少しずつ増えているのを見るたびにとても嬉しく励みになっています。
これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、
引き続きよろしくお願いいたします!
「成瀬。先発」
「はい!」
全国大会、2回戦。
試合前のミーティングで名前を呼ばれ、すぐに返事をした。
昨日は玲が7回を投げ切った。
今日はベンチスタート。その代わり、俺がマウンドへ上がる。
「やっぱり来た」
高瀬が防具を持ちながら笑った。
「何が?」
「昨日から言われてただろ。次は成瀬じゃないかって」
「誰に?」
「知らねえよ。外野で勝手に」
「じゃあ関係ない」
「お前はそうだろうな」
マウンドを見る。
全国大会。去年は、ほとんどショートとして立っていた場所だ。
でも今年は違う。
投手としても、ちゃんとここまで来た。
「成瀬」
監督が俺を見る。
「6回を目安にする。ただし、球数と内容次第だ」
「はい」
「昨日、水城を見てる打線だ。速い球には目が慣れてると思え」
「分かりました」
玲は141km/h。
俺は130km/h。
11km/h違う。
でも、それでいい。
俺には俺の球がある。
「高瀬」
「はい」
「任せる」
「了解です」
高瀬が俺を見る。
「今日どうする?」
「普通に」
「お前ら最近それ好きだな」
「普通に全部使う」
「それ普通じゃねえんだよ」
少し笑った。
◇
1回表。
先頭打者。
高瀬が外角低めへ構える。
初球。
130km/h。
バァンッ!
「ストライク!」
相手打者が少しだけ遅れる。
昨日の玲を見たあとなら、これくらいは想定している。
2球目。
109km/hのカーブが外角へ入る。
「ストライク!」
見送った。
打者の目が少し動く。
今まで、俺の投球で考える速度はほとんど2つだった。
130。
77。
でも今は、109がある。
「……」
高瀬がサインを出す。
チェンジアップ。
頷く。
腕を振る。
77km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
完全に前へ出た。
「いいな」
高瀬がボールを返す。
「うん」
2番。
今度は130km/hを続ける。
ファウル。見逃し。
そこからカーブ。
打者のバットが途中まで出て止まった。
ボール。
次。
外角低めへ130km/h。
カンッ!
セカンド正面。
「アウト!」
ツーアウト。
3番。
初球はチェンジアップ。
「ボール!」
ほとんど反応しない。
遅い球を最初から捨てている。
「……なるほど」
前なら、ここからどうやってチェンジアップを使うかだけを考えていた。
今は違う。
高瀬を見る。
ストレートのサイン。
130。
ファウル。
もう1球。
129。
またファウル。
打者の意識が速い方へ寄る。
そこで。
109km/h。
「ストライク!」
見逃し。
ツーストライク。
最後。
外角低めへ130km/h。
カンッ!
「ショート!」
三上が正面で捕る。
「アウト!」
三者凡退。
ベンチへ戻る。
「どう?」
高瀬が聞く。
「楽」
「言い方」
「去年より選べる」
「それは俺も思う」
130。
109。
77。
3つ。
速い。
その間。
遅い。
その中で、相手が何を待っているのかを見る。
「カーブあると全然違うな」
「うん」
「使いすぎんなよ」
「分かってる」
「その返事、水城と同じくらい信用できねえ」
◇
1回裏。
1番、橘さん。
カキンッ!
センター前ヒット。
「ナイス!」
2番、三上。
送りバント。
ワンアウト2塁。
そして。
俺の第1打席。
昨日は右方向に2本。
でも今日は、最初から右だけを考えるつもりはなかった。
──グラウンド全部。
橘さんに言われた言葉を思い出す。
相手投手は右。
130km/h前後のストレートとスライダー。
初球。
外角。
ボール。
2球目。
内角ストレート。
「っ」
振る。
カキンッ!
センター前。
「回れ!」
橘さんが3塁を回る。
でも外野は浅い。
「ストップ!」
ワンアウト1、3塁。
「ナイス、成瀬!」
「ありがとうございます!」
1塁上から打球が飛んだ場所を見る。
センター。
昨日は右。
今は真ん中。
続く4番、黒田。
外角の球をしっかり捉えた。
センターフライ。
「タッチ!」
橘さんがスタート。
「セーフ!」
1対0。
黒田がベンチへ戻りながら俺を見る。
「俺の打点」
「知ってる」
「成瀬が返したみたいな顔すんなよ」
「してない」
「してる」
高瀬が笑った。
「どっちでもいいだろ。点入ったんだから」
◇
2回表。
先頭にセンター前ヒット。
今日初めての走者。
でも、焦らない。
4番。
外角130。
ファウル。
内角129。
ボール。
109km/hのカーブ。
見逃し。
ワンボール、ツーストライク。
最後。
77km/h。
チェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
続く5番。
初球。
130km/h。
カンッ!
