春季大会は、その後も勝ち進んだ。
俺が研究されて2点を失った試合のあと。
玲が先発した次戦は、6回1失点。
140km/hのストレートと、高速で落ちる球。
相手は最後までまともに芯を捉えられなかった。
俺はショートで出場して、4打数2安打。
準決勝進出。
チームとしては順調。
でも。
俺の頭の中は。
最近ずっと。
別の球でいっぱいだった。
◇
「108」
高瀬が球速表示を見る。
カーブ。
投げ始めてから2週間。
最初はほとんど真っすぐだった球が、少しずつ変わってきた。
109km/h。
外へ。
少し横に動いて。
そのまま落ちる。
パスッ。
「今のいい」
「どれくらい?」
「カーブって言っても怒られないくらい」
「やっと?」
「やっと」
もう1球。
今度は力が入りすぎた。
114km/h。
変化は小さい。
「違うな」
「うん」
自分でも分かる。
曲げようとすると。
曲がらない。
抜こうとしすぎると。
高く浮く。
力を抜く。
でも。
腕は振る。
指先で。
最後に少しだけ。
ボールを逃がす。
「難しいな」
「楽しそうだけどな」
「楽しい」
「即答かよ」
高瀬が笑った。
◇
最近。
カーブの練習が終わるたびに。
システムを見る。
【カーブ:未完成】
毎回。
まだ。
未完成。
変化球ポイントはある。
使えば。
早く完成するかもしれない。
でも。
まだ使わない。
自分で投げる。
失敗する。
少し分かる。
また投げる。
その繰り返し。
ポイントを入れるのは。
もっと。
身体と感覚が近づいてから。
「成瀬」
監督に呼ばれる。
「はい」
「明日の準決勝。先発」
「はい!」
「カーブ」
「はい」
「使うか?」
一瞬。
迷う。
「……使いたいです」
「何球?」
「決めてないです」
「じゃあ条件」
「はい」
「高瀬が使えると判断した時だけ」
「え」
「不満か?」
「いや……」
「未完成だろ」
「はい」
「試合で覚えるのと、試合を練習にするのは違う」
「……はい」
その通りだった。
「まず勝て。その中で使えるなら使え」
「はい」
監督が離れていく。
高瀬が横から言った。
「俺の権限強くなったな」
「変なところで使うなよ」
「じゃあ全部チェンジアップ」
「それはそれで面白そう」
「やる気になるな」
◇
準決勝。
相手は春に入ってから打撃好調のチーム。
初回。
俺はいつも通り。
ストレートとチェンジアップだけで入った。
130km/h。
77km/h。
先頭をショートゴロ。
2番をセカンドフライ。
3番。
ストレートをファウル。
チェンジアップを見逃し。
最後は外角低め130km/h。
三振。
三者凡退。
カーブは。
使わない。
2回。
先頭の4番。
初球。
130km/h。
センター前。
ヒット。
5番。
送りバント。
ワンアウト2塁。
6番。
チェンジアップを2球続ける。
どちらも見送られた。
「……」
遅い球を捨てている。
前の試合と同じ。
でも。
今回は。
もう1つある。
高瀬を見る。
サイン。
ストレート。
頷く。
129km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
次。
高瀬が。
指を出す。
「……」
カーブ。
初めて。
公式戦で。
そのサインが出た。
俺は。
一度だけ息を吐く。
腕を振る。
力まない。
曲げようとしない。
108km/h。
ボールが。
外角へ向かいながら。
ゆっくり。
沈む。
「っ?」
打者のバットが止まる。
ボールは。
外角低め。
高瀬のミットへ。
「ストライク! バッターアウト!」
「……入った」
思わず呟いた。
初めての。
公式戦。
カーブ。
三振。
高瀬が返球しながら。
少しだけ笑っていた。
「使える?」
口の動きで聞く。
高瀬が。
小さく頷いた。
◇
次の7番。
初球。
カーブ。
そうしたくなった。
でも。
やめる。
今。
相手ベンチも見た。
新しい球がある。
それだけでいい。
129km/h。
内角。
ファウル。
次。
130km/h。
外角。
ボール。
3球目。
77km/h。
チェンジアップ。
打者が前へ出る。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
今度は。
高瀬がカーブを出す。
俺は。
首を振った。
ストレート。
外角低め。
129km/h。
カンッ!
ショート正面。
三上。
1塁へ。
「アウト!」
チェンジ。
ベンチへ戻る。
高瀬がマスクを外した。
「何でカーブ振った?」
「もう見せたから」
「なるほど」
「次の打者、ちょっと待ってた」
「分かった?」
「多分」
「また多分か」
「多分」
カーブ。
投げなくても。
頭には残る。
ストレート。
チェンジアップ。
その間に。
108km/h。
新しい時間が。
1つ増えた。
◇
3回。
4回。
カーブは。
多く投げなかった。
1イニングに1球。
多くても2球。
ストライクを取る時。
目線を変える時。
そして。
打者が。
130と77だけを考え始めた時。
そこへ。
108。
5回表。
先頭。
初球。
130km/h。
ファウル。
2球目。
108km/h。
カーブ。
見逃し。
「ストライク!」
ツーストライク。
打者が。
少し前へ出る。
次は。
遅い?
