真田のチームに勝って、ベスト8。
全国大会まで、少しずつ距離が縮まってきた。
でも、チームの雰囲気は浮ついていなかった。むしろ勝ち進むほど、3年生たちの空気は張り詰めていく。
「これが最後だからな」
練習後、三上が小さく言った。
「何が?」
「3年生。負けたら終わりなんだろ?」
「ああ」
俺たち1年生には、来年がある。その次もある。
でも、榊原さんたちにはない。
小学生の頃も最上級生の夏は経験した。それでも今、下級生の立場から見る最後の夏は、少し違って見えた。
◇
準々決勝。
相手は、春の大会でも上位まで残ったチームだった。
序盤から接戦になり、4回を終えて1対1。
俺はベンチ。
玲も隣に座っていた。
「投げたい」
「今日それ何回目?」
「3回」
「もっと言ってる」
「そう?」
「そう」
5回表。
先頭の橘さんが四球で出る。
盗塁。
送りバント。
ワンアウト3塁。
打席には榊原さん。
「スクイズあるかな」
玲が言う。
「多分打つ」
「何で?」
「榊原さんだから」
初球。
外角。
見送ってストライク。
2球目。
内角。
ファウル。
ツーストライク。
相手は完全に追い込んだと思ったはずだ。
3球目。
外へ逃げる変化球。
榊原さんは逆らわず、右方向へ転がした。
「走れ!」
橘さんがホームへ。
「セーフ!」
2対1。
記録は内野ゴロ。
打点1。
「……こういうのでいいんだ」
玲が呟いた。
「三振じゃなきゃ駄目だと思ってた奴が言う?」
「最近はゴロも好き」
「成長したな」
「でも三振の方が好き」
「戻った」
◇
6回。
「成瀬」
「はい!」
「代走。出たら行け」
「はい!」
四球で出塁した3年生の代わりに、俺が1塁へ入る。
点差は1点。
追加点が欲しい。
相手投手がセットに入る。
見る。
左足。
肩。
目線。
「行ける」
初球。
スタート。
「走った!」
捕手の送球。
滑る。
「セーフ!」
よし。
続く打者の内野ゴロで3塁。
そして、橘さんの犠牲フライでホームを踏んだ。
3対1。
ホームランでもない。
ヒットすら打っていない。
でも、自分の足で1点を増やした。
小学生の頃なら、打って決めることばかり考えていた気がする。
「成瀬、そのままショート!」
「はい!」
守備につく。
今度は。
この1点を守る。
◇
6回裏。
ワンアウト1、2塁。
打球が三遊間へ飛んだ。
「俺!」
前へ出る。
捕る。
2塁へ投げるか。
一瞬考える。
でも、間に合わない。
1塁。
「アウト!」
ツーアウト2、3塁。
「ナイス判断!」
榊原さんの声が飛ぶ。
無理にゲッツーを狙っていたら、全部セーフだったかもしれない。
取れるアウトを取る。
それも。
野球。
次の打者を3年生エースが三振に取った。
無失点。
「よし!」
ベンチへ戻ると、榊原さんが俺の肩を叩いた。
「今の、2塁投げなかったの良かったぞ」
「一瞬迷いました」
「迷っても正しい方選べりゃいい」
「はい」
「何でも派手にやる必要ねえからな」
「……はい」
最近。
榊原さんには。
似たようなことばかり言われている気がする。
◇
試合は4対1で勝った。
準決勝進出。
試合後、監督から翌日のスタメンが発表された。
「明日は少し変える」
名前が呼ばれていく。
そして。
「7番、ショート。成瀬」
「……はい!」
一瞬。
返事が遅れた。
中学に入って。
初めての公式戦スタメン。
「やったな」
三上が背中を叩く。
「痛い」
「俺の分まで打て!」
「お前まだ登録されてないだろ」
「だからだよ!」
高瀬も笑っている。
黒田は少し悔しそうだったけど、それでも拳を出してきた。
「ミスれよ」
「応援する気ある?」
「その後俺が入る」
「絶対ミスらん」
「ちっ」
拳を合わせる。
嬉しい。
でも。
同時に。
少しだけ緊張した。
小学生の頃なら。
スタメンは当たり前だった。
今は違う。
上級生の中に。
俺が入る。
◇
準決勝。
「7番、ショート。成瀬」
アナウンスされる。
守備位置へ走る。
「成瀬!」
「はい!」
3年生の先輩が声を掛けてくる。
「1年だからって遠慮すんなよ!」
「はい!」
「ミスしたら俺らが取り返す!」
「はい!」
その言葉に。
少し肩の力が抜けた。
全部。
自分でやらなくてもいい。
頭では。
分かっている。
でも。
まだ。
身体には染みついていない。
◇
試合は、また接戦になった。
相手先発は左腕。
球速は120km/h台後半。
それ以上に。
変化球の出し入れが上手い。
2回。
俺の第1打席。
ワンボール、ツーストライク。
外へ逃げる球を引っかけて、セカンドゴロ。
「くそ」
4回の第2打席は。
センター前ヒット。
でも後続が倒れて無得点。
5回を終えて。
1対2。
負けていた。
◇
6回表。
ツーアウト。
ランナー1塁。
俺に第3打席が回ってきた。
「成瀬!」
「お願いします!」
相手投手。
初球。
外角ストレート。
「ストライク!」
2球目。
内角。
ボール。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
外へ逃げる変化球。
見送る。
「ボール!」
ツーボール、ワンストライク。
次。
速球。
来る。
そう思った。
4球目。
内角。
128km/h。
「っ!」
振り抜く。
カキィン!
