転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第64話

 翌日の練習。

 玲は、本当に俺をブルペンへ連れていった。

「伊織君」

「何?」

「見てて」

「何を?」

「僕の投球」

「昨日もずっと見てたけど」

「今日はもっと考えて投げる」

「……今まで考えてなかったみたいに聞こえるぞ」

「考えてたよ」

 玲は少しだけ不満そうな顔をした。

「でも、もっと考える」

 その横では、高瀬がキャッチャーミットを持って準備している。

「俺も付き合うの?」

「お願い」

「昨日から急に素直だな」

「上手くなりたいから」

「そう言われると断りづらいんだよな……」

 高瀬がマスクを被った。

 

◇

 

 玲がマウンドへ上がる。

 最初の1球。

 135km/h。

 外角。

 少し高い。

「ボール」

 2球目は132km/h。

 外角低め。

「ストライク」

 3球目も同じ場所へ131km/h。

「ストライク」

 玲が小さく頷く。

「次、チェンジアップ」

「おう」

 腕を振る。

 高瀬が捕った。

「ちょっと高い」

「うん」

「もう1球」

 今度は低め。

「それはいい」

 玲はすぐに次の球を握った。

 

 今までの玲なら、ブルペンで一番気にしていたのは球速だった。

 135。

 134。

 もっと速く。

 そんな感じだった。

 でも今日は違う。

 外。

 内。

 高め。

 低め。

 どこへ投げるか。

 どの球のあとに何を投げるか。

 それを確認している。

「珍しいな」

 思わず言うと、玲が振り返った。

「何が?」

「ちゃんと投手っぽくなった」

「前から投手だよ」

「そういう意味じゃない」

「?」

「まあいいや」

 玲は首を傾げながら、またマウンドへ向き直った。

 

◇

 

 ただ。

 俺の投球をそのまま真似しようとすると、すぐにおかしくなった。

「もっと遅く」

 玲がチェンジアップを投げる。

 高瀬が捕る。

「今のは抜けすぎ」

「もう1回」

 次。

「腕の振り緩んでる」

「……もう1回」

 さらに遅くしようとして。

 今度は大きく外れる。

「難しい」

 玲が珍しく、はっきりそう言った。

「そりゃそうだろ」

「伊織君は76km/h投げる」

「俺はその投げ方を練習してるからな」

「僕も76にした方がいい?」

「いや……」

 俺は少し考えた。

「別に、俺と同じにする必要なくない?」

「何で?」

「だって、お前135km/hあるじゃん」

「うん」

「俺にはない」

「うん」

「そこ即答されると腹立つな」

「本当だから」

「分かってるけど」

 気を取り直す。

「俺は126km/hだから、76km/hを使ってタイミングを壊してる」

「うん」

「そのあとに126を投げれば、実際の数字以上に速く感じる」

「うん」

「でも玲は、最初から135あるだろ」

「ある」

「だったら」

 俺はボールを指差した。

「135をもっと打ちにくくする方が、お前には合ってるんじゃない?」

 玲が黙る。

「もっと打ちにくく?」

「例えば、ストレートだと思って振ったのに、最後だけ落ちるとか」

「落ちる?」

「そう。速度はそんなに落ちないまま」

 高瀬も考えながら頷いた。

「それは嫌だな」

「だろ?」

「135待ってて、130くらいで同じ軌道から最後だけ沈んだら、見分ける時間ほとんどないぞ」

「130……」

 玲が自分の指を見る。

 その顔が。

 少し変わった。

 

◇

 

「投げてみる」

「何を?」

「まだ分からない」

「分からない球投げるなよ」

「でもやってみたい」

「怖えよお前」

 玲がボールの握りを変える。

 指を少し広げる。

 ただ、無理に深く挟んでいるわけではない。

「それで投げられる?」

「分からない」

「だから分からない多すぎるって」

 玲が腕を振った。

 フォームは。

 ストレートとほとんど変わらなかった。

 球速表示。

 129km/h。

 ボールは真っすぐ高瀬へ向かう。

 そして。

 ホームベースの少し手前。

 スッ。

 わずかに沈んだ。

 高瀬のミットが下へ動く。

「……」

 3人とも黙った。

「今の何?」

 高瀬がミットを見る。

「分からない」

「お前が分からないのかよ」

「もう1回」

「聞けよ!」

 

◇

 

 2球目。

 130km/h。

 今度はほとんど落ちない。

「違う」

 玲が首を振る。

 3球目。

 128km/h。

 少し早めに沈む。

「これも違う」

 4球目。

 131km/h。

 高く抜ける。

「違う」

 5球目。

 玲が一度、指先を確認した。

 そして投げる。

 130km/h。

 途中までは。

 本当にストレートと同じように見えた。

 でも。

 打者が振り始めるあたりで。

 ボールが沈む。

 バァンッ!

