メジャー組に上がってから二か月。
最初こそ六年生と一緒にやるだけで少し構えていたけど、慣れてしまえば話は早かった。
守備では普通にアウトを取れる。打席でも、普通の六年生投手ならかなりの確率で捉えられる。走れば盗塁も決まる。
玲も同じだった。いや、投手としては俺以上に分かりやすい。
「ストライク! バッターアウト!」
ブンッ、と六年生のバットが空を切る。
「また三振かよ……」
「球速だけならもっと速い奴いるのに、なんで当たんねえんだ?」
六年生基準で見れば、玲の八十五キロは最速というわけじゃない。
それでも打てない。
ノビC。
回転の質。
軌道。
その全部が、玲の八十五キロを数字以上に速く見せている。
「伊織君」
「ん?」
「今日も勝った」
「おう」
「六年生、そんなに強くないね」
「お前、それ本人たちの前で言うなよ」
「言わないよ」
「ならいい」
でも、言っていること自体は間違っていない。
俺たちは四年生。
けれど能力は少年カテゴリ全体でBが中心だ。
Bは「四年生にしては上手い」じゃない。
六年生まで含めた少年野球の中で、かなり優れている。
だから普通の上級生に通用するのは、むしろ当然だった。
◇
「成瀬、水城!」
練習後、監督に呼ばれた。
「今度の日曜、練習試合が入ったぞ」
「どことですか?」
「去年、全国ベスト8まで行ったチームだ。今年も全国優勝候補の一つだな」
「……全国?」
俺と玲が同時に反応する。
「強い?」
「強い」
「六年生?」
「主力はな」
「速い投手いる?」
「水城、お前は本当にそれしかないのか」
監督が苦笑する。
「エースは六年生。百五キロ前後出る」
「百五……」
玲の目が一気に輝いた。
俺も少し笑ってしまう。
普通の六年生には、もうかなり通じる。
なら次は。
全国レベル。
◇
学校の帰り道。
「日曜、また試合?」
詩織に聞かれた。
「練習試合」
「強いところ?」
「去年全国ベスト8」
「全国?」
「うん」
「伊織君たちより強い?」
「多分」
俺が即答すると、詩織が少し意外そうな顔をした。
「珍しい」
「何が?」
「伊織君が自分より強いってすぐ言うの」
「普通の六年生なら結構やれるけど、全国上位は別だろ」
「まだやってないのに?」
「前に監督も言ってたし」
詩織が少し笑う。
「楽しそう」
「分かる?」
「すごく」
「強い相手とやれるんだから、そりゃ楽しみだろ」
「負けるかもしれないのに?」
「だからだよ」
言ってから、自分でも少し驚いた。
前世の俺なら、負けそうな相手との試合をこんなふうに楽しみにできただろうか。
少なくとも今は。
強い奴がいるなら、戦ってみたい。
「頑張ってね」
「おう」
「今度は約束ないから、思いっきり野球してきていいよ」
「……まだ覚えてる?」
「忘れません」
「すみませんでした」
詩織が笑う。
俺も笑った。
それからすぐ、頭の中は百五キロの投手でいっぱいになった。
◇
日曜日。
相手チームを見た瞬間、空気が違うのが分かった。
「……でかいな」
身体だけじゃない。
キャッチボールの球が強い。ノックの動きが速い。声も出ている。
何より、普通にうまい。
「成瀬、今日は八番ショート」
「はい!」
「水城はベンチスタート。後半投げてもらう」
「はい!」
八番。
久しぶりに下位打線へ戻った。
でも不満はない。
相手は全国上位。
まずは自分がどこまで通じるか。それを見たい。
◇
一回表。
相手の先頭打者がいきなりセンター前へ運んだ。二番は送りバント。一死二塁。
三番。
カキン!
「ショート!」
普通のゴロ。
俺の正面。
「よし」
捕って一塁へ送る。
「アウト!」
問題ない。
次は四番。
一球目をファウル。二球目はボール。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
カキィン!
「……!」
強い。
三遊間の深いところ。
「取れる!」
追いつく。捕る。振り向きざまに一塁へ。
シュッ!
「セーフ!」
「……」
間に合わなかった。
ほんの少し。
でも普通の六年生なら、アウトにできていた打球だった。
足も速い。
次の打者。
今度は正面。
「よし!」
捕る。
バシッ!
