」

 詩織がじっと俺を見る。

「じゃあ約束」

「約束」

 前に「大会が終わったら遊ぶ」と言ってから、何度か予定が合わなかった。

 ようやく決めた日だった。

 今度こそ忘れない。

 そう思っていた。

 

◇

 

 水曜日。

 学校が終わると、俺はそのままグラウンドへ向かおうとしていた。

「伊織君」

「ん?」

「今日、覚えてる?」

「何が?」

「……」

 詩織の顔が止まる。

「今日、遊ぶって約束したよ」

「……」

 一瞬、本当に分からなかった。

 そして思い出す。

「あ……」

「忘れてたんだ」

「ごめん」

「うん」

「今からなら――」

「玲君と練習するんでしょ?」

「……」

 答えられない。

 実際、そのつもりだった。

「今日はもういいよ。また今度」

 詩織が先に歩き出す。

【藤崎詩織の好感度が少し下がりました】

「……マジか」

 胸の奥が少し痛い。

 でも。

 画面を見て最初に考えたのは。

 どれくらい下がった?

 だった。

 そのことの方が、本当はまずかったのかもしれない。

 でも、この時の俺はまだ気づかなかった。

 

◇

 

 秋の大会。

「成瀬、今日は先発だ」

「……はい!」

 久しぶりに俺が先発。

 玲じゃない。

 俺が投手として選ばれた。

 嬉しかった。

「伊織君、頑張って」

「おう」

「僕、ショートやる?」

「無理すんな」

「できるよ」

「知ってるけど」

 今日は玲がセンター。

 俺はマウンドに立ち、ボールを握る。

「……やっぱり好きだな」

 投げるのも。

 

◇

 

 一回。

 先頭打者は三球でショートゴロ。二番はセンターフライ。三番は追い込んでから外角へ。

「ストライク! バッターアウト!」

「よし!」

 三者凡退。

 二回も無失点。

 三回はヒットを一本打たれたが、後続を抑えた。

 四回。二死二塁。相手は四番。

 一球目は外。ボール。

 二球目、内角ストライク。

 ワンボール、ワンストライク。

 三球目はファウル。

 ワンボール、ツーストライク。

「……ここ」

 最後は外角低め。

 シュッ!

「ストライク! バッターアウト!」

「よし!」

 四回無失点。被安打二。四奪三振。

「ナイスピッチング!」

「ありがとうございます!」

 ベンチへ戻ると、玲が寄ってきた。

「伊織君、すごかった」

「だろ?」

「でも僕の方が三振多い」

「今それ言う?」

「八個取ったことある」

「知ってるよ!」

 玲が笑う。俺も笑った。

 今日の俺は四回四奪三振。

 普通の同年代相手なら十分以上に抑えられる。

 投手としても、かなり強い。

 でも。

 玲なら。

 多分、同じ相手からもっと取る。

 

◇

 

 大会は勝ち進んだ。

 次の試合の先発は玲。

 一回。三者連続三振。

 二回。二奪三振。

 三回。二奪三振。

 五回を投げ終えて。

【投球結果】

5回

被安打 1

失点 0

奪三振 10

「……十」

 アウト十五個のうち、十個。

 俺の四奪三振とは、明らかに違う。

「伊織君、十個取れた」

「よかったな」

「うん!」

 本当に嬉しそうだった。

 嫉妬。

 多分してる。

 でも嫌いにはならない。

 むしろ。

 追いつきたい。

 

◇

 

 秋が終わり、冬になった。

 俺は投手練習を続けた。打撃もやった。守備もやった。走った。

 詩織とも、あの日のあと何度か遊んだ。

 ただ。

 以前みたいに「いつでも遊べる」とは思わなくなっていた。

「伊織君、今度の日曜は?」

「午前は練習」

「午後は?」

「……空いてる」

「じゃあ遊ぼう」

「うん」

「ちゃんと予定に入れといてね」

「分かったよ」

 詩織が笑う。

 俺も笑った。

 それでも頭の片隅では、午後に自主練を入れられるな、と一瞬考えてしまう。

 時間は有限だ。

 野球に使えば、野球が伸びる。

 勉強に使えば、学力が伸びる。

 詩織と過ごせば、詩織との時間になる。

 当たり前のこと。

 でもシステムを持った俺には、その一時間一時間が妙に「配分」に見えるようになっていた。

 

◇

 

 三年生の終わり。

【成瀬 伊織】

年齢:9歳

【競技カテゴリ:少年】

弾道 3

ミート B74

パワー C66

走力  B70

肩力  B72

守備力 B75

捕球  C69

【投手能力】

球速     80km/h

コントロール B78

スタミナ   B70

【特殊能力】

送球○

アベレージヒッター

チャンス○

「……かなり伸びたな」

 球速もついに八十キロ。

 打撃も守備も、少年カテゴリでBが増えた。

 普通の同年代なら、もうかなり上。

 でも。

【水城玲の解析情報】

球速 85km/h

特殊能力 ノビC

【特殊能力候補】

奪三振

「……五キロ」

 差は縮まっていない。

 むしろノビCまで含めれば、体感差はもっと大きい。

 俺は画面を閉じる。

 この一年。

 投げた。打った。守った。走った。

 全部育てた。

 そして、詩織との約束を一つ忘れた。

「……時間、足りないな」

 初めて、そんなことを思った。

 能力は育てられる。

 努力すれば伸ばせる。

 でも、一日は二十四時間しかない。

 野球も。勉強も。友達も。詩織も。

 全部に同じだけ時間を使うことはできない。

 それでも。

「全部やる」

 俺はまだ、そう思っていた。

 全部育てられるはずだと、信じていた。

 

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