 高瀬が低い位置で捕球した。

「……今の」

「うん」

 玲の目が輝く。

「今のがいい」

「何が違った?」

 俺が聞く。

「指」

「それだけ?」

「あと、力の入れ方」

「分かるの?」

「なんとなく」

 天才って。

 こういうところが少し腹立つ。

「打ってみたい」

 俺が言う。

「いいよ」

 返事は早かった。

 

◇

 

 ヘルメットを被って打席へ入る。

 高瀬が座る。

「成瀬、本気で打つ?」

「もちろん」

「水城も?」

「もちろん」

「練習なんだけどな……」

 高瀬がため息をつく。

 初球。

 135km/h。

 内角高め。

「ストライク!」

 速い。

 いつもの玲のストレート。

 2球目。

 133km/h。

 外角低め。

 ファウル。

 ツーストライク。

 そして3球目。

 玲の腕が振られる。

「ストレート」

 そう見えた。

 少しだけ遅い。

 でも。

 待てるほどではない。

 振り始める。

 その瞬間。

「っ!」

 ボールが落ちた。

 ブンッ!

 バットの下を通過する。

 高瀬のミット。

「ストライク!」

「……」

 思わず振り返る。

「どう?」

 玲が聞く。

「嫌だな」

「打てなかった」

「分かってても嫌だ」

 ストレートより5km/h程度遅いだけ。

 それなのに。

 最後に沈む。

「もう1回」

「いいよ」

「今度は打つ」

「今度も抑える」

 高瀬が笑う。

「お前ら本当に楽しそうだな」

 

◇

 

 今度は最初から、新しい球が来ると分かっている。

 玲が投げる。

 129km/h。

「来た」

 振る。

 落ちる。

 カキンッ!

 バットの先。

 ファウル。

「当たった」

 玲が言う。

「当てた」

「でもファウル」

「次は前に飛ばす」

「じゃあもっと遅く落とす」

「それできるの?」

「まだ分からない」

「結局そこかよ」

 でも。

 俺も分かった。

 これは面白い。

 完成したら。

 かなり面倒な球になる。

 

◇

 

 数日後。

 シート打撃。

 玲がマウンドへ上がった。

 最初の打者は黒田。

「来い、水城!」

「うん」

 初球。

 135km/h。

 高め。

 カキンッ!

「ファウル!」

「速っ!」

 2球目。

 132km/h。

 外角低め。

「ストライク!」

 ツーストライク。

 高瀬がサインを出す。

 玲が頷く。

 3球目。

 130km/h。

 途中まで。

 ストレートとほとんど同じ。

「っ!」

 黒田が振る。

 手元で沈む。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

「何だ今の!」

 黒田が振り返る。

「新しい球」

 玲が答える。

「名前は?」

「まだない」

「名前もない球で三振取るな!」

 

◇

 

 次は三上。

「俺には普通の球投げろよ!」

「全部普通」

「今のは普通じゃねえよ!」

「打者でしょ?」

「そうだけど怖いもんは怖い!」

 初球。

 134km/h。

 ファウル。

 2球目。

 131km/h。

 外角低め。

 見逃し。

 ツーストライク。

 3球目。

 また高速の落ちる球。

 でも。

 今回は少し甘い。

 129km/h。

 三上がなんとかバットへ当てる。

 カンッ!

