試合当日の朝。
家を出る前に、俺は一度だけシステムを開いた。
【成瀬伊織】
【野手能力】
弾道 3
ミート C69
パワー C67
走力 C67
肩力 C69
守備力 B72
捕球 C67
【野手特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
パワーヒッター
チャンス○
盗塁○
【投手能力】
球速 127km/h
コントロール B72
スタミナ B70
【変化球】
チェンジアップ 5
【投手特殊能力】
対ピンチ○
低め○
リリース○
緩急○
127km/h。
数日前のブルペンで更新した自己最速。
玲は135km/h。
真田は134km/h。
まだ遠い。
でも、前の試合で2人を見て思った。
欲しいのは球速だけじゃない。
もっと長く。
もっと正確に。
もっと打者を見て。
試合の最初から最後まで、自分で作れる投手になりたい。
「今日は最後まで」
画面を閉じる。
そのための試合だった。
◇
秋大会準決勝。
今日の相手は、新チームになってから毎試合5点以上を取っている強豪だった。
試合前、監督がスタメンを読み上げる。
「先発、成瀬」
「はい!」
「ライト、水城」
「はい」
最近、俺が先発する試合では玲がライトに入ることがある。
投手としての肩と身体能力を生かしつつ、必要なら途中からマウンドへ回すためだ。
外野手としての経験はまだ浅いけれど、普通の打球なら問題なく処理できる。
監督が玲に続ける。
「成瀬の球数次第では途中から投げてもらう。準備はしておけ」
「はい」
玲が俺を見る。
「今日は何回投げる?」
「7回」
「最初から?」
「最後まで」
「じゃあ僕、投げられない」
「譲らないぞ」
「分かってる」
少し残念そうだった。
◇
マウンドへ上がる。
今日は、いつにも増して頭がすっきりしていた。
緊張していないわけじゃない。
準決勝。
しかも相手は強力打線。
それなのに、不思議なくらい周りがよく見える。
高瀬のミット。
守備位置。
そして、打席に立つ相手の構え。
「……」
先頭打者は、いつもより少しバットを後ろへ置いているように見えた。
足もあまり開いていない。
多分。
速い球を待っている。
本当に何となくだけど、そう感じた。
高瀬のサインはストレート。
俺は首を振る。
高瀬の眉が少し動いた。
次。
チェンジアップ。
頷く。
投げる。
76km/h。
「っ!」
打者の身体が前へ出た。
バットは途中で止まる。
「ボール!」
外れた。
でも。
「やっぱり」
速い球を待っていた。
2球目。
今度は内角へ126km/h。
カンッ!
詰まったゴロがセカンドへ転がる。
「アウト!」
ワンアウト。
2番打者は、さっきより少し前に立っている。
チェンジアップを気にしている?
高瀬のサイン。
チェンジアップ。
首を振る。
ストレート。
頷く。
126km/h。
外角低め。
「ストライク!」
打者のバットは出ない。
やっぱり。
今日は。
見える気がする。
構え。
視線。
スイング。
何を待っているのか。
何を嫌がっているのか。
いつもなら結果を見てから考えていたことが、今日はその前から少しずつ繋がって見えた。
2番をセカンドゴロ。
3番はチェンジアップでタイミングを外し、最後は外角低めのストレートで見逃し三振。
三者凡退。
初回を終えた。
◇
ベンチへ戻ると、高瀬がマスクを外しながら隣へ座った。
「成瀬」
「何?」
「今日、やたら首振るな」
「ごめん」
「怒ってない。理由聞いてる」
「ああ」
高瀬が俺を見る。
「最初の打者。俺は真っすぐで入りたかった」
「うん」
「何でチェンジアップ?」
「速い球待ってる気がした」
「どこで?」
「構え。バットの位置と足かな。多分だけど」
「2人目は?」
「チェンジアップ気にしてるように見えた。だから真っすぐ」
高瀬が少し黙る。
「変だった?」
「いや。俺とは読みが違った」
「うん」
「でも、2人ともお前が言った通りの反応してた」
「俺もびっくりしてる」
「自分で?」
「今日、なんか見えるんだよ」
「何が?」
