転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第65話

 夏休みも、残りわずかになった。

 全国大会が終わったあとも、俺の予定表が空くことはほとんどなかった。

 午前は自主練かシニア。

 午後は勉強。

 空いた時間にはピアノや読書。

 そして、ときどき詩織。

 今日は俺の家で、詩織にピアノを教えてもらうことになっていた。

 楽譜を机の上に置いた詩織が、ふと思い出したように俺を見る。

「伊織君」

「何?」

「夏休みの宿題、もう全部終わった?」

「終わった」

「いつ?」

「先週」

「……やっぱり」

 詩織が呆れたように笑う。

「詩織は?」

「あと読書感想文だけ」

「手伝おうか?」

「自分でやる」

「そっか」

 詩織は楽譜を開きながら、ちらりと俺を見る。

「伊織君、何でも手伝おうとするよね」

「困ってたらだけど」

「そういうところ」

「何?」

「何でもない」

 最近、詩織はこういう言い方をすることが増えた。

 聞いても、だいたい教えてくれない。

 

◇

 

 ピアノの前に座る。

 少し弾いたところで、隣に座っていた詩織が俺の手元を見ながら言った。

「そこ、前より滑らかになった」

「本当?」

「うん。でも次のところ急いでる」

「テンポ合ってない?」

「合ってるけど、音が急いでる感じ」

「……違い分からん」

「数字じゃないからね」

 詩織が笑う。

 こういう時、少し困る。

 野球なら。

 球速。

 打率。

 守備率。

 能力値。

 ある程度、数字で確認できる。

 勉強も点数が出る。

 でも芸術は違う。

「正解ないの?」

「あるところもあるよ」

「じゃあ今の正解は?」

「もっと丁寧に弾く」

「それ数値化できない?」

「できないと思う」

「難しいな」

「だから面白いんじゃない?」

 そう言って、詩織が同じ部分を弾いてみせる。

 同じ楽譜。

 同じ音。

 なのに、俺が弾く時とは違って聞こえる。

「……もう1回」

「うん」

 野球以外にも、まだ分からないことは多かった。

 

◇

 

 9月。

 2学期が始まった。

 教室へ入ると、近くにいた男子がすぐに俺を見た。

「成瀬、黒くなったな」

「そう?」

「夏ずっと野球だったんだろ?」

「ほぼ」

「全国ベスト4だっけ?」

「うん」

「すげえじゃん」

 小学生の頃ほどではないけれど、中学でも少しずつ声を掛けられることが増えていた。

 席へ向かう途中、今度は別の女子が近づいてくる。

「成瀬君、全国大会出てたんでしょ?」

「出たよ」

「テレビとか出た?」

「出てない」

「写真とかないの?」

「多分チームにはある」

「今度見たい!」

「いいけど」

 そんなやり取りをして席に座ろうとしたところで、教室の入口に詩織がいることに気づいた。

 隣のクラスから来たらしい。

 目が合う。

「おはよう」

「おはよう」

 いつも通りの挨拶。

 ただ、詩織は俺の近くにいた女子たちを一度だけ見てから、自分の教室へ戻っていった。

 

◇

 

 放課後。

 帰り支度をしていると、廊下から詩織が顔を出した。

「伊織君」

「ん?」

「今日シニア?」

「うん」

「そっか」

 少しだけ間が空く。

「何かあった?」

「別に。聞いただけ」

「明日は休みだけど」

 そう言うと、詩織の表情が少し明るくなった。

「……じゃあ明日、一緒に帰る?」

「いいよ」

「うん」

 詩織が笑う。

 俺はその場ですぐに頭の中の予定を確認した。

 明日は自主練を朝に回せばいい。

 放課後は空けられる。

 それで問題ない。

 そう考えながら、俺はシニアのグラウンドへ向かった。

 

◇

 

