5月の終わり。
シニアの練習前。
監督から。
全員集合がかかった。
「来月から夏の全国大会につながる予選が始まる」
空気が変わる。
3年生にとっては。
最後の夏。
俺たち1年生とは。
意味が違う。
「大会登録メンバーを発表する」
「はい!」
名前が。
順番に呼ばれていく。
榊原さん。
橘さん。
3年生。
2年生。
そして。
「成瀬」
「はい!」
呼ばれた。
「水城」
「はい!」
玲も。
呼ばれた。
それから。
最後まで。
高瀬。
黒田。
三上の名前は。
呼ばれなかった。
◇
「いいなあ」
発表が終わって。
三上が。
露骨に口を尖らせた。
「俺もベンチ入りしたかった」
「次入ればいいだろ」
黒田が言う。
「簡単に言うなよ」
「俺も入ってねえし」
「悔しくないの?」
「悔しい」
「じゃあもっと悔しそうにしろよ」
「どうやって?」
「こう!」
三上が。
地面を叩く。
「くそおおおお!」
「うるせえ」
「気持ちが足りない!」
「お前の気持ちが多すぎる」
高瀬が。
俺と玲を見る。
「2人は入ると思ってた」
「そう?」
「成瀬はどこでも使えるし」
「うん」
「水城は135km/h」
「うん」
「それだけでベンチに置く価値あるでしょ」
「僕、投げるよ」
「いや俺に言われても」
玲は。
もう。
試合で投げるつもりだった。
「でも」
高瀬が続ける。
「水城」
「何?」
「コントロールDなんだろ?」
「……」
俺が。
反射的に高瀬を見る。
「何で知ってるんだ?」
「何が?」
「いや、何でもない」
危ない。
D評価を知っているのは。
俺だけだ。
「最近、ブルペンで結構荒れてるから」
「ああ」
そういう意味か。
「135あってもストライク入らなかったら使えないからね」
「入る」
「この前4球連続ボールだった」
「あれは調整」
「便利な言葉だね」
「高瀬」
「何?」
「今度受けて」
「いいよ」
「絶対三振取る」
「俺キャッチャーなんだけど」
「じゃあ打席立って」
「話変わってるだろ」
この2人。
意外と。
相性いいかもしれない。
◇
練習が始まる。
大会メンバーに入ったからといって。
すぐ試合に出られるわけじゃない。
レギュラーの中心は。
当然。
3年生。
ショートにも。
3年生の先輩がいる。
投手も。
3年生のエースがいる。
捕手は榊原さん。
センターには橘さん。
俺と玲は。
あくまで。
1年生の控えだった。
それでも。
「悪くない」
むしろ。
少し嬉しかった。
小学生の最後は。
最初から。
俺たちが中心だった。
今は違う。
上がいる。
追いかける相手がいる。
◇
「成瀬!」
「はい!」
「今日はセカンドも入れ」
「セカンドですか?」
「ショートだけじゃなく、内野全部できるようにしとけ」
「はい!」
サード。
セカンド。
ショート。
練習では。
色々な場所に入る。
守備位置が変わると。
同じ打球でも。
見え方が違う。
「面白い」
セカンドから。
ゲッツー。
ベースへ入る。
送球を受ける。
反転。
1塁。
「アウト!」
「今のいいぞ!」
「はい!」
【守備経験を獲得しました】
【送球経験を獲得しました】
また。
伸びる。
控えだからこそ。
色々やらされる。
それも。
俺には。
都合が良かった。
◇
玲は。
相変わらず。
榊原さんに捕まっていた。
「水城」
「はい」
「外低め10球」
「はい」
「球速はどうでもいい」
「はい」
「10球中7球入れろ」
「はい」
1球目。
ストライク。
2球目。
ボール。
3球目。
ストライク。
4球目。
高い。
「水城」
「はい」
「今、力入れただろ」
「少し」
「何で?」
「速くなりそうだったから」
「目的覚えてる?」
「外低め」
「そうだよな?」
「はい」
俺は。
笑いを堪える。
「成瀬」
「はい!」
「笑ってる暇あるなら、お前も投げろ」
「はい!」
バレた。
◇
俺も。
隣のブルペンに入る。
「外低め」
「はい」
同じ課題。
投げる。
バァンッ!