 弱いゴロ。

「ショート!」

 俺が前へ出る。

 捕る。

 1塁へ。

「アウト!」

 玲がマウンドで三上を見送る。

「三振じゃなかった」

「アウトなら同じだろ」

「うん」

 玲は素直に頷いた。

 少し前なら。

 きっと悔しそうにしていた。

 今は。

 アウトを取ったことを見ている。

 

◇

 

 練習後。

 監督に呼ばれた。

「水城」

「はい」

「さっきの球、何だ?」

「まだ分かりません」

「握りは?」

「少し指を広げてます」

「落ちる球か」

「はい」

 監督がボールを受け取る。

「無理に深く挟むなよ」

「はい」

「今のお前はまだ身体もできている途中だ。変な投げ方で無理に変化させるな」

「分かりました」

「ただ」

 監督が玲を見る。

「面白い球ではある」

 玲の顔が明るくなる。

「ストレートと腕の振りがほとんど変わらない。速度差も小さい」

「はい」

「もっと安定して手元で落とせるようになれば、135km/hがさらに生きる」

「はい!」

「でも忘れるな」

「何をですか?」

「お前の一番の武器は、あくまで真っすぐだ」

「忘れません」

 玲は即答した。

「もっと速くしたいので」

「そこは変わらんな」

「はい」

 

◇

 

 帰り道。

 玲が俺の隣を歩く。

「伊織君」

「何?」

「分かった」

「何が?」

「僕、伊織君みたいにならなくていい」

「それ前にも言ってなかった?」

「今日はもっと分かった」

「どう違うんだよ」

 玲が少し考える。

「伊織君は、126と76」

「うん」

「速い球と、すごく遅い球」

「すごくは余計だ」

「僕は135と130」

「うん」

「速い球と、速いまま落ちる球」

「それでいいんじゃない?」

「もっと速くしたい」

「どっちを?」

「両方」

「やっぱりな」

「真っすぐが140になったら」

「うん」

「落ちる球も、もっと速くする」

「それ打者からしたら嫌だな」

「じゃあやる」

「判断基準そこなの?」

「抑えたいから」

「まあ正しいけど」

 

 しばらく歩いて。

 玲がまた言った。

「でも」

「まだあるの?」

「いつか、1個だけ遅い球も欲しい」

「へえ」

「速い球ばっかりだと思われたら、タイミング合わせられるかもしれない」

「そこまで考えるようになったか」

「伊織君が教えた」

「俺?」

「相手が何を待ってるか考えるって」

「……」

 本当に。

 吸収が速い。

「何投げる?」

「まだ分からない」

「チェンジアップ?」

「伊織君みたいに76km/hは嫌」

「何でだよ」

「遅すぎる」

「武器なんだぞ」

「僕はもっと速い方が好き」

「知ってるよ」

 

◇

 

 その日の夜。

 システムを開く。

 玲の解析情報を確認する。

 

【水城玲の解析情報】

年齢:13歳

競技カテゴリ:中学

 

【投手能力】

球速     135km/h

コントロール C62

スタミナ   B70

 

【変化球】

チェンジアップ 3

 

【確認済み特殊能力】

奪三振

怪童

リリース○

 

 数値は。

 まだ変わっていない。

 でも。

 その下に、新しい表示が出ていた。

 

【解析情報が更新されました】

 

【新たな変化球の兆候を確認しました】

 

【高速落下球:未完成】

 

【球速帯:128~131km/h】

 

【特殊能力《キレ○》の成長条件を一部満たしました】

 

「……来た」

 まだ。

 SFFという名前はついていない。

 毎回同じように落ちるわけでもない。

 変化量も安定していない。

 それでも。

 135km/hのストレートとほとんど同じ軌道から。

 130km/h前後で。

 手元だけ沈む。

 もし。

 あの球がもっと速くなって。

 もっと遅く変化を始めて。

 鋭く落ちるようになったら。

「打ちたくないな」

 135km/h。

 その近い速度帯から。

 最後だけ違う場所へ消える球。

 そして玲は。

 いつか遅い球まで覚えようとしている。

「俺が刺激したんだよな……」

 少しだけ。

 余計なことをした気がした。

 でも。

 すぐに笑う。

「まあいいか」

 玲が強くなる。

 だったら。

 俺も、もっと強くなればいい。

 

 126km/hと76km/h。

 大きな速度差で。

 打者の時間を狂わせる俺。

 

 135km/hと130km/h。

 ほとんど同じ速度から。

 最後の軌道を変え始めた玲。

 

 俺たちは。

 同じ投手ではない。

 

 だからこそ。

 

 お互いを見ながら。

 違う方向へ。

 もっと厄介な投手へと。

 育ち始めていた。

 

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