全国大会が終わってから、四年生の残りはあっという間に過ぎていった。
秋の大会。冬の走り込み。守備練習。打撃練習。そして投球練習。
全国ベスト8。
結果だけを見れば十分すごい。
でも俺の中には、最後に戦った六年生たちの姿がずっと残っていた。
百キロを超えるストレート。
俺の強い打球に追いつく守備。
玲の球をスタンドまで運んだ四番。
「もっと強くなりたい」
前から思っていた。
でも全国を経験してから、その気持ちはさらに強くなった。
◇
冬。
「成瀬、水城。今日は投げ方見るぞ」
「はい!」
「はい!」
監督に呼ばれ、俺と玲はブルペンへ向かった。
「球速上げたいからって、力任せに投げるなよ。お前らはこれから身体が大きくなる時期だ。フォーム崩して肩や肘を痛めたら意味ないからな」
「はい」
「分かりました」
俺は前世でも野球をやっていたから、その意味はよく分かる。
小学生の身体で毎日全力投球なんて論外だ。
だから最近は投げる量を無理に増やすんじゃなく、走る。体幹を鍛える。柔軟をする。フォームを繰り返し確認する。
【筋力が上がりました】
【技術がかなり上がりました】
【投球動作の効率が向上しています】
「効率……」
今までは球を速くするなら、筋力を増やすことばかり考えていた。
でも野球はそんな単純じゃない。
足で作った力を、腰、肩、腕、指先まで無駄なく伝える。
同じ身体でも、それだけで球速は変わる。
「成瀬、投げてみろ」
「はい!」
振りかぶる。踏み込む。力まずに腕を振る。
シュッ!
パシンッ!
「お」
監督がスピードガンを見る。
「八十六」
「……!」
全国大会の頃は八十一キロ。
そこから五キロ上がった。
「もう一球」
今度はさらに力を抜く。
シュッ!
パシンッ!
「八十五」
「……あんまり変わらない」
「だから力むなって言ってるだろ」
「はい」
分かってはいる。
でも数字を見ると、どうしても全力で投げたくなる。
◇
「次、水城」
「はい!」
玲がマウンドへ。
俺は後ろからフォームを見る。
最近また少し身体が大きくなった。
下半身の使い方も前より滑らかになっている。
「いくよ」
「おう」
玲が投げる。
シュッ!
バシンッ!
「……」
音が違う。
監督がスピードガンを見る。
「九十三」
「九十三?」
思わず声が出た。
「もう一球」
「うん」
玲が楽しそうに振りかぶる。
二球目。
バシンッ!
「九十五」
「……」
俺は八十六。
玲は九十五。
九キロ差。
「速くなった!」
玲は純粋に喜んでいる。
「お前、冬の間に何した?」
「いっぱい走った」
「それ俺もやってる」
「いっぱい食べた」
「それもやってる」
「いっぱい寝た」
「……それはお前の方が上かもしれない」
玲が首を傾げる。
練習量だけじゃない。
身体が成長している。
そして玲は、その成長を球速へ変えるのが異常に上手い。
【水城玲の解析情報】
球速 95km/h
ストレート回転量:非常に多い
回転効率:非常に高い
特殊能力:ノビC
特殊能力:奪三振
「……まだ四年の冬だぞ」
笑えてくる。
こいつ、本当にどこまで速くなるんだ。
◇
投球練習が終わる頃、監督がボールを持ったまま俺たちを見る。
「そろそろ真っ直ぐ以外の球も覚えていい頃だな」
「変化球?」
玲がすぐに反応する。
「いきなり曲げる球ばっかり覚える必要はない。まずは握りと抜き方で球速を変える球からだ」
「チェンジアップですか?」
「そう。腕の振りを落とさず、球だけ遅くする」
リトルリーグだから変化球が禁止というわけじゃない。
でも身体はまだ小学生。
投げられるからといって、何でも好きなだけ投げればいいわけでもない。
「成瀬、お前からやってみろ」
「はい」
監督に握りを教えてもらう。
いつものストレートと同じように腕を振る。
シュッ。
パシン。
「……遅い」
玲が言う。
「チェンジアップなんだから当たり前だろ」
「七十くらいだな」
監督がスピードガンを見る。
「もう一球。今度は腕を緩めるな」
「はい」
握りだけ変える。
腕はストレートと同じ。
投げる。
シュッ。
パシンッ!
「今の方がいい」
「ほんとですか?」
「ああ。真っ直ぐと同じ腕の振りだった」
その瞬間。
【新たな球種を習得しました】
【チェンジアップ 変化量1】
「……来た」
今まで空欄だった変化球欄に、初めて名前が追加された。
【投手能力】
球速 86km/h
コントロール B79
スタミナ B73
【変化球】
チェンジアップ 1
「……いいな、これ」
球速を上げるだけじゃない。
投手として育てられるものが、また一つ増えた。
◇
「次、水城」
「うん!」
玲もチェンジアップを握る。
一球目。
シュッ!
パシンッ!
「……速くない?」
「八十二」
「それチェンジアップ?」
「遅く投げた」
「お前の遅いが、俺のちょっと前の全力なんだけど」
玲は楽しそうにもう一球投げる。
今度は七十キロ台後半。
「変な感じ」
「腕を緩めるなよ」
「うん」
三球目。
フォームはストレートとほとんど同じ。
でも球だけが遅い。
パシンッ!