打球は左中間へ。
「抜けた!」
1塁ランナーが走る。
俺も1塁を蹴った。
「回せ!」
3塁コーチの腕が回る。
ランナーがホームへ。
「セーフ!」
2対2。
同点。
俺は2塁。
「よし!」
拳を握る。
ベンチが沸く。
そして。
次の打者は。
榊原さんだった。
◇
初球。
ボール。
2球目。
ファウル。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
変化球。
低い。
ツーボール、ワンストライク。
4球目。
ストレート。
榊原さんが振る。
カキィン!
「行け!」
打球がセンター前へ落ちる。
俺は。
迷わず3塁を蹴った。
「ホーム!」
送球。
滑る。
「セーフ!」
3対2。
逆転。
「よっしゃあ!」
立ち上がる。
ベンチへ戻る途中。
榊原さんと目が合った。
俺が追いついて。
榊原さんが返す。
1人じゃない。
こういうことなのかもしれない。
少しだけ。
そう思った。
◇
6回裏。
「水城」
「はい!」
「行け」
玲が立ち上がる。
準決勝。
1点リード。
大事な場面。
「玲」
「何?」
「三振だけ狙うなよ」
「分かってる」
「本当?」
「多分」
「不安だな」
「でも抑える」
「それは頼む」
玲がマウンドへ。
キャッチャーは。
榊原さん。
初球。
133km/h。
外角。
「ストライク!」
2球目。
チェンジアップ。
低め。
空振り。
ツーストライク。
3球目。
玲は。
一瞬だけ力を入れようとした。
でも。
やめた。
榊原さんのミット。
外低め。
そこだけを見る。
腕を振る。
132km/h。
バァンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
「いいぞ!」
次。
2番打者。
玲は。
また同じ位置から腕を振る。
ストレート。
チェンジアップ。
球種が変わっても。
腕の振りが。
ほとんど変わらない。
打者のタイミングがずれる。
「ストライク! バッターアウト!」
2者連続三振。
「……」
俺には。
見える。
玲の投球が。
少しずつ。
変わっている。
◇
3番打者。
初球。
135km/h。
ファウル。
2球目。
外へ外れてボール。
3球目。
133km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
玲が。
また三振を狙う。
でも。
榊原さんは。
低めへ構えた。
玲が頷く。
4球目。
131km/h。
低め。
カンッ!
弱いゴロ。
三遊間。
「来い!」
俺が前へ出る。
捕る。
1塁へ。
「アウト!」
チェンジ。
「ナイス、玲!」
「うん!」
マウンドから戻る玲が。
嬉しそうに笑う。
「最後ゴロだったぞ」
「アウトだった」
「お前が言うと成長感じるな」
「でも最初の2人は三振」
「はいはい」
◇
7回。
こちらがさらに1点を追加。
4対2。
最終回も。
玲がマウンドへ上がった。
先頭打者。
外角。
ストライク。
次。
低め。
ストライク。
同じ腕の振りから。
チェンジアップ。
空振り。
三振。
2人目。
ショートゴロ。
俺が処理する。
ツーアウト。
最後の打者。
ツーボール、ツーストライク。
玲。
投げる。
135km/h。
高め。
打者が振る。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
「ゲームセット!」
4対2。
勝った。
決勝進出。
◇
整列を終えて。
ベンチへ戻る。
3年生たちが。
笑っている。
でも。
泣いている人はいない。
まだ。
終わっていないから。
「あと1つだ」
榊原さんが言う。
「次勝って、全国行くぞ!」
「はい!」
声が。
グラウンドに響いた。
俺たち1年生にとっては。
初めてのシニアの夏。
でも。
3年生にとっては。
最後の夏。
その夏を。
まだ。
終わらせたくなかった。
◇
帰宅して。
システムを開く。
【中学カテゴリ公式戦でスタメン出場しました】
【強豪相手に打点を記録しました】
【ミート経験を獲得しました】
【守備経験を獲得しました】
【走塁経験を獲得しました】
そして。
玲を見る。
今日。
何かが変わった気がした。
【解析情報が更新されました】
【水城玲の解析情報】
年齢:13歳
競技カテゴリ:中学
【投手能力】
球速 135km/h
コントロール C60
スタミナ C69
【変化球】
チェンジアップ 3
【確認済み特殊能力】
奪三振
怪童
リリース○
「やっぱり」
コントロール。
D58から。
C60。
中学のマウンドへ。
玲の身体が。
ようやく適応し始めた。
そして。
リリース○。
ストレートも。
チェンジアップも。
同じ腕の振りから出る。
投手として。
また。
1段上がった。
「伊織君」
「何?」
帰り際。
玲が俺を見る。
「次も投げる」
「監督に言え」
「全国行きたい」
「……俺も」
「じゃあ勝とう」
「おう」
あと1勝。
俺たちは。
初めてのシニア全国大会へ。
手を伸ばしていた。