転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第43話

 全国大会で優勝して。

 夏休みが終わって。

 学校へ戻ってから。

 成瀬伊織の周りには、明らかに人が増えた。

 同じクラスの男の子。

 今までほとんど話していなかった女の子。

 下級生。

 廊下ですれ違う上級生。

 みんなが伊織の名前を知っている。

「成瀬君、昨日また写真見たよ」

「何の?」

「全国大会の」

「まだ貼ってあるの?」

「あるよ。水城君と一緒のやつ」

「玲の方が目立ってそう」

「でも成瀬君、決勝でホームラン打ったんでしょ?」

「まあ」

 朝からそんな声が聞こえる。

 詩織は自分の席で教科書を出しながら、少しだけそちらを見た。

 伊織は笑っている。

 少し照れているようにも見える。

 でも。

 嬉しいんだと思う。

 詩織には分かる。

 伊織は褒められると、口では平気そうにする。

 でも。

 ほんの少しだけ、口元が緩む。

 昔から。

 そういうところは変わらない。

 

◇

 

「藤崎さんって、成瀬君と幼馴染なんだよね?」

 休み時間。

 同じクラスの女子に聞かれた。

「うん」

「家も近い?」

「近いよ」

「いいなあ」

「何が?」

「だって昔から仲いいんでしょ?」

「まあ……」

 今さらそんなことを言われても。

 伊織は伊織だ。

 幼稚園の頃から一緒。

 朝、一緒に学校へ行くこともある。

 帰り道も何度も歩いた。

 約束を忘れられて怒ったこともある。

 公園で遊んだことも。

 図書館へ行ったことも。

 全国大会で逆転ホームランを打った成瀬伊織より。

「キャッチボールしよう」

 と言って断られた伊織の方が。

 詩織には馴染みがある。

「ねえ」

「何?」

「成瀬君って好きな子いるの?」

「……え?」

 突然。

 変な質問をされた。

「知らない」

「幼馴染なのに?」

「そんなの聞かないよ」

「藤崎さんじゃないの?」

「なんで私なの?」

「だって仲いいじゃん」

「仲いいだけ」

「ふーん」

「何、その顔」

「別に?」

 少しだけ。

 むっとした。

 別に。

 伊織が誰を好きでも。

 関係ない。

 多分。

 

◇

 

 昼休み。

 伊織の席には今日も人が集まっている。

「成瀬、次いつ試合?」

「まだちゃんとは決まってない」

「俺も野球やろうかな」

「やれば?」

「教えてよ」

「いいけど、ちゃんとチーム入った方がいいぞ」

「水城も教えてくれる?」

「玲は投げることしか教えないと思う」

「何それ」

 笑い声。

 少し離れたところでは玲も囲まれている。

「水城君、本当に109km/h?」

「うん」

「次110いく?」

「いく」

「即答だ」

 玲は野球の話だけは楽しそうだ。

 でも女子に、

「水城君、ほんと顔綺麗だよね」

 と言われると。

 少し困った顔になる。

 玲は。

 誰が見ても分かる。

 綺麗だ。

 長めの髪。

 整った顔。

 女の子みたいと言われることもある。

 だから昔から目立っていた。

 伊織は。

「……」

 詩織は少しだけ見つめる。

 昔から見慣れている顔。

 でも。

 最近。

 背が伸びた。

 肩も広くなってきた。

 前より少しだけ。

 男の子っぽくなった気がする。

「藤崎さん」

「え?」

「何見てるの?」

「別に」

「成瀬君?」

「違うよ」

「ほんと?」

「ほんと」

 詩織は前を向いた。

 少し。

 顔が熱かった。

 

◇

 

 前までは。

 休み時間に伊織と話すのは簡単だった。

 席まで行けばいい。

 向こうから来る時もある。

「詩織、この問題分かった?」

「分かった」

「教えて」

「自分でやって」

「冷たい」

 そんな会話。

 今は。

 伊織の周りには大体誰かがいる。

 もちろん。

 声を掛ければ話せる。

「伊織君」

「ん?」

 ちゃんとこちらを見る。

「今日一緒に帰る?」

「うん。練習まで時間あるから」

「分かった」

 それだけ。

 何も変わっていない。

 なのに。

 少しだけ。

 前より声を掛けるのに勇気がいる。

 変なの。

 ずっと知っているのに。

 

◇

 

 放課後。

 2人で帰る。

 学校を出ると。

「成瀬君!」

 下級生が声を掛けてきた。

「何?」

「握手して!」

「握手?」

「日本一だから!」

「いいけど」

 握手。

「やった!」

 下級生が走っていく。

「……すごいね」

 詩織が言う。

「何が?」

「握手頼まれてる」

「俺もよく分かんない」

「嬉しい?」

「ちょっと」

「やっぱり」

 伊織が笑う。

「詩織なら握手無料でいいぞ」

「いらない」

「日本一だぞ?」

「毎日会ってるし」

「それもそうか」

 また笑う。

 こうして2人でいる時は。

 いつもの伊織だ。

 でも。

「成瀬!」

 後ろから同級生の男の子。

「明日休み時間、野球やろうぜ!」

「いいよ」

「水城も呼ぼう!」

「多分来る」

「じゃあな!」

「おう」

 すぐに。

 誰かが伊織を呼ぶ。

 

