四年生の秋。
地区大会で優勝してから、俺と玲に対する相手チームの戦い方は明らかに変わった。
「成瀬には無理に勝負するな!」
「水城の高めは捨てろ! 球数を投げさせろ!」
名前を覚えられるだけじゃない。最初から俺たちをどう止めるか考えられるようになった。
少し前までなら、それだけで嬉しかったと思う。
いや、今も嬉しくないわけじゃない。
ただ。
「……打たせてくれないな」
一死二塁。俺の第一打席。
一球目は外。二球目も外。ツーボール。
三球目は外角ぎりぎりのストライク。ツーボール、ワンストライク。
四球目はまた外。
スリーボール、ワンストライク。
「無理すんな! 歩かせていい!」
相手ベンチから声が飛ぶ。
五球目。
明らかなボール。
「フォアボール!」
「またか……」
バットを一度も振らずに一塁へ向かう。
前なら、打たせてもらえないことに苛立ったかもしれない。
でも今は。
「成瀬、走るぞ!」
相手が警戒する。
初球は牽制。次も牽制。
三球目。
「今!」
スタート。
捕手が投げる。
「セーフ!」
【盗塁成功】
【盗塁に関する特殊能力取得条件が進行しました】
「よし」
打たせてくれないなら、塁に出る。
塁に出たなら、走る。
できることは他にもある。
◇
玲への対策も変わっていた。
「高め振るな!」
「ファウルで粘れ!」
「簡単に三振するな!」
先頭打者は玲の初球を見送った。二球目も見送る。三球目、低めのストライク。
ツーボール、ワンストライク。
四球目をファウル。五球目もファウル。
ツーボール、ツーストライク。
「……粘るな」
玲が少し嫌そうな顔をする。
六球目は外。
フルカウント。
七球目。
高め。
打者は止めようとする。
でも。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
結局、三振。
ただし七球。
次の打者も六球。三人目も五球。
一回だけで十八球。
「玲、今日は球数多いな」
「うん。みんな振らない」
「それが狙いだよ。お前を早く降ろしたいんだろ」
「……じゃあ早く三振取る」
「そういう問題でもないんだけど」
でも次の回。
三球三振。
四球三振。
三球三振。
「……適応早すぎるだろ」
相手が粘ろうとしてくるなら、ストライクゾーンの中で勝負する。
それでも空振りが取れる。
普通の相手なら、対策を立てただけで玲のストレートを打てるようになるわけじゃない。
◇
そして秋。
全国大会へつながる予選が始まる。
練習後、監督が全員を集めた。
「この大会の優勝チームには、全国大会の出場権が与えられる」
「全国……」
玲がすぐ反応する。
「前にやった強いところも来る?」
「全国に出てくれば、また当たる可能性はあるな」
「やった」
「まずお前らが優勝しないと行けないぞ」
「勝つから」
「簡単に言うな」
俺は笑った。
でも気持ちは同じだった。
前に全国ベスト8のチームと戦った。
一対五。
俺は最後に二塁打を打ったけど、それまでかなり苦しんだ。玲も三振は取ったが、甘く入れば普通に長打を打たれた。
普通の相手なら、今の俺たちはかなり上。
それはもう分かった。
だから次は、その上へ行きたい。
◇
大会前日。
「明日から大事な大会なんでしょ?」
帰り道、詩織に聞かれた。
「うん。優勝したら全国」
「全国大会?」
「そう」
「すごいね」
「まだ行ってないけどな」
「伊織君なら行ける?」
「行く」
「また言い切った」
詩織が笑う。
「玲君も一緒?」
「もちろん」
「二人とも野球ばっかりだね」
「最近は約束忘れてないだろ」
「最近はね」
「まだ言う?」
「忘れた方が悪いです」
「はい……」
何も言い返せない。
「全国決まったら教えてね」
「自分で聞いてくるだろ。母さん経由で」
「それでも伊織君から聞きたい」
「……分かった」
「約束?」
「約束」
詩織が笑う。
今度は忘れない。
そう思いながら。
頭の半分では、もう明日の第一打席を考えていた。
◇
一回戦。
八対一。
俺は三打数二安打、二四球、二盗塁。
玲は四回一失点、九奪三振。
二回戦。
六対〇。
俺は四打数三安打。
玲は五回、被安打一、無失点、十一奪三振。
ただ、試合を重ねるほど俺への四球は増えていった。
「また歩かされた」
「今日三回目」
「数えるなよ」
「僕、伊織君が打つところ見たい」
「俺も打ちたいよ」
【高い出塁率を継続しています】
【盗塁成功を継続しています】
別の成長も進んでいる。
打つだけが野球じゃない。
分かってはいる。
それでもバットを持っている以上、やっぱり打ちたい。
◇
準決勝。
相手は県内でも上位に入る強豪。六年生を中心に、全国大会を経験している選手もいる。
「水城の高め振るな! 追い込まれるまで狙い球絞れ!」
「成瀬は外中心! 甘く入れるな!」
最初から徹底していた。
一回。
玲は先頭を三振に取ったが、二番に八球粘られて四球。三番にヒットを打たれ、一死一、二塁。
四番。
一球目はファウル。二球目はボール。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
低め。
カキン!
