翌週。
父さんに少年野球のことを話すと、思った以上に食いついた。
「伊織、野球チーム入りたいのか?」
「うん」
「本気で?」
「うん」
「よし!」
「うわっ」
肩を掴まれた。
「父さんも小学校の時やってたんだよ!」
「知ってる」
「言ったっけ?」
「……この前」
「ああ、そうだった」
危ない。
転生者。
こういうところで地味にボロが出る。
「じゃあ母さんに相談だな」
結果。
条件付きで許可された。
『嫌になったらちゃんと言うこと』
『無理をしないこと』
『幼稚園を休んでまで練習しないこと』
全部了承。
そして。
俺と玲は。
週末のキッズクラスへ参加することになった。
◇
「よろしくお願いします!」
グラウンド。
俺と玲が頭を下げる。
玲のお父さん。
俺の父さん。
少し離れたところには。
なぜか詩織と詩織のお母さんまでいる。
「詩織、何しに来たの?」
「見学」
「毎回来る気?」
「駄目?」
「駄目じゃないけど」
野球に興味があるわけでもなさそうなのに。
よく分からない。
「伊織君」
「ん?」
「今日も頑張ってね」
「おう」
詩織が笑う。
【藤崎詩織の好感度が少し上がった】
……なるほど。
応援イベントみたいなものか。
少し納得した。
◇
「今日はまず走ろうか!」
キッズクラスのコーチが声を上げる。
参加しているのは俺たちを含めて八人。
年長から小学二年くらい。
競技というより。
野球を使って身体を動かす教室に近い。
まずはグラウンドを軽く走る。
「玲、速っ」
俺の横から。
玲が飛び出していく。
「伊織君遅い!」
「うるせえ!」
五歳児の身体。
運動22。
仕方ない。
でも。
悔しい。
結局。
八人中。
玲が二番。
俺は五番。
「……」
「伊織君」
「何」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「顔が怒ってる」
「怒ってないって」
玲が笑う。
こいつ。
昨日まで俺に憧れてたんじゃないのか。
「もう一回やったら勝つ」
「いいよ」
この辺り。
中身三十八歳とか。
あまり関係ないらしい。
負けると普通に悔しい。
【運動が少し上がった】
人生能力にも経験が入る。
野球と人生。
同じ行動で両方育つこともある。
これは効率がいい。
◇
次はキャッチボール。
「相手の胸を狙って投げよう!」
コーチが実演する。
俺と玲でペア。
「いくよ」
「うん」
投げる。
パシッ。
玲の胸元。
「お」
前より明らかに投げやすい。
コントロールF21。
やっぱり。
能力を上げた効果は確実にある。
今の俺なら。
この距離なら。
かなり安定して相手の周辺へ投げられる。
「伊織君、上手くなった」
「だろ?」
「昨日より」
「練習したから」
正確には。
経験を使ったから。
玲が投げ返す。
パシッ。
「……」
胸元。
「玲も上手くなってるじゃん」
「練習した」
「どれくらい?」
「毎日」
「毎日?」
「うん」
玲のお父さんを見る。
苦笑している。
「幼稚園から帰ると、毎日キャッチボールしろって」
「……」
こいつ。
才能だけじゃない。
練習もする。
一番嫌なタイプじゃないか。
「伊織君?」
「なんでもない」
俺も。
やらないとな。
システムがあるからといって。
何もしなくていいわけではない。
むしろ。
練習した分が確実に残るなら。
やらない方が損だ。
◇
「次はバッティング!」
待ってました。
ティースタンド。
前回。
少しだけ経験した。
今日は。
もう少し真面目に試したい。
「成瀬君からいこうか」
「はい」
バットを握る。
前回の反省。
前世のフォームを無理やり再現しない。
五歳の身体。
小さな手。
弱い筋力。
今できる範囲で。
ボールへバットを当てる。
一球目。
カンッ。
二球目。
コン。
三球目。
カンッ。
「上手い上手い!」
コーチが褒める。
「バットに当てるの上手だね」
「ありがとうございます」
前世では。
こういうところだけは人並みだった。
長打力はない。
足も普通。
でも。
バットへ当てること自体は嫌いじゃなかった。
十球。
二十球。
少しずつ。
身体の感覚が合ってくる。
【打撃練習を行いました】
【筋力が少し上がった】
【技術がかなり上がった】
経験が入る。
そして。
俺は気づく。
ミート。
今なら。
上げられる。
「……」
練習中にやってみるか?
少し迷う。
でも。
効果を確認したい。
視界の中だけで操作する。
【ミート G 10】
【蓄積した経験を使用しますか?】
はい。
【ミートが上がった】
【G 10 → F 20】
瞬間。
「……っ」
目が。
少し変わった。
いや。
視力が良くなったわけじゃない。
ボールと。
バットの位置。
その関係が。
さっきより。
少し分かる。
「成瀬君?」
「もう一球お願いします」
「おう」
ボールがティーへ置かれる。
構える。
ボールを見る。
振る。
カンッ!
今までで一番いい音。
打球が真っ直ぐ飛んだ。
「おお!」
コーチが声を上げる。
「今の良かったぞ!」
「……」
自分でも分かる。
芯に近かった。
もう一球。
カンッ。
また当たる。
「これか……」
システムによる成長。
すごい。
でも。
それ以上に。
怖いくらい気持ちいい。
努力して。
経験を貯めて。
能力に使う。
すると。
自分が本当に上手くなる。
ゲームでは何百回もやった。
でも。
自分自身で味わうのは。
まるで違う。
「もう一球!」
止まらなかった。
◇
「次、水城君!」
「はい!」
玲がバットを持つ。
俺は少し離れたところから見る。
最初は。
俺の方が上手かった。
今日も。
最初の数球は玲の方が空振りが多い。
カスッ。
空振り。
コン。
「難しい」
玲が言う。
でも。
見ている。
俺がどう振っていたか。
コーチが何を教えているか。
「玲君、バットを振る時に頭が動きすぎてるな」
「頭?」
「そう。なるべくボールをずっと見てみよう」
「うん」
次。
カンッ。
「……」
次。
カンッ。
次。
カンッ!
「おい」
十球もしないうちに。
ほとんど空振りしなくなった。
「すごいな玲!」
玲のお父さんが喜んでいる。
詩織も拍手している。
「玲ちゃん上手!」
「ありがとう」
玲が笑う。
そして。
俺を見る。
「伊織君」
「なに?」
「今の、伊織君より飛んだ?」
「……ちょっとだけな」
「やった」
「次は俺の方が飛ばす」
「じゃあ競争ね」
「だから何でも競争にするな」
「伊織君が言った」
「そうだっけ?」
笑いながら。
胸の奥では。
少し焦っている。
俺は経験を使って。
ミートを上げた。
玲は。
普通に練習しただけ。
なのに。
もう。
同じくらい当て始めている。
才能。
その言葉が。
少しずつ。
現実味を持ち始めていた。