転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第88話

 全国大会まで、あと10日ほど。

 予選決勝の翌日から、俺の打撃練習には新しい項目が増えていた。

 外角球を、逆方向へ強く打つ。

 言葉にすると簡単だ。

 実際にやってみると、全然簡単じゃなかった。

 

◇

 

 ティー台から上げられたボールを打つ。

 カンッ、と乾いた音がして、打球は右方向へ飛んでいった。

 でも、弱い。

「また詰まった」

 俺が首を傾げると、後ろで見ていた橘さんが笑った。

「成瀬、右に打とうとしすぎ」

「でも右に打つ練習ですよね?」

「そうだけど、右に当てる練習じゃない」

「……違いが分かりそうで分からないです」

「普通に振れ」

「普通に?」

「外の球に対して、普通に強く振る。その結果が右方向ならいい」

 予選決勝の最後。

 橘さんは外角球を左中間へ運んだ。

 俺が同じことをやろうとすると、どうしても「逆方向へ打つ」という意識が先に出る。バットの出が遅くなり、当てるだけのスイングになってしまう。

「もう1球お願いします」

「はいはい」

 橘さんが次のボールを上げる。

 外角。

 右へ――。

 いや。

 違う。

 方向じゃない。

 強く振る。

 カァンッ!

 今度は低いライナーが右中間方向へ飛んでいった。

「それ」

「今の?」

「今の。右へ打とうとしたんじゃなく、ちゃんと振れてた」

「なるほど……」

 感覚を忘れないうちに、もう一度構える。

 橘さんが次のボールを手に取った。

「成瀬って、本当にすぐやるよな」

「何がですか?」

「試合終わった次の日からこれだろ」

「だって出来るようになりたいので」

「知ってる」

「じゃあ何で言ったんですか?」

「改めて思っただけ」

「橘さんも変な人ですよね」

「お前にだけは言われたくない」

 

◇

 

 少し離れた場所では、黒田がフリーバッティングをしていた。

 強く引っ張った打球がレフトへ伸びる。

 フェンス直撃。

「うおおお! 入れよ!」

「あとちょっと!」

 三上が大げさに叫ぶ。

 黒田は打席からこっちを見ると、バットで俺を指した。

「成瀬! 右打ちとかやってる間にホームラン数で抜くぞ!」

「何本差?」

「……知らん」

「じゃあ抜くも何もなくない?」

「うるせえ! 今日から勝負だ!」

 三上が腹を抱えて笑う。

「黒田、成瀬は投手やる分打席減るし、ちょうどいいんじゃね?」

「それだ!」

「勝手にハンデつけないでよ」

「じゃあ受けるのか?」

「いいよ」

「受けるんかい」

 高瀬が呆れた声を出した。

 でも。

 ホームラン。

 それも増やしたい。

 最近は、はっきりそう思う。

 ヒットを打てるだけじゃなくて、1振りで点を取れる打者になりたい。

 橘さんのサヨナラ打を見てから、その気持ちは以前より強くなっていた。

 

◇

 

 打撃練習のあと、ブルペンへ向かった。

 俺が投げるためじゃない。

 玲が高瀬を座らせて投げていた。

 セット。

 バァンッ!

「140」

 計測器を見ていたコーチが数字を読み上げる。

 玲が次のボールを受け取る。

 バァンッ!

「141」

 もう1球。

「141」

「……普通に出るようになってる」

 思わず呟いた。

 予選決勝では、7回になって初めて出た数字だった。

 それが今は、ブルペンの序盤から何度も出ている。

 高瀬が返球しながら玲へ声を掛けた。

「玲、少し抑えろ。全国前に飛ばしすぎるなよ」

「抑えてる」

「これで?」

「うん」

「腹立つな」

 玲が本気で分からないように首を傾げる。

「何で?」

「その顔で聞くな」

 俺はブルペンの横から玲のフォームを見る。

 少し変わった。

 本当に少しだけ。

 予選決勝以前より、身体から余計な力が抜けている。

 力んで速く投げているんじゃない。

 普通に投げた結果が速い。

 決勝の終盤で何かを掴んだ。

 多分、玲自身もまだ完全には言葉に出来ていない。

「伊織君」

 玲がこっちを向いた。

「何?」

「見てた?」

「見てたよ」

「141」

「知ってる」

「今日はもう3球」

「数えてるんだ」

「うん」

「嬉しそうだね」

「伊織君は?」

「何が?」

「最近、右にばっかり打ってる」

「見てたの?」

「見てた」

 玲が少しだけ笑った。

「俺も増やすよ」

「球速?」

「出来ること」

 玲は迷わず頷いた。

「僕も」

 それが、妙に玲らしかった。

 

◇

 

 その後、自分の投球練習もする。

 130km/hのストレート。

 チェンジアップ。

 カーブ。

 高瀬が玲の投球を受けた直後だから、少し感覚がおかしくなっているらしい。

「成瀬」

「何?」

「お前の真っすぐ、遅く感じる」

「ひどくない?」

「水城のあとだから仕方ない」

「じゃあチェンジアップいくよ」

「待て」

 投げる。

 バシッ。

「……もっと遅い」

「77くらい?」

「多分な。今のは分かってても気持ち悪い」

「褒めてる?」

「一応」

 次はカーブ。

 まだレベル1。

 変化量は大きくない。

 でも、109km/h前後まで速度を落とせる。

 130。

 109。

 77。

 玲とは真逆だ。

 あいつは速い球の中で軌道を変える。

 俺は速度そのものを変える。

 玲を見ていると球速を上げたくなる。

 それでも、同じ投手になる必要はない。

「高瀬、もう1球」

「何投げる?」

「同じフォームで全部」

「それが一番嫌なんだよ」

 少し嬉しい。

 

