転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第89話

 全国大会初戦。

 去年も立った舞台なのに、球場へ入った瞬間の空気は少し違って感じた。

 理由は分かっている。

 去年の俺たちは、全国大会に出てきた城東シニアだった。

 今年は違う。

 水城玲。

 成瀬伊織。

 去年の全国ベスト4という実績もある。

 春から名前を聞くようになった選手も増えた。

 俺たちを見るために来ている人間が、明らかに増えていた。

 

◇

 

「……多くない?」

 三上がスタンドを見上げる。

「去年よりは確実に多いな」

 高瀬も同じ方向を見た。

 保護者だけじゃない。他チームの選手、野球好きらしい大人、制服姿の高校生。そしてバックネット裏には、見覚えのある高校関係者たち。

 帝陵。

 蒼峰。

 東央大附属。

 他にも、知らない学校名がいくつも見える。

「また増えてる」

 俺が言うと、玲が静かに答えた。

「全国だから」

「玲を見に?」

「伊織君も」

「どっちが多いかな」

「僕」

「まだ分からないでしょ」

「僕」

「自信あるな」

 後ろから高瀬に軽く頭を叩かれた。

「試合前にくだらない勝負始めんな」

「痛い」

「高瀬、伊織君の方が先に言った」

「告げ口すんな」

「はいはい。アップ行くぞ、怪物2人」

 三上が笑いながら先へ走っていく。

 その時、スタンドの一角に見慣れた顔を見つけた。

 詩織だ。

 こっちに気づくと、小さく手を振る。

 俺も手を上げた。

「成瀬」

「何ですか?」

 橘さんが笑っている。

「嬉しそうだな」

「友達が来てるので」

「友達ね」

「何ですか、その言い方」

「いや、別に」

 最近みんな、この反応をする。

 よく分からない。

 

◇

 

 初戦の相手は東北地区を勝ち上がってきた強豪だった。

 去年も全国大会へ出場している。

 試合前のミーティングで、監督が全員を見渡した。

「初戦だからって固くなるな。去年ここまで来た経験は、お前らの方がある」

 そして玲を見る。

「水城」

「はい」

「行けるところまで任せる」

「はい」

 背番号1。

 全国大会最初のマウンドも、玲だった。

 

◇

 

 1回表。

 玲の初球。

 バァンッ!

 140km/h。

 スタンドが少しざわつく。

 2球目。

 141km/h。

 また、ざわめきが大きくなった。

 予選決勝では7回になって初めて出た数字だ。

 でも今日は、最初から出ている。

 先頭打者は振り遅れてファウル。

 次の133km/hの高速落下球で空振り三振。

 2番は140km/hを打ってセカンドゴロ。

 3番。

 外角141km/hを見逃し。

 内角140km/hをファウル。

 最後は132km/hの高速落下球。

 空振り。

「ストライク! バッターアウト!」

 三者凡退。

 俺はショートから玲を見る。

 もう。

 141km/hが、特別な1球じゃなくなり始めている。

 

◇

 

 1回裏。

 1番の橘さんが四球を選んだ。

 三上が送りバントを決め、ワンアウト2塁。

 俺の第1打席。

 相手の右腕は130km/h台前半。スライダーとカーブを使うタイプだ。

 初球、外角ストレート。

 ボール。

 2球目、内角。

 ファウル。

 3球目、外角へのスライダーを見送る。

 ツーボール、ワンストライク。

 4球目。

 少し真ん中へ入った。

 振り抜く。

 カァンッ!

