春季大会決勝。
球場へ着いて。
最初に思った。
「……人、多くない?」
三上も同じことを思ったらしい。
去年。
シニアの試合なんて。
基本は保護者と関係者。
全国大会ならともかく。
春の地区大会で。
こんなにフェンス際へ人が集まることはなかった。
「水城見に来たんじゃね?」
黒田が言う。
「140出したし」
「伊織もだろ」
三上が俺を見る。
「秋ノーヒットノーラン」
「でも前の試合2点取られた」
「6回2失点だろ。普通にいいわ」
高瀬が防具を抱えたまま口を挟む。
「しかも今日、相手が相手だからな」
グラウンドの反対側。
見覚えのある投手がキャッチボールをしていた。
真田蒼士。
真田が所属する**武蔵野シニア**。
秋。
俺たちは2対1で勝った。
あの時の真田は134km/h。
そして。
今日。
練習中に表示された球速を見て。
周囲が少しざわついた。
136km/h。
「また上がってる」
俺が呟く。
隣にいた玲も見ていた。
「うん」
「嬉しそうだな」
「速くなってるから」
「敵だぞ」
「知ってる」
玲らしい。
俺も。
多分似た顔をしていた。
◇
試合前。
監督が全員を集める。
「今日はいつもより見てる人が多い」
やっぱり。
俺だけが感じたわけじゃなかった。
「相手が武蔵野。真田がいる。うちには水城と成瀬がいる。最近この世代を見に来る人間が増えてる」
三上が小声で言う。
「有名人じゃん」
「黙れ」
監督が続ける。
「あと」
一度。
バックネット裏へ視線を向けた。
「高校関係者も何校か来てる」
「高校?」
黒田が反応する。
「俺たちまだ2年ですよ?」
「見るところは早いぞ」
監督が言う。
「特に水城。成瀬。それから向こうの真田」
玲は。
いつも通り。
ほとんど表情を変えなかった。
俺は。
もう一度バックネット裏を見る。
スーツ姿。
学校名の入ったジャージ。
手帳を持った人。
何人かいる。
「……高校」
まだ。
1年以上先。
でも。
確実に。
次の場所が近づいてきている。
「成瀬」
「はい」
「気にするな」
「はい」
「水城」
「はい」
「お前も」
「はい」
玲は多分。
本当に気にしてない。
俺は。
少しだけ。
気になった。
◇
先発。
城東は玲。
武蔵野は真田。
俺はショート。
初回。
玲の初球。
140km/h。
ストライク。
観客の一部から。
「おお……」
と声が出る。
2球目。
131km/h。
高速で落ちる球。
空振り。
3球目。
140km/h。
ファウル。
4球目。
132km/h。
落ちる。
空振り三振。
「ナイスボール!」
高瀬の声。
玲は。
秋より。
明らかに投球が落ち着いている。
速い球だけじゃない。
相手の待ち方を見る。
高瀬のサインに首を振る。
自分で選ぶ。
初回。
三者凡退。
俺のところへ。
1球も飛んでこなかった。
◇
1回裏。
真田。
初球。
135km/h。
2球目。
136km/h。
「速っ」
三上がベンチで声を漏らす。
でも。
球速だけじゃない。
スライダー。
秋より。
曲がり始めが遅い。
そして。
真っすぐとの組み合わせも増えている。
1番。
三振。
2番。
セカンドゴロ。
俺。
3番。
打席へ入る。
真田が。
少し笑った。
「久しぶり」
「秋以来」
「今日は打たせない」
「前も聞いた」
「今日は本当に」
「それも前聞いた」
「うるさい」
初球。
136km/h。
内角。
見送る。
「ストライク!」
速い。
でも。
見える。
2球目。
スライダー。
外へ逃げる。
見送る。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
135km/h。
外角。
ファウル。
「……」
秋より。
速い。
スライダーもいい。
でも。
俺も。
秋のままじゃない。
4球目。
スライダー。
低め。
バットを止める。
ツーボール、ツーストライク。
5球目。
真っすぐ。
136km/h。
外角高め。
「っ!」
振る。
カキィン!
打球は。
ライト方向。
でも。
少し詰まった。
ライトフライ。
「アウト!」
真田が。
マウンドで小さく拳を握る。
「勝った」
「第1打席な」
「1回は1回」
「覚えとく」
ベンチへ戻る。
三上が聞いてくる。
「どう?」
「強くなってる」
「打てそう?」
「打つ」
「質問に答えてない」
◇
試合は。
投手戦になった。
3回表。
玲が初めてヒットを許す。
送りバント。
ツーアウト2塁。
2番打者。
140km/h。
ファウル。
132km/h。
落ちる球。
見逃し。
ワンボール、ワンストライク。
次。
139km/h。
センター前。
2塁ランナーがホームへ。
0対1。
「先制された」
ベンチから見る玲は。
特に焦っていない。
次の3番。
初球。
140。
2球目。
131。
3球目。
高め140。
三振。
追加点はなし。
「玲」
戻ってきた玲へ声を掛ける。
「何?」
「珍しい」
「何が?」
「打たれたのに普通」
「前も打たれた」
「そうだけど」
「次抑える」
それだけ。
秋の玲なら。
少し。
球そのものへ意識が向いていた。
今は。
もう。
次の打者を見ている。
◇
3回裏。
俺の第2打席。
ワンアウト。
ランナーなし。
真田。
初球。
スライダー。
見送る。
ストライク。
2球目。
136km/h。
内角。
ファウル。
すぐに。
ツーストライク。
「……」
真田が。
少しだけ口元を上げる。
追い込んだ。
そう思っている。
3球目。
スライダー。
外。
見送る。
ボール。
4球目。
136km/h。
高め。
ファウル。
5球目。
135km/h。
外。
ファウル。
「しつこい」
真田が呟く。
「打ちたいから」
「じゃあ空振りして」
「嫌」
6球目。
スライダー。
低め。
見送る。
ツーボール、ツーストライク。
7球目。
真っすぐ。
136km/h。
外角。
踏み込む。
カキンッ!