「何待ってるとか、何嫌がってるとか。いつもより分かる気がする」
高瀬は少し考えたあと、笑った。
「じゃあ今日、お前が配球決めてみる?」
「俺が?」
「サインは出す。でも違うと思ったら首振れ」
「全部?」
「全部でもいい」
「いいの?」
「今日のお前の読み、ちょっと見てみたい」
高瀬が立ち上がる。
「ただし、俺が危ないと思ったら止める」
「分かった」
「自分で考えて抑えてみろ」
「うん」
次のイニング。
マウンドへ向かう。
相手が何を待っているか。
それだけじゃない。
何を見せれば。
次に何を待たせられるのか。
そんなことまで、考えてみたくなった。
◇
2回。
先頭の4番。
初球は127km/h。
外角。
ファウル。
2球目。
76km/h。
身体が大きく前へ出る。
ワンボール、ワンストライク。
普通なら、ここでもう一度速い球。
でも。
打者の足が、少しだけ前へ向いたままだった。
まだ遅い球を気にしている。
だったら。
もう1球。
77km/h。
「っ!」
今度は何とか合わせられた。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
これで。
遅い方に意識が寄った。
高瀬のサイン。
高めのストレート。
俺も同じ。
頷く。
127km/h。
高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
次の5番。
最初からストレートを2球続ける。
126km/h。
127km/h。
打者のタイミングが速い方へ合い始める。
3球目。
76km/h。
カンッ!
バットの先。
ファーストゴロ。
「アウト!」
面白い。
ただ逆を投げればいいわけじゃない。
速い球を待っているなら遅い球。
遅い球を待っているなら速い球。
それだけなら、いつか読まれる。
だったら。
待っている球を、こっちで作ればいい。
この球を見せて。
次に別の球を待たせる。
「……なるほど」
6番打者をショートゴロに打ち取り、2回も三者凡退。
少しずつ。
何かが掴めてきた。
◇
打線は2回裏に黒田のタイムリーで1点を先制した。
3回表。
俺は7番から始まる下位打線を三者凡退で抑える。
ここまで9人。
走者なし。
でも、記録のことはまだ考えていなかった。
今は打者を見る方が面白い。
そして4回。
打順は先頭へ戻る。
ここで。
相手も変わった。
先頭打者が打席に入る。
初回より、明らかに前へ出る意識がない。
初球。
高瀬はチェンジアップのサイン。
頷く。
76km/h。
打者は微動だにしない。
「ボール!」
「……捨てた」
完全に。
遅い球を見逃すつもりだ。
なら。
2球目。
126km/h。
「ストライク!」
3球目。
127km/h。
ファウル。
4球目。
126km/h。
内角。
カンッ!
詰まったショートゴロ。
「アウト!」
次の2番。
同じだった。
チェンジアップを警戒している。
というより。
遅い球を捨てている。
だから。
投げない。
126km/h。
外角。
127km/h。
内角。
126km/h。
高め。
最後はセンターフライ。
ツーアウト。
「……」
ここで。
相手ベンチから声が飛んだ。
「真っすぐ来てるぞ!」
「遅いの捨てろ!」
「速い方合わせろ!」
やっぱり。
そうなる。
2人続けて、ストレートだけで抑えた。
次の3番は。
当然。
速い球へ意識を戻してくる。
打席へ入った瞬間に分かった。
構えが少し遅れている。
足は早めに着く準備。
バットも最短で出そうとしている。
完全に。
127km/hへ合わせに来ている。
高瀬のサイン。
ストレート。
「……」
俺は首を振った。
チェンジアップ。
それにも。
首を振る。
高瀬が一瞬動きを止める。
「……?」
球種は2つしかない。
だから。
高瀬には、もう出すサインがない。
俺はミットを見た。
そして。
小さく首を縦に振ってから。
自分の胸を指した。
俺に任せて。
高瀬が。
少しだけ笑った。
ミットを構える。
外角。
ストレート。
初球。
127km/h。
カンッ!