 センター前。

 橘さんが3塁を回る。

「回れ!」

 返球より先にホームへ滑り込んだ。

「セーフ!」

 1対0。

 先制。

「ナイス、成瀬!」

 1塁上で軽く拳を握る。

 まず1本。

 悪くない。

 でも。

 今やりたいのは。

 これだけじゃない。

 

◇

 

 玲は2回も無失点。

 3回も無失点。

 相手は早いカウントから140km/h台を狙っている。

 それでも、まともに前へ飛ばない。

 そこへ高速落下球。

 時々チェンジアップ。

 最近の玲は、速い球だけで押す投手じゃなくなっていた。

 4回。

 先頭にこの試合初ヒットを許した。

 続く3番。

 初球140km/h。

 ファウル。

 2球目、高速落下球。

 ボール。

 3球目。

 玲が首を振った。

 高瀬がもう一度サインを出す。

 玲が頷く。

 投げたのはチェンジアップだった。

「っ!」

 打者の腰が完全に前へ出る。

 ボテボテのショートゴロ。

 俺が前へ出て捕る。

 2塁へ。

 三上。

 そのまま1塁。

「アウト!」

 ダブルプレー。

 速い球だけじゃない。

 自分で考えて、必要な球を選んでいる。

 球速が上がっているだけじゃない。

 玲は、投手としても前より強くなっている。

 

◇

 

 3回裏。

 ツーアウト1塁で、俺の第2打席が回ってきた。

 初球は外角。

 見送ってストライク。

 2球目も外。

 今度は少し低い。

 ファウル。

 ツーストライク。

 相手バッテリーは、俺に外を使っている。

 予選決勝でもそうだった。

 長打を嫌がっている。

 内角へ投げて引っ張られるより、外で勝負したい。

 多分、そう考えている。

 なら。

 それでいい。

 3球目。

 外角低めのスライダー。

 ボール。

 4球目。

 外角。

 ストレート。

 来た。

 右へ打つ。

 ――違う。

 普通に。

 強く。

 振る。

 カァンッ!

 打った瞬間、今までとは違うのが分かった。

 ライト前じゃない。

 打球は右中間へ、低く強く伸びていく。

 センターとライトが追う。

 その間を抜けた。

「走れ!」

 1塁ランナーが3塁へ向かう。

 俺も1塁を蹴り、2塁へ滑り込む。

「セーフ!」

 右中間へのツーベース。

 ベースの上から、打球が抜けた場所を見る。

「……これだ」

 弱く当てたんじゃない。

 振り切った。

 その結果。

 右へ飛んだ。

 予選決勝から探していた感覚が、ようやく形になった。

 

【逆方向への強打経験を獲得しました】

 

【特殊能力《流し打ち》習得条件を満たしました】

 

【特殊能力《流し打ち》を取得しました】

 

「……よし」

 表示を閉じる。

 まだ試合中だ。

 それでも。

 思わず少し笑った。

 出来ることが、また1つ増えた。

 

◇

 

 続く黒田が打席へ入る。

 初球を豪快に振って空振り。

 2球目のカーブを見送り、3球目。

 内角ストレート。

 カァンッ!

「おっ」

 高い打球がレフトへ伸びる。

 フェンス際。

 さらに伸びる。

 でも。

 わずかに届かない。

 レフトがフェンス手前で捕球した。

「ああああ!」

 黒田が頭を抱えながら戻ってくる。

「今の入ったと思った」

「惜しかったね」

「次は入れる」

「俺も打つよ」

「ホームラン?」

「そのうち」

「右に?」

「出来たら」

 黒田が嫌そうな顔をした。

「それ、ずるくない?」

「何が?」

「引っ張って飛ぶ奴が逆方向まで飛ばし始めるの」

「まだ飛んでないよ」

「今のツーベース見た?」

「見た」

「じゃあ時間の問題だろ」

 俺も。

 少しだけ、そう思っていた。

 

◇

 

 5回表。

 玲の球数はまだ少ない。

 140km/h。

 141km/h。

 高速落下球。

 チェンジアップ。

 完全に相手打線を押さえ込んでいる。

 ツーアウト。

 相手の4番。

 ここまで唯一、玲の真っすぐをまともに前へ飛ばしている打者だった。

 初球。

 141km/h。

 ファウル。

 2球目。

 チェンジアップ。

 ボール。

 3球目。

 高速落下球。

 見逃し。

 ワンボール、ツーストライク。

 4球目。

 玲が投げる。

 141km/h。

 高め。

 打者のバットが空を切った。

「ストライク! バッターアウト!」

 玲がマウンドを降りる。

 スタンドが少し騒がしい。

「ずっと140出てるぞ」

「中2だろ?」

「落ちる球も130超えてる」

 そんな声が聞こえてくる。

 去年。

 俺たちを知らなかった人たちが。

 少しずつ名前を覚え始めている。

 

