転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第44話

 全国大会で日本一になってから。

 秋が来た。

 学校では、相変わらず俺と玲に声を掛けてくる人が多かった。

 野球の大会も続いたけど。

 夏ほど大きな大会ばかりではない。

 勝って。

 練習して。

 また勝って。

 そんな日々が続いた。

 そして。

 詩織と約束していたピアノの発表会にも行った。

「ちゃんと来た」

「約束しただろ」

「野球は?」

「今日はない」

「玲君に誘われなかった?」

「誘われた」

「え」

「断ったよ」

「……そっか」

 発表会が終わった後。

 詩織に聞かれた。

「どうだった?」

「すごかった」

「……それだけ?」

「上手かった」

「増えただけじゃん」

「ちゃんと聞いてたぞ?」

「そういうことじゃないんだけどなあ」

 何が足りないのか。

 俺にはよく分からなかった。

 詩織は少し呆れて。

 それでも最後には笑っていた。

 

◇

 

 秋が終わり。

 冬に入った頃。

 監督から俺と玲に話があった。

「お前ら、中学でも野球続けるんだろ?」

「はい」

「もちろん」

 俺と玲が答える。

「だったら1度、シニアの練習も体験しておけ」

「シニア?」

「中学生の硬式チームだ。今すぐ進路を決めろって話じゃない。ただ、小学生の野球とは色々違う」

 俺と玲は顔を見合わせた。

「行く?」

「行く」

 即答だった。

 

◇

 

 冬のある日。

 監督の紹介で。

 俺たちは近隣のシニアチームの体験練習へ参加した。

 グラウンドへ入って。

 まず感じたのは。

「……でかい」

 中学生。

 当たり前だけど。

 小学生とは身体が違う。

 特に2年生や3年生は。

 肩幅も。

 脚も。

 打球の速さも。

 明らかに違った。

「伊織君」

「何?」

「楽しそう」

「お前もな」

「うん」

 玲の目が。

 完全に野球を見る時の目になっている。

 でも。

 身体の大きさ以上に。

 俺が気になったものがあった。

「マウンド……遠くない?」

「遠いね」

 普段。

 俺たちがリトルで投げている距離とは違う。

 投手板からホームまでが。

 明らかに遠い。

 見ているだけでも分かる。

「ここから投げるのか」

「楽しそう」

「お前それしか言わないな」

 

◇

 

 体験練習の後半。

「水城、投げてみるか?」

「はい!」

 玲が即答した。

「嬉しそうだな」

「投げられるから」

「知ってる」

 玲がマウンドへ向かう。

 その時。

「俺、受けます」

 1人の中学生がキャッチャーミットを持って前へ出た。

 俺たちより当然大きい。

 でも。

 周りの上級生と比べると、まだ少し幼さが残っている。

「榊原、頼む」

「はい」

 監督に呼ばれた名前。

 榊原。

 聞けば。

 まだ中学1年生らしい。

 それなのに。

 先輩たちに混ざっても。

 妙に落ち着いて見えた。

「水城玲だっけ?」

「はい」

「まず軽く投げてみろ」

「全力じゃ駄目ですか?」

「初めてのマウンドでいきなり全力投球する奴があるか」

「……」

「玲、もう怒られてるじゃん」

「怒られてない」

「いいから投げろ」

 榊原さんが構える。

 玲がセットに入る。

 足を上げる。

 そして。

 投げた。

 シュッ!

 バァンッ!

「……!」

 速い。

 球そのものは。

 いつもの玲だった。

 でも。

「ボール」

「……あれ?」

 玲が首を傾げた。

 狙ったのは。

 外角低め。

 実際に来たのは。

 少し高く。

 そして外へ外れた。

「もう1球」

「いいぞ」

 投げる。

 バァンッ!

「ボール」

「……」

 今度は。

 低い。

 玲の表情が変わった。

 3球目。

 バァンッ!