ファウル。
狙っていた。
やっぱり。
2球目。
もう一度。
126km/h。
内角。
カキンッ!
またファウル。
今度は少し前。
合ってきた。
ツーストライク。
打者の目が変わる。
次も速い。
そう思っている。
相手ベンチも同じ。
「真っすぐ来るぞ!」
「合わせろ!」
聞こえる。
高瀬が。
チェンジアップのサインを出した。
今度は。
俺が首を振った。
「……」
高瀬が目を見開く。
俺はもう一度。
ストレートを要求する。
高瀬が少し迷った。
それでも。
外角低めへミットを構えた。
「まず、もう1球」
127km/h。
外角低め。
打者が振る。
カンッ!
ファウル。
追いついた。
でも。
少しだけ振り遅れている。
まだ。
速い方へ意識がある。
だから。
もう1球。
今度は。
高め。
126km/h。
ブンッ!
バットが下を通る。
ファウルチップ。
高瀬が捕る。
まだ終わらない。
打者が一度、打席を外した。
深く息を吐く。
こちらを見る。
「……」
もう。
頭の中はストレートでいっぱいだ。
127。
126。
127。
126。
ここまで4球連続。
完全に。
速い球を待たせた。
いや。
違う。
待たせたんじゃない。
俺が。
待たせた。
「……これか」
突然。
全部が繋がった。
相手が何を待っているかを読む。
その逆を投げる。
それだけじゃない。
俺が球を見せる。
打者が意識する。
その意識を利用して。
次の球を待たせる。
そして。
最後に。
その全部を裏切る。
高瀬を見る。
サインは。
チェンジアップ。
今度は。
迷わず頷いた。
腕を振る。
ストレートと同じように。
強く。
最後まで。
ボールが手を離れる。
76km/h。
さっきまでの127km/hから。
一気に。
時間が遅くなる。
「――っ!?」
打者の身体が。
完全に前へ飛び出した。
腰が回る。
バットが出る。
でも。
ボールは。
まだ来ない。
ブンッ!
空振り。
高瀬のミットへ。
パスッ。
「ストライク! バッターアウト!」
一瞬。
音が遠くなった。
打者が。
振り終えた姿勢のまま止まっている。
相手ベンチも。
静かだった。
高瀬が。
ミットの奥から俺を見る。
その顔が。
笑っていた。
「……やられた」
マスク越しに。
そう言った気がした。
俺も。
笑っていた。
「これだ」
その瞬間。
視界いっぱいに。
金色の表示が広がった。
【打者の狙いを読み取りました】
【投球によって打者の意識を誘導しました】
【複数の速度帯を用い、打者のタイミングを支配しました】
【《緩急○》の上位条件を達成しました】
金色の文字が。
ゆっくり。
浮かび上がる。
【特殊能力《緩急○》が進化します】
【金特殊能力】
【《変幻自在》を習得しました】
「……っ」
思わず。
拳を握った。
初めての。
投手金特殊。
でも。
嬉しかったのは。
金色だからだけじゃない。
今。
俺は。
自分で打者を動かした。
速い球を意識させて。
さらに速い球を見せて。
もっと速い球を待たせて。
最後に。
76km/h。
ただ速い。
ただ遅い。
じゃない。
その間にある。
打者の時間そのものを。
俺が動かした。
「成瀬!」
高瀬の声。
我に返る。
「何?」
「すげえ顔してるぞ」
「どんな?」
「めちゃくちゃ楽しそう」
「……うん」
否定できなかった。
「高瀬」
「何?」
「投手、面白いな」
一瞬。
高瀬が黙る。
それから。
「今さらかよ」
笑った。
返球を受ける。
4回終了。
12人。
まだ。
誰も塁に出していない。
◇
4回裏。
俺のタイムリーツーベースで2対0。
5回には橘さんの犠牲フライで3対0になった。
そして。
5回表も三者凡退。
ここまで15人。
ヒット0。
四球0。
走者0。
ベンチへ戻ると、高瀬が俺の隣へ座った。
「成瀬」
「何?」
「気づいてる?」
「何に?」
「……いや」
三上が横から口を挟む。
「俺は言わない方がいいと思う」
「何だよ」
「知らない方が幸せなこともある」
「怖い言い方すんな」
スコアボードを見る。
相手のH。
0。
四球もない。
「……ああ」
ようやく分かった。
「まだ誰も出してないのか」
「気づいてなかったのかよ!」
高瀬が驚く。
「そっちに集中してなかった」
三上が呆れた顔をした。
「完全じゃん」
「まだ5回」
「中学は7回だぞ」
「あと2回ある」
本当に。
それくらいにしか思わなかった。
今は記録より。
目の前の打者をどう抑えるか。
そっちの方が大事だった。
◇
6回表。
先頭は7番打者。
初球。
126km/h。
カキンッ!
