年が明けた。
6年生として過ごす時間も。
残り少なくなってきた。
卒業。
中学。
シニア。
少しずつ。
次の言葉が増えていく。
でも。
俺と玲が考えていることは。
結局。
同じだった。
「最後も勝つ」
「うん」
小学生最後の全国大会。
全国連覇。
俺たちにとって。
最後の目標だった。
◇
冬の間。
俺の身体は。
急に変わり始めていた。
身長が伸びた。
脚が長くなった。
体重も増えた。
去年まで着ていた服が。
少しずつ小さくなる。
そして。
それは。
野球にも出た。
「成瀬、もう1回」
「はい!」
監督に言われて。
マウンドへ立つ。
セット。
足を上げる。
前へ。
身体を運ぶ。
腕を振る。
シュッ!
バァンッ!
「121km/h!」
「っしゃ!」
思わず声が出た。
夏。
111km/h。
秋。
114。
116。
117。
そして。
身体が大きくなってから。
一気に。
120を超えた。
【球速 120km/h → 121km/h】
【成長期による身体能力の向上を確認しました】
【投球動作との適応が進んでいます】
「来た……」
「伊織君」
玲が測定器を見る。
「何?」
「速くなった」
「ようやくな」
「でも」
「言うな」
「まだ僕の方が速い」
「言うなって言ったよな?」
玲が笑う。
「何km/h?」
「聞く?」
「聞きたくない」
「133」
「聞いてない!」
133km/h。
もう。
何度聞いてもおかしい。
でも。
前ほど。
遠いとは思わなくなった。
俺も。
120を超えた。
投手として。
少しずつ。
同じ場所へ近づいている。
◇
ただ。
玲は。
速いだけじゃなくなっていた。
「もう1球」
「うん」
俺が打席へ入る。
玲が投げる。
ストレート。
133km/h。
ブンッ!
「……っ」
「遅い」
「うるさい」
2球目。
同じ腕の振り。
ボールが。
少し遅れてくる。
「チェンジアップ!」
カンッ!
先端。
ファウル。
「今の当てた」
「当てただけ」
「次打つ」
「打たせない」
3球目。
ストレート。
高め。
振らない。
「ボール」
「見た」
「見た」
4球目。
低め。
沈む。
「……!」
思わずバットが止まる。
でも。
球は。
ストライクゾーンの下へ落ちた。
「今の何?」
「少し握り変えた」
「チェンジアップ?」
「多分」
「多分って何だよ」
玲自身も。
まだ。
はっきり分かっていない。
でも。
こいつは。
投げながら。
勝手に新しい感覚を見つけていく。
【水城玲の解析情報】
球速 133km/h
コントロール B78
スタミナ A87
【変化球】
チェンジアップ 3
【確認済み特殊能力】
奪三振
怪童
【新たな変化の兆候を確認しています】
「……」
また。
先に行く。
だったら。
追うしかない。
◇
全国大会まで。
あと2週間。
俺は。
予定表を。
さらに細かくした。
朝。
学校。
放課後。
自主練。
勉強。
筋トレ。
睡眠。
ピアノは。
週1。
友達と遊ぶ時間も。
少し。
全部。
残した。
「伊織君」
「何?」
「これ、前より細かくなってない?」
詩織が。
俺のノートを覗き込む。
「効率化」
「15分単位?」
「無駄なく使える」
「……疲れない?」
「慣れた」
「ほんと?」
「うん」
実際。
数字は伸びている。
学力。
芸術。
社交。
野球。
全部。
「全国大会終わったら」
「ん?」
「どこか行かない?」
「どこ?」
「まだ決めてない」
「いつ?」
「大会終わった次の日とか」
「……」
頭の中で。
予定を確認する。
大会翌日。
今のところ。
空いている。
でも。
もし負けたら。
練習したくなるかもしれない。
もし勝ったら。
もっと練習したくなるかもしれない。
「午後なら」
俺は答えた。
「午後?」
「午前は空けときたい」
「野球?」
「多分」
「……そっか」
「午後ならちゃんと空ける」
「うん」
詩織は笑った。
約束した。
予定表にも書いた。
だから。
今度は。
大丈夫だと思った。
◇
全国大会。
1回戦。
8対0。
2回戦。
7対1。
準々決勝。
6対0。
去年より。
相手の警戒は。
明らかに強かった。
「水城には振り負けるな!」
「成瀬は歩かせてもいい!」
「3番の前に走者出すな!」
名前を。
知られている。
対策される。
それでも。
勝った。
玲は。
ほとんど打たれない。
俺は。
勝負されれば打った。
歩かされれば。
走った。
守備では。
ショートから。
何度もアウトを取った。
普通にやれば。
勝てる。
そんな試合が。
続いた。
◇
準決勝。
相手は。
去年から全国上位に残っている強豪だった。
先発は。
俺。
「成瀬が投げるぞ!」
「水城じゃない!」
相手ベンチから。
少しだけ。
安堵したような声が聞こえた。
「……聞こえてるんだけど」
マウンドで。
少し腹が立った。
「プレイ!」
初球。
外角低め。
シュッ!
バァンッ!