ショートゴロ。
「三上!」
2塁。
「アウト!」
1塁。
「アウト!」
ダブルプレー。
安打は許した。
でも、打者3人で終わる。
マウンドを降りながら、少しだけ笑った。
◇
3回表。
この回は三者凡退。
2つの三振。
130km/hを見せて。
109km/hを混ぜて。
最後に77km/h。
逆もやる。
77km/hを見せて。
130km/h。
そして109km/h。
《変幻自在》。
特殊能力として表示される前からやっていたことが、今はもっとやりやすい。
球が1つ増えただけ。
でも。
選べる順番は、もっと増えた。
◇
3回裏。
ツーアウト。
ランナーなし。
俺の第2打席。
相手投手はまだ変わらない。
初球。
外角スライダー。
ボール。
2球目。
外角ストレート。
ファウル。
昨日なら。
右へ。
そう考えていたかもしれない。
でも違う。
右へ打つために覚えたんじゃない。
どこに来ても。
強く振るため。
3球目。
内角。
ストレート。
「来た」
踏み込む。
振る。
カァァンッ!
高い音。
打った瞬間に分かった。
打球はレフトへ。
外野手が下がる。
さらに下がる。
「入れ!」
ベンチから声が飛ぶ。
レフトがフェンス手前まで下がり。
見上げた。
そのまま。
越えた。
「ホームラン!」
「っ……!」
思わず拳を握る。
1塁。
2塁。
3塁。
昨日は、右方向へ強く打てたことが嬉しかった。
今日は。
内角を。
ちゃんと引っ張った。
ホームを踏む。
「ナイスバッティング!」
「ありがとうございます!」
2対0。
ベンチへ戻ると、黒田が最初に寄ってきた。
「右だけじゃねえのかよ!」
「右だけにする意味ないだろ」
「昨日あれだけ右打ってたじゃん!」
「今日は内角来たから」
「普通みたいに言うな!」
高瀬が俺のヘルメットを軽く叩く。
「いいから守備行く準備しろ」
「はい」
でも。
自分でも分かる。
笑っていた。
嬉しい。
◇
4回表。
先頭にヒットを許した。
今日2本目。
でも後続は打ち取る。
レフトフライ。
セカンドゴロ。
最後はチェンジアップで三振。
無失点。
4回裏には下位打線からチャンスを作り、もう1点。
3対0。
少しずつ。
試合がこっちへ傾いていく。
◇
5回表。
先頭打者。
130km/h。
カァンッ!
右中間。
外野の間を抜けた。
ツーベース。
今日3本目のヒット。
ノーアウト2塁。
今日初めて、はっきりしたピンチ。
「タイム」
高瀬がマウンドへ来る。
「どう?」
「普通」
「それ聞いてねえ」
「打者?」
「そう」
相手ベンチを見る。
「速い方に合わせてる」
「だよな」
「カーブも見始めてる」
「じゃあ?」
少し考える。
「一回、遅くする」
高瀬が笑った。
「了解」
次の打者。
初球。
77km/h。
「ストライク!」
見送る。
2球目。
129km/h。
ファウル。
3球目。
109km/h。
カーブ。
「ボール!」
ワンボール、ツーストライク。
全部見せた。
次。
130km/h。
高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
ワンアウト2塁。
続く打者はセカンドゴロ。
ランナーは3塁へ。
ツーアウト3塁。
4番。
初球。
外角130。
ファウル。
2球目。
109。
見逃し。
ストライク。
追い込む。
高瀬を見る。
チェンジアップ。
一度首を振る。
もう一度。
同じサイン。
今度は頷いた。
速い球を意識させた。
真ん中も見せた。
なら。
最後。
腕を振る。
77km/h。
打者の身体が前へ出る。
でも。
バットは止まった。
「ボール!」
見た。
「……」
高瀬を見る。
少し笑っていた。
次。
同じ腕の振り。
130km/h。
外角低め。
カンッ!
「セカンド!」
三上が捕る。
「アウト!」
無失点。
ベンチへ戻る。
「今の最後、チェンジアップでもよかったな」
高瀬が言う。
「うん」
「何で真っすぐ?」
「最後、遅いの意識したから」
「だよな」
水を飲む。
前なら。
特殊能力が発動した。
経験値が入る。
そんなことを真っ先に考えていたかもしれない。
今は。
抑えられたことが。
普通に嬉しかった。
◇
5回裏。
3対0。
ランナー1塁。
俺の第3打席。
相手投手は左へ代わっていた。
初球。
外角ストレート。
見逃し。
2球目。
外へ逃げる変化球。
ボール。
3球目。
また外。
ストレート。
「そこ」
踏み込む。
振り切る。
カァンッ!
