決勝当日。
朝から、空気が違った。
いつもの大会会場なのに、ベンチへ向かう3年生たちの表情が硬い。
今日勝てば、全国大会。
負ければ。
榊原さんたちの夏は、ここで終わる。
「成瀬」
「はい」
「今日もショート。7番」
「はい!」
監督から告げられた。
準決勝に続いて、スタメン。
嬉しい。
でも今日は、それ以上に緊張する。
「水城」
「はい!」
「お前は後ろで準備しておけ」
「はい!」
玲はスタメンではない。
それでも、自分の出番があると思っているのか、いつも以上に集中していた。
「伊織君」
「何?」
「勝とう」
「当たり前だろ」
拳を出す。
玲が合わせる。
その横から、榊原さんの拳も伸びてきた。
「お前らだけで勝とうとするなよ」
「……はい」
「今日は全員で行くぞ」
「はい!」
◇
決勝の相手も強かった。
初回。
こちらの3年生エースが、いきなりツーベースを打たれる。
送りバント。
ワンアウト3塁。
「先制されるかも」
そう思った直後だった。
相手の4番が打った打球は、ショートへの強いゴロ。
「来た!」
正面より少し三遊間寄り。
前へ出る。
捕る。
3塁ランナーがスタート。
一瞬。
1塁へ投げるか。
ホームへ投げるか。
迷わなかった。
「ホーム!」
送球。
榊原さんが捕る。
タッチ。
「アウト!」
「よし!」
ホームで刺した。
相手ベンチからため息。
こちらのベンチから歓声。
「ナイス判断、成瀬!」
「はい!」
続く打者を三振。
初回。
無失点。
ベンチへ戻ると、榊原さんに頭を軽く叩かれた。
「今の良かったぞ」
「ありがとうございます」
「1塁アウト欲しくならなかったか?」
「一瞬だけ」
「でもホーム投げた」
「はい」
「それでいい」
榊原さんが笑う。
「そのために俺がいる」
「……はい」
野球は9人でやる。
前より。
少しだけ、その意味が分かる気がした。
◇
2回裏。
俺の第1打席。
ツーアウト、ランナーなし。
相手投手は3年生の右腕。
球速は130km/h前後。
変化球も複数ある。
初球。
外角ストレート。
「ストライク!」
2球目。
低めの変化球。
見送る。
「ボール!」
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
内角。
130km/h。
振る。
カンッ!
詰まった。
打球はセンター前。
「落ちろ!」
センターが前へ走る。
落ちた。
「ヒット!」
1塁へ。
続く打者の初球。
投手を見る。
クイック。
牽制。
捕手の肩。
「……行ける」
2球目。
スタート。
「走った!」
捕手が投げる。
滑る。
「セーフ!」
「よし!」
2塁。
すぐにシステムが反応する。
【走塁経験を獲得しました】
次の打者が右方向へゴロ。
俺は3塁へ。
ツーアウト3塁。
でも。
後続は三振。
得点にはならなかった。
「惜しかったな」
戻ると橘さんに言われた。
「はい」
「でも、ああいうの続けてれば点になるよ」
「はい」
ホームランじゃなくても。
ヒット。
盗塁。
進塁。
できることはいくらでもある。
◇
試合は0対0のまま進んだ。
4回。
相手に先制タイムリーを打たれて0対1。
5回裏。
こちらもチャンスを作る。
ワンアウト1、2塁。
打席には橘さん。
初球。
外角。
カキンッ!
逆方向。
レフト前。
「回れ!」
2塁ランナーがホームへ。
「セーフ!」
1対1。
同点。
さらに。
ワンアウト1、3塁。
榊原さん。
打席へ。
「ここだな」
俺が呟く。
初球。
ボール。
2球目。
内角。
ファウル。
3球目。
低め。
榊原さんが振る。
カキィン!
センターへ。
高い打球。
「タッチアップ!」
3塁ランナーが走る。
「セーフ!」
2対1。
逆転。
榊原さんは。
大きなガッツポーズもしなかった。
ただ。
ベンチへ戻りながら言った。
「まだ1点だぞ!」
「はい!」
3年生。
最後の夏。
その重さを。
俺たち1年生より。
ずっと知っている。
◇
6回表。
こちらの3年生エースが先頭打者を歩かせた。
次の打者にヒット。
ノーアウト1、2塁。
ベンチから監督が出てくる。
「……」
玲が立ち上がった。
まだ何も言われていない。
でも。
もう分かっている顔だった。
「水城」
「はい!」
「行け」
「はい!」
玲がマウンドへ走る。
全国大会への切符がかかった決勝。
1点リード。
ノーアウト1、2塁。
こんな場面で。
1年生がマウンドに立つ。
「玲!」
ショートから声を掛ける。
玲が振り返る。
「何?」
「楽しそうな顔すんなよ!」
「……してる?」
「してる!」
「だって投げられる」
「知ってるよ!」
榊原さんがマウンドへ行く。
「水城」
「はい」
「三振3つ取ろうとするな」
「……はい」
「今、一番欲しいアウト何だ?」
玲が。
ランナーを見る。
ノーアウト1、2塁。
「ゴロ」
「そうだ」
「できれば三振も」
「余計なこと言うな」
「はい」
榊原さんが戻る。
◇
最初の打者。
送りバントの構え。
初球。
玲は132km/hを内角へ投げた。
「ストライク!」
バントできない。
2球目。
またバント。
今度は低め。
コンッ。
転がる。
「玲!」
マウンド前。
玲が捕る。
3塁を見る。
「3つ!」
間に合う。
投げる。
「アウト!」
送りバント失敗。
ワンアウト1、2塁。
「ナイス!」
玲が。
少しだけ拳を握る。
次。
相手の3番。
強打者。
初球。
134km/h。
ファウル。
2球目。
チェンジアップ。
ボール。
3球目。
135km/h。
高め。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
玲が。
少し笑った。
三振を狙っている。
榊原さんのミットは。
外低め。
玲が頷く。
4球目。
132km/h。
低め。
打者が振る。
カンッ!
