四年生になった。九歳。
三年生の終わりには、ミートB74、守備B75。走力と肩力もBまで上がった。
少年カテゴリは六歳から十二歳まで。同学年だけを基準にした数字じゃない。
つまり、今の俺は「四年生にしては上手い」じゃない。
普通の六年生まで含めても、かなり上の能力を持っている。
玲も同じだった。いや、投手としての異常さなら、俺以上に目立ち始めている。
【水城玲の解析情報】
球速 85km/h
特殊能力 ノビC
【特殊能力候補】
奪三振
そんな俺たちに、監督から話があった。
「成瀬、水城。今日からメジャー組の練習に入れ」
「メジャー?」
「四年から六年が中心の方だ。今までより上の学年と一緒にやってもらう」
玲がすぐに反応する。
「六年生とも?」
「ああ」
「やった」
「嬉しそうだな」
「速い球投げる人いる?」
「まずそこかよ」
俺も内心はかなり楽しみだった。
今の能力が、普通の上級生相手にどこまで通じるのか。
ようやく試せる。
◇
学校でも、その話を詩織にした。
「四年生なのに六年生と一緒にやるの?」
「そう」
「大丈夫?」
「多分」
「多分なんだ」
「いや、いけると思う」
詩織が少し笑う。
「最近、伊織君ずっと自信あるよね」
「強くなってるからな」
「野球は?」
「……それ以外もだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
少し間が空いた。
詩織は何も言わなかったけど、前に約束を忘れたことを思い出す。
「今度の日曜の午後、空いてるから」
「え?」
「遊べる」
「……覚えてたんだ」
「当たり前だろ」
「じゃあ、忘れないでね」
「忘れないって」
前にも言った気がする。
今度は本当に忘れないようにしよう。
◇
最初のメジャー組練習は守備からだった。
「成瀬、ショート入れ!」
「はい!」
六年生が打席に入る。
カキン!
「ショート!」
打球は速い。
でも、見えないほどじゃない。
一歩目を出して正面に入り、そのまま捕球。一塁へ送る。
「アウト!」
「……普通に取れるな」
次は三遊間の深いところ。
「っ!」
追いつく。捕る。体勢は崩れている。
それでも踏ん張って投げる。
シュッ!
「アウト!」
「おお」
周りから声が上がる。
六年生だからといって、急に別競技になるわけじゃない。
俺の守備B75、肩B72、送球○は、少年カテゴリ全体でもかなり高い。
普通の六年生相手なら十分通用する。
「成瀬、深いところから強いな」
「ありがとうございます!」
嬉しい。
そして少し安心した。
数字通り。
ちゃんと俺は、強くなっている。
◇
次は打撃。
「成瀬、入ってみろ」
「はい!」
相手投手は六年生。
打席に立つ。
一球目。
シュッ!
「……」
ストライク。
速い。
でも、玲のストレートを普段から見ているせいか、思ったほど驚かない。
二球目は外。
三球目。
真ん中。
「そこ!」
振る。
カキン!
センター前。
「よし」
四球目はファウル。
五球目。
外角。
踏み込む。
カキィン!
打球はセンターの頭を越えた。
「おお!」
六年生から声が上がる。
「成瀬、もう一本」
「はい!」
結局、五球中二球が安打性。
「四年だよな?」
「はい」
「マジかよ……」
相手の六年生が少し嫌そうな顔をする。
その反応が、かなり気持ちよかった。
◇
「次、水城!」
「はい!」
今度は玲がマウンドへ。
打席には六年生。
「軽くな」
「はい」
一球目。
シュッ!
ブンッ!
「……!」
空振り。
六年生の打者が少し首を傾げる。
二球目。
またストレート。
カンッ!
ファウル。
三球目。
高め。
ブンッ!
「ストライク!」
「……なんだその真っ直ぐ」
六年生が玲を見る。
「八十五くらい?」
「そのくらい」
「もっと速く見えるんだけど」
そりゃそうだ。
ノビC。
しかも元々、回転の質がおかしい。
二人目は空振り三振。
三人目はゴロ。
四人目も三振。
普通の六年生でも、玲の球は簡単には打てない。
「水城、もう少し投げろ」
「はい!」
むしろ上級生の方が、だんだん本気になっていった。
◇
その日の最後は紅白戦になった。
「成瀬、Aチーム三番ショート」
「はい!」
「水城はBチーム。途中から投げろ」
「はい!」
四年生になったばかり。
それでも、もう低学年扱いはされていない。
一回。俺の第一打席。
相手は六年生投手。
一球目はボール。二球目は外角ストライク。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
「……!」
振る。
カキン!