◇

 

「人気者だね」

「そう?」

「そうだよ」

「まあ、日本一になったからじゃない?」

「それだけかな」

「何?」

「別に」

 詩織自身。

 よく分からない。

 野球がすごいから。

 日本一になったから。

 だから人が集まっている。

 それは分かる。

 でも。

 最近は。

「成瀬君って普通にかっこいいよね」

 そんな話まで聞くようになった。

 最初に聞いた時は。

「そう?」

 としか思わなかった。

 見慣れすぎていたから。

 でも。

 言われてから意識して見ると。

「……」

「詩織?」

「何?」

「また見てた?」

「見てない」

「俺の顔に何かついてる?」

「ついてない」

「じゃあ何」

「知らない」

「何だよ」

 伊織が笑う。

 その笑顔を見て。

 少しだけ。

 胸の辺りが変な感じになった。

 

◇

 

 9月も半ばを過ぎた頃。

「ねえ、伊織君」

「ん?」

「今度の日曜日、空いてる?」

「日曜?」

 伊織が考える。

 詩織はその顔を知っている。

 頭の中で予定を確認している。

 練習。

 自主練。

 玲との練習。

 多分。

 そういうもの。

「午前は練習。午後なら空いてる」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ遊ぼ」

「いいよ」

 すぐ答えた。

「野球しない?」

「しない」

「分かった」

「ほんとに?」

「何だよ」

「最近、休みの日も野球多いから」

「でも午後空いてるだろ」

「うん」

 空いてる。

 ちゃんと。

 自分のための時間がある。

 嬉しい。

 なのに。

「空いてる」

 という言葉が。

 少しだけ引っかかった。

 前は。

 一緒に遊ぶことを。

 予定の空きに入れるような感じではなかった気がした。

 

◇

 

 家へ帰る。

「ただいま」

「おかえり」

 部屋へ戻ってランドセルを置く。

 机の上には。

 秋のピアノ発表会の案内が置いてある。

「……」

 今年も。

 もうすぐ発表会がある。

 前の発表会にも。

 伊織は来てくれた。

 約束を守って。

 ちゃんと見に来て。

「上手かった」

 と言った。

 その時は嬉しかった。

 でも。

 少しだけ。

 物足りなかった。

 何が良かったのか。

 どんなところが好きだったのか。

 そういう話は。

 伊織とはできなかった。

「野球だったら、すごく詳しく話すのに」

 球速。

 変化球。

 打ち方。

 守備。

 何時間でも話せる。

 ピアノは。

「上手かった」

 だけ。

「……」

 嫌なわけじゃない。

 伊織にピアノを好きになってほしいわけでもない。

 でも。

 自分が大切にしているものを。

 もう少しだけ知ってほしい。

 そう思った。

 

◇

 

 日曜日。

 約束した午後。

 公園へ行くと。

 伊織はもう来ていた。

「早い」

「今日は俺が勝ち」

「何の勝負?」

「待ち合わせ」

「そんな勝負してないよ」

「今からした」

「ずるい」

 伊織は野球道具を持っていない。

「今日は本当に野球なし?」

「なし」

「玲君に呼ばれなかった?」

「呼ばれた」

「え」

「断った」

「……そうなんだ」

「約束しただろ」

「うん」

 すごく普通のこと。

 でも。

 前より。

 少し嬉しかった。

 

◇

 

 2人でコンビニへ行って。

 お菓子を買って。

 公園のベンチに座る。

「伊織君」

「ん?」

「発表会の日、決まったよ」

「いつ?」

 日付を伝える。

 伊織が少し考える。

 胸が。

 ほんの少しだけ。

 止まる。

「その日は……」

「うん」

「今のところ試合ない」

「ほんと?」

「うん。行ける」

「……そっか」

「何弾くの?」

「まだ秘密」

「また?」

「来たら分かる」

「じゃあ行く」

「約束?」

「約束」

 詩織は笑った。

 伊織も笑った。

 やっぱり。

 こうしている伊織は。

 昔から知っている伊織だ。

 

◇

 

 少しずつ。

 伊織の周りに人が増えている。

 伊織を知っている人が増えている。

 野球の伊織。

 全国大会でホームランを打った伊織。

 日本一になった伊織。

 100km/hを投げる伊織。

 かっこいいと言われる伊織。

 どれも。

 同じ伊織君。

 でも。

 詩織にとっては。

 朝が少し弱い伊織君。

 負けると次の日の練習が増える伊織君。

 褒められると少し嬉しそうな伊織君。

 約束を1回忘れて。

 今もその話をすると弱い伊織君。

 そういう伊織の方が。

 ずっと馴染みがある。

 そして。

 知らない人たちが知っている伊織が増えるほど。

 自分だけが知っている伊織を。

 大事にしたいと思うようになっていた。

「……変なの」

「何が?」

「何でもない」

「今日それ多くない?」

「伊織君には教えない」

「何だよ」

 詩織は笑った。

 まだ。

 この気持ちに。

 名前をつける必要はない。

 ただ。

 みんなが知っている成瀬伊織と。

 自分が知っている伊織君。

 その2人が。

 少しずつ違うものになっていくような。

 そんな気がしていた。

 

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