6月8日。
「玲」
「何?」
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「これでお前も13歳だな」
「うん」
シニアの練習前。
俺は。
玲にスポーツタオルを渡した。
「何これ」
「誕生日プレゼント」
「伊織君から?」
「そうだけど」
「珍しい」
「去年もなんかやっただろ」
「覚えてない」
「じゃあ返せ」
「嫌」
玲が。
すぐバッグへ入れる。
「使う?」
「使う」
「ならいいけど」
「伊織君」
「何?」
「ありがとう」
「はいはい」
これで。
俺も玲も。
13歳。
そして。
中学生になって。
最初の夏が。
少しずつ近づいていた。
◇
「体育祭?」
教室。
黒板に。
大きく文字が書かれている。
「来週の体育祭について、出場種目を決めます」
担任の言葉で。
教室がざわつく。
中学校に入って。
初めての体育祭。
小学校では。
こういう形の行事は。
なかった。
クラス対抗。
学年種目。
リレー。
得点までつく。
「成瀬」
「何?」
「リレー出るよな?」
隣の男子に。
当然のように言われた。
「まだ何も言ってないけど」
「野球で全国優勝してる奴が出なくて誰が出るんだよ」
「野球と足は別だろ」
「でも速いだろ?」
「まあ」
「はい決定」
「勝手に決めるな」
そのまま。
クラス代表リレーの候補欄へ。
俺の名前が書かれた。
「アンカーな」
「何で?」
「一番速そうだから」
「雑だな」
でも。
嫌ではない。
むしろ。
面白そうだった。
◇
昼休み。
「伊織君」
「詩織」
「リレー出るんだって?」
「もう知ってるの?」
「1組の子から聞いた」
「情報早いな」
「アンカー?」
「多分」
「やっぱり」
「詩織は?」
「私は障害物競走とクラス種目」
「リレー出ないんだ」
「私はそこまで速くないから」
「十分速いと思うけど」
「伊織君たちと比べないで」
「たち?」
「玲君」
「ああ」
そういえば。
「玲、何組だっけ?」
「3組」
「そうだった」
「……同じ学校なのに」
「シニアで毎日会うから、クラス意識してなかった」
「そういうところだよ」
「何が?」
「何でもない」
詩織が。
小さくため息をついた。
◇
放課後。
「玲」
「何?」
「体育祭、何出る?」
「リレー」
「やっぱり」
「アンカー」
「マジ?」
「うん」
俺。
1組。
玲。
3組。
「じゃあ当たるな」
「勝つよ」
「俺が?」
「僕が」
「いや俺が勝つ」
「僕の方が速い」
「盗塁は俺の方が上手い」
「それスタートでしょ」
「走力も俺の方がある」
「分からない」
「分かる」
「じゃあ走れば分かる」
「いいね」
野球じゃない。
ただ走るだけ。
それなのに。
妙に。
楽しみだった。
◇
体育祭当日。
朝から。
校庭は。
いつもと全然違った。
テント。
旗。
クラスカラーの鉢巻き。
保護者。
歓声。
「成瀬君!」
「頑張って!」
「はい!」
同じクラスの女子から。
声を掛けられる。
「人気者」
後ろから。
詩織。
「そう?」
「そうだよ」
「玲の方がすごいだろ」
「そういう話じゃないと思う」
「?」
「もういい」
詩織が。
また。
少しだけ。
呆れたように笑った。
◇
午前。
100m走。
俺は。
クラス代表で出た。
「位置について」
身体を前へ。
「よーい」
パンッ!
踏み出す。
速い。
野球の盗塁とは。
少し違う。
リードがない。
投手もいない。
ただ。
前へ走る。
「成瀬速っ!」
声。
聞こえる。
でも。
気にしない。
ゴール。
「1着!」
「よし」
思ったより。
楽しい。
【運動経験を獲得しました】
視界の端。
表示。
「やっぱり入るか」
野球じゃなくても。
身体を使えば。
運動能力は。
育つ。
◇
少し離れたところ。
次の組。
玲がいる。
「あ」
見つける。
スタート。
パンッ!
