シニアに入って。
2週間が経った。
最初に思ったことは。
「中学生、強いな」
だった。
当たり前だけど。
小学生とは。
全然違う。
打球が速い。
走るのも速い。
肩も強い。
何より。
身体が大きい。
俺の能力は。
中学カテゴリでも。
全部C。
中学3年生まで含めた基準で。
どの能力も十分に通用する。
1年生として見れば。
かなり高いはずだ。
実際。
同級生との練習なら。
ほとんど困らない。
それでも。
2年生。
3年生になると。
俺より上手い選手がいる。
小学生の全国大会では。
ほとんど見なくなっていた感覚。
自分より。
上がいる。
◇
「成瀬!」
「はい!」
ノック。
三遊間。
強い打球。
追いつく。
捕る。
身体をひねる。
1塁へ。
「セーフ!」
「くそっ」
「今の握り直しただろ!」
「はい!」
「中学じゃその一瞬で間に合わなくなるぞ!」
「はい!」
小学校なら。
アウトにできていた。
でも。
今走っているのは。
3年生。
足も。
スタートも。
小学生とは違う。
【守備力 C68】
中学カテゴリでも。
十分に通用する守備力。
1年生としてなら。
むしろかなり高い。
それでも。
全国を目指す3年生相手なら。
まだ足りない場面がある。
「もう1本お願いします!」
「いいぞ!」
カキィン!
次。
正面。
今度は。
捕ってすぐ投げる。
「アウト!」
「よし!」
できなかったことが。
次はできる。
これだ。
この感じ。
久しぶりだった。
◇
ブルペンでは。
「違う」
バァンッ!
「そこじゃない」
バァンッ!
「水城」
「はい」
「俺のミット見えてる?」
「見えてます」
「じゃあ何で3球続けて高い?」
「……」
玲が黙る。
受けているのは。
榊原さん。
「球速はいらないって言ってるだろ」
「でも」
「でもじゃない」
「130くらいしか出してません」
「それを速いって言ってんだよ」
「……」
玲にとって。
130km/hは。
もう。
抑えている球らしい。
「化け物の会話だな」
三上が隣で言う。
「130で抑えてるって何?」
「俺に聞くな」
「成瀬は124だっけ?」
「今はな」
「十分おかしいからな?」
「玲見た後に言われても」
「2人とも壊れてるんだよ」
黒田が呆れたように言った。
玲の球速は。
中学1年生としてどうこうじゃない。
中学生全体で見ても。
すでに異常。
ただ。
今の玲には。
大きな弱点がある。
【コントロール D58】
5年生の冬。
初めてこのマウンドに立った時と同じ。
距離が変わった。
身体の使い方が変わった。
小学生の頃なら。
当たり前のように投げられた場所へ。
まだ。
思った通りに投げきれない。
「もう1球お願いします」
「いいぞ」
榊原さんが。
外角低めへ構える。
玲が投げる。
シュッ!
バァンッ!
「ボール」
低い。
「……」
「今の何が悪かった?」
「リリースが少し早い」
「分かってるなら直せ」
「はい」
次。
投げる。
バァンッ!
「ストライク」
「……」
「今の」
「はい」
「忘れるな」
「はい!」
玲の顔が。
少し嬉しそうになる。
135km/hを投げられる。
それでも。
狙った場所へ投げるだけで。
新しい課題になる。
中学生になったんだと。
改めて思った。
◇
その日の後半。
「今日は実戦形式やるぞ!」
監督の声が響いた。
1年生も。
上級生に混ざる。
「成瀬」
「はい」
「ショート」
「はい!」
「水城」
「はい!」
「最初の2イニング投げろ」
「はい!」
玲の声だけ。
明らかに大きかった。
「嬉しそう」
「投げられるから」
「知ってる」
俺は。
ショートへ向かう。
マウンドには玲。
そして。
打席には。
2年生。
「1番、センター。橘」
初めて。
まともに見る。
橘恭平。
2年生。
センター。
左打ち。
細身。
特別。
身体が大きいわけじゃない。
でも。
練習を見ていれば分かる。
この人。
上手い。
打つ。
走る。
守る。
肩も強い。
何より。
動きに無駄がない。
「水城」
橘さんが打席で笑う。
「本当に135出る?」
「出ます」
「じゃあ見せて」
「はい」
「玲」
俺が声を掛ける。
「何?」
「力むなよ」
「分かってる」
多分。
分かってない。
◇
初球。
玲が投げる。
シュッ!