「ストライク」

「入った」

「でも真ん中寄りだな」

 榊原さんが淡々と言う。

「球はすごい。でも、いつもの距離と違うだろ?」

「はい」

「近いところと同じ感覚じゃ投げられない」

 その瞬間。

 俺にしか見えない画面が開いた。

【投球環境の変化を検知しました】

「……?」

【現在の競技カテゴリと異なる投球環境です】

【シニア規格における暫定評価を開始します】

【水城玲の解析情報】

球速     116km/h

コントロール B74

スタミナ   A84

    ↓

【シニア規格・暫定評価】

球速     116km/h

コントロール D58

スタミナ   C68

「……は?」

 思わず声が出た。

「伊織君?」

「いや、何でもない」

 落ちた。

 めちゃくちゃ落ちた。

 球速は。

 変わらない。

 でも。

 コントロール。

 スタミナ。

 別物だ。

【球速は投球そのものの出力を評価しています】

【コントロール・スタミナは投球距離、使用球、身体負荷など競技環境の影響を受けます】

【現在の競技カテゴリ《少年》における能力値に変動はありません】

「暫定評価……」

 つまり。

 玲が弱くなったわけじゃない。

 この場所では。

 今までと同じ能力を発揮できない。

 そういうことか。

 

◇

 

「もう1球お願いします」

 玲が言う。

「いいぞ」

 投げる。

 ボール。

 もう1球。

 ストライク。

 もう1球。

 少し高い。

 それでも。

 投げるたびに。

 少しずつ修正している。

「やっぱすげえな」

 後ろで見ていた中学生が言った。

「本当に小学生?」

「球速どれくらい?」

「116くらい出てるんじゃないか?」

「マジかよ」

 システム上では。

 コントロールD。

 スタミナC。

 でも。

 中学生から見れば。

 それでも十分おかしいらしい。

「もう1球」

 玲が言った。

「待て」

 榊原さんが立ち上がる。

「まだ投げられます」

「投げられるのは見れば分かる」

「じゃあ」

「息、上がってるだろ」

「……」

 玲が黙った。

 俺も気づいた。

 いつもの玲なら。

 この程度の球数で。

 ほとんど呼吸は変わらない。

 でも。

 今は。

 少し肩が上下している。

「遠い分、無意識に力入れてるんだよ」

 榊原さんが言う。

「球速を出そうとすれば、余計にな」

「……はい」

「肩は消耗品だぞ」

 そして。

 玲の目を見る。

「休むのも練習」

「……」

「今日は体験だ。ここで全部出す必要ない」

 玲が。

 珍しくすぐに頷いた。

「分かりました」

 俺は少し驚いた。

 監督に止められても。

「あと1球」

 と言う玲が。

 すぐに引いた。

 榊原さん。

 すごいのかもしれない。

 

◇

 

「成瀬も投げるか?」

「はい」

 今度は。

 俺がマウンドへ上がった。

「……」

 遠い。

 さっきまで外から見ていた時より。

 実際に立つと。

 もっと遠く感じる。

「好きなところに投げてみろ」

 榊原さんがミットを構える。

「はい」

 まず。

 外角低め。

 普段なら。

 かなり自信がある場所。

 投げる。

 シュッ!

 バァンッ!

「ボール」

「……遠っ」

 低い。

「今の悪くないぞ」

「でも届かせようとして最後に力入りました」

「分かる?」

「はい」

「じゃあ次」

 今度は。

 いつものフォームを崩さないように。

 投げる。

 バァンッ!

「ストライク」

 入った。

 でも。

 真ん中寄り。

「……なるほど」

 画面が出る。

【成瀬伊織】

【少年カテゴリ】

球速     106km/h

コントロール A86

スタミナ   A82

    ↓

【シニア規格・暫定評価】

球速     106km/h

コントロール C68

スタミナ   C65

「AがC……」

 俺は。

 コントロールには自信がある。

 玲より。

 ずっと。

 狙ったところに投げられる。

 その俺で。

 C。

 玲よりはまだ投げられる。

 でも。

 普段と同じじゃない。

「成瀬の方が制球は安定してるな」

 榊原さんが言う。

「でも、こっちの距離に慣れた投手の投げ方ではない」

「はい」

「球速もある。身体ができればもっと伸びそうだ」

「……」

 評価されている。

 でも。

 同時に。

 できないこともはっきり分かる。

「伊織君」

 玲が後ろから呼ぶ。

「何?」

「楽しい?」

「……うん」

「僕も」

 俺は。

 もう1度マウンドからホームを見る。

 遠い。

 今までより。

 ずっと。

 なのに。

 少し。

 笑ってしまった。

「面白いな」

「何が?」

「また育てられる」

「?」

「いや、こっちの話」

 小学生の野球では。

 かなり強くなった。

 能力も。

 ほとんどAまで来た。

 でも。

 場所が変われば。

 また足りないものが出てくる。

 コントロール。

 スタミナ。

 身体。

 フォーム。

 まだ。

 上げられる。

「……いいな」

 終わりがない。

 そのことが。

 俺には。

 楽しかった。

 

