全国大会で優勝した。
日本一になった。
メダルをもらった。
優勝旗を掲げた。
写真もたくさん撮られた。
それでも。
大会が終わって家へ帰ると、少しずついつもの生活に戻っていった。
そして。
夏休みが終わった。
「行ってきます」
「いってらっしゃい、日本一」
「母さん、それまだ言うの?」
「だって日本一でしょ?」
「そうだけど」
ランドセルを背負って玄関を出る。
全国大会で戦っていた俺も。
今日からは普通の小学5年生だ。
国語。
算数。
理科。
社会。
また学校生活が始まる。
「おはよう、伊織君」
「おはよう」
少し歩いたところで詩織が合流した。
「メダル持ってきた?」
「持ってきた」
「見せて」
「学校でな」
「今見たい」
「ランドセルの奥だから面倒」
「けち」
いつもの道。
いつもの会話。
ここまでは。
本当に何も変わっていなかった。
◇
校門を入ったところで。
「成瀬だ!」
「え?」
知らない下級生が俺を指差した。
「全国大会でホームラン打った人!」
「……」
「水城君もいる!」
少し後ろから歩いてきた玲まで見つかる。
「ほんとだ!」
「日本一!」
「水城君って100km/h以上投げるんでしょ?」
「109km/h」
玲が即座に訂正した。
「そこ訂正するんだ」
「大事」
「109!?」
「速っ!」
「投げて!」
「ここで?」
「校門で投げるなよ」
まだ朝なのに。
もう人が集まり始めていた。
「……何これ」
「人気者?」
「玲もだろ」
「僕は野球の話ならいい」
「そういう問題か?」
夏休み前とは。
明らかに何かが違っていた。
◇
教室へ入ると。
もっと分かりやすかった。
「成瀬!」
「優勝おめでとう!」
「決勝のホームラン見たぞ!」
「動画も見た!」
「動画?」
「うちの父ちゃんが撮ってた!」
「水城、完全試合したんだろ?」
「15三振」
「すげえ!」
席に着く前に囲まれた。
いつも話す友達だけじゃない。
今までほとんど話したことのないクラスメイトまでいる。
「成瀬って100km/h出るの?」
「ちょうど100」
「水城109なんだろ?」
「そう」
「差ついてんじゃん!」
「……知ってるよ」
「でもホームランは成瀬の方が打つんだろ?」
「まあ」
「全国決勝で逆転ホームランって漫画じゃん」
「3ランな」
「そこ大事?」
「大事」
笑い声が上がる。
なんだろう。
悪くない。
いや。
正直に言えば。
かなり気分がいい。
◇
「水城君、完全試合ってどんな感じだった?」
玲の周りにも人が集まっている。
「普通」
「普通じゃないでしょ」
「三振いっぱい取れた」
「それは知ってる」
「109km/hって投げてて怖くないの?」
「投げる方は怖くない」
「そりゃそうでしょ」
玲は相変わらずだった。
自分が注目されているというより。
野球の話ができることの方が嬉しいらしい。
「水城君って顔もかわいいよね」
「分かる」
「髪も綺麗」
「……」
玲が固まった。
「伊織君」
「何?」
「助けて」
「野球以外の話には弱いんだな」
「どうしたらいい?」
「知らん」
「成瀬君は女子と話すの慣れてそう」
「俺?」
「うん」
「幼馴染が女だからかな」
「藤崎さん?」
「そう」
その名前が出た瞬間。
少し離れた席にいた詩織と目が合った。
「……」
俺が小さく手を上げる。
詩織も少し笑って手を上げた。
でも。
すぐ友達との話に戻った。
◇
1時間目の前。
担任が教室へ入ってきた。
「はいはい。全国優勝した2人に話を聞きたいのは分かるけど、席について」
「先生、今日表彰あるの?」
「あります。全校朝会で2人を紹介します」
「え?」
俺と玲の声が重なった。
「聞いてない」
「昨日、ご家族には連絡してあります」
「母さん何も言ってなかった……」
「成瀬、メダル持ってきた?」
「持ってきました」
「水城も?」
「持ってきた」
「じゃあ大丈夫」
玲を見る。
「壇上行くの?」
「多分」
「何か喋るかな」
「15三振って言う」
「聞かれてから言え」
◇
全校朝会。
体育館に全校生徒が集まった。
「続きまして、夏休みに行われました全国大会において、本校5年生の成瀬伊織さん、水城玲さんが所属する○○リトルが、見事全国優勝を果たしました」
大きな拍手。
「……すごいな」
「全校生徒だから」
「人数の話じゃなくて」
「嬉しい?」
「ちょっと」
「僕も」
名前を呼ばれる。
「成瀬伊織さん、水城玲さん。前へ」
「はい」
「はい!」
2人で壇上へ上がった。
校長先生の横へ並ぶ。
「2人は5年生ながらチームの中心選手として活躍し、水城さんは大会1回戦で完全試合を達成。成瀬さんは準決勝で投手として完投勝利を挙げ、決勝では逆転本塁打を放つなど、優勝に大きく貢献しました」
改めて説明されると。
自分たちのことなのに。
少しおかしく感じる。
「水城さん、最高球速は?」
「109km/hです」
