玲が百キロを出してから、チームの中でも少し空気が変わった。
「水城、今日何キロ出るかな」
「百二くらいじゃね?」
「いや、また百じゃない?」
六年生たちまで、玲がブルペンへ入るたびにスピードガンを気にする。
本人はもっと単純だった。
「伊織君」
「何?」
「百一出た」
「昨日も聞いた」
「今日は百二出したい」
「監督に怒られるぞ」
「力まない」
「その台詞を言いながら球速の話してる時点で怪しいんだよ」
五年生の夏が近づく頃。
玲の最高球速は百一キロ。
そして俺も。
「九十五!」
「よし!」
九十五キロまで来ていた。
【球速が上がりました】
【92km/h → 95km/h】
まだ六キロ差。
でも俺だって止まっていない。
コントロールはA。
チェンジアップもある。
投手としてなら。
玲とは違う形で、十分勝負できる。
◇
「成瀬、水城」
練習後、監督に呼ばれた。
「夏の大会だが、二人とも先発で使う」
「二人とも?」
「そうだ」
玲が首を傾げる。
「一試合に二人で投げる?」
「そういう意味じゃない。大会中、水城だけに投げさせ続けるわけにはいかないってことだ」
連戦になる。
当然、投球数にも制限がある。
「水城が一番手。それは変わらん。ただ成瀬、お前も先発として試合を作れる」
「はい!」
「ショートとしても必要だから難しいところではあるけどな」
嬉しい。
玲がエース。
それは認めている。
でも。
だからって俺が投手を諦める理由にはならない。
「二人でエース?」
玲が聞く。
「エースが二人っていうより、二枚看板ってやつだな」
「二枚看板」
「なんか強そうだな」
「強いよ」
「自分で言うなよ」
「伊織君も強い」
「……それは否定しない」
監督がため息をついた。
「お前ら、仲いいのか張り合ってるのかどっちなんだ」
「両方です」
「両方」
俺と玲の声が重なった。
◇
夏の大会、一回戦。
先発は俺。
「成瀬、四回までを目安に行くぞ」
「はい!」
相手は六年生中心。
一回。
先頭打者への初球。
外角低め。
「ストライク!」
二球目は内角。
ファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
打者の腰が前に出る。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「よし」
以前は、チェンジアップはただ遅い球だった。
今は違う。
ストレートと同じ腕の振り。
そこから球速が落ちて、少し沈む。
【チェンジアップ 2】
たった数字一つ。
でも、打者の反応は明らかに変わった。
◇
二回。
一死一塁。
相手四番。
一球目、ストレート。
ファウル。
二球目は外。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
チェンジアップ。
打者が待っていた。
カキン!
「しまっ――」
センター前。
一、二塁。
「読まれたか」
ベンチから監督の声。
「成瀬! 同じ組み立て続けるな!」
「はい!」
そうだ。
球種が増えたからって、それを投げれば抑えられるわけじゃない。
次の打者。
一球目。
今度は内角ストレート。
「ストライク!」
二球目もストレート。
ファウル。
ツーストライク。
打者はチェンジアップを意識している。
なら。
三球目。
もう一度ストレート。
外角いっぱい。
「ストライク! バッターアウト!」
「よし!」
変化球を覚えたことで。
逆に真っ直ぐも使いやすくなる。
投球って。
面白い。
◇
四回を投げ終える。
【成瀬伊織 投球結果】
4回
被安打 3
失点 1
与四球 1
奪三振 7
「一点取られたか」
少し悔しい。
「十分」
ベンチへ戻ると玲が言った。
「七個三振」
「お前なら?」
「十個」
「聞いてない」
「でも伊織君の方が四球少ない」
「……一個だけどな」
「僕、もっと出す時ある」
そこは玲の弱点。
球威で押せる分、少し荒れても抑えられてしまう。
俺はそこまで圧倒的な球がない。
だからコースを使う。
「やっぱ違うな」
「何が?」
「俺とお前」
「うん」
「投手として」
「でも二人とも抑える」
「それでいいか」
「うん」
試合は八対一で勝った。
◇
二回戦。
今度は玲が先発。
一回。
初球。
シュッ!
バシンッ!
「ストライク!」
「速っ……」
相手打者が思わず呟く。
二球目。
ファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
打者のバットが早く出る。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
「……あれ反則じゃない?」
俺はショートから呟いた。
百一キロ。
ノビC。
奪三振。
そこへチェンジアップ。
【水城玲の解析情報】
球速 101km/h
特殊能力:ノビC
特殊能力:奪三振
【変化球】
チェンジアップ 2相当
「いつの間に二相当になったんだよ」
俺が何か月もかけて育てた球を。
玲も普通に追いついてくる。
こういうところが腹立つ。
そして。
楽しい。
◇
三回。
玲は無安打。
奪三振七。
四回。
先頭打者がようやくバットに当てる。
カキン!
「ショート!」
「任せろ!」
俺が捕る。
一塁へ。
「アウト!」
次も三振。
最後も三振。
四回終了。
「十一個」
俺が数える。
「あと一個で十二」
「お前、本当に三振好きだな」
「うん」
五回。
先頭打者。
チェンジアップをセンター前へ運ばれる。
「ヒット!」
「……」
玲が少し眉を寄せる。
続く打者。
送りバント。
一死二塁。
次は三番。
初球、ストレート。
ファウル。
二球目はボール。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
甘い。
「玲!」
カキィン!