高く上がった。
「ライト!」
平凡なフライ。
玲が前へ出る。
「取る!」
打球は少し風に流された。
玲が一歩前へ入りすぎる。
「っ!」
慌てて下がる。
グラブを伸ばす。
ボールが先端に当たった。
ポロッ。
「……」
地面に落ちる。
打者は1塁へ。
「セーフ!」
記録は。
エラー。
ライトの玲が、ボールを持ったまま止まっていた。
その顔を見れば分かる。
気づいている。
自分のエラーで。
完全試合が消えた。
「玲!」
マウンドから呼ぶ。
玲が顔を上げる。
「……ごめん」
声までは聞こえない。
でも。
口の動きで分かった。
「次取ればいい!」
大きめに言う。
玲が少し目を見開く。
「うん!」
頷いた。
ノーアウト1塁。
完全試合は終わった。
でも。
俺のやることは何も変わらない。
◇
8番。
送りバントの構え。
初球。
内角へ126km/h。
バント。
高瀬の前。
「2つ!」
高瀬が素早く2塁へ投げる。
「アウト!」
ワンアウト1塁。
9番。
初球。
76km/h。
ファウル。
2球目。
127km/h。
外角低め。
「ストライク!」
ツーストライク。
打者は完全に追い込まれている。
次。
ストレートを待っている。
でも。
あえて。
もう一度ストレート。
126km/h。
詰まったゴロがショートへ。
三上。
2塁。
1塁。
「アウト!」
「アウト!」
ダブルプレー。
3人で終わった。
ベンチへ戻ると、玲が入口で待っていた。
「伊織君」
「何?」
「ごめん」
「まだ言うの?」
「僕が取ってたら」
「玲」
「何?」
「まだ終わってない」
「……うん」
「あと3人。守って」
「うん」
それだけでいい。
◇
7回表。
3対0。
最終回。
高瀬がマウンドへ来る。
「行ける?」
「行ける」
「球数も問題ない」
「うん」
「ノーヒット、気づいてる?」
「さすがに」
「じゃああと3つ」
「分かった」
先頭。
1番打者。
初球。
127km/h。
「ストライク!」
2球目。
76km/h。
空振り。
ツーストライク。
3球目。
127km/h。
ファウル。
4球目。
外角低め。
思い切り腕を振る。
バァンッ!
球速表示。
128km/h。
打者のバットが遅れる。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「128!」
ベンチから声が上がる。
自己最速。
でも。
今はそれより。
あと2人。
2番。
ストレート。
チェンジアップ。
ストレート。
最後は126km/hを引っかけさせてセカンドゴロ。
ツーアウト。
あと1人。
3番打者。
初球。
127km/h。
ボール。
2球目。
76km/h。
ストライク。
ワンボール、ワンストライク。
打者の足。
視線。
バットの位置。
遅い方を意識している。
3球目。
127km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
これで。
今度は速い方へ寄った。
最後。
高瀬のサイン。
チェンジアップ。
俺も同じだった。
頷く。
腕を振る。
77km/h。
「っ!」
打者の身体が前へ出る。
バットが出る。
カンッ!
