12月。
大会が終われば、試合は一気に減る。
その代わり。
練習は、地味になった。
走る。
走る。
また走る。
「……野球ってこんな走る競技だったっけ」
グラウンド脇で膝に手をつきながら呟く。
隣では玲が普通に立っていた。
「伊織君、遅い」
「同じ本数走ってるだろ」
「僕の方が先に着いた」
「知ってる」
「じゃあ遅い」
「うるさい」
三上が少し後ろで倒れている。
「お前ら会話できてる時点でおかしい……」
黒田はもっと後ろ。
「冬嫌いだ……」
俺も好きではない。
でも。
嫌いでも。
能力は上がる。
そう考えると。
少しだけ耐えられた。
◇
冬の練習は、徹底的に土台だった。
下半身。
体幹。
ランニング。
フォーム確認。
バットを振る。
ノックを受ける。
投げる量は抑える。
監督からも何度も言われた。
「中1で無理に球速追うな」
「はい」
「特に水城」
「はい」
「返事だけはいいな」
「140投げたいです」
「だから追うなって言ってる」
玲は真顔だった。
監督が額を押さえる。
「成瀬、お前からも言え」
「玲」
「何?」
「140は春まで待て」
「伊織君も130狙ってる」
「俺はあと2だから」
「僕もあと4」
「倍じゃん」
「4しかない」
「その感覚やめろ」
監督がため息をついた。
「お前ら、壊れたら何も育たんぞ」
その言葉には。
俺も玲も素直に頷いた。
◇
投げない日が増えた分。
俺は守備練習の時間を増やした。
ショート。
深い位置。
三遊間。
二遊間。
前へ。
後ろへ。
逆シングル。
体勢が崩れた状態から送球。
榊原さんに最後に言われた言葉も、まだ残っている。
周りを見ろ。
何でも自分でやろうとするな。
秋。
少しだけ分かってきた。
俺が全部できることと。
俺が全部やることは。
同じじゃない。
「三上!」
「はいよ!」
俺が二遊間へ入る。
三上がセカンドから2塁へ。
送球。
捕球。
1塁。
「アウト想定!」
「今の早いな」
「もう1本」
「休ませろよ」
「次」
「聞いてねえ」
それでも三上は位置へ戻った。
◇
玲も変わっていた。
投げ込みは減らされている。
だから。
投げられる日に。
前よりずっと考えていた。
「今の何待ってた?」
ブルペン。
玲が高瀬へ聞く。
「俺?」
「打者のつもりで」
「無茶言うな」
「伊織君なら見る」
「成瀬基準やめろ」
高瀬が困った顔をする。
俺は横から口を出した。
「高瀬、構えてみれば?」
「何を?」
「打者」
「俺捕手なんだけど」
「終わったら代わる」
「絶対面白がってるだろ」
「ちょっと」
結局。
高瀬は防具を外して打席へ入った。
玲が投げる。
134km/h。
高瀬は振らない。
次。
131km/h。
あの高速で落ちる球。
途中までは真っすぐ。
最後に沈む。
高瀬のバットが空を切った。
「……やっぱ嫌だなこれ」
玲が首を傾げる。
「今、何待ってた?」
「真っすぐ」
「分かった」
「何で?」
「足」
高瀬が俺を見る。
「成瀬」
「何?」
「変なこと教えた?」
「勝手に覚えた」
「余計怖いわ」
玲は。
確実に。
投手になっていた。
◇
冬休みに入る。
野球だけをしているわけにもいかない。
というより。
俺は最初から、野球だけをするつもりがなかった。
勉強。
ピアノ。
学校の宿題。
シニア。
自主練。
全部。
冬休み初日。
予定表を完成させる。
「……綺麗だな」
朝から夜まで。
ほぼ埋まった。
満足していたところで。
スマホが鳴る。
詩織だった。
『冬休み、どこか空いてる?』
「空いてる?」
予定表を見る。
空白は。
ほとんどない。
でも。
移動できる。
朝練を1時間早くする。
勉強を夜へ。
ピアノは一緒にやればいい。
返信する。
『28日の午後なら空けられる』
少しして。
返事。
『じゃあ、その日どこか行こう』
「よし」
予定表を書き換える。
『12/28 13:00~17:00 詩織』
4時間。
十分。
そう思った。
◇
28日。
詩織と駅前へ出た。
本屋。
雑貨屋。
喫茶店。
特に目的があるわけじゃない。
それでも。
時間は思ったより早く過ぎた。
「伊織君、これ」
雑貨屋で詩織が小さなキーホルダーを手に取る。
野球ボールの形。
「俺?」
「うん」
「持ってる感じしないけど」
「じゃあこっち」
今度はピアノ。
「それは詩織だろ」
「じゃあ両方」
「何で?」
「伊織君っぽいから」
「ピアノも?」
「最近は」
買うつもりはなかった。
でも。
少し迷って。
野球ボールの方を買った。
「そっちなんだ」
「詩織は?」
「私はこれ」
詩織が選んだのは。
小さな音符。
「やっぱピアノじゃん」
「好きだから」
単純。
でも。
その答えが少し羨ましかった。
俺は。
何が一番好きなんだろう。
野球。
ゲーム。
育てること。
勝つこと。
全部。
「伊織君?」
「何?」
「また考えてる」
「ちょっと」
「何を?」
「俺、何が一番好きなのかなって」
「野球じゃないの?」
「多分」
「多分なんだ」
「野球も好きだけど、上手くなるのも好きだし」
「一緒じゃない?」
「違う気がする」
詩織が少し考える。
「じゃあ伊織君は、できなかったことができるようになるのが好きなんじゃない?」
「……」
言われて。
妙にしっくりきた。
「それかも」
「でしょ?」
「詩織すごいな」
「幼馴染だから」
詩織が笑った。
◇
年が明けた。
1月。
2月。
身体が少しずつ変わる。
食べる量も増えた。
背も伸びる。
体重も増える。
その分。
打球も。
送球も。
少しずつ強くなった。
2月の終わり。
久しぶりに球速を測る。
高瀬がミットを構える。
「いくぞ」
「おう」
投げる。
バァンッ!