「ショート!」
俺の正面。
「もらった!」
捕る。
二塁へ。
「アウト!」
一塁へ。
シュッ!
「アウト!」
「ダブルプレー!」
「よし!」
玲がマウンドから手を上げる。
「伊織君!」
「守備も使え!」
「うん!」
全部三振じゃなくてもいい。
それは俺も玲も、少しずつ覚えてきた。
◇
一回裏。一死二塁。
俺の第一打席。
一球目は外。二球目も外。ツーボール。
三球目は外角ストライク。ツーボール、ワンストライク。
四球目は外。
スリーボール、ワンストライク。
「また歩かせる気か……」
五球目。
ほんの少しだけ真ん中へ寄った。
「そこ!」
踏み込む。
カキン!
ライト前。
「抜けた!」
一、三塁。
「ナイス成瀬!」
「はい!」
完全な甘い球じゃない。
でも外中心と分かっているなら、最初から逆方向を意識できる。
続く四番の犠牲フライで先制。
一対〇。
◇
三回。
一対一。
一死二塁。
俺の第二打席。
【チャンス○】
「無理に勝負するな!」
相手ベンチから声が飛ぶ。
「……やっぱりか」
一球目は外。二球目も外。ツーボール。
三球目はストライク。ツーボール、ワンストライク。
四球目はボール。
スリーボール、ワンストライク。
五球目。
外角。
ぎりぎり。
「……」
見送る。
「ボール! フォアボール!」
一塁へ。
悔しい。
でも次の打者が打つ。
カキン!
「抜けた!」
二塁走者がホーム。
俺は三塁へ。
二対一。
さらに次打者の犠牲フライ。
「タッチアップ!」
スタート。
ホームへ。
「セーフ!」
三対一。
俺はこの回、一度もバットを振っていない。
それでも一点取った。
「……こういうのも野球か」
◇
五回。
三対三。
玲はまだマウンド。
さすがに強豪。普通の地区チームみたいにはいかない。
それでも、玲は三振を取る。
「ストライク! バッターアウト!」
今日八個目。
その瞬間、視界に表示が出た。
【水城玲の解析情報】
【高い奪三振率を一定期間継続】
【解析情報が更新されました】
【特殊能力:奪三振】
「……来た」
ノビC。
そして奪三振。
システムが玲に能力を与えたわけじゃない。
玲自身が現実の試合で三振を積み重ね続け、その投球が「奪三振」と評価されるところまで来た。
投手としての玲の形が、また一つはっきりした。
◇
最終回。
三対三。
一死二塁。
俺の第三打席。
「敬遠!」
「……」
今度は完全に勝負を避けられた。
捕手が立つ。
四球。
一塁へ向かう。
「伊織君!」
玲がベンチから声を出す。
「なに!」
「また打てなかった!」
「見れば分かる!」
「悔しい?」
「悔しい!」
でも一死一、二塁。
次の打者は六年生の四番。
カキィン!
「抜けた!」
二塁走者がホーム。
四対三。
勝ち越し。
俺も三塁へ。
さらに犠牲フライ。
「成瀬、行け!」
ホームへ。
「セーフ!」
五対三。
結局、俺への敬遠から二点入った。
「……勝負しないのも、簡単じゃないんだな」
試合終了。
五対四。
決勝進出。
全国まで、あと一勝。
◇
決勝。
勝てば全国大会。
相手は去年も全国へ出場した県内トップクラスのチーム。
この試合、俺たちは先攻だった。
「三番、ショート、成瀬」
「はい!」
「先発、水城」
「はい!」
試合前。
「緊張してる?」
「してない」
「玲は?」
「楽しみ」
「だろうな」
玲が俺を見る。
「伊織君」
「ん?」
「勝ったら全国」
「おう」
「絶対勝とう」
「……おう」
◇
一回表。
一死一塁。
俺の第一打席。
相手エースは六年生。九十キロ台後半。
一球目は外。二球目はストライク。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
低め。
「……!」
カキン!