「ストライク」
もう1球。
同じフォーム。
同じ腕の振り。
バァンッ!
「ストライク」
3球目。
チェンジアップ。
腕の振りを。
変えない。
バァンッ!
「……いいな」
「はい」
「今のストレートと同じに見えた」
「本当ですか?」
「ああ」
もう1度。
ストレート。
次。
チェンジアップ。
「そう。それ」
榊原さんが言う。
「球種で腕の振り変えるなよ」
「はい」
「打者に分からせない」
「はい」
何度も。
繰り返す。
同じ場所から。
同じように。
放す。
【特殊能力候補《リリース○》の習得条件が進行しています】
前にも見た表示。
「もう少し」
あと。
一歩。
◇
そして。
予選初戦。
俺は。
ベンチにいた。
「緊張する?」
隣。
玲が聞いてくる。
「少し」
「僕は投げたい」
「聞いてない」
「いつ投げるかな」
「監督に聞け」
「聞いた」
「聞いたの?」
「展開次第って」
「じゃあ待て」
「うん」
返事だけは。
素直だ。
試合が始まる。
先発は。
3年生のエース。
キャッチャー。
榊原さん。
センター。
橘さん。
俺たちは。
見る。
まず。
上級生の野球を。
◇
1回。
先頭打者。
初球。
ストライク。
2球目。
外。
3球目。
内角。
詰まらせる。
ショートゴロ。
「上手い」
球速だけじゃない。
打者の反応を見て。
次を変える。
榊原さんが。
試合を作っている。
2番。
追い込む。
低めの変化球。
空振り三振。
3番。
初球。
外角。
ゴロ。
三者凡退。
「玲」
「何?」
「見てる?」
「見てる」
「何が違う?」
「無駄な球が少ない」
「だよな」
玲が。
少し考える。
小学校では。
玲の球なら。
真ん中近くでも。
打たれなかった。
でも。
中学では。
それだけじゃない。
◇
試合は。
こちらが優勢に進んだ。
3回。
橘さんが。
左中間を破る。
三塁打。
「速っ」
三上がいたら。
絶対叫んでいただろう。
続く。
榊原さん。
犠牲フライ。
1点。
さらに。
打線がつながる。
5回終了。
6対0。
「成瀬」
「はい!」
監督に呼ばれる。
「次、代打」
「はい!」
来た。
公式戦。
中学生になって。
初めての打席。
◇
「6回表。代打、成瀬」
打席へ入る。
相手投手。
右。
球速は。
120km/h台中盤くらい。
小学生なら。
速い。
でも。
今の俺なら。
見える。
初球。
外角。
ストライク。
見送る。
「……」
2球目。
変化球。
低い。
ボール。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
内角。
ストレート。
「そこ」
振る。
カキィン!
打球。
左中間。
「抜けた!」
走る。
1塁。
蹴る。
「2つ!」
コーチの声。
2塁へ。
「セーフ!」
立ち上がる。
「よし!」
中学生。
初公式打席。
二塁打。
ベンチから。
声が飛ぶ。
「ナイス、成瀬!」
「はい!」
嬉しい。
小学生の時とは。
少し違う。
自分が主役じゃないチームで。
与えられた。
1打席。
そこで。
結果を出す。
これも。
悪くない。
◇
そのまま。
俺は。
ショートの守備に入った。
6回裏。
そして。
マウンドには。
「水城!」
「はい!」
玲。
「出た」
俺が笑う。
玲は。
明らかに。
嬉しそうだった。
「成瀬!」
「何!」
「全部アウトにする」
「三振じゃなく?」
「……できれば三振」
「榊原さんに怒られるぞ」
「聞こえてるぞ!」
ホームから声。
「はい!」
玲が。
慌てて前を向いた。
◇
初球。
134km/h。
「ストライク!」
歓声。
2球目。
135km/h。
「ファウル!」
速い。
でも。
打者も。
ちゃんと振ってくる。
3球目。
チェンジアップ。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
「よし!」
玲が。
拳を握る。
次。
2番。
初球。
高い。
ボール。
2球目。
外。
ボール。
「玲」
少し。
力んでいる。
3球目。
135km/h。
外れて。
スリーボール。
「水城!」
榊原さんが。
立ち上がる。
「球速いらねえ!」
「はい!」
「俺のミットだけ見ろ!」
「はい!」
4球目。
128km/h。
ストライク。
5球目。
129km/h。
ストライク。
フルカウント。
6球目。
130km/h。
低め。
打者が振る。
カンッ!
