転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第70話

 試合当日の朝。

 家を出る前に、俺は一度だけシステムを開いた。

 

【成瀬伊織】

 

【野手能力】

弾道   3

ミート  C69

パワー  C67

走力   C67

肩力   C69

守備力  B72

捕球   C67

 

【野手特殊能力】

送球○

アベレージヒッター

パワーヒッター

チャンス○

盗塁○

 

【投手能力】

球速      127km/h

コントロール  B72

スタミナ    B70

 

【変化球】

チェンジアップ 5

 

【投手特殊能力】

対ピンチ○

低め○

リリース○

緩急○

 

 127km/h。

 数日前のブルペンで更新した自己最速。

 玲は135km/h。

 真田は134km/h。

 まだ遠い。

 でも、前の試合で2人を見て思った。

 欲しいのは球速だけじゃない。

 もっと長く。

 もっと正確に。

 もっと打者を見て。

 試合の最初から最後まで、自分で作れる投手になりたい。

「今日は最後まで」

 画面を閉じる。

 そのための試合だった。

 

◇

 

 秋大会準決勝。

 今日の相手は、新チームになってから毎試合5点以上を取っている強豪だった。

 試合前、監督がスタメンを読み上げる。

「先発、成瀬」

「はい!」

「ライト、水城」

「はい」

 最近、俺が先発する試合では玲がライトに入ることがある。

 投手としての肩と身体能力を生かしつつ、必要なら途中からマウンドへ回すためだ。

 外野手としての経験はまだ浅いけれど、普通の打球なら問題なく処理できる。

 監督が玲に続ける。

「成瀬の球数次第では途中から投げてもらう。準備はしておけ」

「はい」

 玲が俺を見る。

「今日は何回投げる?」

「7回」

「最初から?」

「最後まで」

「じゃあ僕、投げられない」

「譲らないぞ」

「分かってる」

 少し残念そうだった。

 

◇

 

 マウンドへ上がる。

 今日は、いつにも増して頭がすっきりしていた。

 緊張していないわけじゃない。

 準決勝。

 しかも相手は強力打線。

 それなのに、不思議なくらい周りがよく見える。

 高瀬のミット。

 守備位置。

 そして、打席に立つ相手の構え。

「……」

 先頭打者は、いつもより少しバットを後ろへ置いているように見えた。

 足もあまり開いていない。

 多分。

 速い球を待っている。

 本当に何となくだけど、そう感じた。

 高瀬のサインはストレート。

 俺は首を振る。

 高瀬の眉が少し動いた。

 次。

 チェンジアップ。

 頷く。

 投げる。

 76km/h。

「っ!」

 打者の身体が前へ出た。

 バットは途中で止まる。

「ボール!」

 外れた。

 でも。

「やっぱり」

 速い球を待っていた。

 2球目。

 今度は内角へ126km/h。

 カンッ!

 詰まったゴロがセカンドへ転がる。

「アウト!」

 ワンアウト。

 2番打者は、さっきより少し前に立っている。

 チェンジアップを気にしている?

 高瀬のサイン。

 チェンジアップ。

 首を振る。

 ストレート。

 頷く。

 126km/h。

 外角低め。

「ストライク!」

 打者のバットは出ない。

 やっぱり。

 今日は。

 見える気がする。

 構え。

 視線。

 スイング。

 何を待っているのか。

 何を嫌がっているのか。

 いつもなら結果を見てから考えていたことが、今日はその前から少しずつ繋がって見えた。

 2番をセカンドゴロ。

 3番はチェンジアップでタイミングを外し、最後は外角低めのストレートで見逃し三振。

 三者凡退。

 初回を終えた。

 

◇

 