センター前。
「よし!」
1塁へ。
真田を見る。
「1対1」
「まだ試合負けてない」
「俺もまだ」
「面倒」
「知ってる」
4番黒田。
その初球。
俺は走った。
「走った!」
高瀬じゃない。
相手捕手の送球。
2塁。
「セーフ!」
盗塁成功。
続く黒田のライト前。
俺は3塁を回る。
「回れ!」
ホーム。
「セーフ!」
1対1。
同点。
◇
バックネット裏。
スーツ姿の男が。
手元のノートへ何かを書いた。
「成瀬、走れるな」
隣。
学校名入りのジャージを着た別の男が答える。
「守れる、打てる、走れる。肩もある」
「投げても130」
「秋はノーヒットノーラン」
「欲張りな選手だ」
「悪い意味か?」
「いや」
男が。
グラウンドを見る。
「こういう選手は、どこに置くか悩む」
「うちはショートで見たいな」
「うちは投手も捨てたくない」
胸元。
一方には。
**帝陵学園**。
もう一方には。
**蒼峰学院**。
まだ。
伊織たちは。
その会話を知らない。
◇
5回表。
1対1。
武蔵野。
先頭がヒット。
送りバント。
ワンアウト2塁。
次の打者。
玲の140km/hを。
ライト前へ運ぶ。
ランナーが帰る。
1対2。
「また取られた」
三上が言う。
「でも」
俺はマウンドを見る。
玲は。
崩れていない。
ワンアウト1塁。
次。
140km/h。
ファウル。
131km/h。
高速落下球。
空振り。
ツーストライク。
3球目。
140。
高め。
三振。
ツーアウト。
次。
セカンドゴロ。
2点目。
でも。
それだけ。
◇
5回裏。
真田も。
まだ投げる。
球速。
135。
136。
落ちない。
先頭。
高瀬が四球。
三上が送りバント。
ワンアウト2塁。
俺。
第3打席。
真田が。
露骨に嫌そうな顔をした。
「またお前」
「3番だから」
「知ってる」
初球。
136km/h。
外。
ボール。
2球目。
スライダー。
ストライク。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
135km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
4球目。
スライダー。
外。
見送る。
ツーボール、ツーストライク。
真田を見る。
秋。
俺は。
こいつの134を見て。
足りないと思った。
あれから。
俺は130まで上がった。
カーブも増えた。
玲は140。
真田は136。
みんな。
進んでいる。
「負けたくないな」
「何?」
「何でもない」
5球目。
真っすぐ。
内角。
136km/h。
踏み込む。
振る。
カァンッ!
打球。
三遊間。
ショートが飛びつく。
届かない。
レフト前。
高瀬が3塁を回る。
「回れ!」
ホーム。
「セーフ!」
2対2。
同点。
1塁上。
真田を見る。
真田も。
こっちを見ている。
「2対1」
「個人戦するな」
「そっちが始めた」
「そうだっけ?」
「忘れるな!」
◇
6回。
玲は。
100球近くなっていた。
監督がマウンドへ行く。
少し話す。
玲が。
こっちを見る。
そのまま。
ベンチへ戻ってきた。
「終わり?」
「うん」
「6回2失点?」
「うん」
「悪くないな」
「勝ってない」
「まだな」
玲は俺を見る。
「伊織君」
「何?」
「あとお願い」
「任せろ」
「投げるって決まってないぞ」
高瀬が突っ込む。
その瞬間。
監督がこっちを見た。
「成瀬、ブルペン!」
「ほら」
「……本当に投げるのかよ」
三上がショートの準備を始めた。
◇
6回裏。
城東。
2対2。
先頭の黒田。
真田の135km/hを。
ライト前。
出塁。
5番。
送りバント。
ワンアウト2塁。
6番。
セカンドゴロ。
ツーアウト3塁。
高瀬。
真田。
初球。
スライダー。
ボール。
2球目。
136km/h。
ファウル。
3球目。
135km/h。
高瀬が振る。
カキンッ!
