転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第56話

 体育祭の翌日。

「伊織君、今日一緒に帰れる?」

 昼休み、詩織にそう聞かれて、俺は頭の中で予定を確認した。昨日は体育祭でかなり走ったから、今日はシニアも休み。自主練も疲労を考えて軽めにしてある。

「大丈夫。今日は空いてる」

「本当?」

「うん」

「……そっか」

「何?」

「何でもない」

 詩織が少しだけ笑った。

 

 放課後、久しぶりに2人で歩く。

「昨日すごかったね」

「リレー?」

「うん」

「玲に勝った」

「それ、昨日から何回言ってるの?」

「3回くらい?」

「もっと。玲君にも言ってたでしょ」

「あいつ悔しそうだったから」

「伊織君も負けてたら絶対悔しがってたよ」

「当たり前だろ」

 詩織が笑う。

「でも、楽しそうで良かった」

「楽しかったよ」

「野球じゃなくても?」

「うん」

 体育祭。勉強。ピアノ。友達。

 野球以外にも、伸ばせるものがある。昨日、人生能力の運動は初めてSになった。

「全部楽しいよ」

「……全部?」

「全部」

「そっか」

 詩織は、それ以上何も言わなかった。

 

◇

 

 数日後。

 再び、夏の全国大会につながる予選の日が来た。

「今日勝てばベスト8だ。相手は去年も上まで来ているチームだ。油断するな」

「はい!」

 監督の言葉に全員で返事をする。

 俺は今日もベンチ。玲も同じだった。

「伊織君、あれ」

「何?」

 玲が相手ベンチを指す。

「あの投げてる子、1年じゃない?」

 見ると、細身の右投手が上級生に混ざってキャッチボールをしていた。俺たちと体格はそこまで変わらない。それなのに、投げる球だけは明らかに強い。

「……速いな」

「うん」

「知ってる?」

「知らない」

 全国大会に出ていたからといって、全国の選手をすべて知っているわけじゃない。

 中学に上がれば、まだ知らない選手はいくらでもいる。

 

◇

 

 試合は序盤から投手戦になった。

 1回、0対0。

 2回も、0対0。

 3回に榊原さんのタイムリーで、こちらがようやく1点を先制する。

 そして4回表、相手ベンチが動いた。

「ピッチャー交代」

 さっきキャッチボールをしていた1年生が、マウンドへ向かう。

「来た」

 玲が身を乗り出した。

「好きだなお前も」

「速いから」

「それだけ?」

「投げ方もいい」

 アナウンスが流れる。

「ピッチャー、真田君」

「真田……」

 覚えておこう。

 

◇

 

 真田蒼士。

 最初の打者は、こちらの3年生だった。

 初球。

 ズバンッ!

「ストライク!」

 球速表示は129km/h。

 ベンチが少しざわつく。

「1年だよな?」

「多分」

 2球目は130km/h。ファウル。

 3球目は外へ鋭く曲がる球だった。

「ストライク! バッターアウト!」

「スライダー」

 玲がすぐに言った。

「結構曲がるな」

「うん」

 続く2年生にも129km/h、131km/hと強いストレートを投げ込み、最後はスライダーで空振り三振。

「2者連続か」

 俺が呟くと、隣の玲は完全に楽しそうな顔をしていた。

「投げたい?」

「投げたい」

「だろうな」

 

 1年生で130km/hを超える。

 スライダーもある。

 制球も悪くない。

 しかも、上級生から普通に三振を取っている。

 十分すぎるほどの怪物だった。

 

 3人目は橘さん。

 真田の130km/hをファウルにし、スライダーも見極める。最後は低めのスライダーを二遊間へ運んだ。

「抜けた!」

 ヒット。

「やっぱ橘さんすげえな」

「うん」

 玲はマウンドを見たまま答えた。

 真田も悔しそうに橘さんを見ている。

 それでも、その目には自信があった。

 2年生の全国クラスに打たれた。

 悔しい。

 けれど、理解はできる。

 そんな顔だった。

 

◇

 

