全国ベスト8のチームに一対五で負けたあと、俺たちは地区大会へ戻った。
たった一試合。
それでも、全国上位を経験したことで見える景色は少し変わっていた。
「成瀬、三番ショート!」
「はい!」
「水城、先発!」
「はい!」
相手は地区の普通のチーム。もちろん弱いわけじゃない。大会に出てくる以上、ちゃんと練習しているし、上手い選手もいる。
でも、一回表。
玲がマウンドへ上がると、その差はすぐに出た。
一人目。初球のストレートに空振り。二球目をファウルにして、ツーストライク。
三球目は高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
二人目も三振。
三人目も外角のストレートにバットが届かない。
三者連続三振。
「……やっぱこうなるよな」
全国上位の打者は、玲のストレートに食らいついてきた。ファウルで粘られたし、少し甘くなれば長打にもされた。
でも、普通の地区大会へ戻ればこうなる。
玲の球速は八十五キロ前後。六年生のトップ投手ほど速いわけじゃない。
それでもノビCと元々異常な回転の質がある。
普通の小学生には、数字以上に速すぎる。
◇
一回裏。一死一塁。俺の第一打席。
「成瀬だぞ! 外野下がれ!」
相手ベンチから声が飛ぶ。
「……もう知られてるな」
四年生なのに、俺の名前を前提に守備位置が変わる。
一球目は外。二球目も外。ツーボール。
三球目は外角いっぱいのストライク。
ツーボール、ワンストライク。
四球目。
また外へ投げようとした球が、少しだけ真ん中へ入った。
「そこ!」
振り抜く。
カキィン!
打球は右中間を抜けた。
「回れ!」
一塁走者が二塁、三塁を回る。俺も二塁を蹴った。
「三つ行け!」
三塁へ滑り込む。
「セーフ!」
三塁打。先制タイムリー。
【長打を記録しました】
【打点を記録しました】
「よし!」
全国トップクラスの百キロを超える球を見たあとだ。
普通の地区投手の球が、前より明らかによく見える。
能力値が急に上がったわけじゃない。
俺のミートはB74のまま。
でも、見たことのある速さが変わった。
それだけで、打席で感じる余裕まで変わっていた。
◇
三回。二死二、三塁。俺の第二打席。
【チャンス○】
「無理に勝負しなくていいぞ! 外でいい!」
相手ベンチから指示が飛ぶ。
一球目は外。二球目も外。
ツーボール。
「徹底してるな……」
三球目は外角のストライク。
ツーボール、ワンストライク。
四球目も外を狙ったんだと思う。
でも、少しだけ中へ入った。
「それなら!」
踏み込む。
カキィン!
ライト線。
「抜けた!」
二人が帰る。
俺は二塁へ。
「セーフ!」
二点タイムリーツーベース。
「ナイス成瀬!」
「ありがとうございます!」
ホームランじゃない。
それでいい。
外へ逃げるなら逆方向へ運ぶ。
全国上位と戦ったことで、ただ「打てる球を打つ」だけじゃなく、相手が何を嫌がっているのかまで少し見えるようになっていた。
◇
守備でも差が出た。
四回。一死一塁。
打球は二遊間。普通ならセンター前へ抜けそうなコースだった。
「ショート!」
「届く!」
追いつく。捕る。そのまま二塁へ送る。
「アウト!」
二塁手から一塁。
「アウト!」
「ダブルプレー!」
「よし!」
守備B75。
少年カテゴリ全体で見ても、かなり高い。
普通の地区大会なら、「取れるかどうか」ではなく「どこまでアウトにできるか」の方を考えられる。
Bは、普通より少し上手い程度じゃない。
かなり強い。
最近になって、ようやくその意味を実感し始めていた。
◇
試合は九対〇で勝利。
俺は四打数三安打。三塁打一本、二塁打一本、三打点。一盗塁。守備はノーエラー。
そして玲。
【水城玲の投球結果】
5回
被安打 1
失点 0