打球。
センター前。
「抜けろ!」
落ちる。
3塁ランナー。
ホーム。
「セーフ!」
3対2。
逆転。
ベンチが沸く。
ブルペンで。
俺も拳を握った。
「ナイス高瀬!」
高瀬が1塁上で。
こっちへ向かって拳を上げた。
◇
7回表。
俺が。
マウンドへ上がる。
さっきまで。
ショートを守って。
真田から2安打。
盗塁1。
タイムリー1本。
今度は。
投手。
観客が。
少しざわついた。
「成瀬も投げるの?」
「ショートじゃなかった?」
「両方やるらしい」
聞こえる。
「……前より人いると、こういうのも聞こえるな」
高瀬が座る。
「気になる?」
「ちょっと」
「高校の人も見てるぞ」
「今言う?」
「気にするなって監督が」
「高瀬が気にさせてる」
「悪い」
笑って。
ミットを構える。
先頭。
初球。
130km/h。
「ストライク!」
次。
109km/h。
カーブ。
少し横へ。
落ちる。
見逃し。
「ストライク!」
ツーストライク。
3球目。
77km/h。
チェンジアップ。
バットが。
前へ出る。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
三球三振。
観客が。
また少しざわつく。
「今の何キロ?」
「70台?」
「その前110くらい?」
聞こえる。
俺は。
少しだけ。
楽しくなった。
2人目。
130。
カーブ。
130。
ショートゴロ。
三上。
アウト。
ツーアウト。
最後。
武蔵野の4番。
初球。
130km/h。
ファウル。
2球目。
77km/h。
見逃し。
ワンボール、ワンストライク。
3球目。
109km/h。
カーブ。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
高瀬を見る。
サイン。
外角低め。
ストレート。
頷く。
130km/h。
カンッ!
セカンドゴロ。
「アウト!」
試合終了。
3対2。
城東シニア。
春季大会優勝。
◇
整列。
挨拶。
真田が。
帰り際に俺たちの方へ来た。
「水城」
「何?」
「次は打つ」
「うん」
「成瀬」
「何?」
「次は打たせない」
「それ毎回言ってる」
「次こそ」
「俺も次打つ」
「だから嫌なんだよ」
真田が笑う。
「夏また」
「うん」
玲が答える。
俺も。
「またな」
そう返した。
◇
片付けをしていると。
監督に呼ばれた。
「成瀬、水城」
「はい」
「はい」
行くと。
見覚えのない大人が2人。
1人は。
胸元に帝陵学園。
もう1人は。
蒼峰学院。
「今日はいい試合だったね」
帝陵学園の男が言う。
「ありがとうございます」
玲と一緒に頭を下げる。
「水城君」
「はい」
「中学2年で140。面白い投手だね」
「ありがとうございます」
「まだ伸びそうだ」
「伸ばします」
即答。
男が笑った。
「頼もしいな」
次。
俺を見る。
「成瀬君」
「はい」
「君は忙しいな」
「?」
「ショートを守って、打って、走って、最後は投げる」
「ああ」
「どれが一番好き?」
少し。
考える。
「全部です」
「……全部?」
「はい」
男が。
少しだけ笑う。
「なるほど」
蒼峰学院の男も。
俺を見ていた。
「投手も続けたい?」
「続けたいです」
「ショートも?」
「やりたいです」
「打つのも?」
「やりたいです」
「欲張りだな」
「よく言われます」
監督が横で笑っていた。
「まだ中2です」
蒼峰学院の男が言う。
「今すぐ進路を決める話じゃない。ただ、うちも君たちを見ている。それだけ覚えておいて」
「はい」
「また試合を見に来るよ」
2人は。
監督へ名刺を渡し。
離れていった。
◇
「……高校のスカウト」
帰り道。
まだ少し不思議だった。
中学2年。
まだ。
高校なんて。
先の話だと思っていた。
玲が隣を歩く。
「伊織君」
「何?」
「どこ行く?」
「高校?」
「うん」
「分かんない」
「僕も」
「珍しいな」
「何が?」
「玲なら即決しそう」
玲が少し考えた。
「投手として一番強くなれるところ」
「やっぱり決まってるじゃん」
「学校は決まってない」
「ああ」
「伊織君は?」
俺も。
少し考える。
さっきの言葉。
どれが一番好き?
全部。
あれは。
本音だ。
「全部伸ばせるところ」
「全部?」
「投手も。ショートも。打撃も。走塁も」
「やっぱり伊織君」
「何が?」
「欲張り」
「玲まで言う?」
「うん」
でも。
嫌じゃなかった。
高校。
次の育成環境。
そう考えた瞬間。
少しだけ。
楽しみになった。
◇
夜。
今日の試合を思い返す。
玲。
140km/h。
6回2失点。
真田。
136km/h。
スライダー。
俺。
ショート。
3打数2安打。
1盗塁。
1打点。
そして。
1回無失点。
カーブも。
公式戦で使えた。
高校の人間から。
見られていた。
「進路か」
まだ。
決めない。
でも。
選択肢は。
増える。
そして。
選ぶなら。
一番。
俺を育てられる場所。
そう考えた。
その時の俺は。
まだ。
高校を。
学校ではなく。
次の育成環境として。
見始めていた。