「成瀬」

「はい!」

 5回、監督に呼ばれた。

「次、代打」

「はい!」

 相手投手は、そのまま真田。

「1年対決だな」

 榊原さんが笑う。

「負けません」

「そういう顔してる」

 打席へ向かう。

 マウンドの真田も、俺を見ていた。

 今度は明らかに、俺のことを知っている目だった。

 小学生全国大会2連覇。

 成瀬伊織。

 水城玲。

 名前くらいは知っているのだろう。

 

「プレイ!」

 初球は131km/h。外角いっぱい。

「ストライク!」

「……いい球」

 玲とは違う。

 玲のストレートは、分かっていても差し込まれるほど球そのものが強い。

 真田は、もっと投手らしい。

 ちゃんと俺が打ちにくい場所へ投げてくる。

 2球目。外へ逃げるスライダー。

 見送る。

「ボール!」

 ワンボール、ワンストライク。

 3球目は内角へ130km/h。

 振る。

 カキンッ!

「ファウル!」

 詰まった。

 ワンボール、ツーストライク。

「なるほど」

 外の速球。

 外のスライダー。

 そこから内角。

 配球もちゃんとしている。

 いい投手だ。

 だから面白い。

 

 4球目のスライダーは見送ってボール。

 ツーボール、ツーストライク。

 5球目。

 高めのストレート。

「っ!」

 振る。

 カンッ!

 ファウル。

「132!」

 相手ベンチが沸いた。

 どうやら真田の自己最速らしい。

 マウンドの真田も、少しだけ笑っていた。

「面白い」

 同い年で132km/h。

 やっぱり、こいつは強い。

 

 6球目。

 低めへ落ちるスライダー。

 見送る。

「ボール!」

 フルカウント。

 真田が俺を見る。

 次は何を投げる。

 ストレートか。

 スライダーか。

 さっき自己最速の132km/hをファウルにした。

 それでも真田の表情を見る限り、あの球に自信がある。

「……もう1回来る」

 そう思った。

 

 7球目。

 真田が腕を振る。

 ストレート。

 132km/h。

 真ん中より少し外。

「そこ!」

 踏み込んで、振り抜く。

 カキィィィン!

 完璧だった。

 打球が高く上がり、そのままライト方向へ伸びていく。外野手が下がり、フェンス際で見上げた。

「入った!」

「ホームラン!」

「よし!」

 拳を握って走り出す。

 1塁を回る。

 2塁。

 3塁。

 その間も、真田はマウンドから俺を見ていた。

 

 ただ132km/hを力で弾き返したわけじゃない。

 ストレートを見た。

 スライダーを見た。

 配球を考えた。

 最後に来る球を読んで、仕留めた。

「ナイスバッティング!」

「ありがとうございます!」

 ホームへ戻り、ベンチへ向かう。

 最初に近づいてきたのは玲だった。

「伊織君」

「何?」

「いいな」

「何が?」

「ホームラン」

「お前も打てば?」

「今日は投げる」

「じゃあ抑えろ」

「うん」

 玲はホームランそのものより、俺が真田と先に勝負したことの方が少し悔しそうだった。

 

◇

 

 真田は、ベンチへ戻る俺を見ながら唇を噛んだ。

 さっきまで自分は、上級生から普通に三振を取っていた。

 132km/h。

 鋭いスライダー。

 1年生なら、十分すぎるほど異常な球だ。

 それなのに。

 同じ1年生に、その日の最高球速をスタンドまで運ばれた。

「成瀬伊織……」

 真田が名前を確かめるように呟く。

 投手でもある。

 ショートでもある。

 全国大会ではホームランも打っている。

 足も速い。

 何が一番得意なのか、外から見ても分からない。

 ただ1つ。

 何をやらせても、結果を出す。

 真田にとって、成瀬伊織の異常さは1つの数字では説明できなかった。

 

◇

 

「どうだった?」

 玲が聞く。

「いい投手」

「でも打った」

「打ったな」

「ホームラン」

「見てただろ」

「僕も投げたい」

「結局それかよ」

「132出てた」

「見てた」

「僕の方が速い」

「張り合うなって」

 そう言うと、玲は少し考えてからマウンドを見た。

「でも、いい球だった」

「そこは認めるんだ」

「うん」

 真田蒼士。

 同じ1年。

 この時点で132km/h。

 スライダーも、制球もいい。

 玲がいなければ。

 いや、俺たちがいなければ。

 十分、世代を代表する怪物と呼ばれる投手だった。

 

