中学2年になって、最初の公式戦。
春季大会。
俺たちは初戦を勝ち上がり、2回戦を迎えていた。
今日の先発は俺。
ショートには三上が入る。
玲はベンチスタート。
監督からは試合前に言われていた。
「成瀬」
「はい」
「秋と同じ投球が通用すると思うなよ」
「はい」
「相手はお前を知ってる」
「分かってます」
ノーヒットノーラン。
130km/h。
76~77km/hのチェンジアップ。
秋より。
俺の情報は広がっている。
だから。
相手がどう来るのか。
少し楽しみでもあった。
◇
1回表。
マウンドへ上がる。
高瀬が座る。
先頭打者。
構えを見る。
「……」
少し短く持っている。
大振りするつもりはなさそうだ。
高瀬の初球はチェンジアップ。
でも。
俺は首を振った。
初球。
外角。
129km/h。
投げる。
カキンッ!
「っ」
いきなり。
きれいにセンター前へ運ばれた。
「ナイスバッティング!」
相手ベンチから声が上がる。
先頭打者は1塁へ。
「……初球からか」
悪い球じゃなかった。
外角。
低め。
でも。
迷いなく振られた。
2番。
バント。
ワンアウト2塁。
3番打者。
今度は。
少し前に立っている。
チェンジアップを意識している?
初球。
77km/h。
見送る。
「ボール!」
ほとんど反応しない。
2球目。
130km/h。
外角。
カキィン!
「っ!」
右中間。
抜ける。
2塁ランナーがホームへ。
「セーフ!」
0対1。
先制された。
打った3番は2塁へ。
「成瀬!」
高瀬が声を掛ける。
「分かってる」
4番。
また。
バットを短く持っている。
初球。
チェンジアップ。
見送る。
ストライク。
それでも。
反応は薄い。
「……これ」
2球目。
129km/h。
ファウル。
3球目。
129km/h。
外角低め。
カキンッ!
ライトへのフライ。
でも。
十分な距離。
2塁ランナーが3塁へ進む。
ツーアウト3塁。
5番。
初球。
130km/h。
内角。
詰まらせた。
でも。
打球は一、二塁間。
セカンドの三上が追う。
届かない。
ライト前。
0対2。
「……」
初回。
いきなり2点。
最後の6番はショートゴロ。
ようやく。
チェンジ。
ベンチへ戻る。
高瀬が隣へ座った。
「どう思う?」
「研究されてる」
「俺もそう思う」
「チェンジアップ、ほとんど捨ててる」
「うん」
「真っすぐは最初から振ってくる」
「うん」
高瀬が少し笑った。
「有名人は大変だな」
「嬉しくない」
「秋にノーノーなんかするから」
「もう1回やりたいけど」
「反省してねえな」
◇
打席へ向かう相手選手を見る。
全員。
大きく振ってこない。
130km/h。
中学2年としては速い。
でも。
玲の140ほどじゃない。
真田だって134を投げる。
俺のストレートだけなら。
絶対に打てない球じゃない。
そして。
76km/hのチェンジアップ。
秋は。
その速度差で相手の時間を壊した。
でも。
最初から。
「遅い球は捨てる」
そう決めていたら。
話は変わる。
チェンジアップを見逃す。
ストレートだけに絞る。
それなら。
選択肢は1つになる。
「なるほど」
俺は。
少し笑っていた。
高瀬が見てくる。
「何?」
「いや」
「打たれて嬉しいの?」
「それは嫌」
「じゃあ何」
「攻略されてる」
「……嬉しそうに言うな」
「だって」
攻略されたなら。
次は。
こっちが攻略し返せばいい。
◇
2回。
先頭の7番。
初球。
129km/h。
見逃し。
初めて。
真っすぐを見送った。
「……」
さっきまでとは違う。
俺が初回に打たれた。
だから。
相手も少し変えた?
2球目。
チェンジアップ。
見送り。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
130km/h。
内角。
ファウル。
ツーストライク。
打者の足。
やっぱり。
速い球へ意識がある。
だったら。
チェンジアップ?