◇

 

 5回裏。

 下位打線がチャンスを作った。

 ワンアウト3塁で橘さん。

 深めのセンターフライ。

 3塁ランナーがタッチアップ。

 犠牲フライ。

 2対0。

 派手じゃない。

 でも必要なところで、必要な1点を取る。

 予選決勝から。

 橘さんを見ていると、それがよく分かるようになった。

 

◇

 

 6回裏。

 先頭の三上が内野安打で出た。

 俺の第3打席。

 ノーアウト1塁。

 相手はここで左投手へ交代した。

 最初から外角中心。

 俺が右方向へ強い打球を打っていることは、もう向こうにも伝わっているはずだ。

 初球。

 外角。

 ボール。

 2球目。

 外角ストレート。

 見逃し。

 3球目。

 外角低めの変化球。

 ファウル。

 ワンボール、ツーストライク。

 また外へ来る。

 そう思う。

 でも。

 右を狙いすぎるな。

 さっき覚えたばかりだ。

 意識しすぎれば、また当てるだけになる。

 4球目。

 外角ストレート。

 踏み込む。

 普通に。

 強く。

 振り切る。

 カァンッ!

 今度はライト線。

 速い打球がファウルラインの内側を抜けていく。

「走れ!」

 三上が一気に3塁を回る。

 俺は1塁を蹴って2塁へ。

 三上がホームイン。

「セーフ!」

 3対0。

 タイムリーツーベース。

 また逆方向。

 しかも。

 さっきより強い。

 2塁ベースの上で。

 少し笑ってしまった。

 楽しい。

 これ。

 かなり楽しい。

 

◇

 

 続く黒田。

 俺を返すように、センター前へタイムリー。

 4対0。

 黒田が1塁上からこっちを見る。

「ホームランじゃなかった!」

「打点ついたじゃん」

「お前が2塁にいるからだろ!」

「ありがとう」

「何か腹立つ!」

 三上がベンチで笑っていた。

 4番。

 ちゃんと仕事をする。

 城東は。

 玲と俺だけのチームじゃない。

 

◇

 

 守備へ戻る前。

 スタンドを見る。

 詩織がいた。

 目が合った。

 遠いから声は聞こえない。

 でも、拍手しているのは分かる。

 隣には、同じ学校のクラスメイトらしい姿もあった。

 俺は少しだけ手を上げる。

 詩織も気づいて。

 笑った。

 その瞬間。

 システムが出るかと思った。

 でも。

 何も出なかった。

「……」

 不思議と。

 それでもよかった。

 

◇

 

 7回表。

 玲はまだマウンドにいた。

 4対0。

 最後まで行く。

 先頭打者。

 140km/h。

 ファウル。

 141km/h。

 空振り。

 最後は高速落下球。

 三振。

 2人目。

 ショートゴロ。

 俺が捕って1塁へ送る。

「アウト!」

 ツーアウト。

 最後の打者。

 初球141km/h。

 ストライク。

 2球目は133km/hの高速落下球。

 ファウル。

 ツーストライク。

 最後。

 チェンジアップ。

 打者の身体が前へ泳ぐ。

 バットが空を切った。

「ストライク! バッターアウト!」

 ゲームセット。

 4対0。

 全国初戦突破。

 玲は7回完封。

 2安打。

 四球0。

 10奪三振。

 最速141km/h。

 しかも141km/hを何度も出した。

 もう自己ベストじゃない。

 今の玲にとって。

 141km/hは。

 普通の球速になり始めていた。

 

◇

 