打球は右中間へ。
低く。
強く。
外野の間を抜ける。
「回れ!」
1塁ランナーが3塁を回る。
俺も1塁を蹴る。
「セーフ!」
2塁。
そして。
「セーフ!」
ホーム。
4対0。
タイムリーツーベース。
2塁ベースの上で息を吐く。
第1打席はセンター。
第2打席はレフト。
今はライト方向。
左。
真ん中。
右。
全部に飛んだ。
「……楽しいな」
自然に口から出た。
◇
6回表。
4対0。
先頭を打ち取る。
ワンアウト。
次の打者。
カンッ!
センター前。
今日4本目のヒット。
ワンアウト1塁。
初球。
ランナーがスタート。
「走った!」
高瀬が立ち上がる。
送球。
「セーフ!」
盗塁。
ワンアウト2塁。
続く打者はセカンドゴロ。
ランナーが進む。
ツーアウト3塁。
相手の4番。
初球。
129km/h。
ファウル。
2球目。
109km/h。
見逃し。
ツーストライク。
3球目。
130km/h。
高め。
カァンッ!
センターへ。
橘さんが下がる。
「オーライ!」
捕球。
3塁ランナーがスタート。
「ホーム!」
返球。
でも。
「セーフ!」
4対1。
犠牲フライ。
今日初めての失点。
「成瀬!」
高瀬の声。
頷く。
「大丈夫」
次の5番。
初球。
130km/h。
ファウル。
次。
カーブ。
見逃し。
ツーストライク。
最後。
チェンジアップ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
7つ目。
チェンジ。
マウンドを降りる。
監督が短く言った。
「ここまで」
「はい」
「よく投げた」
「ありがとうございます!」
6回。
4安打。
1失点。
四球0。
7奪三振。
全国大会。
先発として。
ちゃんと試合を作れた。
◇
6回裏。
橘さんがツーベース。
三上が送りバント。
ワンアウト3塁。
俺の第4打席。
打席へ向かおうとしたところで、相手ベンチから声が飛んだ。
「歩かせろ!」
「……マジか」
捕手が立つ。
敬遠。
1塁へ歩く。
今日初めて、バットを振らない打席。
続く黒田が打席へ入る。
「俺で勝負かよ」
少し笑っていた。
「打って」
「言われなくても!」
外角。
カァンッ!
高い打球。
センター。
十分な距離。
橘さんがタッチアップ。
「セーフ!」
5対1。
黒田がベンチへ戻る。
「仕事したぞ」
「ありがとうございます」
「何で敬語なんだよ」
◇
7回表。
マウンドには3年生投手。
俺はベンチから最後のアウトを見る。
カンッ!
セカンドゴロ。
「アウト!」
ゲームセット。
5対1。
全国大会、2回戦突破。
整列を終える。
「成瀬」
高瀬が隣へ来た。
「何?」
「今日、全部やったな」
「全部?」
「投げて」
「うん」
「打って」
「うん」
「ホームランまで打って」
「うん」
「何その顔」
少し考える。
でも。
答えはすぐに出た。
「楽しかった」
「……そうかよ」
高瀬が少し笑う。
ベンチへ戻ると、玲が待っていた。
「ナイスピッチング」
「ありがとう」
それだけ。
今日は。
俺の試合だった。
◇
帰宅後。
システムを開く。
【全国大会で先発勝利を記録しました】
【6回1失点を記録しました】
【投球経験を大量に獲得しました】
【制球経験を獲得しました】
【変化球運用経験を獲得しました】
続いて。
【打撃経験を大量に獲得しました】
【長打経験を獲得しました】
【本塁打を記録しました】
【逆方向への強打経験を獲得しました】
「おお」
今日の結果を見る。
【投球結果】
6回
被安打 4
失点 1
与四球 0
奪三振 7
そして。
【打撃結果】
3打数3安打
本塁打 1
二塁打 1
打点 2
四球 1
センター前。
レフトへのホームラン。
右中間へのツーベース。
画面を見ながら、昼間の打球を思い出す。
右だけじゃない。
左だけでもない。
真ん中も。
全部。
「まだ打てるな」
もっと打ちたい。
もっと強い打球を。
もっと色んな場所へ。
でも。
今日はそれより。
投げて。
打って。
勝った。
その全部が。
「楽しかった」
もう一度。
口にした。