夏休みに入ってすぐ。
俺たちは、初めてシニアの全国大会を迎えた。
小学生の頃にも全国大会には出た。
しかも最後は2年連続で優勝した。
それでも、会場へ入った瞬間に感じた空気は少し違っていた。
「でかいな」
三上が観客席からグラウンドを見下ろしながら呟く。
「選手?」
「全部。選手も球場も」
「お前、登録されてないのに一番緊張してない?」
「応援にも緊張はあるんだよ!」
周りを見れば、身体の大きな3年生がいくらでもいる。
130km/hを超える投手も珍しくない。
強豪チームの中心選手ともなれば、打球の速さも小学生とは比べものにならなかった。
その中で。
俺たちはまだ1年生だった。
◇
「今日は7番ショート、成瀬」
「はい!」
全国初戦。
予選決勝に続いて、俺はスタメンに入った。
「水城は後ろ」
「はい!」
玲はリリーフ待機。
最近はもう、それがチームの中でも自然になりつつある。
「伊織君」
「何?」
「全国」
「うん」
「楽しみ」
「顔見れば分かる」
玲は本当に楽しそうだった。
全国なら。
自分の球を打てる相手がいるかもしれない。
多分、そんなことを考えている。
「お前、打たれたいの?」
「打たれたくはない」
「じゃあ何がしたいんだよ」
「本気で振ってほしい」
「面倒くさい投手だな」
「伊織君も同じでしょ?」
「……まあな」
強い相手ほど。
試したくなる。
自分が今、どこまで通用するのか。
◇
初戦の相手も、地方予選を勝ち抜いてきたチームだった。
でも試合を動かしたのは、やっぱり上級生だった。
1回。
橘さんがセンター前ヒットで出塁。
すぐに盗塁。
送りバントで3塁まで進む。
そして。
「4番、キャッチャー、榊原君」
初球。
外角ストレート。
榊原さんは逆らわず、右方向へ弾き返した。
カキィン!
「抜けた!」
ライト前。
あっという間に1点。
「うまいな」
ベンチから見ていて、思わず声が出る。
ホームランじゃない。
派手な長打でもない。
でも、必要な場面で必要な打撃をする。
小学生の頃の俺なら。
ここでホームランを打つ方がすごいと思っていたかもしれない。
◇
俺の第1打席は2回。
ワンアウト、ランナーなし。
相手投手は3年生の右腕。
球速は130km/h前後。
さらに、縦に落ちる変化球がある。
初球。
外角低め。
「ストライク!」
2球目。
似た軌道。
俺はストレートだと思って振った。
「っ!」
ボールが落ちる。
「ストライク!」
「フォーク……?」
小学生ではほとんど見なかった球種。
ツーストライク。
3球目。
今度はストレート。
外角高め。
カンッ!
ファウル。
「危な」
4球目。
また低めから落ちる。
今度は止めた。
「ボール!」
ワンボール、ツーストライク。
「こういう投手もいるのか」
面白い。
でも。
次の球を打ち上げた。
ライトフライ。
「アウト!」
ベンチへ戻る。
「どうだった?」
橘さんが聞いてきた。
「フォーク、初めてちゃんと見ました」
「落ちるでしょ?」
「思ったより」
「全国来ると、ああいうの増えるよ」
「……いいですね」
「その顔、水城と同じだよ」
「マジですか」
「マジ」
◇
試合は、こちらが少しずつ差を広げた。
3回に2点。
5回に1点。
4対1。
6回から。
「水城」
「はい!」
玲がマウンドへ上がる。
全国大会。
中学1年の夏。
それでも、玲の球は通用した。
初球。
134km/h。
「ストライク!」
次。
135km/h。
打者が振る。
カキンッ!
「ファウル!」
「当てた」
俺がショートから見る。
相手打者は、驚いていない。
速いことを分かった上で。
ちゃんと振ってきている。
玲も。
それが嬉しいらしい。
3球目。
チェンジアップ。
空振り。
ワンボール、ツーストライク。
4球目。
ストレート。
高め。
カキィン!