◇

 

 体験練習が終わった帰り。

「伊織君」

「ん?」

「中学生、面白い」

「そうだな」

「また行きたい」

「まだ6年生にもなってないぞ」

「でも投げたい」

「今日は休め」

「休むのも練習」

「……」

「何?」

「榊原さんの言葉、気に入った?」

「うん」

「珍しいな」

「いいこと言ってたから」

「そこは素直なんだな」

 玲が少し笑った。

 俺も。

 もう1度だけ。

 さっきの表示を思い出した。

【シニア規格・暫定評価】

 今は。

 まだ暫定。

 でも。

 いずれ。

 俺たちは。

 あの距離で野球をする。

 その時。

 能力は。

 どうなるんだろう。

 

◇

 

 冬の間。

 俺たちの身体は。

 また少しずつ変わった。

 食べる量が増えた。

 身長も伸びた。

 腕も。

 脚も。

 去年より明らかに強くなっていく。

 そして。

 春。

 俺たちは6年生になった。

 

◇

 

「新6年生、集合!」

「はい!」

 俺たちは。

 チームの最上級生になった。

 去年までは。

 上に6年生がいた。

 全国大会でも。

 俺たちは5年生。

 どれだけ活躍しても。

「すごい5年生」

 という扱いだった。

 でも。

 今年は違う。

「成瀬」

「はい」

「水城」

「はい」

「今年はお前らが引っ張れ」

「はい!」

 玲と顔を見合わせる。

「伊織君」

「何?」

「僕たちが1番上」

「そうだな」

「じゃあいっぱい投げられる?」

「そこ?」

「エースだから」

「去年からほぼエースだったろ」

「今年はもっと」

「壊れるからやめろ」

「休むのも練習」

「……」

「何?」

「榊原さんみたいなこと言うようになったな」

「いいこと言ってたから」

「ちゃんと覚えてたんだ」

「当たり前」

 少し意外だった。

 でも。

 悪い変化じゃない。

 6年生。

 小学生最後の1年。

 目標は。

 当然。

「全国連覇」

 俺と玲の声が重なった。

 

◇

 

 春最初の練習試合。

 相手は地域でも有名な強豪だった。

 試合前。

 向こうのベンチから視線を感じる。

「あれ水城だろ?」

「去年完全試合した」

「もう110km/h超えてるって聞いたぞ」

「成瀬もいる」

「全国決勝で逆転ホームラン打ったやつ」

「投手もやるんだろ?」

 名前が聞こえる。

「……有名になったな」

「うん」

 玲はあまり気にしていない。

「嬉しくない?」

「試合できる方が嬉しい」

「お前らしいな」

 俺は。

 少し嬉しかった。

 試合をする前から。

 相手が俺たちを知っている。

 全国優勝した。

 その結果が。

 ちゃんと残っている。

 

◇

 

 1回表。

 先発。

 玲。

「プレイ!」

 相手の1番打者が構える。

 ベンチから声が飛ぶ。

「早めに振れ!」

「高め追うな!」

「ストレートに遅れるなよ!」

 明らかに玲対策。

「玲」

「何?」

「有名人」

「伊織君も」

 玲が投げる。

 シュッ!

 バァンッ!

「ストライク!」

 打者は。

 一歩も動かなかった。

「119km/h!」

 相手ベンチが静かになる。

 2球目。

 ストレート。

 ブンッ!

「ストライク!」

 完全に振り遅れている。

 ツーストライク。

 3球目。

 チェンジアップ。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 2番。

 初球。

 118km/h。

 ファウル。

 2球目。

 119km/h。

 空振り。

 3球目。

 チェンジアップ。

 三振。

 そして3番。

 初球。

 119km/h。

「ストライク!」

 2球目。

 玲が振りかぶる。

 投げる。

 シュッ!

