4月。
校門の前に貼り出されたクラス分けを見る。
「2年3組……」
自分の名前を見つけ、そのまま少し下へ視線を動かす。
藤崎詩織。
「あ」
「伊織君」
後ろから声がした。
振り返ると、詩織もクラス表を見上げている。
「同じだな」
「うん」
「小学校以来?」
「中学では初めて」
「そうだっけ」
「そうだよ」
詩織が少し呆れた顔をする。
「伊織君、中1の時は1組。私は2組」
「ああ、体育祭も別だったな」
「今思い出したでしょ」
「ちゃんと覚えてた」
「怪しい」
でも。
同じクラスなら。
朝も。
授業も。
学校行事も。
今までより一緒になる時間が増える。
「よろしく」
「うん。よろしく」
詩織が笑った。
中学2年。
新しい1年が始まった。
◇
玲は2年1組。
三上は2年4組。
学校まで同じなのは玲だけだから、昼休みに顔を合わせることはある。
「伊織君」
「何?」
「同じクラスじゃなかった」
「誰と?」
「伊織君」
「去年も違っただろ」
「今年は一緒になると思ってた」
「何で?」
「何となく」
「クラス分けにライバル枠ないから」
「そうなの?」
「あるわけないだろ」
玲は少し残念そうだった。
その横を通った詩織が足を止める。
「水城君、今年もよろしくね」
「うん」
「伊織君とクラス違って残念だったね」
「うん」
「即答なんだ」
俺が言うと。
玲は普通に頷いた。
「だって学校でも野球の話できるから」
「昼休みに来てるだろ」
「足りない」
「多いよ」
詩織が小さく笑っている。
「2人、本当に仲いいね」
「ライバル」
玲が答える。
「友達でもあるだろ」
「うん。友達でライバル」
「そこは即答なんだな」
悪い気はしなかった。
◇
学年が上がれば。
俺たちが所属する**城東シニア**でも、立場が変わる。
俺たちが2年生。
橘さんたちは3年生。
そして。
新しい1年生が入ってくる。
初日の練習。
グラウンドの端に並んだ新入団員たちを見て、少し妙な気分になった。
「去年は俺たちがあそこだったんだよな」
三上が言う。
「1年早いな」
黒田も腕を組む。
高瀬は防具をつけながら新入団員を見ていた。
「今年、キャッチャー2人いる」
「嬉しそう」
「当たり前だろ。俺がずっとお前らの球受けるのしんどいんだよ」
玲が横から聞く。
「僕の?」
「お前が一番だよ」
「伊織君も130」
「成瀬は球速より別の意味で面倒」
「褒めてる?」
「半分」
去年。
俺たちは城東シニアに入ったばかりの1年生だった。
先輩を追いかけるだけで精一杯だった。
今年は。
追いかけながら。
少しだけ追われる側にもなる。
◇
「集合!」
橘さんの声が響く。
新しいチーム。
とはいっても。
夏までは橘さんたち3年生が中心だ。
「今年の目標は去年と変わらない」
全員を見る。
「全国優勝」
去年。
城東シニアは全国ベスト4。
届かなかった。
秋は新チームで優勝した。
でも。
シニアの一番大きな夏は。
まだ取っていない。
「俺たち3年にとっては最後の夏になる」
橘さんが続ける。
「だからって、3年だけで勝つつもりはない。2年も1年も全部使う」
視線が俺たちへ向く。
「特に成瀬、水城」
「はい」
「はい」
「去年より期待されてると思え」
「はい」
俺が答える横で。
玲も真っすぐ前を見ていた。
全国優勝。
去年より。
はっきり現実的な目標に見えた。
◇
練習が始まる。
冬を越えた身体は、去年の春とは違う。
打球が強い。
送球も伸びる。
足も。
少しずつ。
中学生の身体になってきている。
ノック。
三遊間。
逆シングル。
踏ん張る。
1塁へ。
バシッ!
「ナイスボール!」
深い位置からでも。
余裕が出てきた。
守備力B76。
まだB。
でも。
中学カテゴリでこの数字なら。
かなり高い。
「成瀬! 次前!」
「はい!」
ボテボテ。
前へ出る。
捕る。
そのままランニングスロー。
アウト想定。
「いいぞ!」
楽しい。
やっぱり。
ショートは楽しい。
◇
打撃練習のあと。
監督が俺をブルペンへ呼んだ。
「成瀬」
「はい」
「少し投げろ」
高瀬が座る。
まずストレート。
128。
129。
130km/h。
次。
チェンジアップ。
77km/h。
冬前と同じように。
約50km/hの差。
「いいな」
監督が言う。
「ありがとうございます」
「ただ」
続きがある。
「今年は去年と同じじゃ通用しないぞ」
「……はい」
「お前のことは、もう知られてる」
ノーヒットノーラン。
130km/h。
76~77km/hのチェンジアップ。
変幻自在。
秋。
かなり目立った。
「対戦相手も考える。遅い球があることも、制球がいいことも分かった上で打席に入ってくる」
「はい」
「今の2球種だけでも抑えられると思うか?」
考える。
「抑えられると思います」
「強気だな」
「でも」
「ん?」
「増やせるなら増やしたいです」
監督が笑った。
「お前はそう言うと思った」
「何がいいですか?」
「すぐ新しい球種に飛びつくな」
「……はい」
「まず今の2つをもっと磨け。その上で」
監督がボールを持つ。
「縦じゃなく、もう1つ違う軌道があると面白い」
「違う軌道」
「例えばカーブ」
「カーブ……」
頭の中に浮かぶ。
130。
77。
そこに。
さらに別の速度帯。
別の軌道。
「欲しい」
「顔に出てるぞ」
高瀬が笑う。
「でも監督、こいつに新しい玩具の話したら終わりですよ」
「玩具じゃない」
「同じだろ」
「違う」
監督が俺を見る。
「夏までに使えるようにしろとは言わない」
「はい」
「身体と相談しながらだ」
「はい」
「勝手に投げ込むなよ」
「はい」
「本当に?」
「……はい」
「間があったぞ」
高瀬に突っ込まれた。
◇
隣のブルペンでは。
玲が投げていた。
140km/h。
131km/h。
高速で落ちる球。
キレ○を身につけたことで。
最後の変化は冬前より明確に鋭くなっている。
バァンッ!