 新チームが始まってから約1か月。

 チームの形も、少しずつ固まり始めていた。

 キャプテンは橘さん。

 捕手は高瀬が出場機会を増やしている。

 黒田は一塁と三塁。

 三上は二塁と外野。

 そして俺は、ショートを中心に投手としても調整するようになった。

 玲は投手陣の中心。

 それ自体は変わらない。

 ただ、最近の玲にはもう1つ、未完成の武器が増えていた。

 ブルペンで玲の球を受けていた高瀬が、返球しながら声を掛ける。

「水城、今日あれ投げる?」

「投げる」

「何球?」

「分からない」

「まだ試しすぎるなよ」

「分かってる」

 130km/h前後。

 ストレートとほとんど同じ軌道から、手元で沈む球。

 まだ毎回同じようには落ちない。

 日によって変化量も違う。

 それでも打席で見れば、相当に嫌な球だった。

 

◇

 

 ブルペンを見ていた監督が、今度は俺を呼んだ。

「成瀬」

「はい」

「今日、打席立て」

「玲ですか?」

「ああ」

 監督の言葉を聞いて、俺はヘルメットを手に取る。

 打席へ向かうと、マウンドの玲がこっちを見た。

「伊織君」

「何?」

「打たせない」

「俺は打つ」

「新しい球も投げる」

「それも打つ」

 ホーム後方でマスクを被った高瀬が、呆れたように言う。

「始める前からうるせえな」

 打席へ入る。

 玲がセットに入った。

 初球。

 134km/h。

 外角。

 見送る。

「ストライク」

 2球目。

 132km/h。

 低め。

 ファウル。

 ツーストライク。

「来るかな」

 高速落下球。

 そう思って待つ。

 3球目。

 玲の腕が振られる。

 ストレートとほぼ同じ軌道。

 球速は130km/h前後。

「来た」

 振る。

 でも。

 落ちない。

「っ!」

 カキンッ!

 詰まったファウル。

 思わずマウンドを見る。

「今の真っすぐ?」

「うん」

 玲が少し笑う。

「……そういう使い方するのか」

「伊織君が教えた」

「俺?」

「相手が何待ってるか考える」

「教えた覚えはないけど」

 次。

 135km/h。

 高め。

 見逃す。

 ワンボール、ツーストライク。

 5球目。

 今度こそ途中まで真っすぐ。

 手元で沈む。

「っ!」

 バットを止める。

「ボール!」

 低い。

 玲が少し不満そうな顔をする。

「見た」

「見たな」

「次は振らせる」

「やってみろ」

 そのやり取りを聞いていた高瀬が、ミットを構え直した。

「お前ら、これ練習だからな?」

 忘れてはいない。

 多分。

 

◇

 

 数日後。

 秋の大会が始まった。

 3年生が引退してから、初めての公式戦。

 夏の全国ベスト4。

 周囲から見れば、強いチームなのだと思う。

 でも俺たちにとっては、榊原さんたちがいない最初の大会だった。

 試合前。

 橘さんがベンチ前に全員を集める。

「夏の結果は関係ないからね」

 いつもの落ち着いた声。

「今のチームは、まだ何も勝ってない」

「はい」

「今日からまた始めよう」

「はい!」

 榊原さんみたいに、声で全員を引っ張るタイプではない。

 でも橘さんが言うと、不思議と全員が落ち着いた。

 

◇

 

 スターティングメンバーの確認が終わる。

 監督が最後に俺を見る。

「成瀬。先発」

「はい!」

「5回予定だ。無理に三振取る必要はない」

「分かってます」

 続いて、高瀬へ視線を移す。

「高瀬」

「はい」

「任せる」

「はい!」

 玲は今日はベンチスタート。

 俺がマウンドへ向かおうとすると、後ろから声を掛けてきた。

「伊織君」

「何?」

「いいな」

「またそれ?」

「公式戦先発」

「お前も次あるだろ」

「今日は投げない?」

「知らないよ」

「投げたい」

「監督に言えって」

 試合前なのに、いつも通りだった。

 

◇

 

 1回表。

 先頭打者。

 高瀬が外角低めにミットを構える。

 初球。

 126km/h。

 バァンッ!

「ストライク!」

 2球目。

 同じ腕の振り。

 76km/hのチェンジアップ。

 打者の身体が前へ出る。

「っ!」

 空振り。

 ツーストライク。

 高瀬が今度は内角へ構えた。

 3球目。

 125km/h。

 カンッ!