バァンッ!
「ボール!」
135km/h。
高い。
「速っ」
三上の声。
橘さんは。
振らない。
2球目。
134km/h。
真ん中寄り。
カキンッ!
「ファウル!」
「……」
玲の顔が。
少し変わった。
小学生相手なら。
前に飛ばすどころか。
バットに当たらないことも多かった。
でも。
橘さんは。
普通に。
当てた。
「もう1球」
玲が小さく言う。
3球目。
チェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク!」
空振り。
ワンボール、ツーストライク。
玲の顔が。
少し笑う。
4球目。
ストレート。
外角。
今度は。
いいコース。
132km/h。
カンッ!
「ファウル!」
「……」
また。
当てた。
5球目。
内角。
133km/h。
カキンッ!
「ファウル!」
また。
「すげえ」
思わず声が出た。
玲の球を。
3球続けて。
ファウル。
それも。
ただ当たっているんじゃない。
ちゃんと。
タイミングを合わせ始めている。
「玲!」
「分かってる!」
6球目。
チェンジアップ。
橘さんの身体が。
少し前に出る。
でも。
止まった。
「ボール!」
ツーボール、ツーストライク。
「見た……」
玲が。
完全に。
楽しそうだった。
7球目。
ストレート。
高め。
134km/h。
カキィン!
「っ!」
打球。
センター方向。
速い。
俺の左。
抜ける。
「ヒット!」
橘さんが。
1塁へ走る。
玲が。
マウンドで。
打球を見送っていた。
「玲」
「……」
「大丈夫?」
「うん」
顔を見る。
悔しそう。
でも。
それ以上に。
笑っていた。
「伊織君」
「何?」
「中学生、楽しい」
「だろうな」
こんな顔。
小学生の試合では。
最近。
あまり見なくなっていた。
◇
次の打者。
3年生。
「2番、キャッチャー。榊原」
「え」
榊原さんが。
打席へ入る。
「自分で受けてたのに打つんですか?」
「実戦だからな」
「玲の球知ってるじゃないですか」
「知ってるから打てるとは限らないだろ」
「……」
玲が。
さらに嬉しそうになる。
「三振取ります」
「やってみろ」
初球。
ストレート。
133km/h。
「ストライク!」
2球目。
チェンジアップ。
ファウル。
ツーストライク。
「追い込んだ」
「うん」
3球目。
玲は。
高めの速球。
榊原さん。
振る。
カキィン!
「うわ」
強烈な打球。
俺の正面。
「来た!」
腰を落とす。
捕る。
「っ!」
重い。
でも。
弾かない。
握る。
2塁。
高瀬が入る。
「アウト!」
1塁へ。
「アウト!」
ダブルプレー。
「よし!」
思わず声が出た。
「ナイス、成瀬!」
「はい!」
玲が。
マウンドから俺を見る。
「伊織君」
「何?」
「助かった」
「珍しいな」
「何が?」
「お前がそういうこと言うの」
「アウトになったから」
「そりゃそうだけど」
少し。
嬉しかった。
◇
玲は。
2イニングを投げた。
被安打2。
四球2。
失点1。
奪三振3。
最高球速135km/h。
「打たれた」
ベンチへ戻るなり。
玲が言った。
「普通に」
「うん」
「しかもフォアボール2つ」
「うん」
「どう?」
「楽しかった」
「だと思った」
小学生最後の頃。
玲が1試合で2安打されれば。
「打たれたな」
というくらいだった。
でも。
今日。
たった2イニング。
それで。
2安打。
2四球。
1失点。
「もっと投げたい」
「今日は終わり」
榊原さんが言う。
「でも」
「水城」
「はい」
「今のお前が必要なのは、135を136にすることじゃない」
「……」
「135を狙ったところへ投げることだ」
「はい」
「あと」
榊原さんが。
少し笑う。
「打たれた時に嬉しそうな顔するな」
「楽しかったので」
「まあ、それは分かるけどな」
玲も笑った。
◇
次。
俺の打席。
「成瀬」
「はい」
「相手は3年のエース」
「……いいですね」
「お前も水城と同じ顔してるぞ」
「マジですか」
マウンドを見る。
3年生。
球速。
測定器では。
130km/h前後。
中学生として。
普通に速い。
それに。
玲とは違う。
狙ったところへ。
しっかり投げてくる。
「プレイ!」
初球。
外角。
ストレート。
速い。
「ストライク!」
「……」
見送った。
玲ほどじゃない。
でも。
球速だけじゃない。
高さ。
コース。
タイミング。
全部が。
嫌な場所に来る。
2球目。
変化球。
外へ逃げる。
ブンッ!