◇

 

 6回まで3対1。

 俺のホームランで、リードは2点に広がっていた。

 そして6回裏。

「水城」

「はい!」

「行け」

「はい!」

 監督に呼ばれた玲が、嬉しさを隠しきれないまま立ち上がる。

「真田に見せつけるなよ」

「何を?」

「球速」

「普通に投げる」

「それが見せつけになるんだよ」

 玲は首を傾げながらマウンドへ向かった。

 俺はショートへ。

 相手ベンチでは、真田が一番前まで出て玲を見ていた。

 

 初球。

 玲が腕を振る。

 バァンッ!

「ストライク!」

 134km/h。

 真田の目がわずかに開く。

 2球目。

 バァンッ!

「ファウル!」

 135km/h。

「……135」

 真田が呟いた。

 

 自分が今日、全力で初めて出した132km/h。

 それより3km/h速い。

 しかも玲にとって135km/hは、特別な1球じゃない。

 いつも投げている球だった。

 

 3球目。

 チェンジアップ。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 三球三振。

 それでも玲は、少し首を傾げた。

「今のチェンジアップ、ちょっと高い」

 135km/hを投げて。

 三球で打者を仕留めて。

 気にしているのは、チェンジアップの高さだった。

 相手ベンチの真田が、呆然と玲を見る。

 

◇

 

 2人目。

 玲の初球は高く外れた。

「ボール!」

「玲! 力むな!」

「分かってる!」

 俺が声を掛けると、玲はすぐに球速を落とした。

 2球目、131km/hを外角へ。

「ストライク!」

 3球目は130km/hを低めへ投げる。

 打者が引っかけた。

「ショート!」

「来い!」

 前へ出て捕球。そのまま1塁へ送る。

「アウト!」

「ナイス、伊織君!」

「おう!」

 マウンドとショートで、いつものように声を掛け合う。

 真田は、その光景を黙って見ていた。

 さっき自分の132km/hをホームランにした男が、今度は135km/hを投げる男の後ろで普通にショートを守っている。

「……なんなんだよ」

 小さな声が漏れた。

 

 3人目はフルカウントまで粘った。

 玲が力を入れようとしたところで、榊原さんが外低めへミットを構える。

「水城。三振だけ考えるな。ここ」

「……はい」

 玲が頷く。

 132km/h。

 外角低め。

 バァンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 結局、三振だった。

「よし!」

 玲が拳を握る。

「最後良かったな」

「うん」

「135より?」

「今の方がいい」

「へえ」

「狙ったところに行ったから」

 その会話も、真田には聞こえていた。

 135km/hより、132km/hの外低め。

 球速ではなく、狙った場所に投げられたことを喜んでいる。

 自分がようやく132km/hへ届いた日に。

 目の前のこいつは、もうその先を見ていた。

 

◇

 

 真田の視線が、玲から俺へ動く。

 そしてまた玲へ戻る。

 

 成瀬伊織。

 打つ。走る。守る。投げる。

 1つだけなら、自分より上の選手はいるかもしれない。

 けれど、対戦すれば相手を見て、考えて、最後には答えを出してくる。

 できることが多すぎる怪物。

 

 水城玲。

 こいつは逆だった。

 分かりやすい。

 投手。

 その代わり、その1つが異常なほど尖っている。

 速い。

 強い。

 空振りを取る。

 自分が怪物と呼ばれる最大の理由――球速という武器を、真正面から上回ってくる怪物。

 

 真田蒼士自身も。

 普通の中学生から見れば、十分すぎるほど怪物だった。

 だからこそ分かる。

「……なんだよ、こいつら」

 違う種類の怪物が。

 同じ学年に。

 2人もいる。

 

◇

 

 7回にこちらがさらに1点を追加。

 4対1。

 最後は3年生エースが締めた。

「ゲームセット!」

 勝利。

 ベスト8進出。

 