「129」
「もう1球」
投げる。
バァンッ!
「129」
「……もう1球」
「力むな」
「分かってる」
一度息を吐く。
フォーム。
下半身。
体重移動。
腕を振る。
バァンッ!
高瀬が表示を見る。
「130」
「……来た」
思わず拳を握る。
「やっと」
「中1で130にやっとって言うなよ」
「だって玲が」
隣を見る。
玲がいる。
「何?」
「いや」
「僕も投げる」
「待ってました」
高瀬が嫌そうな顔をした。
「絶対こうなると思った」
◇
玲がマウンドへ。
初球。
137km/h。
2球目。
138km/h。
「上がってる」
「うん」
3球目。
139km/h。
「あと1」
玲が呟く。
「力むなよ」
俺が言う。
「分かってる」
「それ俺の台詞」
玲が少し笑う。
一度。
息を吐く。
投げる。
バァンッ!
表示。
140km/h。
「……」
全員。
一瞬黙った。
「出た」
玲が言う。
「出たな」
「140」
「見れば分かる」
「伊織君130」
「言うな」
「10km/h差」
「それも言うな!」
高瀬が笑い出した。
「お前らほんと変わらんな」
◇
その日の夜。
システムを開く。
【成瀬伊織】
【野手能力】
弾道 3
ミート B70
パワー C69
走力 C69
肩力 B71
守備力 B76
捕球 B70
【投手能力】
球速 130km/h
コントロール B78
スタミナ B76
【変化球】
チェンジアップ 5
【投手特殊能力】
対ピンチ○
低め○
リリース○
変幻自在
「結構上がったな」
守備。
B76。
やっぱり。
野手能力では一番高い。
投手も。
130。
コントロールB78。
スタミナB76。
中学1年の終わりとしては。
かなり来た。
次。
玲を見る。
【水城玲の解析情報】
球速 140km/h
コントロール C68
スタミナ B76
【変化球】
チェンジアップ 3
【高速落下球】
球速帯 130~133km/h
完成度:上昇中
【確認済み特殊能力】
奪三振
怪童
リリース○
キレ○
「140……」
分かっていたけど。
数字で見ると。
やっぱりおかしい。
「中1だぞ」
俺も130出てる。
十分おかしい。
でも。
玲はさらに10km/h上。
「……負けたくないな」
自然に口から出た。
◇
人生能力も確認する。
【人生能力】
学力 A80
運動 S90
容姿 A85
芸術 C60
社交 B76
精神 A80
「お」
芸術。
C60。
冬休みのピアノ。
文化祭以降も続けた練習。
少しずつ積み重なっていた。
そして。
精神。
B79からA80。
冬の練習。
勉強。
学校。
全部を崩さず続けた結果らしい。
学力A。
運動S。
容姿A。
芸術C。
社交B。
精神A。
「かなり揃った」
嬉しい。
でも。
まだ全部じゃない。
芸術はC。
社交はB。
野球も。
まだまだ上がある。
◇
3月。
中学1年最後の登校日。
終業式を終え。
詩織と並んで帰る。
「もう1年終わるね」
「早かったな」
「伊織君、ずっと野球してた印象」
「勉強もしてた」
「知ってる」
「ピアノも」
「それも知ってる」
「文化祭も」
「……45分だけね」
「まだ覚えてる?」
「覚えてるよ」
詩織が少し笑った。
「来年は?」
「何が?」
「文化祭」
「まだ先だろ」
「もしまた一緒に回るなら」
詩織が俺を見る。
「45分より長くして」
「……分かった」
予定表。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
でも。
今回は。
口にしなかった。
「次は1時間」
「そこじゃない!」
詩織が笑う。
「冗談」
「伊織君の場合、本気かと思う」
「じゃあもっと長くする」
「うん」
春の風。
もうすぐ。
2年生。
中学1年。
球速130km/h。
守備力B76。
ノーヒットノーラン。
初めての金特殊能力。
人生能力にも。
AとSが増えた。
玲は140km/h。
俺たちは。
まだ。
中学生になって1年しか経っていない。
「来年も伸びるぞ」
俺が言うと。
詩織が隣で笑った。
「はいはい」
「本当に」
「分かってるよ」
中学2年。
次の春が。
もうすぐそこまで来ていた。