奪三振 12
「……十二?」
「うん」
「十五アウト中、十二個?」
「うん」
「守備いらなくない?」
「いるよ」
「ほとんど飛んでこなかったけど」
「もっと取れたかも」
「怖いこと言うなよ」
五回十二奪三振。
普通に考えれば異常な数字だ。
でも全国上位の打者からも三振を奪った玲を見たあとでは、地区レベルでこうなることにも妙な納得がある。
やっぱり。
こいつのストレートは、おかしい。
◇
試合後、監督に呼ばれた。
「成瀬、水城。二人とも、これからメジャーの試合で使う機会をもっと増やす」
「六年生とですか?」
「そうだ。もう四年生だからって抑えて使う段階じゃない。水城は普通の上級生からでも三振を取れる。成瀬も打撃、守備、走塁全部で十分通用してる」
「はい!」
「はい!」
嬉しい。
でも監督は、そこで少し表情を変えた。
「ただし勘違いするな。前にやった全国クラス、覚えてるな?」
「はい」
「お前らが目指すなら、基準はあっちだ」
分かっている。
普通の相手には勝てる。
上級生にも通用する。
だからこそ、次に見るのはもっと上だ。
◇
地区大会はそのまま勝ち進んだ。
二回戦。俺は三打数二安打。玲は四回九奪三振。
三回戦。俺は四打数三安打、一本塁打。玲は五回十一奪三振。
準決勝。俺は三打数二安打、二打点。玲は四回、被安打二、無失点、八奪三振。
そして試合を重ねるほど、周囲の反応が明らかに変わっていった。
「水城に三振取られるな!」
「成瀬の前にランナー出すな!」
「成瀬、走るぞ!」
名前を呼ばれる。
対策される。
それでも結果が出る。
以前は俺たちが相手を見る側だった。
今は、相手が俺たちを見る。
◇
その頃、学校でも俺たちが大会で勝っていることは少し知られるようになっていた。
「伊織君、また勝ったんだって?」
帰り道、詩織が聞いてくる。
「勝った」
「玲君、またいっぱい三振取ったって」
「なんで毎回玲の三振数まで知ってるんだよ」
「玲君のお母さんとお母さんが話してた」
「その情報網強すぎない?」
詩織が笑う。
「伊織君もすごいんでしょ?」
「まあ、それなりに」
「それなり?」
「かなり」
「自分で言った」
「実際打ってるからな」
詩織は少し呆れたように笑った。
「最近、野球の話してる時ほんと楽しそう」
「強いからな」
「自分が?」
「俺も玲も」
「二人とも?」
「うん」
「じゃあ、どっちがすごいの?」
「……」
少し考える。
「打つなら俺」
「投げるなら玲君?」
「今のところは」
「悔しい?」
「ちょっと」
「でも嬉しそう」
「……そう?」
「うん」
詩織には、そう見えるらしい。
悔しい。
追いつきたい。
それでも玲が強くなること自体は、嫌じゃない。
むしろ。
もっと強くなってほしいとも思っている。
俺自身、その感情をまだ上手く説明できなかった。
◇
そして決勝。
「今日の打順を発表する。三番、ショート、成瀬」
「はい!」
「先発、水城」
「はい!」
三番。
四年生だから下位打線。
そんな扱いはもうない。
純粋に打てるから三番。
玲も、純粋に抑えられるから先発。
試合前から、相手も俺たちをかなり研究しているのが分かった。
「水城の高め振るな!」
「追い込まれるまで真っ直ぐ捨てろ!」
一回表。一番打者。
玲の高めを見送る。
もう一球高め。これも見送った。
「ボール!」
ツーボール。
「……対策してる」
三球目は低めのストライク。
ツーボール、ワンストライク。
四球目をファウル。
ツーボール、ツーストライク。
五球目。
玲が投げた球は、また高め。
打者は止めようとする。
でも。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「分かってても振るんだよな……」
ノビC。