「っ!」
グローブが押された。
一瞬こぼしかける。
なんとか握り直して一塁へ。
「アウト!」
チェンジ。
「……同じ六年生でも違うな」
打球の速さも、走る速さも。
全部、一段上。
◇
一回裏。
相手のエースがマウンドへ。
「……速」
キャッチボールの時点で分かる。
百キロを超えている。
今まで見てきた投手より明らかに速い。
一番。
空振り、ファウル。最後はショートゴロ。
二番は三振。
三番はセンターフライ。
三者凡退。
「……強いな」
そして三回。
俺の第一打席。
「お願いします!」
六年生エースが構える。
一球目。
シュッ!
「……!」
バシンッ!
「ストライク!」
速い。
でも、見えないわけじゃない。
二球目は外。ボール。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
真ん中寄り。
「来た!」
振る。
ブンッ!
「ストライク!」
「……」
遅れた。
ワンボール、ツーストライク。
玲の球とは違う。
純粋に速い。
四球目は外角。
当てにいく。
カンッ!
ファウル。
五球目。
低め。
「っ!」
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「……三振」
久しぶりに完全に負けた。
◇
守備へ戻る途中、玲がベンチから声をかけてくる。
「伊織君」
「何?」
「速かった?」
「速かった」
「打ちたい」
「お前はまず投げろ」
玲は嬉しそうだった。
俺は悔しい。
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
「面白いな」
普通の相手なら、もうかなり打てる。
だからこそ、こういう相手がいる方がいい。
◇
五回。
第二打席。
前の打席で球速は見た。
なら、今度は少し早めに準備する。
一球目、ボール。二球目、ストライク。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
外角。
「……!」
踏み込む。
カキィン!
「よし!」
強い打球。
二遊間。
「抜け――」
セカンドが飛びつく。
「……!」
止めた。
そのまま一塁へ。
「アウト!」
「マジか……」
打てた。
なのにアウト。
さっきの守備もそうだった。
全国レベルでは、いい打球を打てば終わりじゃない。
それを普通にアウトにしてくる。
◇
六回。
「水城、行くぞ」
「はい!」
玲がマウンドへ。
相手は全国上位の六年生打線。
一人目。
一球目。
ストレート。
ブンッ!
「……!」
空振り。
二球目はファウル。ツーストライク。
三球目は外。ワンボール、ツーストライク。
四球目。
高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「……全国でも取るのかよ」
思わず笑う。
二人目。
今度は二球目を打たれる。
ライト前。
「ヒット!」
玲が少し悔しそうな顔をする。
三人目。
ファウル。
ファウル。
ツーストライク。
最後は高め。
空振り三振。
二死一塁。
四番。
さっき俺が守備で押された打者。
一球目はストライク。
二球目はボール。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
玲が投げる。
少し甘い。
「……!」
カキィン!
左中間。
「走れ!」
打球は外野の間を抜けた。
一塁走者がホームへ。
「セーフ!」
一点。
玲がこの試合で初めて、はっきり捕まった。
でも次の打者。
最後はストレート。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
チェンジ。
一回、一失点、三奪三振。
「……三つ取って一点取られるのか」
全国。
面白い。
◇
最終回。
俺の第三打席。
相手エースはまだ投げている。
第一打席は三振。
第二打席はいい打球をアウトにされた。
なら、三回目。
一球目、ストライク。
二球目は外。ボール。ワンボール、ワンストライク。
三球目はファウル。ワンボール、ツーストライク。
「……」
もう球速には慣れてきた。
四球目は低め。見送る。ツーボール、ツーストライク。
五球目は内角。ファウル。
六球目は外。ボール。
フルカウント。
七球目。
真ん中。
「今度こそ!」
カキィン!
「……!」
右中間。
外野が追う。
でも。
「抜けた!」
「よし!」
一塁。
二塁。
「セーフ!」
二塁打。
【全国トップクラスの投手から長打を記録しました】
「……打った」
嬉しい。
システムに表示されたからじゃない。
一本目。
全国トップクラスから、ちゃんと打った。
◇
試合終了。
一対五。
負け。
俺は三打数一安打。二塁打一本。
玲は一回一失点、三奪三振。
「負けたな」
「うん」
「どうだった?」
「楽しかった」
「だろうな」
玲が俺を見る。
「伊織君、最後打った」
「おう」
「僕も三振三つ」
「一点取られたけどな」
「次は取られない」
「俺も次はもっと打つ」
相手チームを見る。
同じ少年カテゴリ。
同じ小学生。
でも明らかに強かった。
普通の六年生なら、今の俺たちはかなりやれる。
玲の球なら三振を取れる。
俺なら打てる。守れる。走れる。
でも全国上位には、まだ簡単には勝てない。
◇
翌日。
「負けたんだって?」
学校へ行くと、詩織が聞いてきた。
「誰から聞いたんだよ」
「お母さん」
「うちの?」
「うん」
「情報網どうなってんだ」
詩織が笑う。
「悔しい?」
「