全国大会、一回戦。
去年は、この場所に立っているだけで少し緊張していた。
四年生で初めて掴んだ全国大会。俺たちはベスト8まで進み、そこで全国上位との差を思い知らされた。
あれから一年。
俺たちは十一歳になった。
俺は九十八キロ。
玲は百五キロ。
そして全国予選の決勝で。
玲のストレートは、また一つ別のものへ変わった。
【水城玲の解析情報】
球速 105km/h
コントロール B71
スタミナ A81
【変化球】
チェンジアップ 2相当
【特殊能力】
奪三振
【金特殊能力】
怪童
「……怪童」
システムが初めて表示した金特殊能力。
その玲が。
全国のマウンドへ上がる。
◇
一回表。
玲の初球。
シュッ!
バァンッ!
「ストライク!」
相手打者のバットは動かなかった。
二球目。
外角。
「ストライク!」
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
一人目。
二人目はストレート三球。
最後は高め。
空振り三振。
三人目。
以前の玲なら、ここでも三振を狙ったと思う。
でも。
初球ストレート。
二球目チェンジアップ。
打者が泳ぐ。
カンッ!
「セカンド!」
平凡なゴロ。
「アウト!」
三者凡退。
「玲」
「なに?」
「三人目、三振じゃなかったな」
「アウトになった」
「分かってるじゃん」
「でも次は三振取る」
「やっぱり玲だった」
◇
一回裏。
一死一塁。
俺の第一打席。
相手は六年生投手。百キロ前後。
一球目、外。
二球目、ストライク。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
少し甘い。
「そこ!」
カキィン!
右中間を破る。
一塁走者がホーム。
俺は二塁へ。
「セーフ!」
先制タイムリーツーベース。
身体が大きくなった。
パワーも上がった。
以前なら外野の間を抜けて終わっていた打球が、今はフェンス際まで転がっていく。
そして三回。
二死一、二塁。
俺の第三打席。
第二打席は四球。
相手としては、ここも歩かせたいはずだ。
でも次は六年生の四番。
満塁にはしたくない。
「勝負!」
「……来た」
一球目、外角ストライク。
二球目、内角ファウル。
ツーストライク。
三球目は低め。
ボール。
ワンボール、ツーストライク。
四球目、外。
ツーボール、ツーストライク。
五球目。
真ん中寄り。
「甘い!」
振り抜いた。
カキィン!
打った瞬間に分かる。
レフトが下がる。
さらに下がる。
フェンス。
越えた。
「ホームラン!」
「よし!」
三ラン。
【本塁打を記録しました】
【複数走者を置いた場面で本塁打を記録】
【特殊能力《パワーヒッター》取得条件が進行しました】
昔みたいにホームランを狙って振り回したわけじゃない。
打てる球を。
いつも通り強く振った。
それで入った。
「……こういうのでいいんだよな」
◇
一方。
玲は止まらなかった。
二回、三者連続三振。
三回、二三振とショートゴロ。
四回、三者連続三振。
五回。
一死から、初めて強い打球が三遊間へ飛ぶ。
「抜け――」
「させない!」
追いつく。
深い位置。
捕る。
一塁へ。
シュッ!
「アウト!」
「……危な」
玲がマウンドから手を上げる。
「伊織君!」
「取ったぞ!」
「ありがとう!」
「三振じゃなくてもいいだろ!」
「今のは三振がよかった!」
「贅沢言うな!」
その次の打者を。
玲は本当に三振に取った。
◇
六回。
ここまで。
十五人。
出塁者、ゼロ。
「……完全じゃん」
ようやく俺も意識した。
先頭。
一球目。
ストレート。
「ストライク!」
「百七!」
「百七?」
二球目、チェンジアップ。
空振り。
三球目。
ストレート。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
十六人目。
次の打者。
初球。
バァンッ!
「百八!」
【水城玲の解析情報が更新されました】
球速 108km/h
「……また上がった」
二球目をファウル。
三球目、チェンジアップ。
空振り三振。
あと一人。
球場も気づいている。
完全試合まで。
最後の打者。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
玲が投げる。
相手が振る。
カキン!
