梅雨が明けきる前。
城東シニアでは、夏季大会に向けたメンバー発表が行われた。
練習後、監督が選手たちを集める。
3年生にとっては最後の夏。
俺たち2年生にとっても、去年とは意味が違う。
去年は、上級生についていく立場だった。
今年はもう。
試合に出ることを期待される側だ。
◇
「これから夏季大会の登録メンバーと背番号を発表する」
監督の声で、グラウンドが静かになる。
俺は列の中で聞いていた。
背番号。
正直、少し気になっている。
去年より守備も打撃も伸びた。
投手としても、130km/hまで来た。
先発も出来る。
抑えも出来る。
ショートも守る。
だったら。
何番になるんだろう。
「1番、水城玲」
「はい」
玲が短く返事をする。
予想通り。
この夏のエース。
背番号1。
玲の現在地を考えれば、誰も文句はない。
「2番、高瀬悠真」
「はい」
正捕手。
これも当然。
「3番、黒田大河」
「はい!」
黒田がいつもより大きな声を出す。
少しだけ笑いそうになった。
そして。
「6番、成瀬伊織」
「……はい」
6。
一瞬だけ。
背番号1を見た。
玲の背中。
ほんの少し。
羨ましいと思った。
投手をやるなら。
やっぱり1番は特別だ。
でも。
6番。
ショート。
それも。
悪くない。
むしろ。
かなり好きだ。
監督が俺を見る。
「成瀬」
「はい」
「お前は基本ショートで出す」
「はい」
「ただし、必要なら投げてもらう」
「はい」
「6番を背負ったまま、マウンドにも上がれ」
「……はい!」
少しだけ。
返事が大きくなった。
◇
発表が終わる。
背番号を受け取って、玲のところへ行った。
「1番」
「うん」
「似合うね」
「ありがとう」
「ちょっと羨ましい」
玲が俺の背番号を見る。
「伊織君は6」
「ショートだからね」
「僕は1」
「知ってる」
「僕の方がエース」
「今はね」
「今も」
「今って言ったじゃん」
「これからも」
「それは分からないでしょ」
玲が少しだけ笑った。
「じゃあ競争だね」
「いいよ」
高瀬が後ろから入ってくる。
「お前ら、背番号発表直後に何の勝負始めてんだ」
「エース争い」
「水城が1番だろ」
「今は」
「成瀬、お前まで乗るな」
高瀬がため息をついた。
でも。
こういうのは。
嫌いじゃない。
◇
その日の練習。
俺は背番号6をつけてショートに入った。
ノック。
正面。
三遊間。
二遊間。
深い位置。
前へ出る打球。
全部。
出来るだけ丁寧に処理する。
6番。
ショート。
俺が前世で憧れていたポジションの番号。
なのに。
頭のどこかでは。
投げることも考えている。
高瀬のサイン。
玲の球。
自分のチェンジアップ。
カーブ。
もっと球速を上げる方法。
結局。
どっちかを選ぶ気なんて。
最初からなかった。
「成瀬!」
「はい!」
ノックが飛んでくる。
深い三遊間。
追いつく。
逆シングル。
そのまま1塁へ。
「アウト!」
コーチが声を上げる。
「いいぞ!」
「はい!」
6番。
いい番号だ。
でも。
この番号で。
投手もやる。
打つ。
走る。
全部やる。
それが。
俺らしい気がした。
◇
練習後。
監督に呼ばれた。
「成瀬」
「はい」
「大会中、水城を毎試合投げさせるつもりはない」
「はい」
「連戦になる。お前にも先発してもらう可能性がある」
「分かりました」
「その時、ショートは三上に入ってもらう」
「三上が?」
「去年から練習してるだろ」
「はい」
三上は本職がセカンドやセンターだけど、俺が投げる時のためにショートも練習している。
「お前が投げても守備が崩れないようにしてある」
「なるほど」
「だから遠慮するな」
「遠慮?」
「投手として出る時に、ショートのことまで考えるなってことだ」
「……」
少し。
図星だった。
「分かりました」
「水城が打たれたら、お前を出すこともある」
「はい」
「逆もある。お前が先発して、後ろに水城を置くことも出来る」
その使い方。
ちょっと面白い。
「嬉しそうな顔するな」
「してました?」
「してる」
監督が呆れたように笑った。
◇
グラウンドを出る前。
玲が俺のところへ来た。
「伊織君」
「何?」
「僕が打たれたらお願い」
「急にどうしたの?」
「監督から聞いた」
「ああ」
「伊織君が後ろにいるのは安心する」
少し意外だった。
「玲でもそう思うんだ」
「何が?」
「誰かが後ろにいると安心するとか」
「思うよ」
「へえ」
「伊織君が打たれた時は僕が投げる」
「打たれないけど」
「僕も」
「じゃあ出番なくない?」
「ないね」
2人で少し笑う。
高瀬が離れたところから叫んだ。
