秋大会、2回戦。
初戦を5対0で勝ってから、数日が経った。
この日の相手も、新チームになってから負けなし。
試合前のアップをしながら相手ベンチを見ると、1人だけ妙に目につく選手がいた。
「成瀬」
ノックの順番を待っていると、隣にいた三上が声を掛けてきた。
「何?」
「あいつ、ずっとお前見てない?」
三上が顎で相手チームを示す。
視線の先。
ショートの位置でノックを受けている選手がいた。
細身。
俺と同じくらいの身長。
動きが軽い。
正面のゴロを捕る。
送球。
速い。
「うまいな」
「そこ?」
「そこだろ」
「いや、めっちゃ見られてるけど」
確かに。
その選手は送球を終えたあと、また俺の方を見た。
「知り合い?」
「知らない」
「じゃあ何で?」
「知らないって」
今度は三遊間の打球。
逆シングル。
そのまま身体を流しながら1塁へ。
送球は少し高かったけど、十分アウトにできる球だった。
「……守備いいな」
「成瀬が人の守備見てる」
「見るだろ普通」
「お前、投手ばっか見てるイメージ」
「ショートなんだけど俺」
「投手でもあるじゃん」
「面倒くさいな」
「それはこっちの台詞」
三上が笑った。
◇
試合前。
監督が相手のメンバー表を見ながら説明する。
「相手の1番、御子柴。1年」
「1年?」
三上が小さく反応した。
「ショート。足がある。ミートもいい。守備もこの年代ではかなり上手い」
「……」
さっきの選手だ。
「成瀬」
監督が俺を見る。
「はい」
「同じ1年だからって意識する必要はないぞ」
「してません」
「本当か?」
「ちょっとだけ」
監督が笑う。
「素直でよろしい」
今日の先発は玲。
俺は3番ショート。
高瀬が捕手。
黒田は5番サード。
三上は8番セカンド。
新チームになって。
少しずつ。
俺たち1年も、試合の中に当たり前のように入るようになっていた。
◇
1回表。
こちらの攻撃。
先頭の橘さんがライト前ヒットで出塁。
2番が送りバント。
ワンアウト2塁。
「3番、ショート、成瀬君」
打席へ入る。
その途中。
相手のショートと目が合った。
御子柴陽斗。
向こうも。
明らかに俺を見ている。
「……何だろ」
まあいい。
今は打席。
相手先発は2年生右腕。
球速は125km/h前後。
初球。
外角ストレート。
見送る。
「ストライク!」
2球目。
低めのスライダー。
ボール。
3球目。
内角。
振る。
カキンッ!
打球は三遊間。
「抜ける」
そう思った。
でも。
「っ!」
御子柴が横へ動く。
逆シングル。
捕った。
そのまま踏ん張る。
1塁へ。
「アウト!」
「うわ」
速い。
俺は1塁を駆け抜けながらショートを見る。
普通なら。
内野安打になってもおかしくない打球だった。
御子柴は俺を見て。
少しだけ笑った。
「……なるほど」
そういうことか。
◇
1回裏。
玲がマウンドへ上がる。
「水城、最初から飛ばしすぎるなよ」
高瀬がマスク越しに声を掛ける。
「分かってる」
先頭打者。
御子柴。
初球。
133km/h。
外角。
「ストライク!」
2球目。
135km/h。
内角。
御子柴が振る。
カキンッ!
「ファウル!」
「当てるな」
玲が少し嬉しそうに呟く。
3球目。
高瀬が低めへ構える。
玲が投げる。
132km/h。
御子柴が振る。
カキンッ!
