五年生の夏。
去年、四年生だった俺たちは初めて全国大会へ出て、ベスト8で負けた。
あの時は、全国へ行けたこと自体が嬉しかった。
でも今年は違う。
「目標は?」
練習前、監督が全員を見回す。
「全国!」
「違う」
一瞬、みんなが黙った。
「全国に行くことを目標にするな。今年は全国で勝つ。そのために、まずここを勝ち抜くぞ」
「はい!」
全国へ行きたい。
じゃない。
全国で勝ちたい。
俺も玲も、もう一度あの場所へ行くつもりでいた。
◇
予選一回戦。
「先発、成瀬」
「はい!」
最近はもう、俺が先発を任されることも珍しくない。
マウンドへ上がる。
春先は九十二キロ。
少し前に九十五。
そして今。
初球。
シュッ!
バシンッ!
「ストライク!」
ベンチから監督の声。
「九十八!」
「……!」
ついに九十キロ台後半。
【球速が上がりました】
【95km/h → 98km/h】
百まであと二キロ。
思わず嬉しくなる。
でも。
「伊織君! 試合!」
ショートの玲が叫ぶ。
「分かってる!」
今は数字を見る時間じゃない。
二球目。
外角。
ファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
打者の身体が前へ出る。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
九十八キロのストレート。
そこから七十キロ台のチェンジアップ。
球速差だけでもかなりある。
さらに今の俺は、以前より同じフォームで投げられる。
【チェンジアップ 2】
普通の相手なら、かなり有効だった。
◇
三回を終えて無失点。
四回。
一死一塁。
相手四番。
一球目はストレート。
ファウル。
二球目は外。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
チェンジアップ。
打者が待っていた。
「……!」
カキン!
レフト前。
一、二塁。
「また読まれた」
以前にもあった。
チェンジアップを覚えてから、頼りすぎる時がある。
「成瀬!」
監督がベンチから指を一本立てる。
真っ直ぐ。
多分、そういう意味だ。
次の打者。
一球目。
外角いっぱい。
「ストライク!」
二球目。
内角高め。
空振り。
ツーストライク。
「……」
変化球を意識している。
なら。
三球目。
もう一度ストレート。
外角低め。
「ストライク! バッターアウト!」
次もストレート中心で詰まらせて、セカンドゴロ。
無失点。
「変化球があるから真っ直ぐが生きる」
分かっていたつもりだった。
でも実戦で使うと、また違う。
投げられる球が増えるほど。
考えることも増える。
◇
一回戦。
七対〇。
【成瀬伊織 投球結果】
4回
被安打 3
失点 0
与四球 0
奪三振 8
最高球速 98km/h
「八個」
玲が言う。
「悪くないだろ」
「うん」
「お前なら?」
「十個」
「聞いてない」
「でも伊織君、四球ゼロ」
「そこは勝った」
「僕も今度ゼロにする」
「何でも勝負にすんな」
「伊織君もするじゃん」
「……そうでした」
否定できない。
◇
二回戦。
先発は玲。
一回。
初球。
シュッ!
バァンッ!
「百三!」
ベンチから声が飛ぶ。
「また上がってる……」
春先に百。
その後百二。
そして今、百三。
【水城玲の解析情報が更新されました】
球速 103km/h
打者は完全に振り遅れる。
二球目もファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「いや、それズルくない?」
思わず呟く。
百三を見せられた直後に、二十キロ以上遅い球。
しかも玲のストレートは、ただ速いだけじゃない。
ノビC。
高回転。
空振りを取ることに向いた真っ直ぐ。
普通の小学生相手なら。
かなり理不尽だ。
◇
二回戦。
六対〇。
玲は五回一安打、無失点、十四奪三振。
「十四?」
「うん」
「十五アウトのうち十四?」
「あと一個」
「十分だろ」
「全部三振取りたかった」
「お前守備信用してないだろ」
「信用してるよ」
「ほんとか?」
「伊織君いるし」
「じゃあ打たせろ」
「三振の方が楽しい」
「正直だな」
玲が笑う。
こいつにとって。
三振は本当に楽しいらしい。
◇
三回戦。
俺はショート。
一回裏、一死一塁。
第一打席。
相手投手は六年生。九十キロ台後半。
一球目は外。
二球目、ストライク。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
内角。
「来た!」
振り抜く。
カキィン!