いや。
それは。
相手も分かっている。
「高瀬」
サインを見る。
外角低め。
ストレート。
頷く。
129km/h。
カンッ!
セカンドゴロ。
「アウト!」
ワンアウト。
8番。
今度は。
真っすぐを3球続ける。
129。
128。
130。
最後はライトフライ。
9番。
初球。
チェンジアップ。
相変わらず見送る。
でも。
2球目も。
チェンジアップ。
「っ」
少しだけ。
身体が動いた。
ストライク。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
129km/h。
ファウル。
4球目。
77km/h。
今度は振る。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
「……そういうことか」
捨てる。
と言っても。
完全に無視できるわけじゃない。
ストライクになるチェンジアップを続ければ。
相手も。
振らざるを得ない。
ただ。
秋ほど簡単ではない。
◇
2回裏。
黒田の二塁打から1点を返した。
1対2。
3回表。
打順は1番へ戻る。
初回。
初球のストレートを打たれた相手。
今度は。
初球。
76km/h。
「ストライク!」
見逃し。
2球目。
77km/h。
また見逃す。
「ストライク!」
ツーストライク。
相手ベンチから声が飛ぶ。
「追い込まれたぞ!」
「ここから真っすぐ!」
俺にも聞こえる。
高瀬のサイン。
130km/h。
首を振る。
高瀬の眉が動く。
次も。
ストレート。
首を振る。
「……」
球種は。
2つしかない。
なら。
答えは1つ。
高瀬も分かったらしい。
チェンジアップ。
頷く。
77km/h。
「っ!」
打者が慌てて振る。
カンッ!
力のないサードゴロ。
「アウト!」
1人。
次の2番。
送りバントを狙ってくる。
ストレートを高めへ。
ファウル。
次。
内角。
129km/h。
詰まったセカンドフライ。
ツーアウト。
3番。
初回にタイムリーツーベースを打たれた打者。
構えを見る。
足。
バット。
視線。
速い球。
また。
そこに合わせている。
「……」
分かる。
何を待っているかは。
でも。
分かっていても。
今の俺には。
選べる球が2つしかない。
ストレート。
チェンジアップ。
相手も。
その2つを知っている。
「足りない」
小さく呟く。
初球。
130km/h。
ファウル。
2球目。
77km/h。
ボール。
3球目。
129km/h。
外角低め。
カンッ!
ショートゴロ。
三上が処理する。
アウト。
抑えた。
でも。
思った。
もう1つ。
欲しい。
◇
4回。
5回。
俺は。
相手の狙いを読みながら。
配球を変え続けた。
チェンジアップを捨てるなら。
ストライクへ入れる。
真っすぐへ絞るなら。
内外を変える。
同じ130km/hでも。
高め。
低め。
内。
外。
全部。
使う。
3回以降。
ヒットは1本だけ。
追加点は許さなかった。
一方。
打線が4回に同点。
5回。
俺の犠牲フライで勝ち越し。
3対2。
6回表。
俺はそのままマウンドへ。
先頭。
4番。
初球。
129km/h。
ファウル。
2球目。
77km/h。
見逃し。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
130km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
次。
チェンジアップ。
打者は。
完全に待っている。
「……」
高瀬のサインもチェンジアップ。
俺は首を振った。
次。
外角低め。
ストレート。
頷く。
129km/h。
打者が振る。
カンッ!
