転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第4話

「君も、野球やるの?」

 水城玲と表示された少年が、俺の左手にはめたグローブを見ながら聞いてきた。

「昨日始めたばっかりだけど」

「昨日?」

 玲が少し驚いたように目を丸くする。

 近くで見ると、本当に綺麗な顔をしていた。

 肌は白く、目は大きい。男の子にしては髪も少し長い。

 何も知らなければ、女の子と間違えても不思議ではない。

「玲は?」

「僕も最近」

「へえ」

 似たようなものか。

 ただ。

 さっき見た投球が少し気になる。

 フォームは決して綺麗ではなかった。

 それなのに、腕の振りだけは妙に滑らかだった。

「伊織君」

 背後から低い声。

 振り返る。

 詩織が頬を膨らませていた。

「お砂場は?」

「あ」

 忘れてた。

「……あとで」

「さっき遊ぶって言ったのに」

「ちょっとだけだから」

「むぅ……」

 

【藤崎詩織の機嫌が少し低下しました】

 

 分かってるよ。

「本当にちょっとだけ」

「……約束?」

「約束」

 詩織はしばらく俺を見つめたあと、仕方なさそうに頷いた。

「じゃあ見てる」

「ありがとう」

 人生育成。

 どうやら能力だけでなく、時間管理も重要らしい。

 

 

「玲、この子は友達か?」

 玲の父親らしき男性が声をかけてきた。

「今会った」

「そうか」

 男性は俺を見ると優しく笑った。

「野球好きなのか?」

「うん」

「じゃあ一緒にキャッチボールしてみるか?」

「いいの?」

「もちろん」

 願ってもない。

「玲もいいだろ?」

「うん」

 玲が嬉しそうに頷く。

 数メートルほど離れて向かい合う。

「最初は近いところからな」

 玲のお父さんが言った。

「伊織君から投げてみて」

「うん」

 ボールを握る。

 現在の俺は。

 

【投手能力/幼児カテゴリ】

球速     36km/h

コントロール F 20

スタミナ   F 20

 

 昨日、父さんとのキャッチボールで経験を得た。

 ただし。

 まだその経験のほとんどは使っていない。

 能力を上げる前と後で、自分の感覚がどう変わるのか確かめたかったからだ。

「いくよ」

「うん」

 左足を前へ。

 肩を開きすぎない。

 腕だけで投げない。

 前世で教わった基本を意識する。

 ぽん。

 山なりのボールが玲の胸元より少し右へ飛んだ。

 玲が一歩動いて捕る。

「お」

「上手いなあ」

 玲のお父さんが感心したように言う。

「本当に昨日始めたばかり?」

「うん」

 正確には。

 この身体では昨日から。

「次、玲」

「うん」

 玲が投げる。

 ボールは俺の左へ大きく逸れた。

「わっ」

 手を伸ばして何とか捕る。

「ごめん」

「大丈夫」

 やっぱり、まだ上手くない。

 もう一度。

 俺が投げる。

 玲が捕る。

 玲が投げる。

 また逸れる。

 三球目。

 四球目。

 五球目。

「……ん?」

 少しずつ。

 本当に少しずつ。

 玲の球が、俺のいる場所へ近づいてきている。

 偶然か?

 次の一球。

 俺は少しだけ動作をゆっくりにした。

 左足を出す。

 腰を回す。

 腕を振る。

 玲がじっと俺を見ていた。

「伊織君」

「なに?」

「投げる時、足から動かしてるよね」

「え?」

「あと、手だけじゃなくて……こう」

 玲が俺の動きを真似する。

 左足。

 腰。

 腕。

「こう?」

「……そう」

 俺は何も教えていない。

 ただ見ていただけだ。

「やってみる」

 玲が投げる。

 ぽん。

 まだ遅い。

 でも。

 今度はほぼ俺の正面へ来た。

 パシッ。

「おお!」

 玲のお父さんが声を上げる。

「今の良かったぞ、玲!」

「ほんと?」

「さっきよりずっと真っ直ぐだった」

 玲が嬉しそうに笑った。

 俺は手の中のボールを見る。

「……たまたま?」

「なに?」

「なんでもない」

 もう一度。

 今度は少しだけ体重移動を意識して投げる。

 玲が捕る。

 俺をじっと見る。

 そして次の一球。

 玲も同じように身体を使った。

 まだぎこちない。

 でも。

 明らかに、さっきより良くなっている。

「……マジかよ」

「?」

 早い。

 真似するのが。

 あまりにも早い。

 