ショート正面。
「来た!」
捕る。
2塁へ。
セカンド。
1塁へ。
「アウト!」
「アウト!」
ダブルプレー。
「よっしゃあああ!」
チェンジ。
玲が。
マウンドで大きく笑った。
「伊織君!」
「何!」
「ゴロいいね!」
「今さらかよ!」
榊原さんが笑いながら玲の背中を叩く。
「それでいいんだよ」
「はい!」
◇
6回裏。
俺に第3打席が回ってきた。
ツーアウト。
ランナー2塁。
2対1。
もう1点欲しい。
初球。
外。
ボール。
2球目。
内角。
ファウル。
3球目。
変化球。
見送る。
ツーボール、ワンストライク。
4球目。
ストレート。
外角。
振る。
カキンッ!
打球は一、二塁間。
「抜けろ!」
セカンドが飛びつく。
届かない。
「ヒット!」
2塁ランナーが3塁を回る。
「ホーム!」
送球。
「セーフ!」
3対1。
「よし!」
タイムリーヒット。
ベンチから。
先輩たちが声を上げる。
「ナイス成瀬!」
「はい!」
嬉しい。
でも。
まだ終わっていない。
◇
最終回。
3対1。
マウンドには。
玲がそのまま上がった。
先頭。
初球。
133km/h。
ストライク。
2球目。
チェンジアップ。
空振り。
3球目。
134km/h。
外角。
ファウル。
4球目。
低めのストレート。
打者が引っかける。
セカンドゴロ。
ワンアウト。
次の打者。
フルカウントまで粘られる。
玲が投げる。
135km/h。
高め。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
ツーアウト。
あと1人。
ベンチの3年生たちが。
立ち上がっている。
最後の打者。
相手の4番。
初球。
チェンジアップ。
ボール。
2球目。
133km/h。
ファウル。
3球目。
135km/h。
ボール。
ツーボール、ワンストライク。
4球目。
低め。
ファウル。
ツーボール、ツーストライク。
「玲!」
俺が声を出す。
玲が一瞬だけこっちを見る。
「あと1つ!」
「うん!」
榊原さんが構える。
外角低め。
玲が頷く。
5球目。
132km/h。
ミットへ向かう。
打者が振る。
カキンッ!
「ショート!」
俺の正面。
捕る。
握る。
1塁へ。
投げる。
「アウト!」
一瞬。
静かになった。
そして。
「ゲームセット!」
「よっしゃあああああ!」
ベンチから。
全員が飛び出してくる。
「全国だ!」
「行くぞ全国!」
「やった!」
3年生が。
抱き合っている。
泣いている先輩もいる。
榊原さんも。
笑っていた。
いつもより。
ずっと大きく。
玲が。
マウンドから俺のところへ走ってくる。
「伊織君!」
「おう!」
「全国!」
「行けるな!」
「うん!」
玲と拳を合わせる。
その横から。
榊原さんに2人まとめて抱えられた。
「お前ら、よくやった!」
「痛いです!」
「榊原さん苦しい」
「うるせえ! 今日くらいいいだろ!」
「ははっ」
勝った。
全国。
中学生になって。
最初の夏。
俺たちは。
全国大会への切符を掴んだ。
◇
表彰式が終わった後。
榊原さんは。
しばらく。
全国大会出場の賞状を見ていた。
「榊原さん」
「ん?」
「嬉しいですか?」
「当たり前だろ」
「ですよね」
「俺ら3年はな」
榊原さんが。
賞状を見る。
「これが最後だから」
「……はい」
「だから全国で、できるだけ長く野球したい」
「はい」
「付き合えよ」
「もちろんです」
玲も頷く。
「全国優勝したい」
「水城」
「はい」
「まず1回戦な」
「はい」
でも。
榊原さんは。
少し笑っていた。
◇
帰宅して。
システムを開く。
【全国大会出場権を獲得しました】
【中学カテゴリ公式戦で重要な打点を記録しました】
【ミート経験を獲得しました】
【走力経験を獲得しました】
【守備経験を獲得しました】
【精神経験を獲得しました】
そして。
能力を見る。
【成瀬 伊織】
年齢:13歳
競技カテゴリ:中学
【野手能力】
弾道 3
ミート C68
パワー C66
走力 C65
肩力 C68
守備力 B70
捕球 C65
【投手能力】
球速 125km/h
コントロール B70
スタミナ C68
【変化球】
チェンジアップ 3
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
パワーヒッター
チャンス○
盗塁○
対ピンチ○
低め○
リリース○
「守備とコントロール、B」
中学カテゴリで。
初めて。
Bに届いた。
まだ。
全国トップではない。
でも。
確実に上がっている。
「全国か」
小学生の時とは違う。
今度は。
俺たちが中心じゃない。
榊原さんたち。
3年生のチーム。
その中で。
俺と玲が。
どこまでできるか。
「面白そうだ」
予定表を開く。
全国大会の日程を書く。
その少し下。
夏休み。
勉強。
自主練。
詩織との予定。
全部。
並べる。
野球も。
人生も。
まだまだ。
育てるものばかりだった。