打球は俺の左。
「来た!」
三遊間。
走る。
追いつく。
逆シングル。
身体を止める時間はない。
そのまま1塁へ投げる。
「アウト!」
間に合った。
御子柴が1塁を駆け抜けて、こっちを見る。
俺も見る。
一瞬。
目が合った。
向こうが。
今度は、はっきり笑った。
◇
2回。
3回。
試合は0対0。
玲は、かなり良かった。
135km/hのストレート。
132km/h前後の低め。
そして。
まだ未完成の高速落下球。
3回。
相手8番。
初球135km/h。
ファウル。
2球目。
133km/h。
低め。
見逃し。
ツーストライク。
3球目。
130km/h。
途中までストレート。
手元で沈む。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
玲が小さく拳を握る。
高瀬も。
少しずつ新しい球の使い方を掴み始めていた。
◇
4回表。
俺の第2打席。
先頭打者。
初球。
外角。
ボール。
2球目。
ストレート。
ファウル。
3球目。
スライダー。
見送る。
ツーボール、ワンストライク。
4球目。
内角高め。
「そこ」
振り抜く。
カキィン!
今度は。
センター前。
「よし!」
1塁へ。
御子柴の守備範囲には。
飛ばさなかった。
1塁上からショートを見ると、御子柴が俺を見ていた。
「……何?」
聞こえる距離じゃない。
でも。
なんとなく。
悔しそうだった。
次の4番がヒット。
ノーアウト1、2塁。
黒田。
「頼む!」
「任せろ!」
初球。
外角。
カキィン!
「行った!」
打球が左中間を破る。
俺が2塁から一気にホームへ。
「セーフ!」
1対0。
さらにもう1人返って。
2対0。
「よっしゃあ!」
黒田が2塁で拳を握る。
ベンチが沸く。
俺も戻りながら黒田へ声を掛ける。
「ナイス!」
「お前が出たからな!」
「珍しく素直」
「うるせえ!」
◇
4回裏。
先頭は御子柴。
玲の初球。
134km/h。
外角。
見送る。
「ストライク!」
2球目。
高速落下球。
低め。
御子柴は振らない。
「ボール!」
「見た」
玲が少し眉を寄せる。
3球目。
135km/h。
高め。
御子柴が振る。
カキィン!
「センター前!」
ヒット。
玲が振り返る。
御子柴は1塁上で小さく拳を握った。
「打った」
玲が言う。
「打たれたな」
ショートから返す。
「次は抑える」
「今の回まだ終わってないぞ」
「分かってる」
続く2番。
送りバント。
ワンアウト2塁。
3番。
内野ゴロ。
ツーアウト3塁。
4番。
初球。
135km/h。
ファウル。
2球目。
132km/h。
低め。
ボール。
3球目。
高速落下球。
打者が当てる。
ボテボテのゴロ。
「ショート!」
前へ出る。
御子柴が3塁からスタートしている。
1塁へ投げれば。
アウトは取れる。
でも。
それでは1点入る。
「ホーム!」
捕る。
すぐ投げる。
高瀬が受ける。
タッチ。
「アウト!」
「よし!」
チェンジ。
無失点。
戻る途中。
御子柴とすれ違った。
「今の、ホーム投げるんだ」
初めて。
向こうから声を掛けてきた。
「間に合うと思ったから」
「普通1塁じゃない?」
「点取られたくないし」
「……」
御子柴が少し笑う。
「やっぱり上手いね」
「そっちも」
「でも」
一瞬。
表情が変わる。
「ショートは負けないから」
「……」
そういうことか。
「俺も負ける気ないけど」
「知ってる」
御子柴はそれだけ言って、自分のベンチへ戻っていった。
◇
5回。
玲は無失点。
6回から俺がマウンドへ上がった。
「成瀬、2回行け」
監督に呼ばれてショートから投手へ。
「はい!」
三上がショートへ入る。
高瀬がマウンドまで来た。
「相手、そろそろ水城の速さに慣れてきてた」
「うん」
「だから逆に」
「遅くする」
「だよな」
高瀬が笑う。
先頭打者。
初球。
126km/h。
外角低め。
「ストライク!」
2球目。
76km/h。
チェンジアップ。
打者の身体が前へ出る。
「っ!」
空振り。
ベンチから。
相手選手の声が聞こえる。
「遅っ!」
3球目。
125km/h。
内角。
振り遅れ。
ファウル。
4球目。
外角低め。
126km/h。
弱いゴロ。
アウト。
「水城のあとだと、さらに効くな」
高瀬が返球しながら言う。
「俺も思った」
135km/h。
そのあとに。
76km/h。
差は59km/h。
自分だけで投げる時より。
さらに打者の時間が狂っている。
◇
7回。
2対0。
ツーアウト。
最後の打者。
御子柴だった。
「またこいつか」
マウンドから見る。
御子柴も。
少し嬉しそうにバットを構えている。
初球。
126km/h。
外角。
見送る。
「ストライク!」
2球目。
76km/h。
御子柴の身体が。
一瞬だけ前へ動く。
でも。
止めた。
「ボール!」
「……見たか」
3球目。
125km/h。
内角。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
高瀬が。
チェンジアップを要求する。
俺は首を振った。
もう1球。
ストレート。
外角低め。
頷く。
投げる。
126km/h。
御子柴が振る。
カキンッ!
