春季大会が終わって。
数日。
学校生活は。
何事もなかったみたいに戻った。
朝。
授業。
昼休み。
放課後。
シニア。
でも。
俺の周りだけ。
少しずつ。
変わり始めていた。
◇
「成瀬」
練習前。
監督に呼ばれた。
「はい」
「ちょっと来い」
事務所へ入る。
机の上。
封筒が。
いくつか置いてあった。
「これ」
「何ですか?」
「高校から」
「……俺に?」
「お前と水城にな」
1つ。
手に取る。
校名。
帝陵学園高等学校。
次。
蒼峰学院高等学校。
この2校は。
春の決勝で会った。
でも。
他にもある。
「東央大附属……」
「そこはお前への関心が強い」
「俺?」
「野手としてな」
「野手」
「ショートとしてかなり評価されてる」
もう1つ。
桜明館高校。
「ここは?」
「地元の進学校だ。野球も強い」
「甲子園は?」
「毎年出るような学校じゃない。ただ、何年かに1回は県上位まで来る」
「なるほど」
「お前の場合、学力も見られてる」
「学力まで?」
「そりゃ見る学校は見る」
机の上。
4校。
まだ。
中学2年。
それなのに。
もう。
選択肢が並び始めている。
◇
「推薦とかですか?」
「まだそこまでの話じゃない」
監督が答える。
「今は、うちも見てますよって段階だ」
「なるほど」
「ただ」
監督が帝陵学園の封筒を指で叩く。
「この辺は早い」
「早い?」
「欲しい選手には中2からでも顔出す」
「へえ」
「水城なんか分かりやすいだろ」
「140」
「そう」
中学2年春。
140km/h。
投手として。
目立たない方が難しい。
「俺は?」
「お前は逆に分かりにくい」
「え」
「悪い意味じゃない」
監督が笑った。
「投手として見れば130。十分速い。でも水城ほどじゃない」
「はい」
「打者として見れば強い。走れる。守れる。肩もある」
「はい」
「ショートとして見るとかなり面白い」
「はい」
「で、投げさせても抑える」
「はい」
「見る側が困る」
「何でですか」
「どこで使うのが一番いいか分からんからだ」
「全部使えばいいじゃないですか」
即答した。
監督が。
一瞬黙る。
「……お前はそう言うよな」
「駄目ですか?」
「高校は人数が増える。レベルも上がる。全部やらせてくれるとは限らんぞ」
「……」
その言葉。
少し。
引っかかった。
◇
帝陵学園。
全国屈指の強豪。
甲子園常連。
プロへ進む選手も多い。
資料を見る。
専用グラウンド。
室内練習場。
トレーニング施設。
寮。
「すご」
でも。
選手数も多い。
毎年。
全国から選手が集まる。
監督から聞いた話では。
俺は。
ショートとしてかなり高く評価されているらしい。
投手としても見られている。
ただ。
「高校入ったら、野手中心の方がいいかもな」
そんな話も。
出ているらしい。
「……野手中心」
悪くない。
ショートは好きだ。
守備力。
今も。
野手能力の中では一番高い。
でも。
投手をやめる?
「嫌だな」
即答だった。
◇
蒼峰学院。
こっちは。
投手育成に強い。
フォーム解析。
映像設備。
身体測定。
トレーニング管理。
資料を読むだけで。
ちょっとワクワクする。
「これいいな……」
俺の場合。
投手だけじゃなく。
野手もやっていることを理解した上で。
「入学後に両方を見て適性を判断したい」
という話らしい。
「両方」
こっちの方が。
今の俺には。
合っている。
ただ。
最終的にどちらかへ絞る可能性はある。
そこだけは。
帝陵と大きく変わらない。
◇
東央大附属。
ここは。
明確だった。
俺を。
ショートとして見ている。
「1年からレギュラー争いに入れる可能性がある」
監督が言う。
「1年から?」
「向こうのスカウトがそう言ってた」
「……」
かなり。
魅力的。
打撃。
守備。
走塁。
野手として。
全部伸ばせる。
でも。
「投手は?」
「今のところ、野手評価の方がかなり高い」
「なるほど」
また。
同じ問題。
◇
桜明館。
ここだけ。
少し違った。
進学校。
大学進学も重視。
練習時間は。
他の3校より短い。
ただ。
自主性が高い。
自分で考えて練習する時間が多いらしい。
場所も。
近い。
家から通える。
「……通学」
寮。
遠征。
野球漬け。
そういう環境も。
悪くない。
でも。
今の生活。
学校。
詩織。
シニア。
全部が。
当たり前に続くわけじゃない。
高校になれば。
それも。
変わる。
◇
「伊織君」
学校。
昼休み。