 ベンチへ戻ると、高瀬がマスクを外しながら隣へ座った。

「成瀬」

「何?」

「今日、やたら首振るな」

「ごめん」

「怒ってない。理由聞いてる」

「ああ」

 高瀬が俺を見る。

「最初の打者。俺は真っすぐで入りたかった」

「うん」

「何でチェンジアップ?」

「速い球待ってる気がした」

「どこで?」

「構え。バットの位置と足かな。多分だけど」

「2人目は?」

「チェンジアップ気にしてるように見えた。だから真っすぐ」

 高瀬が少し黙る。

「変だった?」

「いや。俺とは読みが違った」

「うん」

「でも、2人ともお前が言った通りの反応してた」

「俺もびっくりしてる」

「自分で?」

「今日、なんか見えるんだよ」

「何が?」

「何待ってるとか、何嫌がってるとか。いつもより分かる気がする」

 高瀬は少し考えたあと、笑った。

「じゃあ今日、お前が配球決めてみる?」

「俺が?」

「サインは出す。でも違うと思ったら首振れ」

「全部?」

「全部でもいい」

「いいの?」

「今日のお前の読み、ちょっと見てみたい」

 高瀬が立ち上がる。

「ただし、俺が危ないと思ったら止める」

「分かった」

「自分で考えて抑えてみろ」

「うん」

 次のイニング。

 マウンドへ向かう。

 相手が何を待っているか。

 それだけじゃない。

 何を見せれば。

 次に何を待たせられるのか。

 そんなことまで、考えてみたくなった。

 

◇

 

 2回。

 先頭の4番。

 初球は127km/h。

 外角。

 ファウル。

 2球目。

 76km/h。

 身体が大きく前へ出る。

 ワンボール、ワンストライク。

 普通なら、ここでもう一度速い球。

 でも。

 打者の足が、少しだけ前へ向いたままだった。

 まだ遅い球を気にしている。

 だったら。

 もう1球。

 77km/h。

「っ!」

 今度は何とか合わせられた。

 ファウル。

 ワンボール、ツーストライク。

 これで。

 遅い方に意識が寄った。

 高瀬のサイン。

 高めのストレート。

 俺も同じ。

 頷く。

 127km/h。

 高め。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 三振。

 次の5番。

 最初からストレートを2球続ける。

 126km/h。

 127km/h。

 打者のタイミングが速い方へ合い始める。

 3球目。

 76km/h。

 カンッ!

 バットの先。

 ファーストゴロ。

「アウト!」

 面白い。

 ただ逆を投げればいいわけじゃない。

 速い球を待っているなら遅い球。

 遅い球を待っているなら速い球。

 それだけなら、いつか読まれる。

 だったら。

 待っている球を、こっちで作ればいい。

 この球を見せて。

 次に別の球を待たせる。

「……なるほど」

 6番打者をショートゴロに打ち取り、2回も三者凡退。

 少しずつ。

 何かが掴めてきた。

 

◇

 

 打線は2回裏に黒田のタイムリーで1点を先制した。

 3回表。

 俺は7番から始まる下位打線を三者凡退で抑える。

 ここまで9人。

 走者なし。

 でも、記録のことはまだ考えていなかった。

 今は打者を見る方が面白い。

 そして4回。

 打順は先頭へ戻る。

 ここで。

 相手も変わった。

 先頭打者が打席に入る。

 初回より、明らかに前へ出る意識がない。

 初球。

 高瀬はチェンジアップのサイン。

 頷く。

 76km/h。

 打者は微動だにしない。

「ボール!」

「……捨てた」

 完全に。

 遅い球を見逃すつもりだ。

 なら。

 2球目。

 126km/h。

「ストライク!」

 3球目。

 127km/h。

 ファウル。

 4球目。

 126km/h。

 内角。

 カンッ!

 詰まったショートゴロ。

「アウト!」

 次の2番。

 同じだった。

 チェンジアップを警戒している。

 というより。

 遅い球を捨てている。

 だから。

 投げない。

 126km/h。

 外角。

 127km/h。

 内角。

 126km/h。

 高め。

 最後はセンターフライ。

 ツーアウト。

「……」

 ここで。

 相手ベンチから声が飛んだ。

「真っすぐ来てるぞ!」

「遅いの捨てろ!」

「速い方合わせろ!」

 やっぱり。

 そうなる。

 2人続けて、ストレートだけで抑えた。

 次の3番は。

 当然。

 速い球へ意識を戻してくる。

 打席へ入った瞬間に分かった。

 構えが少し遅れている。

 足は早めに着く準備。

 バットも最短で出そうとしている。

 完全に。

 127km/hへ合わせに来ている。

 高瀬のサイン。

 ストレート。

「……」

 俺は首を振った。

 チェンジアップ。

 それにも。

 首を振る。

 高瀬が一瞬動きを止める。

「……?」

 球種は2つしかない。

 だから。

 高瀬には、もう出すサインがない。

 俺はミットを見た。

 そして。

 小さく首を縦に振ってから。

 自分の胸を指した。

 俺に任せて。

 高瀬が。

 少しだけ笑った。

 ミットを構える。

 外角。

 ストレート。

 初球。

 127km/h。

 カンッ!