「ショート!」
三上の正面。
捕る。
1塁へ。
「アウト!」
「ゲームセット!」
2対0。
勝った。
◇
整列が終わる。
相手チームと挨拶をして戻ろうとすると。
後ろから声が掛かった。
「成瀬」
振り返る。
御子柴だった。
「何?」
「次はショートで勝つ」
「今日もショートだっただろ」
「そうじゃなくて」
御子柴が少し考える。
「守備で」
「守備?」
「今日、俺も1本アウト取った」
「うん」
「成瀬も取った」
「うん」
「でもホームのやつ」
「何?」
「あれ、俺なら1塁投げてた」
「そっか」
「だから次は、俺もできるようにする」
「……」
変な奴。
でも。
嫌いじゃない。
「じゃあ俺はもっと上手くなる」
「うん」
「そうしたらまた追いかける?」
「追い越す」
「言うな」
御子柴が笑った。
「御子柴陽斗」
「知ってる。メンバー表で見た」
「成瀬伊織」
「それも知ってるだろ」
「うん」
手は出さなかった。
ただ。
お互い少し笑って。
別れた。
◇
帰りのバス。
三上が隣から俺を見る。
「友達できた?」
「何でみんなそれ言うの?」
「真田の時も増えたじゃん」
「あれ友達なの?」
「多分」
「御子柴は?」
「もっと分かんない」
前の席から高瀬が振り返る。
「ショートのライバルじゃね?」
「ライバル?」
「向こう完全に成瀬意識してたぞ」
「そうかな」
「そうだろ」
そのさらに前から玲が振り返った。
「伊織君」
「何?」
「僕は?」
「何が?」
「ライバル」
「お前も?」
「僕が先」
「順番あるの?」
「ある」
「面倒くせえ」
三上が笑う。
「成瀬、ライバル多すぎだろ」
「俺が増やしてるわけじゃない」
「でも投手に真田」
高瀬が指を折る。
「ショートに御子柴」
玲が続ける。
「僕は全部」
「だからお前は何なんだよ」
「ライバル」
玲は当然みたいに答えた。
◇
その夜。
システムを開く。
【強敵との守備競争を経験しました】
【守備経験を獲得しました】
【判断経験を獲得しました】
「守備競争?」
そんな扱いなんだ。
画面を見ながら。
昼間の御子柴の守備を思い出す。
逆シングル。
送球。
足の運び。
上手かった。
「でも」
負けたくない。
打撃も。
投手も。
走塁も。
全部伸ばしたい。
その中でも。
今。
一番高い野手能力は。
守備力B72。
中学に入ってから。
少しずつ。
ショートという場所が。
前より面白くなっている。
真田蒼士。
投手として。
玲を。
俺を。
追いかけてくる同級生。
御子柴陽斗。
ショートとして。
俺を追い越すと言った同級生。
そして。
水城玲。
全部で俺に勝つつもりの。
一番近くにいる怪物。
「……楽しくなってきたな」
全国には。
まだ知らない選手がいる。
中学1年の秋。
俺の周りには。
少しずつ。
同じ時代を戦う名前が。
増え始めていた。