 バァンッ!

「ストライク!」

「120km/h!」

「……!」

 玲が。

 マウンド上で笑った。

「出た」

 俺も思わず笑う。

【解析情報が更新されました】

【水城玲の解析情報】

球速 120km/h

【投球動作の効率がさらに向上しています】

【確認済み特殊能力】

奪三振

怪童

「とうとう120か」

 小学生。

 6年生。

 それで。

 120km/h。

 もう。

 速いとかいう話じゃない。

 

◇

 

 1回裏。

「3番、ショート、成瀬!」

 俺の第1打席。

 相手エースは6年生。

 90km/h台後半。

 決して遅い投手じゃない。

 去年なら。

 普通に速いと感じていた。

 でも。

 今は。

「……遅く見える」

 毎日のように。

 118。

 119。

 120。

 そんな球を見ている。

 玲の球を見た後だと。

 待てる。

 初球。

 外角。

 ストライク。

 2球目。

 ボール。

 ワンボール、ワンストライク。

 3球目。

 内角。

「そこ」

 振り抜く。

 カキィン!

 打球は。

 レフトの頭を越える。

 そのまま。

 フェンスの向こうへ。

「ホームラン!」

「よし!」

 第1打席。

 ホームラン。

 去年の後半から。

 明らかに増えた。

 身体が大きくなった。

 パワーも上がった。

 そして。

 パワーヒッター。

 昔みたいに。

「ホームランを打ちたい」

 と思って振り回さなくても。

 甘い球を。

 しっかり捉えれば。

 入る。

 

◇

 

 3回。

 2死2塁。

 俺の第2打席。

「無理に勝負するな!」

 相手ベンチから声。

 初球。

 外。

 2球目。

 外。

 ツーボール。

 3球目。

 さらに外。

 スリーボール。

「……マジか」

 4球目。

 完全なボール。

「フォアボール!」

 1塁へ歩く。

「練習試合だぞ……」

 去年までは。

 全国大会の大事な場面ならあった。

 でも。

 普通の練習試合。

 6年生になった途端。

 これ。

「伊織君」

 ベンチの玲が俺を見る。

「何」

「打てなかったね」

「勝負してもらえなかったんだよ!」

「僕なら投げる」

「お前が相手だったら嫌だよ」

「三振取る」

「もっと嫌だ」

 

◇

 

 4回。

 玲はまだ投げている。

 相手も。

 色々やっていた。

 ストレートを捨てる。

 チェンジアップを狙う。

 バットを短く持つ。

 バント。

 早いカウントから振る。

 でも。

「ストライク! バッターアウト!」

 三振。

 カンッ!

「アウト!」

 凡打。

 そして。

 また三振。

「……暇だ」

 ショートに。

 ほとんど打球が来ない。

「玲!」

「何!」

「ちょっと打たせろ!」

「嫌!」

「俺にも守備させろ!」

「三振取りたい!」

「知ってるよ!」

 相手ベンチから。

「何なんだあいつら……」

 そんな声が聞こえた。

 気持ちは。

 少し分かる。

 

◇

 

 5回を投げ終え。

 玲は交代した。

【水城玲 投球結果】

5回

被安打 1

失点 0

与四球 0

奪三振 13

最高球速 120km/h

「13か」

「十分だろ」

「あと2つ欲しかった」

「完全試合の15と比べんな」

「ヒット1本打たれた」

「1本しか、だろ」

 本人は。

 少し不満そう。

 でも。

 相手ベンチは。

 玲がマウンドを降りた瞬間。

「水城下がったぞ!」

「ここからだ!」

 明らかに元気になった。

「……」

 監督を見る。

 監督も。

 俺を見る。

「成瀬」

「はい」

「最後行け」

「はい!」

 グラブを持つ。

 相手ベンチの空気が。

 また止まった。

「……成瀬?」

「こっちも投げるの?」

「100km/h超えるだろ」

 悪い。

 そうなる。

 

◇

 

 6回。

 先頭。

 初球。

 シュッ!

 バァンッ!