 ファウル。

 狙っていた。

 やっぱり。

 2球目。

 もう一度。

 126km/h。

 内角。

 カキンッ!

 またファウル。

 今度は少し前。

 合ってきた。

 ツーストライク。

 打者の目が変わる。

 次も速い。

 そう思っている。

 相手ベンチも同じ。

「真っすぐ来るぞ!」

「合わせろ!」

 聞こえる。

 高瀬が。

 チェンジアップのサインを出した。

 今度は。

 俺が首を振った。

「……」

 高瀬が目を見開く。

 俺はもう一度。

 ストレートを要求する。

 高瀬が少し迷った。

 それでも。

 外角低めへミットを構えた。

「まず、もう1球」

 127km/h。

 外角低め。

 打者が振る。

 カンッ!

 ファウル。

 追いついた。

 でも。

 少しだけ振り遅れている。

 まだ。

 速い方へ意識がある。

 だから。

 もう1球。

 今度は。

 高め。

 126km/h。

 ブンッ!

 バットが下を通る。

 ファウルチップ。

 高瀬が捕る。

 まだ終わらない。

 打者が一度、打席を外した。

 深く息を吐く。

 こちらを見る。

「……」

 もう。

 頭の中はストレートでいっぱいだ。

 127。

 126。

 127。

 126。

 ここまで4球連続。

 完全に。

 速い球を待たせた。

 いや。

 違う。

 待たせたんじゃない。

 俺が。

 待たせた。

「……これか」

 突然。

 全部が繋がった。

 相手が何を待っているかを読む。

 その逆を投げる。

 それだけじゃない。

 俺が球を見せる。

 打者が意識する。

 その意識を利用して。

 次の球を待たせる。

 そして。

 最後に。

 その全部を裏切る。

 高瀬を見る。

 サインは。

 チェンジアップ。

 今度は。

 迷わず頷いた。

 腕を振る。

 ストレートと同じように。

 強く。

 最後まで。

 ボールが手を離れる。

 76km/h。

 さっきまでの127km/hから。

 一気に。

 時間が遅くなる。

「――っ!?」

 打者の身体が。

 完全に前へ飛び出した。

 腰が回る。

 バットが出る。

 でも。

 ボールは。

 まだ来ない。

 ブンッ!

 空振り。

 高瀬のミットへ。

 パスッ。

「ストライク! バッターアウト!」

 一瞬。

 音が遠くなった。

 打者が。

 振り終えた姿勢のまま止まっている。

 相手ベンチも。

 静かだった。

 高瀬が。

 ミットの奥から俺を見る。

 その顔が。

 笑っていた。

「……やられた」

 マスク越しに。

 そう言った気がした。

 俺も。

 笑っていた。

「これだ」

 その瞬間。

 視界いっぱいに。

 金色の表示が広がった。

 

【打者の狙いを読み取りました】

 

【投球によって打者の意識を誘導しました】

 

【複数の速度帯を用い、打者のタイミングを支配しました】

 

【《緩急○》の上位条件を達成しました】

 

 金色の文字が。

 ゆっくり。

 浮かび上がる。

 

【特殊能力《緩急○》が進化します】

 

【金特殊能力】

 

【《変幻自在》を習得しました】

 

「……っ」

 思わず。

 拳を握った。

 初めての。

 投手金特殊。

 でも。

 嬉しかったのは。

 金色だからだけじゃない。

 今。

 俺は。

 自分で打者を動かした。

 速い球を意識させて。

 さらに速い球を見せて。

 もっと速い球を待たせて。

 最後に。

 76km/h。

 ただ速い。

 ただ遅い。

 じゃない。

 その間にある。

 打者の時間そのものを。

 俺が動かした。

「成瀬!」

 高瀬の声。

 我に返る。

「何?」

「すげえ顔してるぞ」

「どんな?」

「めちゃくちゃ楽しそう」

「……うん」

 否定できなかった。

「高瀬」

「何?」

「投手、面白いな」

 一瞬。

 高瀬が黙る。

 それから。

「今さらかよ」

 笑った。

 返球を受ける。

 4回終了。

 12人。

 まだ。

 誰も塁に出していない。

 

◇

 