「お前らそこでフラグ立てるな!」
「フラグ?」
「何?」
「いや、もういい!」
高瀬は最近。
俺たちへの当たりが少し強い。
◇
翌日。
学校へ行くと、早速知られていた。
「成瀬、背番号決まったんでしょ?」
教室に入ってすぐ、クラスメイトに声を掛けられる。
「うん」
「何番?」
「6」
「ショート?」
「基本は」
「基本?」
「投手もやるから」
「やっぱ投げるんだ」
別の男子も寄ってくる。
「水城は?」
「1」
「うわ、エースじゃん」
「そうだね」
「成瀬も1番狙わなかったの?」
「ちょっと欲しかった」
「欲しかったんだ」
笑われた。
でも。
本当に少し欲しかった。
「大会いつ?」
「再来週くらい」
「見に行けるかな」
「来るの?」
「成瀬と水城いるならちょっと見たい」
「最近、野球詳しくないやつまで言ってるよな」
別の女子が会話に入る。
「藤崎さんが色々話してるからじゃない?」
「詩織が?」
見る。
自分の席にいた詩織が。
少しだけ目を逸らした。
「だって、この前ノーヒットノーランしたって聞いたし」
「水城君も140km/h出すんでしょ?」
「すごいよね」
「……詩織」
「何?」
「話したの?」
「少しだけ」
「少し?」
「聞かれたから」
「へえ」
詩織が俺を見る。
「嫌だった?」
「別に」
「ならいいでしょ」
「うん」
自分から誰かに話すほどのことでもないと思っていたけど。
詩織が話していた。
それが。
少しだけ不思議だった。
◇
昼休み。
また何人かに大会のことを聞かれた。
「成瀬君、ホームラン打つ?」
「分からない」
「水城君って本当に140出るの?」
「出るよ」
「成瀬君は?」
「130」
「それも十分速くない?」
「玲見た後だと遅く感じるよ」
「感覚おかしいって」
女子たちが笑う。
その中の1人が詩織を見る。
「藤崎さんも見に行くんでしょ?」
「え?」
「幼馴染なんだし」
「予定が合えば」
「行こうよ。みんなで」
「いいね」
話が進んでいく。
俺は昼飯を食べながら聞いていた。
去年まで。
シニアの試合を学校の友達が見に来ることなんて、ほとんどなかった。
少しずつ。
変わってきている。
玲の140km/h。
俺のノーヒットノーラン。
春の大会。
高校のスカウト。
俺たちがやってきたことが。
外へ広がり始めている。
◇
放課後。
詩織と校門を出る。
「大会、来るの?」
「さっきも言ったけど、予定が合えば」
「いつなら行けそう?」
「日程分かったら教えて」
「分かった」
少し歩く。
「伊織君」
「何?」
「背番号6、嬉しい?」
「嬉しいよ」
「でも1番も欲しかったんでしょ?」
「まあ」
「欲張り」
「橘さんにも言われる」
「だと思った」
「でも6も好き」
「ショートだから?」
「うん。前世でも――」
言いかけて止める。
「前世?」
「……昔から」
「今、前世って言わなかった?」
「気のせい」
「怪しい」
「気のせい」
危ない。
詩織がじっとこっちを見る。
「まあいいけど」
「いいんだ」
「伊織君、たまに変なこと言うし」
「そんなに?」
「たまにね」
詩織が笑った。
◇
「でも」
詩織が続ける。
「6番、似合いそう」
「まだ見てないでしょ」
「ショートやってる伊織君、好きだから」
「……」
一瞬。
返事が遅れた。
「野球してる時の話ね」
「分かってるよ」
なぜか。
詩織の方が先に付け足した。
「投げてる時もすごいけど、ショートの時って色々動くでしょ。見てて面白い」
「そう?」
「うん。だから6番、似合うと思う」
「じゃあ見に来てよ」
また。
考える前に言った。
「大会」
詩織が少し笑う。
「行けたら行く」
「絶対?」
「予定が合えば」
「じゃあ日程決まったらすぐ教える」
「うん」
その返事を聞いて。
少しだけ。
大会が楽しみになった。
◇
家へ帰る。
机に背番号6を置く。
その横に。
システムを開く。
【夏季大会メンバーに選出されました】
【背番号:6】
【役割】
遊撃手 / 投手
遊撃手。
投手。
2つ。
「いいね」
俺は笑った。
1つに絞る必要はない。
出来るなら。
両方やる。
そして。
打つ。
走る。
守る。
もっと出来ることを増やす。
【夏季大会まで:14日】
残り2週間。
玲はさらに球を速くしようとしている。
黒田はホームランを増やそうとしている。
三上は俺が投げる時のショートを練習している。
高瀬は、投手2人分の配球を考えている。
橘さんにとっては。
最後の夏。
去年。
俺たちは全国ベスト4で負けた。
今年は。
その先へ。
「全国、行くか」
まずは。
そこからだった。