「今日は最後にゲームをやります!」
「ゲーム?」
コーチの言葉に、キッズクラスの子供たちが一斉に騒ぎ出す。
「試合するの?」
「ホームラン打つ!」
「僕ピッチャー!」
もちろん。
本格的な試合ではない。
キッズ向けの簡易ゲーム。
コーチが投げる柔らかいボールを打ち。
守備側はボールを捕って、一塁へ送る。
アウト三つで交代。
点数もつける。
それだけ。
でも。
俺にとっては。
「……試合」
この身体になってから。
初めて。
勝ち負けのある野球をする。
胸が高鳴った。
「伊織君」
「ん?」
玲が隣で笑っている。
「楽しみだね」
「うん」
「僕、伊織君より打つ」
「言ったな?」
「うん」
「負けないから」
どうやら。
俺たちは。
会って一週間もしないうちに。
すっかり競争相手になっていた。
◇
チーム分け。
八人なので四対四。
俺と玲は。
「別のチームね」
コーチがあっさり分けた。
「えー」
玲が不満そう。
「いいじゃん」
「伊織君と一緒がよかった」
「試合なら敵の方が面白いだろ」
「そうなの?」
「そうなの」
少なくとも俺は。
そっちの方が燃える。
詩織はベンチ横で見ている。
「二人とも頑張ってね!」
「おう!」
「頑張る!」
最初は俺のチームが攻撃。
一番。
小学一年生の子。
コーチが下からゆっくり投げる。
カンッ。
ゴロ。
玲のチームの子が追う。
セーフ。
二番。
アウト。
三番。
そして。
「四番、成瀬君」
「はい」
四番。
もちろん。
実力で四番ではない。
順番がそうなっただけ。
それでも。
打席へ入ると。
妙に懐かしかった。
前世。
高校最後の夏。
結局回ってこなかった打席。
そのことを。
一瞬思い出した。
「……」
違う。
今は。
五歳児の遊びみたいな試合だ。
でも。
俺にとっては。
二度目の人生。
最初の打席。
「いきますよー」
コーチが投げる。
ゆっくり。
山なり。
見える。
ミートF20。
能力を上げる前より。
ボールとバットの位置関係が分かる。
待つ。
引きつける。
振る。
カンッ!
「おお!」
打球が三遊間へ転がる。
「走れー!」
「はい!」
一塁へ走る。
守備の子がボールを拾う。
投げる。
逸れた。
「セーフ!」
「よし!」
思わず拳を握った。
【初めて実戦形式で安打を記録しました】
【技術がかなり上がった】
【精神が上がった】
「……」
練習より。
多い。
試合。
実戦。
成功。
やっぱり。
経験の入り方が違う。
「伊織君!」
詩織が手を振っている。
「打ったね!」
「見てた?」
「見てたよ!」
嬉しい。
なんだろう。
前世。
もっとこういう時間を。
大事にすればよかったのかもしれない。
◇
攻守交代。
玲の打席が回ってきた。
「玲ちゃん頑張ってー!」
詩織が応援する。
「……」
なんか。
俺の時より声が大きくない?
気のせいか。
「水城君いくよー」
「はい!」
一球目。
コーチが投げる。
ブンッ。
空振り。
「お?」
まだ。
俺の方が上。
二球目。
カンッ。
ファウル。
三球目。
コーチが投げる。
玲が。
じっとボールを見る。
振る。
カンッ!
「うわっ」
俺の頭を越えた。
といっても。
五歳児の打球。
数メートル先へ落ちた程度。
でも。
今日のキッズクラスでは。
一番いい当たりだった。
「走れー!」
玲が走る。
速い。
一塁。
セーフ。
「やった!」
玲がベースの上で笑っている。
俺を見る。
「伊織君!」
「なに!」
「僕の方が飛んだ!」
「うるさい!」
くそ。
実際飛んだ。
悔しい。
◇
二打席目。
俺は内野ゴロ。
アウト。
「くっそ」
分かっていても。
身体がついてこない。
全部打てるわけじゃない。
三打席目。
ライト方向へゴロ。
セーフ。
三打数二安打。
悪くない。
玲は。
三打数二安打。
同じ。
ただし。
打球の強さは。
玲の方が少し上。
「……」
なんでだ。
パワー?