 詰まったゴロ。

「ショート!」

 今日は三上がショートへ入っている。

 落ち着いて捕球。

 1塁へ送る。

「アウト!」

 ベンチから声が飛ぶ。

「ナイスピッチ!」

 俺はマウンドで小さく息を吐いた。

 練習試合とは違う。

 中学に入って、初めての公式戦先発。

 でも。

 やることは変わらない。

 

◇

 

 2番打者。

 高瀬が初球からチェンジアップを要求した。

 76km/h。

 打者は見送る。

「ストライク!」

 2球目。

 126km/h。

 外角。

 振り遅れてファウル。

 ツーストライク。

 3球目。

 もう一度チェンジアップ。

 今度は低く外れる。

「ボール!」

 ワンボール、ツーストライク。

 打者は完全に迷っている。

 高瀬のミットが内角へ動く。

 126km/h。

 打者が振る。

 遅れる。

「ストライク! バッターアウト!」

 三振。

 3番は低めのストレートでセカンドゴロ。

 三者凡退。

 ベンチへ戻ると、高瀬がマスクを外しながら笑った。

「今日も嫌な投げ方するな」

「褒めてる?」

「褒めてる」

 その横から玲が会話に入ってくる。

「チェンジアップ76?」

「今日は最初77くらい」

「遅い」

「うるさい」

 

◇

 

 打つ方でも、俺は3番に入っていた。

 新チームになって、打順も上がった。

 1回裏。

 ワンアウト2塁。

 俺の第1打席。

 相手投手は右。

 球速は120km/h台中盤。

 初球。

 外角。

 ボール。

 2球目。

 ストレート。

 ファウル。

 3球目。

 低めの変化球。

 見送る。

 ツーボール、ワンストライク。

 4球目。

 内角。

「そこ」

 振り抜く。

 カキィン!

 打球は左中間。

「抜けた!」

 2塁ランナーがホームへ。

 俺は2塁へ。

「セーフ!」

 先制タイムリーツーベース。

「よし!」

 マウンドへ上がって。

 打席では点を取る。

 やっぱり、両方できるのは楽しい。

 

◇

 

 3回を終えて、3対0。

 俺は被安打1。

 四球0。

 失点0。

 4回。

 先頭打者にヒットを打たれる。

 続く打者。

 初球のチェンジアップを見送られた。

「ボール!」

 さっきまでなら身体が前へ出ていた。

 でも、少しずつ相手も合わせ始めている。

 高瀬がタイムを取ってマウンドへ来た。

「遅い方、待たれ始めたな」

「うん」

「どうする?」

「しばらく投げない」

「だよな」

 高瀬が戻る。

 次の球。

 126km/h。

 外角。

「ストライク!」

 もう1球。

 125km/h。

 内角。

 ファウル。

 ツーストライク。

 打者はまだチェンジアップを意識している。

 だから、もう一度。

 126km/h。

 高め。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

「よし」

 何を持っているかだけじゃない。

 いつ使うか。

 玲に言ったことは、俺自身にも当てはまる。

 

◇

 

 5回。

 ワンアウト2塁。

 この日初めて、得点圏にランナーを背負った。

 打者は4番。

 高瀬が低めへ構える。

 初球。

 ストレート。

 ファウル。

 2球目。

 チェンジアップ。

 見送られる。

「ボール!」

 ワンボール、ワンストライク。

 3球目。

 外角低め。

 126km/h。

「ストライク!」

 ワンボール、ツーストライク。

 高瀬からチェンジアップのサインが出る。

 俺は一度首を振った。

 高瀬が少し考え、別のサインを出す。

 ストレート。

 内角。

 頷く。

 投げる。

 125km/h。

 打者が振る。

 カンッ!

 詰まった打球。

「サード!」

 黒田が捕る。

 1塁へ。

「アウト!」

 ランナーは動けず。

 ツーアウト2塁。

 次の打者。

 ここで高瀬が、もう一度チェンジアップを要求した。

 初球。

 76km/h。

 ブンッ!