速い?
それとも。
真ん中くらい?
選択肢が。
3つ。
高瀬のサイン。
チェンジアップ。
77km/h。
投げる。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
打者の身体が。
完全に前へ出た。
「……いいな」
ストレートとチェンジアップだけでも。
抑えられる。
でも。
3つ目があると。
もっと。
相手の時間を動かせる。
変幻自在。
この能力とも。
相性がいい。
◇
試合は。
3対0。
6回。
俺は先頭にヒットを許した。
続く打者にも。
レフト前。
ノーアウト1、2塁。
高瀬がマウンドへ来る。
「疲れた?」
「まだ」
「カーブ増やしすぎた?」
「それはない」
「じゃあ」
高瀬が相手ベンチを見る。
「向こうも慣れてきた」
「うん」
新しい球がある。
それだけで。
ずっと通用するわけじゃない。
当然。
相手も。
見て。
考える。
「どうする?」
高瀬が聞く。
「普通に」
「普通?」
「今まで通り」
新しい球を覚えたから。
それに頼る。
違う。
130。
77。
108。
全部。
使う。
3番。
初球。
130km/h。
内角。
ファウル。
2球目。
108km/h。
カーブ。
見送られる。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
130km/h。
外角。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
4球目。
77km/h。
チェンジアップ。
打者が崩れる。
空振り。
三振。
ワンアウト。
4番。
カーブを見せる。
次。
高め130km/h。
振り遅れ。
センターフライ。
ツーアウト。
5番。
初球。
チェンジアップ。
ファウル。
2球目。
カーブ。
ストライク。
ツーストライク。
最後。
外角低め。
130km/h。
カンッ!
セカンドゴロ。
チェンジ。
無失点。
高瀬が戻りながら言う。
「3つあると楽だな」
「だろ?」
「でも」
「何?」
「カーブまだ怖い」
「それは俺も」
「本人もかよ」
◇
6回を投げ終え。
俺は降板。
7回は玲。
140km/h。
132km/h。
高速で落ちる球。
三者凡退。
3対0。
勝利。
決勝進出。
◇
試合後。
監督が俺を呼んだ。
「カーブ」
「はい」
「どうだった?」
「使えます」
「自信あるな」
「まだ完成ではないです」
「そこは分かってるか」
「はい」
俺は。
今日投げた感覚を思い出す。
全部。
完璧じゃない。
でも。
何球か。
「これだ」
という球があった。
「監督」
「ん?」
「ポイント使っていいですか?」
「……ポイント?」
「あ」
しまった。
「何でもないです」
監督が怪訝そうな顔をする。
「疲れてるなら休め」
「大丈夫です」
危ない。
システムのことは。
俺しか知らない。
◇
その夜。
部屋。
システムを開く。
【変化球習得経験を獲得しました】
【公式戦で未完成の変化球を有効に使用しました】
【カーブの習得度が大きく上昇しました】
表示を見る。
そして。
変化球ポイント。
今なら。
いい。
握りも。
抜き方も。
感覚も。
身体の中に。
少しずつできている。
「じゃあ」
ポイントを使う。
大量じゃない。
足りない部分を。
最後に。
押す。
【変化球ポイントを使用します】
【カーブの習得を補助します】
【身体適応負荷:軽微】
「これこれ」
前なら。
未完成になった瞬間。
全部入れていた。
今は。
違う。
練習して。
感覚を作って。
試合で使って。
そのあと。
ポイント。
【カーブを習得しました】
【カーブ 1】
「よし!」
レベル1。
まだ。
小さい。
でも。
正式に。
3球目。
【変化球】
チェンジアップ 5
カーブ 1
130km/h。
108km/h前後。
77km/h。
3つの速度帯。
「これ」
思わず笑う。
「もっと面白くなるな」
カーブを2。
3。
もっと育てることもできる。
でも。
今は。
1。
また。
投げる。
練習する。
身体へ馴染ませる。
そして。
必要なら。
ポイントを使う。
それでいい。
◇
数日後。
学校。
昼休み。
教室で弁当を食べていると。
詩織が前の席へ座った。
「伊織君」
「何?」
「最近、また楽しそうだね」
「カーブ覚えた」
「ちゃんと曲がるようになった?」
「レベル1」
「れべる?」
「あ」
「何?」
「いや。少し」
「少し?」
「少し曲がるようになった」
「じゃあよかったね」
「うん」
詩織が俺の弁当を見る。
「それ全部食べるの?」
「食べる」
「多くない?」
「身体大きくしたいから」
「また野球?」
「野球」
「ピアノは?」
「今日やる」
「勉強は?」
「夜」
「……全部やるんだ」
「うん」
詩織は。
少し笑う。
「本当に変わらないね」
「褒めてる?」
「半分」
「また半分か」
「でも」
詩織が続ける。
「前より、楽しそう」
「そう?」
「うん」
多分。
そうなんだと思う。
できなかったことが。
できるようになる。
足りなかったものが。
増えていく。
今。
それが。
何より楽しかった。
春季大会。
決勝まで。
あと1試合。
そして。
夏まで。
あと少しだった。