今の俺はG8。
玲の方が元々身体の使い方が上手い。
それもある。
でも。
それだけじゃない気がする。
守備でも。
玲は。
最初はボールを怖がっていた。
それが。
一度コーチに教わると。
次から身体の正面へ入ろうとする。
「玲君! 前!」
「はい!」
ゴロ。
玲が走る。
ボールの前へ。
グローブを出す。
ポロッ。
「あ」
弾いた。
でも。
すぐ拾う。
一塁へ。
送球。
アウトにはならなかった。
それでも。
「ナイスプレー!」
コーチが褒める。
「今の入り方いいぞ!」
「はい!」
玲が嬉しそうに笑う。
その次。
似たようなゴロ。
今度は。
捕った。
「……」
一度失敗した動きを。
次で修正する。
やっぱり。
異常だ。
前世の俺は。
こういう奴を。
何人も見てきた。
だから分かる。
水城玲は。
多分。
俺が思っている以上に。
野球が上手くなる。
◇
ゲーム終了。
「ありがとうございました!」
全員で頭を下げる。
点数。
七対六。
玲のチームの勝ち。
「勝った!」
玲が嬉しそうに走ってくる。
「伊織君!」
「はいはい」
「僕の勝ち」
「チームがな」
「でも僕の方が遠くに打った」
「ヒットの数は同じ」
「でも勝った」
「……」
ムカつく。
顔がいい分、さらにムカつく。
「次は勝つ」
「うん」
「絶対勝つ」
「僕も次も勝つ」
二人で睨み合う。
五歳児と五歳児。
片方の中身は三十八歳。
我ながら大人気ない。
「二人とも仲いいね」
詩織が呆れたように笑う。
「どこが?」
「仲良し」
玲は素直に頷いた。
「うん。伊織君好き」
「お前そういうの普通に言うよな」
「駄目?」
「駄目じゃないけど」
玲に深い意味はない。
分かっている。
でも。
中性的な顔で言われると。
妙に調子が狂う。
「私も伊織君好きだよ」
詩織が言った。
「……」
「……」
今度は俺が固まった。
「幼馴染だから」
「あ、はい」
ですよね。
五歳。
そういう意味ではない。
システムも何も反応しない。
「伊織君、顔赤い」
「走ったから」
「もう走ってないよ」
「うるさい」
二度目の人生。
野球だけでも。
結構忙しい。
そこへ恋愛まで混ざってきたら。
本当に。
どうなるんだろう。
◇
その日の夜。
俺はベッドの中で試合結果を確認した。
【初めて実戦形式の試合に参加しました】
【打撃経験を獲得しました】
【守備経験を獲得しました】
【技術がかなり上がった】
【敏捷が上がった】
【精神がかなり上がった】
具体的な数字はない。
でも。
感覚で分かる。
今までで。
一番多く経験を得た。
「試合はやっぱり大きいな」
そして。
【新たな特殊能力の取得条件を確認しました】
「……え?」
画面が切り替わる。
【特殊能力】
チャンス 未解放
対左投手 未解放
盗塁 未解放
走塁 未解放
送球 未解放
ケガしにくさ 未解放
大量の項目。
そのほとんどに。
『未解放』
と書かれている。
「特殊能力……」
普通の能力とは違う。
ただ経験を貯めるだけでは駄目なのだろう。
何かをする。
何かを経験する。
条件を満たす。
その時に初めて。
取得できる。
「……いいね」
ますます。
ゲームっぽい。
画面を閉じる。
今日。
初めて試合をした。
初めてヒットを打った。
初めて。
玲に負けた。
たかが五歳児の簡易ゲーム。
なのに。
悔しかった。
そして。
楽しかった。
前世では。
才能がないことを知るほど。
野球が苦しくなった。
でも今回は。
俺にはシステムがある。
どれだけ才能のある奴が相手でも。
努力は。
必ず自分の中に残る。
なら。
「次は勝つ」
小さく呟く。
水城玲。
才能の塊。
今はまだ。
俺と大差ない。
だけど。
こいつを追いかけさせておけば。
俺も。
もっと強くなれる。
この時の俺は。
まだ。
そう思っていた。
まさか。
追いかける側になるのが。
思っていたよりずっと早いなんて。
考えてもいなかった。