 整列を終え、ベンチへ戻る。

「ナイスピッチ」

 俺が言うと、玲が答えた。

「ありがとう。伊織君も」

「何が?」

「右」

「見てた?」

「見てた。2本」

「出来るようになった」

「そう」

「驚かないの?」

「伊織君だから」

「何それ」

「出来ないって思ったら、ずっとやるでしょ」

「まあ」

「だから、そのうち出来ると思ってた」

 玲が少しだけ笑う。

「次は?」

「次?」

「何増やすの?」

 少し考える。

 右方向へ。

 強く打つ。

 今日は二塁打が2本。

 なら。

 次は。

「ホームラン」

 玲が頷く。

「伊織君らしい」

「玲は?」

「もっと速くする」

「玲らしいね」

 お互い。

 まだ増やす気しかなかった。

 

◇

 

 試合後。

 監督の周りには、高校関係者が何人も集まっていた。

「水城君、今日はずっと140台でしたね」

「成瀬君、右方向の打球がかなり強くなりましたね」

「去年とは身体つきも違う」

「次の試合も見させてください」

 俺たちは少し離れた場所からそれを見る。

 監督が。

 ものすごく面倒そうな顔をしていた。

「増えてるね」

「うん」

「今日どっちの方が声掛けられると思う?」

 俺が聞く。

「僕」

 即答だった。

「今日は俺、3安打で長打2本だよ?」

「僕完封」

「10奪三振?」

「うん」

「……今日は玲かな」

「勝った」

「まだ勝負してないから」

 高瀬が後ろから割って入る。

「お前らは早く荷物まとめろ」

「はい」

「はい」

 

◇

 

 帰る前。

 スタンドの出口で詩織と会った。

「お疲れ様」

「ありがとう。どうだった?」

「すごかった」

「どこが?」

「そうやって聞くと思った」

 詩織が笑う。

「玲君、本当に速いね。音が全然違った」

「でしょ」

「伊織君もすごかったよ」

「どこ?」

「ほら、また聞く」

「気になるじゃん」

「2塁まで行ったやつ。2回とも」

「右中間とライト線」

「うん。それ」

 詩織は野球の細かいことまでは分からない。

 だから今日、俺が《流し打ち》を覚えたことも分からない。

「でも」

 詩織が続ける。

「今日、一番楽しそうだったのは分かった」

「……そう?」

「2本目打った時、すごい笑ってた」

 言われて。

 思い出す。

 確かに。

 楽しかった。

 能力が上がったからじゃない。

 特殊能力を取れたからだけでもない。

 練習していたことが、試合で出来た。

 それが。

 楽しかった。

「うん」

 俺は頷く。

「楽しかった」

 詩織が。

 少し嬉しそうに笑った。

 

◇

 

 帰宅後。

 改めて自分の情報を開く。

 

【成瀬伊織】

 

【野手能力】

弾道 3

ミート B70

パワー C69

走力 C69

肩力 B71

守備力 B76

捕球 B70

 

【投手能力】

球速 130km/h

コントロール B78

スタミナ B76

 

【変化球】

チェンジアップ 5

カーブ     1

 

【野手特殊能力】

送球○

アベレージヒッター

パワーヒッター

チャンス○

盗塁○

流し打ち

 

【投手特殊能力】

対ピンチ○

低め○

リリース○

変幻自在

 

「増えた」

 《流し打ち》。

 でも。

 今日の2本を思い出す。

 まだフェンスは越えていない。

 ただ。

 遠くもない。

 今のパワーはC69。

 あと1つで。

 B。

 逆方向へ強く打つ感覚も、掴み始めた。

「ホームラン……」

 引っ張るだけじゃない。

 センター。

 右。

 左。

 どこにでも強い打球を飛ばせるようになったら。

 もっと打てる。

 もっと点を取れる。

 もっと試合を決められる。

 橘さんの言葉が浮かぶ。

 ――グラウンド全部。

「よし」

 次に育てるものは。

 もう決まっていた。

 

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