 打者の身体が大きく前へ出る。

「ストライク!」

「よし」

 チェンジアップを。

 忘れた頃に。

 もう一度。

 その後はストレートを続け、最後は126km/hでセカンドゴロ。

「アウト!」

 5回終了。

 無失点。

 

◇

 

 ベンチへ戻ると、監督が俺を呼んだ。

「成瀬」

「はい」

「ここまで」

「はい!」

 結果。

 5回。

 被安打3。

 四球0。

 失点0。

 奪三振4。

 前の練習試合と、ほとんど同じような内容。

 でも今日は公式戦。

 監督が俺の肩を軽く叩く。

「よく投げた」

「ありがとうございます」

「次も準備しとけ」

「はい!」

 その言葉が嬉しかった。

 投手としても、ちゃんと戦力に入っている。

 

◇

 

 6回。

 監督がベンチから声を掛ける。

「水城。行け」

「はい!」

 待ってましたと言わんばかりに玲が立ち上がった。

「やっと」

 俺が言うと、玲は嬉しそうに頷く。

「うん」

 高瀬が防具をつけながら2人の間に入ってくる。

「水城、3点あるから楽に行けよ」

「分かってる」

「あと新しい球、今日は勝手に連投するなよ」

「分かってる」

「本当に?」

「多分」

「そこは『分かってる』で押し切れ!」

 

◇

 

 玲の初球。

 135km/h。

「ストライク!」

 相手打者が露骨に驚いた。

 それまで5回。

 俺の126km/hと76km/hを見ていた。

 そこから、いきなり135km/h。

 ベンチで見ていた三上が、呆れたように呟く。

「最悪だな」

「何が?」

 俺が聞く。

「相手からしたらだよ。前半は76km/hとか見せられて、後半に135だろ?」

「……確かに」

 俺から玲。

 投手のタイプが、まるで違う。

 

◇

 

 先頭を135km/hで三振。

 2人目は132km/hの低めで内野ゴロ。

 そして3人目。

 初球。

 134km/h。

 ファウル。

 2球目。

 135km/h。

 ボール。

 3球目。

 高瀬がサインを出す。

 玲が頷く。

 ベンチから見ていた俺には分かった。

「来る」

 玲が腕を振る。

 130km/h。

 途中まではストレート。

 そして、手元で沈む。

「っ!」

 打者のバットが空を切る。

「ストライク!」

 ワンボール、ツーストライク。

 相手打者が明らかに戸惑っている。

 4球目。

 玲が投げる。

 135km/h。

 高め。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 三振。

 玲が小さく拳を握った。

 

◇

 

 試合は5対0で勝った。

 新チーム。

 秋大会。

 初勝利。

 整列を終えたあと、橘さんがベンチ前で全員を集める。

「まず1つ」

「はい!」

「夏の先輩たちとは違うチームになると思う」

 橘さんが笑う。

「でも、それでいい」

 夏。

 榊原さんたちのチームには、3年生エースがいた。

 榊原さんがいた。

 今はもういない。

 代わりに。

 俺が投げる。

 玲が投げる。

 高瀬が受ける。

 黒田や三上も試合に出る。

「僕らのチームを作ろう」

「はい!」

 新しい秋が始まった。

 

◇

 

 その夜。

 システムを開く。

 

【中学カテゴリ公式戦で先発勝利を記録しました】

【5回無失点を記録しました】

【投球経験を獲得しました】

【制球経験を獲得しました】

【緩急○の実戦経験を獲得しました】

 

「先発勝利」

 少し嬉しくて、その表示を長く見た。

 打つのも好き。

 ショートも好き。

 投げるのも、やっぱり好きだった。

 

 さらに人生能力を見る。

 

【人生能力】

学力 B79

運動 S90

容姿 A84

芸術 C56

社交 B73

精神 B79

 

「芸術、2上がった」

 夏休み。

 詩織とピアノを続けた結果。

 C54からC56。

 まだ得意とは言えない。

 でも、ちゃんと伸びている。

「学力と精神は、あと1」

 野球。

 勉強。

 芸術。

 人付き合い。

 まだ伸ばせる。

 全部。

 まだ伸びる。

 

 机の上の予定表を開く。

 秋大会。

 中間テスト。

 シニア。

 自主練。

 ピアノ。

 詩織。

 

 空いている場所を探して、また予定を入れていく。

 

 新チームが始まった。

 

 そして。

 俺の予定表も、また少しずつ埋まり始めていた。

 

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