打球は右中間。
「抜けた!」
一塁走者が三塁を回る。
俺は二塁へ。
「セーフ!」
先制タイムリーツーベース。
次の打者。
外野フライ。
「成瀬、三塁!」
「はい!」
タッチアップ。
三塁へ。
さらに次打者の内野ゴロ。
「ホーム!」
スタート。
「セーフ!」
二点目。
打つ。
走る。
点を取る。
投げない試合でも、やれることはいくらでもある。
◇
五回。
一死一塁。
俺の第三打席。
四球。
「また歩かされた」
一塁へ向かう。
相手捕手がすぐ俺を見る。
「走るぞ!」
相手ベンチから声。
「……警戒されてるな」
初球、牽制。
二球目も牽制。
三球目。
投手がホームへ。
「今!」
スタート。
捕手が二塁へ送球。
滑り込む。
「セーフ!」
【盗塁成功】
【一定期間、高い盗塁成功率を記録しました】
「……ん?」
見慣れない表示。
【特殊能力取得条件を達成しました】
【盗塁○を取得しました】
「来た」
ついに。
走塁でも特殊能力。
結果を積み重ねて。
初めて形になる。
やっぱり。
こういう瞬間は嬉しい。
◇
三回戦は八対二。
準々決勝も六対一。
俺と玲は交互にマウンドへ上がった。
俺が投げる時は、コースと緩急。
玲が投げる時は、圧倒的な真っ直ぐと三振。
タイプは違う。
でも。
どちらが投げても試合を作れる。
「本当に二枚看板になってきたな」
試合後、六年生の主将が言った。
「水城だけじゃなく、成瀬も普通にエースだろ」
「……」
ちょっと嬉しい。
「伊織君、ニヤニヤしてる」
「してない」
「してる」
「お前は百三出た時ずっと笑ってただろ」
「百三だから」
「俺もエースって言われたから」
「じゃあ一緒」
「そういうことにしとく」
◇
準決勝。
相手は県内でも有名な強豪。
去年も全国予選で当たったチームだった。
「水城対策! 高め振るな!」
「成瀬は外中心! 塁に出したら走るぞ!」
試合前から名前が飛ぶ。
去年以上に。
俺たちへの対策がはっきりしている。
「完全に狙われてるな」
「僕たち?」
「そうだよ」
「嬉しい」
「まあ、分かる」
対策される。
それだけ警戒されている。
悪い気はしない。
◇
先発は玲。
一回。
相手は徹底して高めを捨てる。
一番打者。
一球目、高め。
見送る。
「ボール!」
二球目。
低めストライク。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
チェンジアップ。
打者が止まる。
「ボール!」
ツーボール、ツーストライク。
五球目。
外角。
ファウル。
六球目もファウル。
「粘るな」
七球目。
玲がストレート。
高め。
打者が我慢する。
「ボール!」
フルカウント。
八球目。
外角低め。
「ストライク! バッターアウト!」
結局三振。
でも八球。
簡単には終わらせてもらえない。
◇
二番は四球。
三番にセンター前。
一死一、二塁。
四番。
玲の百三キロをファウル。
「当ててくる」
二球目。
チェンジアップ。
ボール。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
内角ストレート。
カキン!
「ショート!」
俺の正面。
「もらった!」
捕る。
二塁へ。
「アウト!」
一塁へ。
「アウト!」
ダブルプレー。
「よし!」
玲がマウンドから拳を上げる。
「伊織君!」
「三振だけがアウトじゃないぞ!」
「でも三振がいい!」
「知ってる!」
強豪相手でも。
二人で守れば抑えられる。
◇
三回裏。
〇対〇。
一死二塁。
俺の第二打席。
一球目、外。
二球目も外。
ツーボール。
「また外か」
三球目。
外角ストライク。
ツーボール、ワンストライク。
四球目。
少し内側へ入った。
「そこ!」
踏み込む。
カキン!
ライト前。
二塁走者がホーム。
「セーフ!」
一対〇。
【チャンス○】
派手な長打じゃない。
でも。
警戒されても、打てるところを打つ。
今の俺にはそれができる。
◇
試合は二対一。
最終回。
玲の投球数はかなり増えていた。
「水城、ここまで」
「……」
「球数だ。交代」
「はい」
玲がマウンドを降りる。
そして監督が俺を見る。
「成瀬」
「はい」
「最後頼む」
「……はい!」
ショートからマウンドへ。
玲とすれ違う。
「伊織君」
「何?」
「一点守って」
「任せろ」
「三振取って」
「それは約束しない」
玲が笑う。
俺も笑った。
◇
一点差。
相手の先頭は三番。
一球目。
外角。
「ストライク!」
二球目。
内角。
ファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
打者が止まる。
ボール。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
外角ストレート。
カンッ!
セカンドゴロ。
「アウト!」
一人。
次は四番。
一球目、ストレート。
ファウル。
二球目はボール。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
チェンジアップ。
空振り。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
外角低め。
「ストライク! バッターアウト!」
「よし!」
二人。
最後は五番。
一球目。
ストレート。
ボール。
二球目。
チェンジアップ。
ファウル。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
内角。
詰まらせる。
打球はショート。
そこには玲。
「玲!」
「うん!」
捕る。
一塁へ。
「アウト!」
「ゲームセット!」
準決勝突破。
全国まで。
あと一勝。
◇
試合後。
「伊織君」
「ん?」
「最後、三振一個だった」
「抑えたからいいだろ」
「でも一個」
「お前は何個?」
「九個」
「知ってるよ」
「僕の勝ち」
「勝手に勝負始めんな」
玲が笑う。
俺も笑う。
でも。
今年の俺は。
去年より投げられる。
去年より打てる。
去年より守れる。
玲も。
去年よりずっと速い。
俺たちは確実に強くなっている。
だから。
今年こそ。
全国へ行くだけじゃない。
もっと上へ。
◇
その夜。
【成瀬 伊織】
年齢:10歳
【競技カテゴリ:少年】
弾道 3
ミート A80
パワー B75
走力 B77
肩力 A80
守備力 A82
捕球 B78
【投手能力】
球速 98km/h
コントロール A83
スタミナ A80
【変化球】
チェンジアップ 2
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
チャンス○
盗塁○
「ミートも、肩も、スタミナもA」
少しずつ。
Bだった能力がAへ入っていく。
少年カテゴリで全国トップクラス。
そして。
【水城玲の解析情報】
年齢:10歳
球速 103km/h
特殊能力:ノビC
特殊能力:奪三振
【変化球】
チェンジアップ 2相当
「あと一勝」
全国への切符。
去年は、それを手にしただけで嬉しかった。
今年は違う。
全国へ行く。
そして。
去年より先へ行く。
そのための決勝が。
翌週に迫っていた。