「センター!」
橘さんが下がる。
捕球。
「アウト!」
「玲!」
「何?」
「普通に打たれてるぞ!」
「うん!」
「嬉しそうに言うな!」
その後も。
玲は三振だけにこだわらなかった。
低めへ投げる。
ゴロを打たせる。
必要なら球速を130km/h前後まで落とす。
2イニング。
被安打1。
四球0。
無失点。
奪三振3。
最高球速135km/h。
7対1。
全国初戦。
勝利。
◇
2回戦。
俺は再び7番ショート。
玲はベンチスタート。
相手は、初戦より明らかに強かった。
3年生エースは左投手。
球速は130km/h台前半。
「左か」
俺は打席へ向かう。
初球。
内角。
ストライク。
2球目。
外へ逃げる変化球。
見送る。
3球目。
また内角。
「っ!」
詰まる。
ファウル。
「見え方違うな」
左投手。
右打者の俺からすると、内角への球が身体へ向かってくるように見える。
今まで。
左の好投手との対戦経験は、そこまで多くなかった。
第1打席。
三振。
「くそっ」
全国へ来れば。
知らないものが。
いくらでも出てくる。
◇
第2打席。
同じ左投手。
今度は。
少しだけ立ち位置を変えた。
初球。
外角。
ボール。
2球目。
内角。
見送る。
「ストライク!」
3球目。
外へ逃げる。
振らない。
「ボール!」
ツーボール、ワンストライク。
「次、内」
そう思った。
4球目。
やっぱり。
内角ストレート。
「そこ!」
振る。
カキィン!
打球は。
レフト線。
「落ちろ!」
フェア。
「よし!」
1塁を蹴る。
2塁へ。
「セーフ!」
二塁打。
1打席目に。
見た。
2打席目で。
少し合わせた。
【対左投手経験を獲得しました】
「……こういうのもあるか」
システムの表示。
まだ。
特殊能力ではない。
でも。
何度も経験すれば。
いつか。
形になるのかもしれない。
◇
試合は3対2。
1点リードで最終回を迎えた。
マウンドには3年生エース。
先頭打者にヒット。
次の打者に送りバント。
ワンアウト2塁。
「タイム!」
監督が出る。
玲が立ち上がった。
「行く?」
「多分」
でも。
監督は。
3年生エースを代えなかった。
「……」
玲が少し残念そうに座る。
「玲」
「何?」
「今日は先輩に任せろ」
「うん」
3年生エース。
次の打者を内野ゴロ。
ツーアウト3塁。
最後。
相手の4番。
フルカウント。
変化球。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
ゲームセット。
3対2。
「よっしゃあ!」
ベンチが沸く。
玲も。
すぐに立ち上がっていた。
投げられなかった。
でも。
ちゃんと笑っている。
「どうした?」
「勝ったから」
「投げたかっただろ」
「投げたかった」
「正直だな」
「でも先輩が抑えた」
「うん」
「それも嬉しい」
「……成長したな」
「何が?」
「何でもない」
◇
2試合を勝って。
全国ベスト8。
準々決勝。
ここからは。
どこも強い。
試合前。
監督がメンバー表を見る。
「成瀬」
「はい」
「今日もショート」
「はい!」
最近。
もう名前を呼ばれても。
驚かなくなってきた。
でも。
それが当たり前だと思うつもりはない。
3年生の先輩から。
ポジションを預かっている。
「伊織君」
「何?」
「スタメン慣れた?」
「少し」
「僕は?」
「何が?」
「リリーフ」
「めちゃくちゃ慣れてるだろ」
「先発したい」
「欲出てきたな」
「最初から」
「知ってた」
◇
準々決勝。
試合は。
今までで一番苦しかった。
相手投手は3年生。
右。
最速135km/h。
「速いな」
俺が言うと。
隣の玲が答える。
「僕と同じ」
「お前は1年だろ」
「でも同じ」
「だからおかしいんだって」
さらに。
カーブ。
スライダー。
チェンジアップ。
球種も多い。
3回まで。
こちらはノーヒット。
相手も。
こちらの3年生エースを打てない。
0対0。
◇
4回。
先頭。
橘さん。
初球。
135km/h。
ファウル。
2球目。
カーブ。
ボール。
3球目。
スライダー。
ファウル。
4球目。
ストレート。
カキィン!
「センター前!」
初ヒット。
「やっぱり打つな」
全国でも。
橘さんは変わらない。
次。
送りバント。
ワンアウト2塁。
榊原さん。
相手投手も。
さらに力を入れる。
135km/h。
ファウル。
スライダー。
見逃し。
最後は。
外角ストレート。
カキィン!