「速っ」
玲も。
速い。
フォームが綺麗。
無駄が少ない。
後半。
さらに伸びる。
「1着!」
余裕。
ゴールした玲が。
こっちを見る。
目が合う。
にやっと。
笑った。
「やるな」
俺も。
少し笑った。
◇
「ねえ」
後ろ。
女子の声。
「成瀬君って、野球してる時もかっこいいけど、普通に走っててもかっこいいね」
「分かる」
「背も伸びてきたよね」
「水城君はもう別枠じゃない?」
「顔綺麗すぎる」
「でも成瀬君はなんか爽やか系」
「分かる」
聞こえている。
聞こえているけど。
振り向くのも。
変だ。
「……」
少し離れた場所に。
詩織がいた。
こっちを。
見ている。
目が合う。
「詩織」
手を上げる。
「……」
詩織も。
少し遅れて。
手を上げた。
でも。
なぜか。
笑顔が。
いつもより。
少しだけ小さかった。
◇
午後。
最後の種目。
クラス対抗リレー。
各クラス。
8人。
1人100m。
「成瀬!」
「おう!」
「頼むぞ!」
「任せろ!」
俺は。
1組のアンカー。
向こうを見る。
3組。
最後尾に。
玲。
目が合う。
「負けない」
口だけが動く。
「こっちも」
俺も返す。
2組のアンカーは。
別の男子。
詩織は。
コース脇から。
こっちを見ている。
「位置について!」
第一走者。
スタート。
パンッ!
歓声。
「行けー!」
「1組!」
「3組負けるな!」
順位が。
何度も入れ替わる。
3走。
4走。
5走。
うちのクラス。
2位。
3組。
3位。
「玲より前で受けたい」
でも。
差は。
ほとんどない。
6走。
3組が追いつく。
「マジか」
7走。
1組。
3組。
ほぼ並んだ。
来る。
「成瀬!」
「玲!」
バトン。
受ける。
ほぼ。
同時。
◇
「行けええええ!」
走る。
隣。
玲。
「っ!」
速い。
思っていたより。
ずっと。
速い。
50m。
ほぼ並ぶ。
玲が。
少し前。
「負けるか!」
腕を振る。
脚を前へ。
60m。
70m。
並ぶ。
「伊織君!」
声。
詩織。
「玲ー!」
3組。
歓声。
残り。
20m。
玲が。
また少し伸びる。
「くそっ」
俺も。
最後。
全部出す。
ゴール。
胸を。
前へ。
飛び込む。
「……」
一瞬。
分からない。
俺も。
玲も。
息を切らして。
振り返る。
先生たちが。
確認している。
「1着――1組!」
「よっしゃああああ!」
歓声。
「……」
玲。
俺。
ほとんど同時。
差は。
本当に。
胸ひとつ。
「勝った」
「……」
「玲?」
「もう1回」
「無理だろ」
「今」
「体育祭終わるわ」
「次は勝つ」
「望むところ」
玲が。
悔しそうに。
でも。
楽しそうに笑った。
◇
「伊織君!」
詩織が。
走ってくる。
「すごかった!」
「見てた?」
「見てたよ」
「玲、速かった」
「伊織君も」
「ギリギリだった」
「でも勝ったでしょ?」
「まあな」
汗。
息。
脚。
全部。
疲れている。
でも。
楽しい。
「伊織君」
「何?」
「こういう時、すごく楽しそう」
「そう?」
「うん」
詩織が。
笑う。
「野球じゃなくても」
「玲に勝てたからかな」
「……そこ?」
「大事だろ」
「はいはい」
また。
呆れられた。
◇
帰宅。
風呂。
夕食。
そして。
部屋。
「疲れた」
ベッドへ。
倒れ込む。
でも。
システムを。
開く。
【体育祭で優秀な成績を収めました】
【運動経験を大量に獲得しました】
「お」
次。
表示。
【運動 A89 → S90】
「……」
一瞬。
止まる。
「S」
人生能力。
初めて。
S。
【成瀬 伊織】
年齢:13歳
【人生能力】
学力 B79
運動 S90
容姿 A84
芸術 C54
社交 B72
精神 B79
「来た」
野球能力では。
小学生の時。
Aまで。
伸ばした。
でも。
人生能力。
その中で。
初めて。
90。
S。
「……いける」
運動だけじゃない。
学力も。
あと1。
容姿も。
芸術も。
社交も。
精神も。
時間をかければ。
きっと。
全部。
「全部Sにできる」
野球も。
人生も。
全部。
高くすればいい。
高くすれば。
失敗しない。
前世みたいには。
ならない。
俺は。
そう思った。
◇
その頃。
自分の部屋で。
詩織は。
体育祭で撮った写真を。
眺めていた。
ゴールへ。
走る伊織。
隣には。
玲。
周りには。
たくさんの歓声。
「……また」
小さく。
呟く。
小学生の頃より。
伊織を見る人が。
増えている。
野球だけじゃない。
学校でも。
教室でも。
体育祭でも。
「みんなの伊織君」
口にして。
少しだけ。
嫌だった。
でも。
そんなこと。
本人には。
言えない。
伊織はきっと。
今頃。
今日増えた何かを。
喜んでいる。
そんな気がした。
「……明日、一緒に帰れるかな」
詩織は。
スマートフォンを手に取る。
少し考えて。
また置いた。
明日。
直接聞けばいい。
昔なら。
それだけだった。
なのに今は。
その一言を言うのに。
少しだけ。
勇気が必要になっていた。