 

「伊織君の方が上手だね」

 しばらくして玲が言った。

「昨日やったから」

「一日だけ?」

「うん」

「すごい」

 素直に褒められる。

 ちょっと気分がいい。

 でも。

 俺には三十八年分の記憶がある。

 高校まで野球をやった経験もある。

 身体は五歳でも、どう動けばいいのかは知っている。

 玲は違う。

「ねえ」

「なに?」

「さっき、俺の投げ方真似した?」

「うん」

 即答だった。

「なんで?」

「そっちの方が投げやすそうだったから」

「……それだけ?」

「うん」

 それだけ。

 らしい。

 もう一度投げる。

 玲が返す。

 さっきまで大きく逸れていたボールが、今では大体俺の手の届く範囲へ来る。

 まだコントロールが良いわけではない。

 球も速くない。

 だけど。

 たった数十分で。

 こいつは確実に上手くなっている。

 昔を思い出した。

 高校時代。

 一度教わっただけで、新しい動きを簡単に再現する奴。

 俺が一週間かけてもできなかったことを、一日でできる奴。

 才能。

 前世の俺が嫌いだった言葉。

 でも。

 今回は違う。

 俺にはシステムがある。

 練習すれば、必ず経験が手に入る。

 そしてその経験を、自分の伸ばしたい能力へ使える。

 相手が一日で覚えるなら。

 俺は十日やればいい。

 十日で足りなければ百日だ。

「もっとやろう」

 俺が言うと、玲の顔が明るくなった。

「うん!」

 

 

 三十分ほど経った頃には、玲の投球は最初とは別物になっていた。

「玲、すごいな」

 玲のお父さんも驚いている。

「さっきまで真っ直ぐ投げられなかったのに」

「伊織君の真似した」

「そうなのか?」

「うん」

 玲が俺を見る。

「伊織君、投げるの上手」

「……まあね」

 なんだろう。

 褒められているのに。

 少しだけ落ち着かない。

「もう少し離れてみる?」

 玲が言った。

「いいよ」

 二歩ほど距離を広げる。

「無理するなよ」

 玲のお父さんが声をかける。

「うん」

 俺が投げる。

 玲が捕る。

 返球。

 少し右。

 でも捕れる。

「もう一回!」

 また投げる。

 玲が返す。

 今度は左。

 それでも最初のように大きく逸れない。

 何球か続けた頃。

 視界に通知が現れた。

 

【水城玲との交流が一定値に達しました】

【人物情報を更新します】

 

「……!」

 玲へ意識を向ける。

 

【水城 玲】

年齢:5歳

関係:知り合い

好感度:12

 

【人物傾向】

運動適性:非常に高い

学習適性:高い

社交適性:高い

???:未解放

 

「……非常に高い」

 思わず呟く。

「なに?」

「なんでもない」

 人物適性。

 その人間が、何をどれくらい伸ばしやすいか。

 そういうものだろう。

 つまり。

 俺が感じたものは間違っていない。

 玲には。

 明確に才能がある。

 それもシステムが『非常に高い』と表示するほどの。

「伊織君」

「ん?」

「明日もやる?」

「野球?」

「うん」

 玲が期待するように俺を見る。

 今日会ったばかり。

 だけど。

 もっと見てみたいと思った。

 こいつが。

 どこまで上手くなるのか。

「いいよ」

「ほんと?」

「うん」

「やった!」

 

【水城玲の好感度が上昇しました】

 