◇

 

 練習を終える頃には、かなり遅くなっていた。

 今日は帰宅後にもう少し素振りをする予定だ。

 それから映像。

 逆方向へ長打を打つ右打者のスイングも見たい。

 頭の中で予定を組み直しながら駅へ向かうと、改札前に見慣れた姿があった。

「伊織君」

「詩織?」

 詩織が小さく手を振る。

「今日、遅かったね」

「練習」

「それは知ってる。全国決まったんでしょ?」

「うん。言ってなかった?」

「メッセージでは聞いたよ。でも、直接おめでとうって言ってなかったから」

「ああ。ありがとう」

 詩織は少し笑ってから、俺の顔を見た。

「嬉しそう」

「そう?」

「うん。全国行けることもだけど……また新しいこと見つけた時の顔してる」

「分かるの?」

「長い付き合いだから」

 少しだけ照れくさい。

「今、右に打つ練習してる」

「右?」

「野球の話」

「それは分かるよ」

「外の球を逆方向へ強く打つ練習」

「……うん。ごめん、そこから先はあんまり分からない」

「説明する?」

「30分くらい掛かりそうだからいい」

「そんな掛からないよ」

「本当?」

「……15分くらい」

「長いよ」

 詩織が笑った。

 

◇

 

 駅から家までは同じ方向だ。

 いつもなら、帰宅してすぐ自主練を始める時間だった。

 でも今日は、そのまま詩織と歩く。

 10分。

 15分。

 そのくらいなら後ろへずらせばいい。

「全国大会、いつ?」

 詩織に聞かれて日程を伝える。

「その日なら行けるかも」

「ほんと?」

「うん。全部は無理だけど、1試合くらいは見たい」

「来てよ」

 自分でも思ったより早く言葉が出た。

 詩織が少しだけ目を丸くする。

「……いいの?」

「何で?」

「最近、見に来る人多いんでしょ?」

「別に関係ないじゃん」

「そうだけど」

「詩織が来るのと、知らない人が来るのは違うし」

 言ってから。

 何が違うんだろうと思った。

 でも。

 違う。

 それだけは分かる。

「そっか」

 詩織が前を向く。

 口元が少しだけ笑っていた。

 

◇

 

「そういえば」

 詩織が思い出したように言う。

「高校の人から、いっぱい声掛けられてるんだって?」

「何で知ってるの?」

「クラスで噂になってるよ」

「もう?」

「伊織君、自分で思ってるより有名だからね」

「玲の方が多いけど」

「そこまだ競ってるの?」

「玲が言ってくるから」

「伊織君も気にしてるじゃん」

「まあ」

「行きたい高校とか、もうあるの?」

「まだ。今は条件を整理してる」

「条件?」

「練習設備、指導方針、試合に出られる可能性、投手も出来るか、ショートで使ってもらえるか。寮、通学時間、進学実績も見たい」

「……」

「どうしたの?」

「伊織君らしいなと思って」

「大事でしょ」

「大事だけど」

 詩織が少し考える。

「行きたいところは?」

「だから、それを決めるために条件を――」

「そうじゃなくて」

 言葉を止める。

 詩織は前を向いたまま続けた。

「ここに行きたいって思う高校」

「……」

 帝陵。

 蒼峰。

 東央大附属。

 桜明館。

 それぞれに良いところがある。

 資料を並べれば、比較は出来る。

 でも。

 行きたいところ。

「まだ分からない」

「そっか」

「詩織は?」

「私?」

「高校」

「まだちゃんとは決めてないよ。でも、近いところがいいかなとは思ってる」

「何で?」

「友達もいるし、家もあるし」

 詩織が少しだけ間を空けた。

「……離れたくない人もいるし」

「へえ」

 誰だろう。

 そう思ったところで、詩織がこっちを見た。

「伊織君って、そういうところだよね」

「何が?」

「何でもない」

「何それ」

「教えない」

 詩織が少し早足になる。

 意味が分からない。

 追いつくために、俺も歩く速度を上げた。

 

◇

 

 家の前で詩織と別れる。

「全国、行けそうなら連絡するね」

「うん」

「頑張って」

「勝つよ」

「そこは『頑張る』じゃないんだ」

「勝ちたいから」

「うん。伊織君らしい」

「じゃあまた明日」

「また明日」

 詩織が自分の家へ戻っていく。

 俺も玄関を開ける。

 予定より自主練の開始は30分以上遅れた。

 でも。

 嫌じゃなかった。

 

【藤崎詩織との特別イベント進行中】

 

【関係性に変化が発生しています】

 

【詳細条件は未解放です】

 

「……またこれか」

 詳細は見えない。

 何が条件なのかも分からない。

 以前の俺なら、どうすれば数値を上げられるか、何が正解なのかを最初に考えたはずだった。

 でも今日は。

「全国、来るのか」

 そっちの方が先に頭へ浮かんだ。

 

◇

 

 夕食を済ませたあと、庭でバットを振る。

 外角。

 逆方向。

 橘さんの言葉を思い出す。

 右へ当てるんじゃない。

 普通に強く振る。

 グラウンド全部を使う。

 スイング。

 もう一度。

 もう一度。

 何十回目かで、少しだけ身体の感覚が変わった。

 外角球を想定しても、バットを合わせにいかない。

 踏み込んで。

 振り切る。

 右中間へ低い打球が伸びていく軌道を頭の中に描く。

 

【逆方向への強打経験が蓄積しています】

 

【特殊能力《流し打ち》習得条件:進行】

 

「もう少し」

 まだ取れない。

 だから面白い。

 玲は141km/hを、自分のものにし始めている。

 俺も。

 次の全国では。

 今までと同じ俺でいるつもりはなかった。

 

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