二遊間を抜ける。
「よし!」
一、三塁。
続く四番の犠牲フライで一点を先制する。
一回裏。
玲はいきなりヒットを打たれた。送りバントで一死二塁。三番に四球。
一死一、二塁。
四番。
強い打球。
「ショート!」
俺の正面。
捕る。
二塁へ。
「アウト!」
一塁。
「アウト!」
「ダブルプレー!」
無失点。
「よし!」
◇
三回表。
一対一。
一死二塁。
俺の第二打席。
【チャンス○】
一球目はボール。二球目はファウル。ワンボール、ワンストライク。
三球目は外。ツーボール、ワンストライク。
四球目。
真ん中低め。
「そこ!」
カキィン!
右中間。
「抜けた!」
二塁走者がホーム。
俺は二塁へ。
「セーフ!」
二対一。
勝ち越し。
でも、相手も強い。
四回裏に同点。
五回裏には一点を奪われ、二対三。
そして最終回。
◇
六回表。
一死一塁。
俺の第三打席。
負ければ終わり。
全国には行けない。
一球目は外。二球目も外。ツーボール。
三球目はストライク。ツーボール、ワンストライク。
四球目はボール。
スリーボール、ワンストライク。
相手ベンチから声が飛ぶ。
「歩かせてもいい!」
「……またかよ」
五球目。
外。
「フォアボール!」
一、二塁。
でも今は、悔しがっている場合じゃない。
「次、お願いします!」
「任せろ!」
六年生の四番。
三球目。
カキィン!
「抜けた!」
左中間。
二塁走者がホーム。
「セーフ!」
三対三。
同点。
俺は三塁まで進む。
一死一、三塁。
次打者。
外野フライ。
「成瀬、タッチアップ!」
「はい!」
捕球。
スタート。
ホーム。
送球。
滑り込む。
「セーフ!」
「……!」
四対三。
逆転。
◇
六回裏。
全国まで、あとアウト三つ。
マウンドには玲。
「あと三つ!」
先頭。
ストレート。
空振り。
ファウル。
ツーストライク。
最後もストレート。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
一人目。
二人目。
打球はショート。
「伊織君!」
「任せろ!」
捕る。
一塁へ。
「アウト!」
あと一人。
最後は相手四番。
一球目はファウル。
二球目はボール。ワンボール、ワンストライク。
三球目。
空振り。
ワンボール、ツーストライク。
玲が振りかぶる。
四球目。
高め。
相手も振る。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
一瞬、静かになった。
そして。
「ゲームセット!」
「……!」
「全国だあああ!」
全員が飛び出す。
俺もマウンドへ走る。
「玲!」
「伊織君!」
「全国!」
「うん!」
九歳。
四年生。
全国大会出場。
決定。
◇
その日の夜。
家へ帰る前に、詩織の家へ寄った。
インターホンを押す。
少しして扉が開いた。
「伊織君?」
「詩織」
「どうしたの?」
「全国、決まった」
「……ほんと?」
「うん」
詩織の顔が一気に明るくなる。
「おめでとう!」
「ありがと」
「わざわざ言いに来てくれたの?」
「約束したから」
「……覚えてたんだ」
「今回はな」
「今回はって言った」
「そこ拾う?」
詩織が笑う。
【藤崎詩織の好感度が少し上がりました】
その表示を見て。
俺も少しだけ嬉しくなる。
でも同時に。
明日から何を練習するか考えている自分もいた。
◇
能力画面を開く。
【大会結果】
優勝
【全国大会出場権を獲得しました】
【成瀬 伊織】
弾道 3
ミート B75
パワー C67
走力 B71
肩力 B73
守備力 B76
捕球 B70
【投手能力】
球速 81km/h
コントロール B78
スタミナ B71
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
チャンス○
「……少し上がったな」
でも、まだ全部B以下。
Aには届いていない。
全国には、前に戦ったような奴が何人もいる。
百キロを超える投手。
俺の打球に追いつく野手。
玲の球を長打にする打者。
今度は。
そいつらと本番で戦える。
「楽しみだな」
いつの間にか。
玲みたいなことを呟いていた。