転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第3話

 藤崎詩織。

 その名前を聞いてから、俺の頭は幼稚園どころではなくなっていた。

「伊織君、早く行こう?」

「……うん」

 詩織に手を引かれながら家を出る。

 視界には、彼女の情報が浮かんでいる。

 

【藤崎 詩織】

関係:幼馴染

好感度:???

恋愛条件:未解放

 

 前世で何度も見た名前。

 もし本当に俺の知っている藤崎詩織なのだとしたら、かなり厄介な相手だ。

 幼馴染だから簡単。

 そんな甘いヒロインではない。

 学力。

 運動。

 容姿。

 芸術。

 社交。

 何か一つが優れているだけでは駄目。

 何でもできる男になって、ようやく恋愛対象として見てもらえる。

 そんな記憶がある。

「……いやいや」

「どうしたの?」

「なんでもない」

 そもそも今の詩織は五歳だ。

 ゲームの中の高校生とは違う。

 それなのに攻略だの何だの考えている自分が、ちょっと気持ち悪い。

 今は普通の幼馴染として接すればいい。

「伊織君?」

「ん?」

「さっきから私の顔ばっかり見てる」

「あ」

「なんかついてる?」

「いや……今日もかわいいなと思って」

「……え?」

 詩織が立ち止まった。

 俺も止まった。

 しまった。

 三十八歳の感覚で口に出した。

「……」

「……」

 詩織の顔が、みるみる赤くなっていく。

「い、伊織君のくせに!」

「なんで怒るの!?」

 詩織が走って先へ行ってしまった。

 

【社交が少し上がった】

 

「これで上がるのかよ」

「伊織君! 置いてくよ!」

「今行く!」

 どうやら人生能力は、本当に日常の中で成長していくらしい。

 

 

 幼稚園へ到着すると、俺はさっそく実験を始めた。

「今日は数字のお勉強をしましょうねー」

 先生が黒板へ数字を書く。

 一から十。

 簡単すぎる。

 前世では大学まで出ているのだから当然だ。

 だが、能力説明には『授業』も学力を成長させる行動に含まれていた。

「成瀬君。五の次は何かな?」

「ろく」

「正解!」

 

【学力が少し上がった】

 

 やっぱり。

 学力52という数字そのものは変化しないが、何かが蓄積されたらしい。

 野球と違って、こちらは好きなタイミングで経験を振るわけではない。

 一定以上積み重なれば自然に上がるのだろう。

 次はお絵描き。

「今日は好きなものを描いてください」

 好きなもの。

 なら野球でいい。

 クレヨンを握る。

 丸を描く。

 縫い目を描く。

 完成。

「……」

 酷い。

「伊織君、それなに?」

 隣の詩織が覗き込む。

「野球のボール」

「……みかんかと思った」

「白いだろ」

「白いみかん」

「そんなものはない」

 詩織の絵を見る。

 花畑。

 家。

 青い空。

 五歳児にしては普通に上手い。

「……うま」

「伊織君、ここはこうやって描くんだよ」

「ん?」

 詩織が俺の手に自分の手を重ねて、クレヨンを動かす。

「ボールって、こういう線あるでしょ?」

「……ある」

「この前公園で見たもん」

 

【芸術が少し上がった】

 

「お」

「?」

「なんでもない」

 これも経験になる。

 つまり、自分一人で何かをするだけではない。

 誰かから教わる。

 誰かと遊ぶ。

 誰かと話す。

 そういうイベントも、能力成長につながる。

「人間関係も育成に使えるな……」

「伊織君?」

「なんでもない」

 また口に出した。

 でもこれは大きい。

 勉強のできる相手と仲良くなれば学力。

 絵の得意な相手なら芸術。

 運動のできる相手なら運動。

 誰と付き合うかも、人生育成の効率に影響する。

 前世の俺なら。

 当然、最適解を探す。

 今回だってそうだ。

 二度目の人生なのだから。

 効率よく育てない理由はない。

 

 

 昼休み。

「伊織君、鬼ごっこしよう!」

「いいよ」

 詩織や他の園児たちと園庭を走り回る。

 前世の記憶がある。

 子供相手の鬼ごっこなんて簡単。

 そう思っていた。

「はぁ……はぁ……」

「伊織君、おそーい!」

「待て……」

 普通にきつい。

 中身が大人でも、身体は五歳。

 体力も足の速さも五歳児だ。

「タッチ!」

「あ」

「伊織君が鬼ー!」

「くそっ」

「くそって言っちゃ駄目なんだよ!」

「はい」

 

【運動が上がった】

【社交が少し上がった】

 

「よし」

「何が?」

「捕まえた!」

「きゃっ!」

 誤魔化すように詩織の肩へタッチする。

 しばらく遊んだ結果。

 

【人生能力】

学力 52

運動 21 → 22

容姿 46

芸術 18

社交 31 → 32

精神 63

 

「本当に上がるんだな」

 たった一日で劇的に変化するわけではない。

 それでも。

 何をすれば、どの能力へつながるのか。

 それが分かる。

 前世にはなかった大きな違いだ。

 

 

 幼稚園からの帰り道。

「伊織君」

「ん?」

「明日、公園で遊ばない?」

「明日?」

「うん」

 明日の午後は父さんとキャッチボールする予定だ。

 詩織と遊ぶ。

 野球をする。

 初めて予定が被った。

 少し考える。

「午前中に公園で遊んで、午後から野球でもいい?」

「いいよ!」

 詩織が嬉しそうに笑った。

 

【予定が登録されました】

 

「予定表まであるのか……」

「?」

「なんでもない」

 一日二十四時間。

 人生を全部育てようと思ったら。

 時間配分まで考える必要があるらしい。

 

 

 翌日。

 午前中。

 俺と詩織は近所の公園に来ていた。

「何して遊ぶ?」

「なんでもいいよ」

「じゃあ、お砂場!」

「砂場か……」

 五歳児らしい。

 詩織について歩いていた、その途中。

 公園の奥から音が聞こえた。

 パンッ。

「……ん?」

 ボールの音。

 もう一度。

 パンッ。

 子供同士の遊びにしては、妙にいい音だった。

「伊織君?」

「ちょっと見ていい?」

「野球?」

「たぶん」

 広場を覗く。

 父親らしき男性。

 その向かいに一人の子供。

 俺たちと同じくらい。

 細身。

 少し長めの髪。

 中性的な顔立ち。

 一瞬、男の子か女の子か分からなかった。

「もう一回」

「玲、そろそろ休まないか?」

「もう一回だけ」

 父親が緩いボールを投げる。

 少年が受け取り、投げ返す。

 パシンッ。

「……」

 フォームはまだ滅茶苦茶だった。

 足も使えていない。

 身体の開きも早い。

 だけど。

 腕だけが。

 妙にしなやかだった。

 ほんの出来心。

 昨日解放された人物情報は、詩織以外にも使えるのか。

 そう思って少年へ意識を向ける。

 

【水城 玲】

年齢:5歳

関係:未接触

人物情報:未登録

 

「……水城、玲」

 声に出してしまった。

 少年がこちらを向く。

 目が合った。

「……」

「……」

 そして玲は、俺の左手にはめたグローブを見た。

「君も」

 玲が口を開く。

「野球やるの?」

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 目の前にいる綺麗な顔をした少年が。

 二度目の俺の人生で。

 誰より長く。

 誰より厄介に。

 そして誰より深く。

 野球を通じて関わり続ける相手になることを。

 

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