「ショート!」
「任せろ!」
俺の右。
追いつく。
捕る。
一塁へ。
「アウト!」
一瞬の静寂。
「ゲームセット!」
「玲!」
「伊織君?」
「完全試合!」
「……完全?」
「十八人、一人も塁に出してない!」
「三振は?」
「そこから聞く!?」
【水城玲の投球結果】
6回
打者 18
被安打 0
四死球 0
失点 0
奪三振 15
最高球速 108km/h
【完全試合達成】
「十五!」
玲が笑う。
「十五個!」
「完全試合も喜べ!」
全国一回戦。
玲は。
十八人を一人も塁へ出さなかった。
◇
試合は七対〇。
俺も三打数三安打、一四球。
本塁打一本。
四打点。
普通なら十分目立つ。
でも周囲から聞こえるのは。
「完全試合だって!」
「十五奪三振?」
「百八キロ!?」
玲の話ばかり。
「……俺もホームラン打ったんだけどな」
「伊織君」
「何?」
「ホームランすごかった」
「お」
「僕も打ちたい」
「そっちかよ」
まあ。
玲が褒めてくれたからいい。
◇
翌日。
玲は投げなかった。
「投げたい」
「駄目」
「肩軽いよ」
「そういう問題じゃない」
「一球だけ」
「一球投げたら百球投げる顔してる」
「百球は投げない」
「九十九?」
「それくらい」
「駄目です」
完全試合の翌日に投げさせる必要なんてない。
二回戦は六年生投手二人が繋いだ。
俺もショートに専念。
第一打席でセンター前。
第二打席は二塁打。
第三打席は四球。
六対三。
二回戦突破。
全国ベスト8。
去年と同じところまで来た。
でも今年は。
ここから先へ行く。
◇
準々決勝。
この試合も玲は登板しなかった。
「まだ?」
「まだ」
「今日なら投げられる?」
「監督が使わないって言ってるだろ」
「……」
「そんな捨てられた犬みたいな顔すんな」
先発は六年生の副主将。
相手は全国常連。
簡単な試合ではなかった。
三回を終えて一対二。
一点を追う四回。
一死一塁。
俺の第三打席。
一球目は外。
二球目、ストライク。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
内角。
少し高い。
「……!」
振り抜く。
カキィン!
レフト。
打球は高く伸びる。
フェンス。
越えた。
「ホームラン!」
逆転ツーラン。
三対二。
【本塁打を記録しました】
【全国大会で複数本塁打を記録】
【特殊能力《パワーヒッター》取得条件がさらに進行しました】
試合はそのまま四対三。
「ゲームセット!」
「っしゃあ!」
全国ベスト4。
玲の完全試合だけじゃない。
俺が投げなくても。
玲が投げなくても。
このチームは勝てる。
そして次。
準決勝。
監督が先発を告げた。
「成瀬」
「はい」
「行けるな?」
俺は一瞬、玲を見る。
一回戦。
完全試合。
十五奪三振。
百八キロ。
金特殊能力、怪童。
悔しくないわけがない。
「もちろんです」
投手として。
俺だって。
玲に負けたくない。
◇
準決勝。
全国ベスト4。
相手には六年生中心の強力打線。
マウンドへ向かう。
「伊織君」
「何?」
「頑張って」
「おう」
「完全試合?」
「ハードル上げんな」
「十五三振?」
「お前を基準にすんな」
「じゃあ十四」
「そういう問題じゃない!」
玲が笑う。
俺も笑った。
でも。
胸の奥にあるものは、本物だった。
「……負けたくない」
玲に。
投手としても。
◇
一回。
先頭打者。
一球目。
外角低め。
「ストライク!」
二球目。
内角。
ファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
一人目。
二番はストレートをセンター前。
一死一塁。
三番。
四球は出したくない。
でも甘くもしたくない。
一球目、外角ストライク。
二球目、チェンジアップ。
ボール。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
内角。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
外角低め。
ギリギリ。
打者が振る。
カンッ!
ショートゴロ。
「玲!」
「うん!」
二塁。
一塁。
「アウト!」
ダブルプレー。
無失点。
「……いい」
玲みたいな百八キロはない。
怪童もない。
でも。
狙ったところへ投げる。
打者の考えを外す。
俺には。
俺の投球がある。
◇
三回。
無死一、二塁。
この試合最大のピンチ。
相手は三番。
一球目。
ストレート。
ボール。
二球目。
内角。
ファウル。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
チェンジアップ。
空振り。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
「低め」
自分に言い聞かせる。
外角低め。
投げる。
シュッ!
バットが出る。
カンッ!