ショート正面。
「来た!」
捕る。
1塁。
「アウト!」
玲を見る。
少し。
不満そう。
「何だよ」
「三振じゃなかった」
「アウトだろ」
「うん」
そして。
3人目。
相手の3番打者。
初球。
ファウル。
2球目。
チェンジアップ。
ボール。
3球目。
外角。
ストライク。
ワンボール、ツーストライク。
玲が。
少し。
力を入れようとする。
「水城」
榊原さんの声。
「はい」
「三振いらねえ」
「……」
「ここはゴロ打たせろ」
「はい」
玲が。
一瞬。
嫌そうな顔をした。
でも。
頷く。
4球目。
外低め。
132km/h。
カンッ!
弱い打球。
三遊間。
「俺!」
前へ。
捕る。
投げる。
「アウト!」
チェンジ。
「ナイス、水城!」
ベンチから声。
玲は。
マウンドを降りながら。
俺を見る。
「伊織君」
「何?」
「ゴロも悪くない」
「だろ?」
「でも三振の方が好き」
「知ってる」
◇
7回。
玲は。
続投した。
先頭。
四球。
「……」
まだ。
完璧じゃない。
でも。
その後。
内野ゴロ。
奪三振。
最後。
センターフライ。
「ゲームセット!」
8対0。
初戦突破。
玲。
2イニング。
被安打0。
四球1。
無失点。
奪三振2。
最高球速135km/h。
俺。
1打数1安打。
二塁打。
守備機会2。
失策0。
悪くない。
いや。
初戦としては。
十分だった。
◇
試合後。
「水城」
「はい」
榊原さん。
「どうだった?」
「もっと三振取れた」
「聞き方変える。中学の公式戦、どうだった?」
「……」
玲が考える。
「小学生より打者が振ってくる」
「うん」
「低めならゴロになる」
「うん」
「力入れると高くなる」
「分かってんじゃん」
「はい」
「じゃあ次までに直せ」
「はい!」
「成瀬」
「はい」
「お前は?」
「楽しかったです」
「それだけ?」
「もっと出たいです」
「それでいい」
榊原さんが。
少し笑った。
「1年は焦るな」
「はい」
「今は俺たち3年がいる」
そして。
俺と玲を見る。
「見とけ。覚えろ」
「はい!」
この人たちが。
いるのは。
今年だけ。
それを。
初めて。
実感した。
◇
帰宅。
システムを開く。
【中学カテゴリ公式戦で結果を残しました】
【打撃経験を獲得しました】
【守備経験を獲得しました】
そして。
少し遅れて。
別の表示。
【投球フォームの反復経験が一定値に到達しました】
「ん?」
【特殊能力《リリース○》を習得しました】
「来た」
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
パワーヒッター
チャンス○
盗塁○
対ピンチ○
低め○
リリース○
「よし」
まだ。
中学に入って。
2か月も経っていない。
能力は。
まだCばかり。
でも。
少しずつ。
中学生の野球に。
自分の身体が合い始めている。
俺は。
画面を閉じる。
「次も出る」
控えで。
満足するつもりはない。
いつか。
このチームの中心になる。
投げて。
打って。
守って。
全部で。
それが。
俺の育て方だった。