「お」
監督が少し笑う。
「今のは悪くない」
【水城玲の解析情報が更新されました】
【球種:チェンジアップ】
【変化量:1相当】
「……こいつも覚えるの早いな」
もちろん、玲の画面が本人に見えているわけじゃない。
玲が現実に投げた球を、俺のシステムがそう評価しただけだ。
「二人とも、今は変化量を大きくしようとするな。まずストレートと同じフォームで投げられるようにしろ」
「はい」
「はい!」
俺は頷く。
玲は真っ直ぐだけでも普通の小学生には十分すぎる。
そのストレートと同じ腕の振りから、遅い球まで来るようになったら。
「……嫌だな」
「なにが?」
「お前と対戦する打者」
「伊織君も打つよ」
「俺は打つけど」
そうだった。
俺は投手としてこいつを追いかけている。
それと同時に、打者としてもいつかこいつを打たなきゃいけない。
◇
五年生になった。
十歳。
「伊織君、五年生だね」
登校中、隣を歩く詩織が言った。
「そうだな」
「あと二年で小学校終わり」
「早いな」
「伊織君、最近また大きくなった?」
「ちょっと」
「玲君も大きくなってた」
「あいつは球も速くなった」
「何キロ?」
「九十五」
「それって速いの?」
「めちゃくちゃ速い」
「伊織君は?」
「八十六」
「負けてるね」
「……はっきり言うな」
詩織が笑う。
「悔しい?」
「悔しい」
「またいっぱい練習する?」
「する」
「そっか」
少しだけ間があった。
「でも遊ぶ日も作ってね」
「分かってる」
「前科あるから」
「まだ言う?」
「六年生まで言う」
「長いな」
笑いながら歩く。
野球も。
詩織も。
玲も。
全部続いている。
今のところは。
◇
五年生最初の公式戦。
「三番、ショート。成瀬」
「はい!」
「先発、水城」
「はい!」
もう誰も、俺たちが五年生だからという理由で扱いを変えない。
一回。
玲の初球。
シュッ!
バシンッ!
「ストライク!」
相手の六年生が少し驚いた顔をする。
二球目はファウル。
ツーストライク。
三球目は高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「……九十五でノビC」
普通の小学生なら、かなりきつい。
二番も三振。
三番はセカンドゴロ。
そして四番。
初球はファウル。
二球目はボール。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
玲の腕が振られる。
「……?」
でも球が遅い。
打者の身体が前へ出る。
カンッ!
「ショート!」
「俺か!」
捕る。
一塁へ。
「アウト!」
チェンジ。
「玲!」
「なに?」
「今のチェンジアップ?」
「うん」
「試合で使ったの?」
「使いたくなった」
「監督に怒られるぞ」
ベンチを見る。
監督が額に手を当てている。
「水城ー! まずサイン見ろー!」
「はーい!」
「やっぱり」
でも初めて試合で使ったチェンジアップは、六年生の四番から簡単にタイミングを外した。
ストレート九十五キロ。
そこから球速差のあるチェンジアップ。
「……さらに打ちにくくなるじゃん」
こいつ。
また武器が増えた。
◇
一回裏。一死二塁。
俺の第一打席。
相手は六年生投手。
九十キロ台。
四年生の頃なら、十分速いと思った球。
今は。
「見える」
一球目は外。
二球目はストライク。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
真ん中。
「そこ!」
カキィン!
右中間。
「抜けた!」
二塁走者がホームへ。
俺は二塁。
「セーフ!」
先制タイムリー。
【得点圏で長打を記録しました】
【チャンス○】
「よし」
全国を経験した。
百キロを見た。
冬の間は玲の九十キロ台も見ている。
普通の六年生の球が、前よりさらに遅く見える。
◇
試合は七対〇。
俺は四打数三安打、二打点。
玲は五回を投げ、被安打一、無失点、十一奪三振。
試合後。
「水城」
「はい」
「チェンジアップ勝手に投げるな」
「はい」
「でも悪くなかった」
「ほんと?」
「そこで喜ぶな。まずサイン見ろ」
「はい!」
玲が笑う。
監督も少し笑っていた。
「成瀬」
「はい」
「お前も投手練習は続けるぞ」
「……はい!」
嬉しい。
「ただし今まで以上に投球数は管理する。二人とも球速上がってるからって調子乗って投げすぎるな」
「はい」
「はい!」
「特に水城」
「はい?」
「お前だ」
「はい!」
また全員が笑った。
◇
その夜。
【成瀬 伊織】
年齢:10歳
【競技カテゴリ:少年】
弾道 3
ミート B76
パワー C69
走力 B72
肩力 B75
守備力 B78
捕球 B72
【投手能力】
球速 86km/h
コントロール B79
スタミナ B73
【変化球】
チェンジアップ 1
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
チャンス○
「……増えたな」
野手能力。
投手能力。
そして初めての変化球。
どれも上がっている。
でも玲は。
【水城玲の解析情報】
年齢:10歳
球速 95km/h
特殊能力 ノビC
特殊能力 奪三振
【変化球】
チェンジアップ 1相当
「九十五……」
五年生になったばかり。
まだ十歳。
ここから身体はもっと大きくなる。
「百キロ、すぐ行きそうだな」
多分。
玲は行く。
その先にも。
俺も球速を上げたい。
チェンジアップも育てたい。
でも打撃も。
守備も。
走塁も。
全部伸ばしたい。
そして。
詩織との時間も減らしたくない。
五年生。
育てたいものは、また一つ増えた。
なのに一日は。
増えてくれない。