 試合後、道具を片付けていると声を掛けられた。

「水城」

 振り返ると真田が立っていた。

「何?」

「最速、135?」

「うん」

「毎回?」

「最近は」

「……」

「君は132?」

「今日初めて出た」

「速かった」

「お前に言われても嬉しくねえ」

「?」

 玲は本気で分かっていない。

 真田が少し苛立った。

「次は打つ」

「僕から?」

「そうだよ」

「いいよ。抑える」

「……絶対打つ」

「じゃあ抑える」

「ムカつくな、お前」

「何で?」

「その顔で聞くな!」

 

 真田が今度は俺を見る。

「成瀬」

「何?」

「次は絶対抑える」

「じゃあまたホームラン打つ」

「次はストレートだけじゃねえぞ」

「スライダーも打つ」

「……」

「次までに練習する」

「お前もムカつく!」

「何でだよ」

「何で2人もいるんだよ!」

 俺と玲が顔を見合わせる。

「何が?」

「こういうのは1人でいいだろ!」

「だから何が?」

 真田が俺を指差した。

「お前は何でもできる!」

 次に玲を指す。

「お前は球が速すぎる!」

「うん」

「肯定すんな!」

「本当だから」

「玲、今は黙っとけ」

「分かった」

 真田が拳を握る。

「俺だって132投げるんだぞ」

「すごいと思う」

 玲が答える。

 今度はからかっている様子もない。

「本当に」

「……」

「だから、また投げ合いたい」

 真田が一瞬黙った。

「次は負けねえ」

「うん」

「成瀬も」

「おう」

「絶対抑える」

「じゃあ俺は打つ」

「そこは黙ってろ!」

「何でだよ」

 真田は怒ったまま、自分たちのベンチへ戻っていった。

 

「玲」

「何?」

「友達できたな」

「友達?」

「……多分違うか」

「ライバル?」

「お前が言う?」

「僕、伊織君のライバルだから」

「いつから?」

「ずっと」

「そうだったの?」

「そうだよ」

「じゃあ真田は?」

「投手のライバル」

「俺は?」

「全部」

「欲張りだな」

「伊織君に言われたくない」

「それもそうか」

 

◇

 

 帰りのバス。

 前の席に座っていた榊原さんが振り返った。

「水城」

「はい」

「今日の最後の球、良かった」

「ありがとうございます」

「135じゃないぞ」

「分かってます」

「132の外低め」

「はい」

「それが分かってるならいい」

 玲が少し嬉しそうに頷く。

 

「成瀬」

「はい」

「ホームランも良かった」

「ありがとうございます」

「最後、ストレート読んでたか?」

「来ると思ってました」

「何で?」

「その前の132をファウルにして、フルカウントだったので。真田なら、もう1回真っすぐで勝負したいかなって」

「なるほどな」

 榊原さんが笑う。

「お前ら、やっぱり全然違うな」

「俺と玲ですか?」

「ああ」

 榊原さんは玲を見る。

「水城は、自分の一番強いものをどこまで尖らせられるか」

 次に俺を見る。

「成瀬は、持ってるもの全部を使って答えを出す」

「……」

「どっちが上とかじゃない。違うから面白い」

 俺と玲は顔を見合わせた。

 

「でも、成瀬」

「はい」

「何でもできるからって、何でも自分でやろうとするな」

「……」

「野球は9人でやる」

 その言葉だけは、少し頭に残った。

 けれど。

 今の俺には。

 まだ、その本当の意味までは分からなかった。

 

◇

 

 その夜。

 システムを開く。

 

【強敵との対戦で本塁打を記録しました】

【ミート経験を獲得しました】

【パワー経験を獲得しました】

【選球経験を獲得しました】

 

「強敵」

 真田蒼士。

 同い年。

 132km/h。

 鋭いスライダー。

 十分すぎるほどの怪物。

 中学野球には、まだ知らない選手がたくさんいる。

「面白くなってきた」

 全国。

 上級生。

 同級生。

 全部、倒したい。

 そして。

 全部、育てたい。

 

 予定表へ、次の予選の日を書き込む。

 その隣には勉強、自主練、詩織、ピアノ。

 空いている時間は、ほとんど残っていない。

 それでも、まだ入ると思っていた。

 入れられると思っていた。

 

 玲は。

 1つのものを、どこまでも尖らせていく。

 

 なら俺は。

 全部を、どこまでも伸ばせばいい。

 

 それが俺の怪物としての形なのだと。

 この時は、疑っていなかった。

 

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