浅いセカンドフライ。
一死。
四番。
同じように外角低めへ集める。
ファウル。
ボール。
ファウル。
ツーストライク。
最後。
チェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
二死。
五番。
外角低め。
内角。
最後は外へ逃げるチェンジアップ。
ショートゴロ。
「アウト!」
無死一、二塁。
無失点。
ベンチへ戻る途中。
【重要な場面で失点を防ぎました】
【特殊能力取得条件を達成しました】
【対ピンチ○を取得しました】
「……来た」
俺にも。
投手としての特殊能力。
◇
四回。
二死走者なし。
六番打者。
外角低め。
「ストライク!」
七番。
外角低め。
「ストライク!」
八番。
また低め。
詰まらせる。
「アウト!」
【低めへの高精度な投球を継続しています】
【特殊能力取得条件を達成しました】
【低め○を取得しました】
「二つ目……」
玲が球威なら。
俺は。
制球。
そう言われているみたいだった。
◇
五回。
俺のチェンジアップにも変化が出始めた。
ストレート。
チェンジアップ。
同じ腕の振り。
でも。
以前より打者の手元で落ちる。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
【チェンジアップの熟練度が一定値に達しました】
【チェンジアップ 2 → 3】
「……よし!」
投げながら。
成長している。
玲を見て。
負けたくないと思って。
投げる。
それが。
楽しい。
◇
そして六回。
試合は二対一。
俺たちが一点リード。
ここまで俺は一失点。
最終回もマウンドへ上がった。
先頭打者。
三振。
二人目。
ライト前。
一死一塁。
三番。
センターフライ。
二死一塁。
最後は四番。
「伊織君!」
ショートの玲が叫ぶ。
「あと一人!」
「分かってる!」
一球目。
外角低め。
「ストライク!」
二球目。
内角。
ファウル。
ツーストライク。
三球目。
チェンジアップ。
打者は止まる。
ボール。
ワンボール、ツーストライク。
四球目。
外。
ボール。
ツーボール、ツーストライク。
五球目。
「……ここ」
玲なら。
百八キロ。
高め。
怪童。
俺にはない。
だから。
外角低め。
俺が一番投げられる場所へ。
シュッ!
打者が振る。
カンッ!
セカンドゴロ。
「アウト!」
「ゲームセット!」
「……っしゃああ!」
拳を握った。
全国準決勝。
【成瀬伊織 投球結果】
6回
被安打 5
失点 1
与四球 1
奪三振 9
最高球速 100km/h
「……百?」
最後に表示された数字を見る。
【球速が上がりました】
【99km/h → 100km/h】
俺も。
ついに百キロ。
◇
「伊織君!」
玲が飛んでくる。
「百キロ!」
「そっち?」
「あと完投!」
「そこは完全試合じゃないの?」
「完全試合は僕」
「……腹立つなあ」
「でも伊織君すごかった」
「お前より?」
「今日は伊織君」
「……」
不意打ちだった。
「そっか」
嬉しい。
めちゃくちゃ嬉しい。
俺も。
投手として。
全国で勝てる。
◇
打撃でも。
この日は終わらなかった。
三回。
俺の第二打席で同点タイムリー。
五回。
一対一。
一死一塁。
第三打席。
相手の六年生エースは百十キロ近い。
一球目、ストライク。
二球目、外。
ワンボール、ワンストライク。
三球目。
百九キロ。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
四球目、低め。
ボール。
ツーボール、ツーストライク。
五球目。
真ん中高め。
「甘い!」
振り抜く。
カキィン!
レフトが見上げる。
打球は。
そのままフェンスを越えた。
「ホームラン!」
勝ち越しツーラン。
三対一。
【全国トップクラスの投手から本塁打を記録しました】
【重要な試合で本塁打を記録しました】
【本塁打を継続的に記録しています】
【特殊能力取得条件を達成しました】
【パワーヒッターを取得しました】
「……!」
投げて。
打って。
勝つ。
俺がやりたかったことを。
全国準決勝で。
全部やった。
◇
試合終了。
三対一。
全国大会。
決勝進出。
去年はベスト8。
今年は。
最後の二チームまで来た。
宿泊先へ戻り、システムを開く。
【成瀬 伊織】
年齢:11歳
競技カテゴリ:少年
【野手能力】
弾道 3
ミート A81
パワー B79
走力 B78
肩力 A82
守備力 A83
捕球 A80
【投手能力】
球速 100km/h
コントロール A85
スタミナ A82
【変化球】
チェンジアップ 3
【野手特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
パワーヒッター
チャンス○
盗塁○
【投手特殊能力】
対ピンチ○
低め○
「……増えたな」
投手能力にも。
俺らしい形が出始めている。
玲とは違う。
それでいい。
【水城玲の解析情報】
年齢:11歳
球速 108km/h
コントロール B72
スタミナ A83
【変化球】
チェンジアップ 2相当
【特殊能力】
奪三振
【金特殊能力】
怪童
【全国大会一回戦】
完全試合
6回15奪三振
「……でも八キロ差か」
まだ遠い。
だから。
追いかける価値がある。
◇
隣の布団で玲が寝転がっている。
「玲」
「なに?」
「決勝、お前だろうな」
「うん」
一回戦以来。
玲は一球も公式戦で投げていない。
肩も十分休んでいる。
「投げたい?」
「すごく」
「だろうな」
「伊織君は?」
「ショートで守って、打つ」
「ホームラン?」
「打てる球が来たらな」
「僕、三振取る」
「知ってる」
玲が天井を見る。
「優勝したい」
「俺も」
全国大会。
あと一勝。
玲が完全試合をして。
俺が準決勝を投げ切って。
二人で。
ここまで来た。
次。
最後の一試合。
マウンドには。
十分に休んだ怪童が立つ。