140km/h。
次。
131km/h。
途中までほとんど同じ。
最後。
沈む。
「……」
俺が見ていることに気づいた玲が振り返った。
「何?」
「相変わらず嫌な球だなって」
「褒めてる?」
「褒めてる」
「伊織君は?」
「何が?」
「新しい球」
「何で知ってるの?」
「監督と話してたから」
「聞いてた?」
「少し」
「地獄耳だな」
玲が近づいてくる。
「何覚える?」
「カーブ候補」
「遅い?」
「チェンジアップよりは速いと思う」
「76より?」
「当たり前だろ」
「ならいい」
「何で玲が許可するんだよ」
玲は少し考えたあと。
「僕も遅い球欲しい」
「前から言ってたな」
「でも76は遅すぎる」
「まだ言う?」
「100km/h台くらいがいい」
「カーブ?」
「分かんない」
「じゃあ一緒に覚える?」
「嫌」
「何で」
「同じだと伊織君と一緒になる」
「そこ気にするのかよ」
「僕は僕の球にする」
玲らしい答えだった。
◇
練習後。
高瀬と一緒に片付けていると。
監督から呼ばれた。
「成瀬、水城、高瀬」
3人で向かう。
「春の大会から、投手起用を少し変える」
監督が言う。
「水城を軸にするのは変わらない。ただ、成瀬の先発も増やす」
「はい」
「高瀬」
「はい」
「2人の投球をもっと自分で組ませろ」
「……自分で?」
「秋の成瀬みたいにな」
高瀬が俺を見る。
「また俺の仕事減るじゃないですか」
「減らない。考えてることが合ってるか確認するのがお前の仕事だ」
「重くなってません?」
「気のせいだ」
監督が玲を見る。
「水城」
「はい」
「お前も球の強さだけで抑える段階は終わりだ」
「はい」
「140がある。落ちる球もある。だからこそ、考えろ」
「はい」
玲が俺を見る。
その顔が。
少し嬉しそうだった。
「何?」
「投手として勝つ」
「またそれ?」
「うん」
「じゃあ俺も負けない」
「知ってる」
中学2年。
最初から。
競争だった。
◇
学校でも。
新しいクラスが少しずつ落ち着いてきた。
ある日の放課後。
教室に残っていた俺へ、詩織が声を掛ける。
「伊織君、今日シニア?」
「ない」
「じゃあ帰る?」
「自主練する」
「やっぱり」
「でも1時間くらいなら」
「何が?」
「一緒に帰れる」
詩織が少し黙る。
「……別に時間聞いてないけど」
「違った?」
「違わないけど」
笑う。
「じゃあ帰ろ」
「うん」
並んで校門を出る。
「2年生、どう?」
詩織が聞く。
「楽しい」
「野球?」
「それも」
「学校は?」
「詩織と同じクラスだし」
何となく。
そのまま言った。
詩織が一瞬だけ俺を見る。
「……そっか」
「何?」
「何でもない」
「変なの」
「伊織君に言われたくない」
少しだけ。
歩く速度がゆっくりになる。
俺も合わせた。
自主練。
1時間。
別に。
今日くらい少し遅れてもいい。
そう思った。
◇
夜。
システムを開く。
【新年度が開始されました】
【成瀬伊織】
学年:中学2年
【現在能力】
【野手能力】
弾道 3
ミート B70
パワー C69
走力 C69
肩力 B71
守備力 B76
捕球 B70
【投手能力】
球速 130km/h
コントロール B78
スタミナ B76
【変化球】
チェンジアップ 5
【投手特殊能力】
対ピンチ○
低め○
リリース○
変幻自在
【人生能力】
学力 A80
運動 S90
容姿 A85
芸術 C60
社交 B76
精神 A80
去年の春とは。
全然違う。
数字も。
立場も。
できることも。
でも。
「まだまだだな」
カーブ。
守備。
打撃。
130km/hのその先。
人生能力だって。
まだ伸ばせる。
やりたいことは。
減らない。
むしろ。
増えていく。
中学2年。
城東シニアでの二年目が。
始まった。