詩織が俺の机の横へ来た。
「何?」
「昨日、おばさんに会った」
「母さん?」
「うん」
「何か言ってた?」
「高校からいっぱい手紙来てるって」
「……言うの早いな」
「本当なんだ?」
「うん」
「どこ?」
俺は。
4校の名前を話した。
「帝陵って、すごいところだよね」
「うん」
「テレビで聞いたことある」
「甲子園よく出てる」
「蒼峰も?」
「強い」
「東央大附属も?」
「強い」
「桜明館は知ってる」
「近いからな」
「じゃあ」
詩織が。
一度。
言葉を止める。
「伊織君、高校どこ行くの?」
「まだ決めてない」
「そっか」
「まだ中2だし」
「うん」
少し。
安心したように見えた。
「何?」
「何でもない」
「詩織は?」
「私?」
「高校」
「まだそんなに考えてないよ」
「そっか」
「でも」
詩織が。
少し笑う。
「遠いところは、ちょっと嫌かな」
「何で?」
「通うの大変だから」
「寮なら?」
「……そういう話じゃない」
「?」
「もういい」
「何で?」
「伊織君だから」
意味が分からない。
でも。
詩織は。
少しだけ。
機嫌が悪くなった。
◇
その日の夜。
高校の資料を。
机に並べた。
帝陵学園。
蒼峰学院。
東央大附属。
桜明館。
項目を書き出す。
設備。
指導。
練習時間。
選手層。
進学。
寮。
投手育成。
野手育成。
試合出場機会。
二刀流の可能性。
「……」
表にする。
比較する。
点数をつけようとして。
ペンが止まった。
「まだ情報足りないな」
学校説明会。
練習見学。
監督。
チーム方針。
先輩。
まだ。
見るものがある。
「全部見てからだな」
高校。
3年間。
限られた時間。
なら。
一番。
伸びる場所を選ぶ。
その考えは。
自然だった。
◇
次の日。
シニア。
玲も。
監督から高校の話を聞いていた。
「玲」
「何?」
「高校の資料見た?」
「見た」
「どこ良かった?」
「分からない」
「珍しい」
「投手として一番強くなれるところがいい」
「それは前も聞いた」
「うん」
「帝陵?」
「強い」
「蒼峰?」
「投手育成すごい」
「じゃあ迷う?」
「うん」
玲が。
少しだけ考える。
「でも」
「何?」
「伊織君と同じ高校には行かないかも」
「……何で?」
本気で。
意味が分からなかった。
「一緒の方が強いだろ」
「強いと思う」
「じゃあいいじゃん」
「でも」
玲は。
俺を見る。
「同じチームだと、伊織君と公式戦で戦えない」
「……」
「僕は伊織君に勝ちたい」
その言葉。
前にも。
聞いた。
でも。
高校。
そこまで考えているとは。
思わなかった。
「一緒に甲子園行くとかは?」
「それも楽しそう」
「だろ?」
「でも」
玲は。
迷わず言った。
「甲子園で伊織君と戦う方が楽しそう」
「……」
少し。
笑ってしまった。
「玲らしいな」
「伊織君は?」
「俺?」
「同じ高校行きたい?」
考える。
玲がいれば。
強い。
勝てる。
練習でも。
競える。
でも。
敵として。
140km/h。
高速で落ちる球。
その先。
もっと速くなる玲。
打席で。
立ってみたい。
「……どっちも楽しそう」
「欲張り」
「またそれ?」
「うん」
俺たちは。
笑った。
◇
その後。
さらに。
高校関係者が。
城東シニアの練習へ顔を出すことが増えた。
帝陵。
蒼峰。
東央大附属。
桜明館。
そして。
まだ名前も知らない学校。
目的は。
玲。
俺。
時々。
橘さんたち3年生。
俺たち2年生を見るためだけに。
足を運ぶ人間まで。
少しずつ。
増えていった。
「成瀬」
ある日。
監督が言った。
「また1校来てるぞ」
「どこですか?」
「今日は関西」
「関西?」
「全国で見れば、お前らを見る学校はまだ増える」
「……」
選択肢。
増える。
それは。
嬉しい。
でも。
増えれば。
選ばなきゃいけない。
全部は。
行けない。
◇
夜。
システムを開く。
能力。
高校。
将来。
頭の中で。
全部。
繋げていく。
この学校なら。
何が伸びる?
どこなら。
投手を続けられる?
どこなら。
ショートもできる?
どこなら。
もっと強い相手と。
毎日練習できる?
自然に。
そう考えていた。
高校は。
3年間。
限られた期間で。
最大限。
自分を育てる場所。
今の俺にとって。
それが。
一番大事だった。
だから。
詩織が昼休みに見せた。
少しだけ寂しそうな顔の意味を。
この時の俺は。
まだ。
全然。
分かっていなかった。