 4回裏。

 俺のタイムリーツーベースで2対0。

 5回には橘さんの犠牲フライで3対0になった。

 そして。

 5回表も三者凡退。

 ここまで15人。

 ヒット0。

 四球0。

 走者0。

 ベンチへ戻ると、高瀬が俺の隣へ座った。

「成瀬」

「何?」

「気づいてる?」

「何に?」

「……いや」

 三上が横から口を挟む。

「俺は言わない方がいいと思う」

「何だよ」

「知らない方が幸せなこともある」

「怖い言い方すんな」

 スコアボードを見る。

 相手のH。

 0。

 四球もない。

「……ああ」

 ようやく分かった。

「まだ誰も出してないのか」

「気づいてなかったのかよ!」

 高瀬が驚く。

「そっちに集中してなかった」

 三上が呆れた顔をした。

「完全じゃん」

「まだ5回」

「中学は7回だぞ」

「あと2回ある」

 本当に。

 それくらいにしか思わなかった。

 今は記録より。

 目の前の打者をどう抑えるか。

 そっちの方が大事だった。

 

◇

 

 6回表。

 先頭は7番打者。

 初球。

 126km/h。

 カキンッ!

 高く上がった。

「ライト!」

 平凡なフライ。

 玲が前へ出る。

「取る!」

 打球は少し風に流された。

 玲が一歩前へ入りすぎる。

「っ!」

 慌てて下がる。

 グラブを伸ばす。

 ボールが先端に当たった。

 ポロッ。

「……」

 地面に落ちる。

 打者は1塁へ。

「セーフ!」

 記録は。

 エラー。

 ライトの玲が、ボールを持ったまま止まっていた。

 その顔を見れば分かる。

 気づいている。

 自分のエラーで。

 完全試合が消えた。

「玲!」

 マウンドから呼ぶ。

 玲が顔を上げる。

「……ごめん」

 声までは聞こえない。

 でも。

 口の動きで分かった。

「次取ればいい!」

 大きめに言う。

 玲が少し目を見開く。

「うん!」

 頷いた。

 ノーアウト1塁。

 完全試合は終わった。

 でも。

 俺のやることは何も変わらない。

 

◇

 

 8番。

 送りバントの構え。

 初球。

 内角へ126km/h。

 バント。

 高瀬の前。

「2つ!」

 高瀬が素早く2塁へ投げる。

「アウト!」

 ワンアウト1塁。

 9番。

 初球。

 76km/h。

 ファウル。

 2球目。

 127km/h。

 外角低め。

「ストライク!」

 ツーストライク。

 打者は完全に追い込まれている。

 次。

 ストレートを待っている。

 でも。

 あえて。

 もう一度ストレート。

 126km/h。

 詰まったゴロがショートへ。

 三上。

 2塁。

 1塁。

「アウト!」

「アウト!」

 ダブルプレー。

 3人で終わった。

 ベンチへ戻ると、玲が入口で待っていた。

「伊織君」

「何?」

「ごめん」

「まだ言うの?」

「僕が取ってたら」

「玲」

「何?」

「まだ終わってない」

「……うん」

「あと3人。守って」

「うん」

 それだけでいい。

 

◇

 

 7回表。

 3対0。

 最終回。

 高瀬がマウンドへ来る。

「行ける?」

「行ける」

「球数も問題ない」

「うん」

「ノーヒット、気づいてる?」

「さすがに」

「じゃああと3つ」

「分かった」

 先頭。

 1番打者。

 初球。

 127km/h。

「ストライク!」

 2球目。

 76km/h。

 空振り。

 ツーストライク。

 3球目。

 127km/h。

 ファウル。

 4球目。

 外角低め。

 思い切り腕を振る。

 バァンッ!

 球速表示。

 128km/h。

 打者のバットが遅れる。

 ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

「128!」

 ベンチから声が上がる。

 自己最速。

 でも。

 今はそれより。

 あと2人。

 2番。

 ストレート。

 チェンジアップ。

 ストレート。

 最後は126km/hを引っかけさせてセカンドゴロ。

 ツーアウト。

 あと1人。

 3番打者。

 初球。

 127km/h。

 ボール。

 2球目。

 76km/h。

 ストライク。

 ワンボール、ワンストライク。

 打者の足。

 視線。

 バットの位置。

 遅い方を意識している。

 3球目。

 127km/h。

 ファウル。

 ワンボール、ツーストライク。

 これで。

 今度は速い方へ寄った。

 最後。

 高瀬のサイン。

 チェンジアップ。

 俺も同じだった。

 頷く。

 腕を振る。

 77km/h。

「っ!」

 打者の身体が前へ出る。

 バットが出る。

 カンッ!