弱いゴロ。
サード。
黒田が前へ出る。
捕る。
1塁へ。
「アウト!」
一瞬。
静かになった。
そして。
「ゲームセット!」
ベンチから全員が飛び出してきた。
◇
「成瀬!」
三上が一番に走ってくる。
「ノーヒット!」
「知ってる!」
「四球も0!」
「それも知ってる!」
高瀬が笑いながら俺の肩を叩く。
「7回、ノーヒットノーラン」
「おう」
「6奪三振。四球0」
「おう」
「出した走者は」
高瀬が途中で止まる。
少し離れたところに玲が立っていた。
「玲」
呼ぶ。
玲がゆっくりこっちへ来る。
「伊織君」
「おう」
「ごめん」
「また?」
「僕が取ってたら、完全試合だった」
「ああ」
事実ではある。
21人。
本来なら全員アウトだった。
悔しくないわけじゃない。
完全試合。
できるならやりたかった。
でも。
「またやればいいだろ」
「……また?」
「次は取ってくれ」
「うん」
「というか次はエラーすんな」
「……うん」
「落ち込むなって」
「だって」
「勝ったし」
「でも」
「玲」
「何?」
「俺、ノーヒットノーランしたんだけど」
「……うん」
「結構すごくない?」
玲が少し黙る。
それから小さく笑った。
「すごい」
「だろ?」
「でも128」
「そこは今言うなよ!」
◇
帰りのバス。
玲はいつもより静かだった。
隣に座った高瀬が玲へ声を掛ける。
「水城」
「何?」
「今日の成瀬、最高何キロだった?」
「128」
「お前は?」
「135」
「7km/h差」
「うん」
「球そのものなら、お前の方が強いと思う」
「……うん」
「でも今日、投手として上だったのは成瀬だ」
玲は何も言わない。
「四球0。ヒット0。打者見て、自分で配球変えて、エラー出ても崩れなかった」
「うん」
「お前、今同じことできる?」
少し長い沈黙。
玲が窓の外を見る。
「……まだ」
「そうだな」
「でも」
「ん?」
玲が高瀬を見る。
「できるようになる」
「おう」
「135のままで?」
「違う」
玲は即答した。
「もっと速くして。それで、伊織君みたいに投げる」
「……そう来るか」
「うん」
高瀬が苦笑した。
◇
その夜。
システムを開く。
【中学カテゴリ公式戦でノーヒットノーランを達成しました】
【投球結果】
7回
被安打 0
与四球 0
失点 0
奪三振 6
【最高球速を更新しました】
127km/h → 128km/h
【投球経験を大量に獲得しました】
【制球経験を獲得しました】
【スタミナ経験を獲得しました】
【精神経験を獲得しました】
能力を開く。
【投手能力】
球速 128km/h
コントロール B76
スタミナ B74
【変化球】
チェンジアップ 5
【投手特殊能力】
対ピンチ○
低め○
リリース○
変幻自在
金色の文字を見る。
「変幻自在……」
緩急○が消え。
その場所に新しい能力が入っている。
球速。
制球。
スタミナ。
そして特殊能力。
全部。
一段上がった。
前の試合。
真田と玲を見て思った。
まだ足りない。
もっと投手として上へ行きたい。
今日。
少しだけ。
その答えが出た気がする。
「次は完全試合か」
言ってみる。
簡単じゃない。
当然だ。
でも。
やってみたいと思った。
◇
同じ頃。
玲は家でボールを握っていた。
135km/h。
伊織より7km/h速い。
自分の方が強い球を投げられる。
それなのに。
今日。
伊織は1本のヒットも許さなかった。
四球も0。
打者を見て。
球を選んで。
自分のエラーで完全試合が消えても。
何も変わらなかった。
「……もっと」
玲がボールを見る。
速く。
それだけじゃない。
狙った場所へ。
同じフォームから。
打者が嫌がる球を。
必要な時に。
そして。
あの落ちる球も。
もっと真っすぐに見えて。
もっと鋭く落ちるように。
「伊織君より」
一度、言葉を止める。
「投手としても、勝つ」
ただ速い球を投げる怪物が。
その日。
本当の意味で。
投手としての強さを求め始めた。