「お前もちゃんと上がるんだな」

「なにが?」

「なんでもない」

 その時。

「伊織くーん!」

 遠くから声がした。

 振り返る。

 砂場の前。

 藤崎詩織。

 腕を組んでいる。

 笑っていない。

「……あ」

 そうだった。

『ちょっとだけ』

 そう約束した。

 時間を見る。

 一時間以上経っている。

 

【藤崎詩織の機嫌が大幅に低下しました】

 

「終わった」

「なにが?」

「……人生」

 

 

「ごめん」

「……」

「詩織」

「……」

「本当にごめん」

「……知らない」

 帰り道。

 詩織は俺より少し前を歩いている。

「時間忘れてた」

「約束した」

「はい」

「ちょっとだけって言った」

「はい」

「私、ずっと待ってた」

「……ごめんなさい」

 これは完全に俺が悪い。

 ステータス以前の問題だ。

「今度、ちゃんと遊ぶから」

「明日は玲君と野球するんでしょ」

「……」

 聞いてたのか。

 詩織が振り返る。

 怒っている。

 でも。

 少しだけ寂しそうにも見えた。

「伊織君、野球好きなの?」

「好き」

 そこだけは迷わなかった。

「すごく好き」

「……そっか」

 詩織が少し俯く。

「じゃあ、しょうがないね。でも約束破るのはだめ」

「うん」

「次はちゃんと言って」

「分かった」

 詩織が隣へ戻ってきた。

 野球をすれば。

 野球の経験が手に入る。

 玲との関係も深まる。

 でも。

 その時間は、詩織と遊ぶことはできない。

 一日は二十四時間。

 二度目の人生でも、それだけは増えない。

「ゲームより面倒だな」

「なにが?」

「人生」

「へんな伊織君」

 詩織が笑った。

 

 

 その日の夜。

 

【本日の行動結果】

藤崎詩織と公園へ出かけた

水城玲とキャッチボールをした

水城玲と知り合った

藤崎詩織との約束を破った

藤崎詩織へ謝罪した

 

【運動が少し上がった】

【社交が少し上がった】

 

【本日の練習】

キャッチボール

 

【筋力が少し上がった】

【敏捷が少し上がった】

【技術がかなり上がった】

【精神が少し上がった】

 

「悪くない」

 少なくとも数字の上では。

 昨日と今日。

 二日分の野球経験が貯まっている。

 そして。

 今度は何に使うか。

 俺が選べる。

 ミート。

 パワー。

 走力。

 肩力。

 守備。

 捕球。

 コントロール。

 経験の種類さえ足りていれば、好きな能力へ使える。

「じゃあ……」

 少し考える。

 昨日。

 父さんとのキャッチボールで一番困ったのは、狙った場所へボールが行かなかったこと。

 今日。

 玲と投げていても、まだ微妙に左右へ散る。

「まずはこれだな」

 

【コントロール F 20】

【蓄積した経験を使用しますか?】

 

 はい。

 

【コントロールが上がった】

【F 20 → F 21】

 

「……上がった」

 

 数字としては、たった一つ。

 投げてみなければ違いなんて分からない程度だろう。

 それでも。

 自分の能力が確かに成長した。

 その事実だけで、少し嬉しくなった。

 

 画面を閉じる。

 そして昼間の玲を思い出す。

 最初は俺よりずっと下手だった。

 なのに数十分で。

 目に見えて変わった。

「……あいつ」

 今頃。

 どれくらい上手くなっているんだろう。

 もちろん。

 まだ俺の方が上手い。

 俺には三十八年分の野球知識がある。

 高校までやった経験もある。

 その上。

 成長を自由に振り分けられるシステムまである。

 だから。

 追いつかれるはずがない。

 追い抜かれるはずなんて。

 もっとない。

 俺はそう思いながら、明日玲と何をしようか考えていた。

 この時はまだ。

 水城玲という少年の才能が。

 俺の想像を遥かに超えていることを。

 何も知らなかった。

 

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