打球は左中間。
「抜けた!」
二塁走者がホームへ。
一点。
玲が唇を噛む。
でも次の四番。
ストレート。
ストレート。
最後はチェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
さらに五番も三振。
結局。
【水城玲の投球結果】
5回
被安打 2
失点 1
与四球 0
奪三振 13
「十三……」
「一点取られた」
「そこ気にする?」
「完封したかった」
「俺も一点取られたよ」
「一緒」
「三振数が全然一緒じゃないけどな」
試合は七対一。
二回戦突破。
◇
大会は進む。
三回戦は俺が先発。
五回二失点、八奪三振。
打っては四打数三安打。
準々決勝は玲。
五回無失点、十四奪三振。
俺はショートで二度の併殺を完成させ、三打数二安打。
そして準決勝。
「今日の先発、成瀬」
「はい!」
相手は県内上位。
簡単にはいかない。
一回。
先頭打者にヒット。
二番に送りバント。
一死二塁。
三番。
外角ストレートをライト前。
「回れ!」
二塁走者がホームへ。
「セーフ!」
いきなり一点。
「……強い」
普通の相手なら、九十五キロとチェンジアップでかなり抑えられる。
でも強いチームは違う。
狙い球を決めてくる。
甘い球を逃さない。
四番。
一球目はチェンジアップ。
見送られる。
ボール。
二球目。
内角ストレート。
ファウル。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
外角。
ストライク。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
チェンジアップ。
打者のバットが止まる。
「ボール!」
ツーボール、ツーストライク。
読まれてる。
なら。
五球目。
ストレート。
外角いっぱい。
「ストライク! バッターアウト!」
「よし!」
強い。
でも。
全国トップほどじゃない。
なら戦える。
◇
試合は三対二。
俺は五回二失点、九奪三振。
打者としては三打数二安打、一打点。
最終回は玲がマウンドへ。
「水城、一点差だ。三つ頼む」
「はい!」
先頭打者。
ストレート。
空振り。
ファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
空振り。
一人目。
二人目。
高めのストレート。
空振り三振。
「二人」
最後。
相手四番。
一球目。
百二キロ。
ファウル。
「……百二?」
ベンチがざわつく。
玲は気にしない。
二球目。
チェンジアップ。
ボール。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
ストレート。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
「玲!」
俺がショートから声を出す。
玲が一度だけこっちを見る。
そして。
四球目。
高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「ゲームセット!」
三者連続三振。
準決勝突破。
【水城玲の解析情報が更新されました】
球速 102km/h
「……また上がった」
玲はマウンドで笑っている。
俺も笑った。
俺が試合を作る。
玲が最後を締める。
こういう勝ち方も。
悪くない。
◇
「二人とも投げるんだね」
翌日。
詩織に大会の話をすると、そんなことを言われた。
「うん」
「玲君だけじゃないんだ」
「俺も投手だからな」
「でもショートもやるんでしょ?」
「やる」
「打つのも?」
「やる」
「走るのも?」
「やる」
「大変そう」
「大丈夫」
「ほんと?」
「今のところ」
そう答える。
でも最近。
少しだけ分かってきた。
投手練習を増やせば、打撃練習の時間が減る。
守備を増やせば、投げる時間が減る。
野球だけでも。
全部を伸ばそうとすると、時間が足りない。
「伊織君」
「ん?」
「今週の日曜日、空いてる?」
「日曜?」
決勝の翌日。
一瞬。
自主練の予定を考えた。
でも。
「午後なら空いてる」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ遊ぼ」
「いいよ」
詩織が笑う。
【藤崎詩織の好感度が少し上がりました】
「……」
野球。
詩織。
全部。
まだできる。
そう思った。
◇
そして決勝。
「先発、水城」
「はい!」
「成瀬、ショート」
「はい!」
全国大会へつながる大会ではない。
それでも。
目の前の大会で負けるつもりなんてない。
一回。
玲が百キロを超えるストレートで二三振。
俺は一回裏に先制タイムリー。
三回には盗塁。
五回。
俺の第三打席。
一死二塁。
相手投手の九十キロ台後半。
一球目、ボール。
二球目、ファウル。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
内角。
「そこ!」
振り抜く。
カキィン!
高い打球。
レフトが下がる。
フェンス。
越えた。
「ホームラン!」
「よし!」
二ラン。
四対〇。
試合はそのまま五対一で勝利。
優勝。
◇
夜。
【成瀬 伊織】
年齢:10歳
【競技カテゴリ:少年】
弾道 3
ミート B79
パワー B73
走力 B75
肩力 B79
守備力 A80
捕球 B76
【投手能力】
球速 95km/h
コントロール A82
スタミナ B78
【変化球】
チェンジアップ 2
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
チャンス○
「守備もA……」
コントロールに続いて二つ目。
少年カテゴリで全国トップクラス。
少しずつ。
Aが増え始めた。
そして。
【水城玲の解析情報】
年齢:10歳
球速 102km/h
特殊能力:ノビC
特殊能力:奪三振
【変化球】
チェンジアップ 2相当
俺は九十五。
玲は百二。
差は七キロ。
「まだ追える」
投手としても。
野手としても。
どっちも。
そして詩織との時間も。
全部。
全部育てる。
そう思っていた。
ただ。
育てたいものが増えるほど。
一つに使える時間は、確実に減っていた。