10月が終わって。
俺は。
予定を組むようになった。
野球。
勉強。
ピアノ。
友達。
自主練。
睡眠。
全部やるなら。
時間を無駄にしなければいい。
そう考えたからだ。
◇
「月曜は練習」
ノートに書く。
「火曜は自主練してから勉強」
水曜。
詩織の家でピアノ。
木曜。
野球。
金曜。
勉強。
土日はチーム練習か試合。
「……いけるな」
前世でも。
仕事の予定くらいは組んでいた。
締切。
会議。
提出物。
今思えば。
自分の人生について。
ここまで真面目に予定を考えたことはなかった。
「朝も使える」
起きる時間を。
30分早くする。
軽く走る。
素振り。
学校。
帰宅後は予定通り。
夜に勉強。
寝る。
「完璧じゃん」
1日は24時間。
増やすことはできない。
なら。
空いている時間を。
全部使えばいい。
◇
翌朝。
「眠い」
開始3日目で。
すでに眠かった。
「伊織君」
「ん……」
「大丈夫?」
「大丈夫」
登校中。
詩織が俺の顔を覗き込む。
「目、半分しか開いてないよ」
「朝走った」
「何時に起きたの?」
「5時半」
「早すぎない?」
「時間増えるから」
「増えてないよ」
「起きてる時間は増える」
「寝る時間減ってるじゃん」
「……」
「それ、駄目なんじゃない?」
正論だった。
「じゃあ今日は早く寝る」
「そうしてください」
「何で敬語?」
「先生です」
「いつからだよ」
詩織が笑った。
◇
放課後。
「伊織君」
「何?」
「今日、帰りに本屋寄らない?」
「今日?」
「うん。新しい楽譜見たいから」
「……」
頭の中で。
予定を確認する。
今日は。
自主練。
その後。
算数と国語。
夜。
筋力トレーニング。
「ごめん。今日は無理」
「そっか」
「水曜なら空いてる」
「水曜はピアノの日でしょ?」
「その前なら30分くらい」
「……30分」
「足りない?」
「ううん」
詩織が笑う。
「じゃあまた今度でいいよ」
「分かった」
そのまま。
俺はグラウンドへ向かった。
◇
「伊織君」
「ん?」
「最近、毎日いるね」
「前からいるだろ」
「前より」
玲がボールを弄びながら言う。
「自主練増やした」
「どうして?」
「もっと速くなりたい」
「僕より?」
「当たり前」
「無理」
「即答すんな」
マウンドへ立つ。
玲は。
秋に入っても速くなっていた。
128km/h。
まだ12歳。
それでも。
毎週のように。
球が強くなっている。
俺だって。
止まってはいない。
「測る?」
「もちろん」
セット。
足を上げる。
身体を前へ運ぶ。
シニアの体験で。
距離が変わっただけで制球もスタミナも落ちた。
あれから。
俺はフォームを少し見直していた。
腕だけじゃない。
下半身。
体重移動。
全身で。
前へ。
「ふっ!」
シュッ!
バァンッ!
「116km/h」
「……よし」
「上がった」
「夏111だったからな」
「5km/h」
「計算早いな」
「僕は?」
「聞くな」
「128」
「知ってるよ!」
まだ12km/h差。
遠い。
でも。
少しずつ。
近づく。
◇
その日。
投げ終えた後。
画面が出た。
【投球動作の改善を確認しました】
【球速経験を獲得しました】
【コントロール経験を獲得しました】
「……」
やっぱり。
時間を使えば。
結果になる。
野球も。
人生能力も。
同じだ。
◇
11月。
学校でも。
少し変化が出始めた。
「成瀬」
「はい」
「この前の理科のまとめテスト」
答案が返ってくる。
100点。
「よし」
「また100?」
後ろから声。
「また」
「ずる」
「何がだよ」
「野球できて勉強もできる」
「勉強すればいいだろ」
「お前、いつ勉強してんの?」
「夜」
「毎日?」
「ほぼ」
「マジか」
前より。
勉強する時間を意識して取っている。
当然。
結果も出る。
【学力経験を獲得しました】
順調。
そう思った。
◇
休み時間。
「伊織君」
詩織が俺の机へ来る。
「今日、放課後どうする?」
「今日?」
「ピアノ」
「あ」
予定を思い出す。
「今日だった」
「……忘れてた?」
「忘れてない」
「今『あ』って言った」
「思い出しただけ」
「それを忘れてたって言うんじゃない?」
「いや、予定には書いてある」
「予定?」
「これ」
ノートを見せる。
詩織が覗き込む。
「……すご」
月曜日から日曜日まで。
ほとんど埋まっている。
「野球」
「うん」
「勉強」
「うん」
「自主練」
「うん」
「ピアノ」