 弱いゴロ。

 サード。

 黒田が前へ出る。

 捕る。

 1塁へ。

「アウト!」

 一瞬。

 静かになった。

 そして。

「ゲームセット!」

 ベンチから全員が飛び出してきた。

 

◇

 

「成瀬!」

 三上が一番に走ってくる。

「ノーヒット!」

「知ってる!」

「四球も0!」

「それも知ってる!」

 高瀬が笑いながら俺の肩を叩く。

「7回、ノーヒットノーラン」

「おう」

「6奪三振。四球0」

「おう」

「出した走者は」

 高瀬が途中で止まる。

 少し離れたところに玲が立っていた。

「玲」

 呼ぶ。

 玲がゆっくりこっちへ来る。

「伊織君」

「おう」

「ごめん」

「また?」

「僕が取ってたら、完全試合だった」

「ああ」

 事実ではある。

 21人。

 本来なら全員アウトだった。

 悔しくないわけじゃない。

 完全試合。

 できるならやりたかった。

 でも。

「またやればいいだろ」

「……また?」

「次は取ってくれ」

「うん」

「というか次はエラーすんな」

「……うん」

「落ち込むなって」

「だって」

「勝ったし」

「でも」

「玲」

「何?」

「俺、ノーヒットノーランしたんだけど」

「……うん」

「結構すごくない?」

 玲が少し黙る。

 それから小さく笑った。

「すごい」

「だろ?」

「でも128」

「そこは今言うなよ!」

 

◇

 

 帰りのバス。

 玲はいつもより静かだった。

 隣に座った高瀬が玲へ声を掛ける。

「水城」

「何?」

「今日の成瀬、最高何キロだった?」

「128」

「お前は?」

「135」

「7km/h差」

「うん」

「球そのものなら、お前の方が強いと思う」

「……うん」

「でも今日、投手として上だったのは成瀬だ」

 玲は何も言わない。

「四球0。ヒット0。打者見て、自分で配球変えて、エラー出ても崩れなかった」

「うん」

「お前、今同じことできる?」

 少し長い沈黙。

 玲が窓の外を見る。

「……まだ」

「そうだな」

「でも」

「ん?」

 玲が高瀬を見る。

「できるようになる」

「おう」

「135のままで?」

「違う」

 玲は即答した。

「もっと速くして。それで、伊織君みたいに投げる」

「……そう来るか」

「うん」

 高瀬が苦笑した。

 

◇

 

 その夜。

 システムを開く。

 

【中学カテゴリ公式戦でノーヒットノーランを達成しました】

 

【投球結果】

7回

被安打 0

与四球 0

失点  0

奪三振 6

 

【最高球速を更新しました】

 

127km/h → 128km/h

 

【投球経験を大量に獲得しました】

【制球経験を獲得しました】

【スタミナ経験を獲得しました】

【精神経験を獲得しました】

 

 能力を開く。

 

【投手能力】

球速      128km/h

コントロール  B76

スタミナ    B74

 

【変化球】

チェンジアップ 5

 

【投手特殊能力】

対ピンチ○

低め○

リリース○

変幻自在

 

 金色の文字を見る。

「変幻自在……」

 緩急○が消え。

 その場所に新しい能力が入っている。

 球速。

 制球。

 スタミナ。

 そして特殊能力。

 全部。

 一段上がった。

 前の試合。

 真田と玲を見て思った。

 まだ足りない。

 もっと投手として上へ行きたい。

 今日。

 少しだけ。

 その答えが出た気がする。

「次は完全試合か」

 言ってみる。

 簡単じゃない。

 当然だ。

 でも。

 やってみたいと思った。

 

◇

 

 同じ頃。

 玲は家でボールを握っていた。

 135km/h。

 伊織より7km/h速い。

 自分の方が強い球を投げられる。

 それなのに。

 今日。

 伊織は1本のヒットも許さなかった。

 四球も0。

 打者を見て。

 球を選んで。

 自分のエラーで完全試合が消えても。

 何も変わらなかった。

「……もっと」

 玲がボールを見る。

 速く。

 それだけじゃない。

 狙った場所へ。

 同じフォームから。

 打者が嫌がる球を。

 必要な時に。

 そして。

 あの落ちる球も。

 もっと真っすぐに見えて。

 もっと鋭く落ちるように。

「伊織君より」

 一度、言葉を止める。

「投手としても、勝つ」

 ただ速い球を投げる怪物が。

 その日。

 本当の意味で。

 投手としての強さを求め始めた。

 

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