体育館がざわついた。
「えー!」
「速っ!」
「109!?」
玲が少しだけ得意そうに俺を見る。
「良かったな」
「うん」
「成瀬さんも100km/hを記録したそうですね」
「はい」
また。
体育館がざわつく。
「2人ともまだ5年生です。今後の活躍も楽しみにしています」
拍手。
頭を下げる。
顔を上げると。
体育館にいる全員が。
俺たちを見ていた。
◇
前世。
こんな経験はなかった。
野球はやっていた。
でも。
試合に出る選手ではなかった。
学校で名前を呼ばれることも。
知らない下級生に憧れられることも。
大勢から拍手されることも。
ほとんどなかった。
「……」
気持ちいい。
素直に。
そう思った。
◇
朝会が終わった後も。
廊下で声を掛けられた。
「成瀬君、ホームランどうやって打つの?」
「水城君、握手して!」
「野球部なの?」
「リトル」
「次の試合いつ?」
「中学でも一緒に野球するの?」
「プロになる?」
「プロ?」
玲が反応した。
「なるよ」
「え?」
「僕、プロになる」
迷いのない答えだった。
「伊織君も」
「俺まで決めるな」
「ならないの?」
「……なる」
言った瞬間。
周りがまたざわついた。
「2人ともプロ目指してるんだ!」
「すげえ!」
「絶対テレビ出るじゃん!」
「その時、同じ学校だったって言う!」
「もう自慢する気かよ」
笑い声。
でも。
嫌じゃない。
期待される。
名前を呼ばれる。
すごいと言われる。
前世ではほとんど知らなかった感覚だった。
◇
休み時間。
俺の席の周りには。
また人が集まった。
「成瀬、野球教えてよ」
「今?」
「バットの振り方」
「教室で振るなよ」
「放課後は?」
「練習ある」
「じゃあ今度!」
「時間あればな」
「成瀬って勉強もできるよな?」
「普通」
「普通じゃないだろ」
「この前の算数何点?」
「100」
「ほら!」
「小学校の算数だぞ」
「100点は100点だろ」
「運動できて勉強もできるとかズルくね?」
「顔もまあまあじゃね?」
「まあまあって何だよ」
笑う。
人が増える。
話しかけられる。
夏休み前なら。
休み時間に詩織と話していることも多かった。
今日は。
「……」
ふと。
教室の向こうを見る。
詩織は友達と話している。
一瞬。
目が合った。
俺が手を上げると。
詩織も小さく手を上げる。
それだけ。
「成瀬、決勝のホームランってどんな球だった?」
「内角寄りのストレート」
「110くらい?」
「111」
「そこまで覚えてんの?」
「そりゃ覚えてるよ」
すぐ。
また野球の話へ戻った。
◇
昼休み。
「伊織君」
「ん?」
玲が牛乳を持って隣へ来た。
「人、多い」
「お前の周りにもいたじゃん」
「疲れた」
「珍しいな」
「野球の話ならいい」
「女子に顔かわいいって言われて困ってたもんな」
「言わないで」
「顔赤くなってた」
「伊織君」
「悪い悪い」
玲が不満そうに牛乳を飲む。
「でも」
「何?」
「みんな野球のこと知ってた」
「そうだな」
「嬉しい」
「俺も」
素直に答える。
「もっと勝ったら、もっと知ってもらえるかな」
「多分」
「じゃあ来年も勝とう」
「もちろん」
何の疑問もなく答えた。
全国優勝。
学校での表彰。
周りからの称賛。
もっと。
欲しい。
そんな気持ちが。
確かに俺の中にもあった。
◇
放課後。
「伊織君」
校門のところで詩織に呼び止められた。
「一緒に帰る?」
「うん」
並んで歩く。
学校から少し離れると。
ようやく人の声が減った。
「今日すごかったね」
「朝会?」
「それも」
「それも?」
「ずっと人に囲まれてた」
「なんか急に増えた」
「人気者だね」
「玲もだろ」
「伊織君も」
「……そうかな」
「そうだよ」
詩織が前を見る。
「知らない子まで伊織君のこと知ってた」
「俺もびっくりした」
「そっか」
「何?」
「別に」
ほんの少しだけ。
声が違った気がした。
「そういえば次の練習――」
「あ」
また野球の話をしようとして。
詩織が俺を見る。
「何?」
「今日も野球?」
「……」
「別にいいけど」
詩織が笑った。
「日本一だもんね」
「いや、そういう意味じゃ」
「分かってる」
いつもの笑顔だった。
だから。
俺もそれ以上は気にしなかった。
◇
全国優勝して。
変わったものがある。
メダルが増えた。
能力が上がった。
特殊能力も増えた。
そして。
俺たちの周りに。
人が増えた。
前世では知らなかった感覚。
名前を覚えられる。
期待される。
褒められる。
人が集まる。
それは。
能力値が上がるのとは違う。
でも。
どこか似ていた。
積み重ねた結果が。
目に見える形で返ってくる。
「……悪くないな」
その時の俺は。
ただそう思っていた。
その輪の外から。
幼い頃からずっと俺を知っている詩織が。
どんな顔で俺を見ていたのか。
ちゃんとは。
見ていなかった。