「ストライク!」

「108km/h!」

 玲より。

 12km/h遅い。

 それでも。

 俺には。

 俺の投球がある。

 2球目。

 外角低め。

「ストライク!」

 ツーストライク。

 3球目。

 チェンジアップ。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 2人目。

 内角。

 外角。

 低め。

 最後はチェンジアップ。

 ショートゴロ。

 3人目。

 フルカウント。

 最後。

 外角低め。

 カンッ!

 セカンドゴロ。

「アウト!」

 三者凡退。

 俺は。

 三振1つ。

 ゴロ2つ。

 玲みたいに。

 球そのもので全部ねじ伏せるわけじゃない。

 でも。

 それでいい。

 3つアウトを取れば。

 同じ1イニングだ。

 

◇

 

 試合終了。

 12対0。

「……」

 スコアを見る。

 去年。

 全国大会で戦っていた時は。

 1点。

 1球。

 1打席。

 全部が重かった。

 今は。

 地域の強豪と呼ばれる相手に。

 12対0。

 玲は5回13奪三振。

 俺はホームランを打って。

 最後に1回無失点。

「監督」

「なんだ?」

「俺たち、去年よりかなり強くなってません?」

「去年日本一のチームが弱くなってたまるか」

「いや、そうじゃなくて」

 明らかに。

 周りとの差が広がっている。

 監督が少し笑った。

「お前ら2人は、自分たちが相手からどう見えてるか分かってないだろ」

「どう見えてるんですか?」

 玲が聞く。

「怪物だよ」

「……」

「2人ともな」

 玲が俺を見る。

 俺も玲を見る。

「怪物」

 玲が言う。

「2人」

「うん」

 そして。

 嬉しそうに笑った。

「いいね」

「いいのかよ」

「伊織君と2人なら」

「……まあ」

 悪くない。

 

◇

 

 春の大会が始まっても。

 流れは変わらなかった。

 1回戦。

 15対0。

 2回戦。

 11対1。

 準々決勝。

 9対0。

 俺は。

 打つ。

 走る。

 守る。

 必要なら投げる。

 玲は。

 投げる。

 そして。

 ほとんど打たれない。

「水城先発だって」

「マジかよ……」

 試合前。

 相手チームから。

 そんな声が聞こえることまで増えた。

 少し前なら。

 強い相手と戦う時。

 緊張していたのは俺たちだった。

 今は。

 相手が。

 俺たちを見て緊張している。

 

◇

 

 準々決勝。

 1死満塁。

 俺の打席。

 当然。

 敬遠はできない。

「……こういう時なら勝負してくれるよな」

 初球。

 外角。

 ストライク。

 2球目。

 少し甘い。

「そこ!」

 カキィン!

 打球が高く上がる。

 センターが下がる。

 フェンス。

 越える。

「ホームラン!」

 満塁本塁打。

「っしゃあ!」

 ダイヤモンドを回る。

 最近。

 俺が1番好きな打席。

 それは。

 相手が逃げられない場面だった。

 走者がいる。

 満塁。

 勝負するしかない。

 そこなら。

 思い切り打てる。

 

◇

 

 そして玲は。

 もっとひどかった。

 1回戦。

 4回。

 10奪三振。

 被安打0。

 2回戦は登板なし。

 準々決勝。

 5回。

 14奪三振。

 被安打1。

 俺がショートで捕った打球は。

 わずか2つ。

「玲」

「何?」

「守備させろ」

「僕に言われても」

「お前が三振取りすぎなんだよ」

「じゃあ伊織君が僕から打って」

「……」

「そうしたら守備いらない」

「話変わってるだろ」

 でも。

 玲は本当に。

 俺と勝負したそうだった。

 俺も。

 こいつの球を。

 いつか正式な試合で打ってみたい。

 そんなことを。

 少しだけ考え始めていた。

 

◇

 

 6年生。

 小学生最後の1年。

 俺たちは。

 追う側ではなくなっていた。

 試合をする前から。

 水城玲をどう攻略するか。

 成瀬伊織をどう抑えるか。

 相手が考える。

 それでも。

 ほとんど答えは出ない。

 玲が投げて。

 俺が守る。

 俺が打って。

 必要なら俺も投げる。

 2人の怪物。

 いつの間にか。

 それは。

 俺たちの周りで。

 当たり前の呼び方になり始めていた。

 

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