ファーストゴロ。
「アウト!」
5番。
センターフライ。
6番。
最後はチェンジアップで三振。
6回終了。
初回の2失点だけ。
ベンチへ戻る。
監督が言った。
「ここまで」
「まだ行けます」
「知ってる」
「じゃあ」
「春だぞ」
短く言われる。
「水城に任せろ」
「……はい」
去年なら。
少し不満だったと思う。
でも。
今は。
任せる。
それも。
少しずつ覚えている。
◇
7回表。
マウンドへ玲が上がる。
俺はショートへ戻る。
先頭打者。
140km/h。
「ストライク!」
「……速いな」
自分が6回まで投げた後だから。
余計にそう見える。
次。
132km/h。
高速で落ちる球。
空振り。
ツーストライク。
3球目。
140km/h。
三振。
2人目。
139km/hで詰まらせて。
俺へのショートゴロ。
「アウト!」
最後。
140km/h。
131km/hの落ちる球。
最後は高め140km/h。
「ストライク! バッターアウト!」
3人。
試合終了。
3対2。
勝った。
◇
整列を終え。
ベンチへ戻る。
俺の今日の結果。
6回。
被安打4。
失点2。
四球0。
奪三振5。
悪くない。
むしろ。
初回に2点取られてからは。
かなり抑えた。
でも。
「秋とは違った」
高瀬が隣で言う。
「うん」
「ノーノーした投手だからな」
「関係ある?」
「あるだろ。向こう、明らかに成瀬対策してた」
「だよな」
「で?」
「何が?」
「嬉しそうなのは何で?」
自分でも。
少し分かっていた。
「次やること決まった」
「……やっぱり」
高瀬がため息をつく。
「新しい球?」
「うん」
「監督が聞いたら止めるぞ」
「もう監督から言われてる」
「じゃあ俺が止める」
「何でだよ」
「お前放っとくと今日から投げ始めるだろ」
「……」
「黙るな」
◇
翌日の練習。
監督の前。
俺はボールを握っていた。
「カーブ」
「はい」
「まず覚えるのは握りと回転だ」
「はい」
「曲げようとするな」
「はい」
「無理に手首ひねるな」
「はい」
「球速も気にするな」
「はい」
「分かってるか?」
「分かってます」
「顔が早く投げたいって言ってる」
「……投げたいです」
「正直でよろしい」
高瀬が座る。
「軽くな」
「はい」
握り。
指。
抜き方。
教わった通り。
投げる。
ふわっ。
「……」
ボールは。
ほとんど曲がらず。
高瀬の手前で少しだけ落ちた。
球速。
111km/h。
「これカーブ?」
俺が聞く。
「今はただの遅い球」
高瀬が即答した。
「チェンジアップより速い」
「そこ喜ぶところじゃない」
もう1球。
109km/h。
少し。
横へ。
少し。
下へ。
「今の」
高瀬が言う。
「ちょっとそれっぽい」
「マジ?」
「ちょっとな」
もう1球。
「今日は終わり」
監督が止める。
「まだ2球」
「だから終わり」
「……はい」
「その顔やめろ」
システムを開く。
【新たな変化球の習得を開始しました】
【カーブ:未完成】
「……来た」
ストレート。
チェンジアップ。
そして。
カーブ。
まだ。
投げられるとは言えない。
でも。
新しい選択肢が。
1つ。
増え始めた。
◇
その日の帰り。
学校から家へ向かう途中。
詩織が俺を見る。
「今日、機嫌いいね」
「分かる?」
「分かる」
「新しい変化球覚え始めた」
「へえ」
「カーブ」
「曲がるやつ?」
「今はほぼ曲がらない」
「じゃあカーブじゃないんじゃない?」
「高瀬にも似たようなこと言われた」
詩織が笑う。
「でも楽しいんだ」
「うん」
「試合、打たれたって聞いたけど」
「2点取られた」
「負けた?」
「勝った」
「じゃあよかったね」
「よかった」
少し考える。
「でも、打たれたのもよかったかも」
「何で?」
「足りないもの分かったから」
詩織が。
少しだけ目を細めた。
「伊織君、本当にそういうの好きだね」
「何が?」
「できないこと見つけるの」
「普通嫌じゃない?」
「伊織君は嬉しそう」
「……そうかも」
できない。
足りない。
攻略された。
昔なら。
嫌だったかもしれない。
でも。
今は。
次に育てる場所が見つかった。
そう思える。
「カーブか」
まだ。
ほとんど曲がらない。
だからこそ。
育てるのが。
楽しみだった。