「ストライク!」
「122km/h!」
相手ベンチが。
静かになった。
「悪いな」
玲ほどじゃない。
でも。
俺だって。
去年の俺じゃない。
◇
1回。
三者凡退。
2回。
ヒット1本。
無失点。
3回。
1死2塁。
相手4番。
強い。
初球。
内角。
ファウル。
2球目。
外。
ボール。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
チェンジアップ。
空振り。
ワンボール、ツーストライク。
4球目。
低め。
見送られる。
ツーボール、ツーストライク。
「……」
去年なら。
三振を取りにいったかもしれない。
でも。
今は。
玲と投げ方が違うことを。
分かっている。
俺の武器は。
速さだけじゃない。
外角低め。
ストレート。
カンッ!
ショート正面。
「よし!」
自分で捕る。
3塁を確認。
1塁へ。
「アウト!」
2死3塁。
次の打者も。
低めを打たせて。
セカンドゴロ。
無失点。
【対ピンチ○】
既に持っている能力。
でも。
前より。
使えている感覚があった。
◇
5回。
2対1。
1点リード。
2死1、3塁。
相手の3番。
打席へ向かう前。
監督が来た。
「まだ行けるか?」
「行けます」
「球数は?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
スタミナA86。
まだ。
投げられる。
でも。
少しだけ。
腕は重い。
去年より。
球速が上がった分。
身体への負担も増えている。
「無理なら言え」
「はい」
マウンドへ戻る。
玲が。
ショートに入っている。
「伊織君」
「何?」
「三振?」
「いや」
「じゃあ?」
「アウト取る」
「分かった」
それだけ。
初球。
外角低め。
ストライク。
2球目。
内角。
ファウル。
ツーストライク。
3球目。
チェンジアップ。
見送られる。
ワンボール、ツーストライク。
4球目。
外角。
ボール。
ツーボール、ツーストライク。
5球目。
低め。
ストレート。
カンッ!
強いゴロ。
俺の右。
抜ける。
「玲!」
ショートの玲が。
横っ飛び。
捕る。
起き上がる。
1塁。
「アウト!」
「っしゃあ!」
玲が。
俺を見る。
「守った」
「ありがとう」
「三振じゃなくてもいいね」
「お前が言うと説得力ないな」
笑った。
◇
6回。
最後まで投げた。
【成瀬伊織 投球結果】
6回
被安打 4
失点 1
与四球 1
奪三振 8
最高球速 122km/h
勝った。
4対1。
決勝進出。
「伊織君」
「何?」
「速かった」
「122」
「僕の方が速い」
「褒めるなら最後まで褒めろよ」
「でも良かった」
「……ありがと」
玲が。
笑った。
◇
決勝。
先発は。
玲。
俺は。
ショート。
相手は。
全国でも。
玲の球に食らいつける打者を揃えていた。
それでも。
初回。
三振。
三振。
セカンドゴロ。
2回。
三振。
ファウルフライ。
三振。
3回。
初ヒット。
でも。
後続を。
連続三振。
そして。
5回。
「133km/h!」
「まだ出るのかよ……」
相手ベンチから。
声が漏れる。
俺も。
思う。
本当に。
こいつは。
どこまで行くんだろう。
◇
試合は。
3対0。
最終回。
2死。
走者なし。
あと1人。
「玲!」
ショートから声を掛ける。
玲が。
振り返る。
「何?」
「最後」
「うん」
「三振?」
「もちろん」
「だと思った」
最後の打者。
初球。
131km/h。
ストライク。
2球目。
チェンジアップ。
空振り。
ツーストライク。
3球目。
高め。
133km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「ゲームセット!」
一瞬。
静かになって。
次の瞬間。
「よっしゃあああ!」
ベンチから。
みんなが飛び出した。
俺も。
玲のところへ走る。
「勝った!」
「うん!」
「2連覇!」
「日本一!」
去年とは。
少し違う。
去年は。
信じられないような気持ちだった。
今年は。
勝つつもりで来て。
勝った。
それでも。
嬉しいものは。
嬉しい。
◇
【水城玲 投球結果】
6回
被安打 2
失点 0
与四球 1
奪三振 14
最高球速 133km/h
【解析情報が更新されました】
【水城玲の解析情報】
球速 133km/h
コントロール B79
スタミナ A88
【確認済み特殊能力】
奪三振
怪童
「14か」
「あと1つ」
「完全試合の時と比べるなって」
「でも日本一」
「そこは喜べ」
「嬉しい」
「ならいい」
玲が。
笑う。
小学生最後の全国大会。
全国優勝。
2連覇。
これ以上ない。
終わり方だった。
◇
表彰式。
メダルを首に掛ける。
写真。
拍手。
歓声。
去年より。
俺たちの名前を呼ぶ声が多い。
「水城君!」
「成瀬君!」
「こっち向いて!」
「成瀬君、ホームランすごかった!」
「水城君133km/hって本当!?」
気持ちいい。
やっぱり。
そう思う。
勝って。
強くなって。
認められる。
もっと。
上へ行きたい。
中学。
高校。
その先。
全部。
勝ちたい。
◇
家へ帰ったのは。
夜だった。
疲れていた。
でも。
興奮して。
なかなか眠れない。
ベッドに入って。
スマホもない時代の天井を見ながら。
明日のことを考える。
「明日……」
午前。
空けてある。
午後。
詩織。
ちゃんと。
予定表に書いてある。
だから。
大丈夫。
そのはずだった。
ただ。
俺の頭の中では。
既に。
明日の午前中にやる自主練の内容を。
考え始めていた。