「うん」
「友達」
「……」
詩織が指差す。
「友達って書くんだ」
「予定だから」
「私も?」
「水曜のここ」
指を差す。
「詩織・ピアノ」
「……」
「何?」
「別に」
「またそれ?」
「予定に入ってるんだなって」
「入れないと他と被るだろ」
「そうだね」
詩織は。
少しだけ笑った。
「じゃあ今日、予定通りね」
「もちろん」
俺は。
その時。
何もおかしいと思わなかった。
◇
その日のピアノ。
「今日はこれ」
詩織が簡単な楽譜を出した。
「両手?」
「両手」
「無理」
「やる前から言わない」
「右手だけならいける」
「じゃあ右手から」
弾く。
止まる。
間違える。
「違う」
「今の?」
「そこ」
「分からん」
「もう1回」
また。
最初から。
30分。
40分。
少しずつ。
弾けるようになる。
【芸術経験を獲得しました】
【精神経験を獲得しました】
「お」
「また何か言った?」
「何も」
「最近多いよね」
「独り言」
「変な独り言」
時計を見る。
「……そろそろ帰る」
「もう?」
「予定だとここまで」
「予定」
「夜は勉強」
「そっか」
「また来週」
「うん」
鞄を持つ。
「伊織君」
「何?」
「楽しかった?」
「ピアノ?」
「うん」
「楽しかったよ」
「ほんと?」
「能力も――」
言いかけて。
止まる。
「少し弾けるようになったし」
「そっか」
詩織が笑う。
その笑顔を見て。
俺も笑った。
ただ。
その後。
詩織が何か言おうとしていたことには。
気づかなかった。
◇
11月の終わり。
玲と投げ合った。
「130km/h!」
測定器の数字を見て。
俺は。
しばらく黙った。
「伊織君」
「……何」
「130」
「見れば分かる」
「出た」
「嬉しそうだな!」
「嬉しい」
「くそ……」
130km/h。
とうとう。
玲が。
そこまで来た。
【解析情報が更新されました】
【水城玲の解析情報】
球速 130km/h
【球威・回転効率が向上しています】
【確認済み特殊能力】
奪三振
怪童
「小学生だぞ……」
「伊織君も」
「俺はまだ116」
「遅い」
「お前基準で言うな」
「もっと投げる?」
「投げる」
玲との差が。
また広がる。
俺は。
打撃もやる。
守備もやる。
走塁も。
勉強も。
ピアノも。
友達とも遊ぶ。
玲は。
もちろん学校生活もある。
でも。
俺より。
ずっと多く。
野球に時間を使っている。
「……」
ボールを握る。
「もう1球」
「うん」
投げる。
117km/h。
「よし」
「上がった」
「もう1球」
「投げすぎ」
「あと1球」
「休むのも練習」
「それ俺が教えたんじゃないからな」
「榊原さん」
「分かってるよ」
それでも。
あと1球だけ。
投げた。
◇
12月。
人生能力を確認する。
【成瀬 伊織】
年齢:12歳
【人生能力】
学力 B76
運動 A89
容姿 A83
芸術 C53
社交 B70
精神 B79
「社交B」
上がった。
芸術も。
学力も。
ちゃんと伸びている。
「いい感じじゃん」
全部。
少しずつ。
育っている。
次。
野球能力。
【成瀬 伊織】
競技カテゴリ:少年
【野手能力】
弾道 3
ミート A87
パワー A85
走力 A82
肩力 A87
守備力 A89
捕球 A84
【投手能力】
球速 117km/h
コントロール A89
スタミナ A86
【変化球】
チェンジアップ 3
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
パワーヒッター
チャンス○
盗塁○
対ピンチ○
低め○
「こっちも上がってる」
問題ない。
何も捨ててない。
野球も。
人生能力も。
全部。
伸びている。
「やっぱりできる」
時間を決めて。
効率よくやれば。
全部取れる。
そう思った。
◇
翌日。
放課後。
「伊織君」
「何?」
「今日、一緒に帰らない?」
「今日?」
予定を思い出す。
自主練。
その後。
勉強。
「ごめん。今日は無理」
「そっか」
「明後日なら」
「明後日はいいよ」
「じゃあ明後日」
「うん」
詩織が笑う。
俺も。
笑った。
約束を破ったわけじゃない。
嫌なことを言ったわけでもない。
ちゃんと。
別の日も提案した。
だから。
問題ない。
そう思っていた。
俺の予定表では。
全部。
ちゃんと収まっていた。
野球も。
勉強も。
友達も。
詩織も。
何1つ。
取りこぼしていない。
少なくとも。
数字の上では。