玲のストレートは、「高めを捨てよう」と頭で決めるだけでは対応できない。
◇
一回裏。一死一塁。俺の第一打席。
「外中心!」
今度は俺への対策。
一球目は外。二球目も外。
ツーボール。
三球目は外角いっぱいのストライク。
ツーボール、ワンストライク。
四球目。
また外を狙った球が、少しだけ中へ入った。
「そこ!」
逆らわずにライト前。
一、三塁。
「ナイス!」
派手じゃない。
でも、相手が外へ集めるならそれを打てばいい。
続く四番の犠牲フライで一点を先制した。
三回の第二打席では、さらに徹底された。
ボール。
ボール。
外角ストライク。
ボール。
スリーボール、ワンストライク。
「……」
前なら、打ちたいと思って無理に振ったかもしれない。
五球目。
外。
「ボール! フォアボール!」
俺はそのまま一塁へ歩く。
「成瀬、走るぞ!」
相手が盗塁を警戒する。
初球は動かない。
二球目。
「今!」
スタート。
捕手が二塁へ投げる。
「セーフ!」
【盗塁成功】
【盗塁に関する特殊能力取得条件が進行しました】
「よし」
打たせてもらえないなら歩く。
歩いたら走る。
できることは、一つじゃない。
◇
決勝は六対一。
「ゲームセット!」
「よっしゃ!」
優勝。
チームメイトがグラウンドへ飛び出す。玲もマウンドで笑っていた。
大会表彰。
「最優秀選手――」
呼ばれたのは六年生の主将だった。攻守でチームを引っ張っていたし、当然だと思う。
「優秀選手、水城玲!」
「はい!」
拍手。
そして。
「優秀選手、成瀬伊織!」
「……はい!」
前の大会では、玲だけが呼ばれた。
羨ましかった。
次は俺も、と思った。
そして今、名前を呼ばれた。
「伊織君」
「ん?」
「一緒」
「そうだな」
「僕たち二人」
「おう」
少しだけ、誇らしかった。
◇
大会成績。
【成瀬 伊織】
打率 .647
本塁打 1
打点 9
盗塁 5
失策 0
【水城玲の解析情報】
高い奪三振率を継続
【特殊能力候補】
奪三振
【解析進行度が大きく上昇しました】
「……そろそろだな」
ノビC。
そこへ、さらに奪三振。
玲の投手としての形が、どんどん出来上がっていく。
一方、俺の能力は。
【成瀬 伊織】
弾道 3
ミート B74
パワー C66
走力 B70
肩力 B72
守備力 B75
捕球 C69
「変わってない」
大会前とほぼ同じ。
でも、全国クラスの速球を見た。
強い守備を経験した。
警戒されるようになった。
外へ逃げる配球を打ち、勝負を避けられれば歩き、塁に出れば走った。
数字が上がらなくても。
前より、野球ができる。
「……そういう成長もあるのか」
システムの能力値だけを見ていた頃なら、気づかなかったかもしれない。
◇
翌日。
「伊織君」
「ん?」
「おめでとう」
「何が?」
「優勝と、表彰」
「……それも聞いたの?」
「聞いた」
「早いなあ」
詩織が笑う。
「優秀選手だったんでしょ?」
「玲もな」
「二人とも?」
「うん」
「じゃあ本当にすごいんだ」
「今まで信じてなかった?」
「ちょっとだけ」
「おい」
笑いながら歩く。
「でも全国には、もっとすごいのいるんでしょ?」
「いる」
「じゃあ次はその人たち?」
「その前に、全国に行かないとな」
「行けそう?」
「行く」
「……言い切った」
「行きたいから」
詩織が少しだけ俺を見る。
「そっか。じゃあ応援する」
「ありがと」
普通に答えた。
でもその瞬間にはもう、頭の中で次の大会を考え始めていた。
成瀬伊織。
水城玲。
四年生なのに、上級生を普通に倒す二人。
地区では、少しずつ俺たちをまとめて呼ぶ声まで出始めていた。
怪物二人。
悪くない呼び名だと思った。
ただ。
俺たちはもう知っている。
全国には。
俺たちがまだ怪物とは呼べない場所がある。