ライト前。
「よし!」
一塁へ。
次の打者。
初球。
「走れる」
スタート。
「成瀬!」
捕手が二塁へ投げる。
「セーフ!」
【盗塁成功】
【盗塁に関する特殊能力取得条件が進行しました】
「……これも来るか」
まだ能力として認識される段階じゃない。
でも、成功を重ねればそのうち何か変わるかもしれない。
◇
三回の守備。
一死一塁。
打球は二遊間。
「ショート!」
普通ならセンター前へ抜けそうなコース。
追いつく。
捕る。
そのまま二塁へトス。
「アウト!」
二塁手から一塁。
「アウト!」
「ダブルプレー!」
「よし!」
普通の上級生相手なら、守備も、打撃も、走塁も負けていない。
むしろ俺の方が上の場面も多い。
Bという能力がどういうものなのか。
最近になって、ようやく実感として分かってきた。
◇
四回。
玲がマウンドへ上がった。
「水城、六年相手だからって力むなよ」
「はい!」
一人目。
初球をファウル。二球目は空振り。ツーストライク。
三球目はボール。
四球目。
高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
二人目はゴロ。
三人目。
六年生の四番。
「水城、こいつ打つぞ」
「うん」
なんで楽しそうなんだよ。
一球目は空振り。
二球目はファウル。
ツーストライク。
三球目は外。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
シュッ!
カキン!
「お!」
センター前。
「やった!」
打った六年生が本気で喜んでいる。
「……ヒット一本でそんな喜ぶ?」
思わず呟く。
でも、気持ちは分かる。
玲の球は、それくらい打ちづらい。
「水城、打たれたな」
「うん」
「悔しい?」
「うん」
「顔笑ってるけど」
「次三振取る」
「やっぱ楽しそうだな、お前」
次の打者。
最後は高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
本当に三振を取った。
◇
紅白戦が終わると、上級生たちの声が聞こえてきた。
「四年の二人、かなりやるな」
「水城の真っ直ぐ何なんだよ」
「成瀬も普通に六年の球打ってるし」
「ショートも上手いぞ」
悪い気はしない。
「成瀬、水城」
監督が俺たちを呼ぶ。
「今日やってみてどうだった?」
「楽しかったです」
「僕も」
「水城はそれしか言わんな」
監督が笑う。
「二人とも、もう普通の四年生として扱う必要はなさそうだ。これからはメジャー組の試合にも出てもらう」
「はい!」
「はい!」
「ただし」
監督の声が少し変わる。
「ここで勘違いするなよ。今日いた六年生は、あくまで普通の六年生だ」
「……」
「上にはもっといる。県でも、全国でもな」
全国。
その言葉に反応した。
「全国って、どれくらい強いですか?」
「行けば分かる」
「行ける?」
玲が聞く。
「勝てばな」
「じゃあ勝つ」
「簡単に言うな」
でも俺も同じだった。
今の俺たちなら、普通の上級生相手でもかなりやれる。
なら、その上は?
◇
日曜日。
「ほんとに来た」
公園で待っていた詩織が、開口一番そう言った。
「何だよそれ」
「また野球行くかと思った」
「約束しただろ」
「うん」
詩織が笑う。
今日はバットもグローブも持っていない。
少しだけ落ち着かない。
「伊織君」
「ん?」
「野球ないと暇?」
「そんなことない」
「じゃあ何する?」
「……何する?」
「考えてなかったの?」
「野球なら練習メニューすぐ出るんだけど」
「やっぱり野球じゃん」
笑われる。
それでも、その日は普通に遊んだ。
帰る頃。
「伊織君、六年生とやってどうだった?」
「普通にやれた」
「すごいね」
「でも監督が、全国にはもっと強いのいるって」
「また行きたいの?」
「行きたい」
「そっか」
詩織が少しだけ笑う。
「じゃあ頑張って」
「おう」
野球もやる。
詩織との約束も守る。
今日は両方できた。
だから俺は、やっぱり全部できると思った。
◇
帰り道。
「伊織君」
「ん?」
「六年生、強かった?」
「普通」
「普通?」
「俺たちの方が上のところもあった」
「怪物?」
「自分で言うのもあれだけど」
「何それ」
笑われる。
でも実際、練習のあと六年生たちがそんなことを言っていた。
怪物二人。
成瀬と水城。
悪くない呼び名だと思う。
ただ、監督の言葉も残っている。
今日の相手は、普通の六年生。
俺の能力はBが中心。
かなり強い。
でも、Aじゃない。
少年カテゴリの中で、誰にも負けないくらいの領域にはまだ届いていない。
「全国か……」
「また野球考えてる」
「……分かった?」
「顔で」
「そんな分かりやすい?」
「すごく」
詩織が笑う。
その横で。
俺はまだ見たことのない、少年野球の頂上を考えていた。