「ストライク!」
「スライダー……」
初めて。
まともに見る。
鋭く横へ曲がる球。
ツーストライク。
「まずい」
3球目。
ストレート。
内角。
カンッ!
詰まる。
セカンドゴロ。
「アウト!」
「……」
1塁を駆け抜ける。
普通に。
打ち取られた。
悔しい。
でも。
「面白いな」
口元が。
勝手に上がった。
◇
2打席目。
今度は。
スライダーを待った。
初球。
ストレート。
見逃し。
ストライク。
2球目。
外。
ボール。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
来た。
スライダー。
「そこ!」
振る。
カキンッ!
「ファウル!」
当たった。
でも。
少し先。
「もう少し」
4球目。
ストレート。
低め。
ボール。
ツーボール、ツーストライク。
5球目。
また。
スライダー。
「っ!」
振る。
カキィン!
打球は。
三遊間。
「抜けろ!」
ショートが飛びつく。
届かない。
「ヒット!」
「よし!」
1塁へ。
嬉しい。
小学校の全国大会で。
ホームランを打った時とは。
違う。
ただの。
シングルヒット。
なのに。
すごく。
嬉しかった。
相手は。
3年生。
中学カテゴリでも。
上のレベルにいる投手。
その相手から。
1年生の俺が。
1本打った。
今のCという評価が。
決して。
弱い数字じゃないことも。
よく分かる。
それでも。
もっと上がある。
◇
実戦形式が終わった後。
「成瀬」
声を掛けられた。
「はい」
橘さん。
「守備うまいね」
「ありがとうございます」
「1年であれだけ動けるなら、かなりいい」
「まだ榊原さんたちの打球は速いですけど」
「それは3年だからね」
橘さんが笑う。
「打つのも」
「さっき1本だけですけど」
「1年であれ打てるなら十分」
「橘さんも玲から打ったじゃないですか」
「あれ?」
「はい」
「たまたま」
「絶対嘘ですよね」
橘さんが笑う。
そして。
少しだけ。
俺を見る。
「成瀬ってさ」
「はい」
「投手もやるんでしょ?」
「やります」
「ショートも?」
「はい」
「打つのも好き?」
「好きです」
「走るのも?」
「好きです」
「守備は?」
「好きです」
「……」
橘さんが。
少し笑った。
「全部できる人って」
「はい」
「何が1番好きなの?」
「……」
答えようとして。
止まった。
打つ。
好き。
守る。
好き。
投げる。
好き。
走る。
好き。
「全部です」
俺は答えた。
「そっか」
橘さんは。
それ以上。
何も言わなかった。
でも。
なぜか。
その質問だけが。
少し。
頭に残った。
◇
帰宅して。
画面を開く。
【中学カテゴリでの実戦経験を獲得しました】
【ミート経験を獲得しました】
【守備経験を獲得しました】
【肩力経験を獲得しました】
「やっぱり」
上がる。
相手が強い。
だから。
経験も増える。
「いいな」
小学生では。
勝つことが。
当たり前になっていた。
中学では。
今の俺でも。
十分通用する。
でも。
まだ。
できないこともある。
打てない球。
間に合わない守備。
身体の差。
知らない変化球。
全部。
伸びしろだ。
「全部上げる」
また。
そう思った。
◇
翌日。
学校。
「来月、中間テストがあります」
「……」
先生の言葉に。
クラスがざわついた。
「中学校では、定期テストの結果で学年順位も出ますからね」
「学年順位?」
俺は。
少しだけ。
姿勢を正した。
小学校では。
100点を取る。
それで終わりだった。
今度は。
順位が出る。
つまり。
比べられる。
「……面白そう」
野球だけじゃない。
学校でも。
中学生の育成が。
本格的に始まろうとしていた。