「ライト!」
落ちる。
「回れ!」
橘さんが3塁を蹴る。
「セーフ!」
1対0。
「よし!」
また。
先輩たちが。
先に試合を動かした。
◇
5回裏。
こちらがピンチを迎える。
ワンアウト1、3塁。
相手の5番。
強い打球。
三遊間。
「っ!」
横へ飛ぶ。
グラブに入る。
「伊織!」
榊原さんの声。
3塁ランナーが動く。
俺は。
倒れたまま。
ホームへ投げる。
「っ!」
送球。
少し低い。
榊原さんが。
すくう。
タッチ。
「アウト!」
「よし!」
ツーアウト1、2塁。
「ナイス、成瀬!」
「ありがとうございます!」
次の打者。
内野フライ。
無失点。
ベンチへ戻ると。
榊原さんが笑った。
「お前、最近ホーム投げるの好きだな」
「必要だからですよ」
「そういう返しできるようになったか」
「何ですかそれ」
「最初は全部自分でアウト取りたそうだったからな」
「……そうでした?」
「そうだった」
否定できない。
◇
6回。
俺の第3打席。
ワンアウト。
ランナーなし。
相手投手。
まだ球威は落ちていない。
初球。
134km/h。
外角。
「ストライク!」
2球目。
スライダー。
ファウル。
ツーストライク。
3球目。
低め。
ボール。
4球目。
カーブ。
見送る。
ツーボール、ツーストライク。
「次……」
ここまで。
ストレート。
スライダー。
カーブ。
全部見た。
5球目。
チェンジアップ。
「っ!」
少し前へ出される。
でも。
バットを残す。
カキンッ!
ライト前。
「よし!」
ヒット。
1塁へ走る。
「ナイス、成瀬!」
「はい!」
全国。
上級生。
135km/h。
複数の変化球。
それでも。
少しずつ。
対応できる。
【ミート経験を獲得しました】
【選球経験を獲得しました】
まだ。
成長できる。
◇
7回裏。
1対0。
玲がマウンドへ上がった。
「水城」
「はい」
榊原さんが。
マウンドで玲を見る。
「1点だけだ」
「はい」
「三振はいらない」
「はい」
「勝てばいい」
「……はい」
玲が頷く。
初球。
133km/h。
ストライク。
2球目。
チェンジアップ。
空振り。
ツーストライク。
3球目。
玲は。
135km/hを投げようとした。
でも。
一度。
息を吐く。
榊原さんのミット。
外低め。
そこへ。
132km/h。
バァンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
ワンアウト。
2人目。
内野ゴロ。
俺の前。
捕る。
1塁へ。
「アウト!」
ツーアウト。
あと1人。
相手の4番。
初球。
135km/h。
ファウル。
2球目。
チェンジアップ。
ボール。
3球目。
132km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
スタンドの声が。
大きくなる。
玲は。
笑っていなかった。
ただ。
榊原さんのミットを見ている。
4球目。
外角低め。
133km/h。
打者が振る。
カキンッ!
「ショート!」
俺の正面。
「来た!」
捕る。
1塁へ。
投げる。
「アウト!」
「ゲームセット!」
「よっしゃあああ!」
1対0。
全国ベスト4。
俺は。
拳を握った。
玲がマウンドから走ってくる。
「伊織君!」
「おう!」
「勝った!」
「勝ったな!」
その後ろから。
3年生たちも集まってくる。
でも。
榊原さんだけは。
少し遅れて歩いてきた。
「あと2つだな」
「はい」
「全国優勝まで」
玲がすぐに答える。
「勝ちたい」
「俺もだよ」
榊原さんが笑った。
ただ。
その笑顔は。
今までより少しだけ。
固かった。
◇
宿舎へ戻る前。
監督から。
明日の相手を聞いた。
「準決勝の相手は、今大会の優勝候補だ」
全国でも。
名前の知られた強豪。
大型選手が多く。
投手も。
打線も。
守備も。
ここまでとは。
また1段違う。
「相手の先発候補は3年。最速140km/h近い」
「140……」
三上が呟く。
玲が。
少しだけ目を輝かせる。
「楽しそうな顔するな」
「してない」
「してる」
俺も。
多分。
似たような顔をしていた。
全国ベスト4。
あと2つ。
でも。
次の相手は。
今までで。
一番強い。
小学生の頃。
俺たちは最後に。
日本一になった。
だから。
どこかで。
今回も。
勝てると思っていたのかもしれない。
この時はまだ。
知らなかった。
中学生の全国には。
今の俺たちでは。
まだ届かない場所があることを。