第93話
全国大会、準々決勝。
相手は関西の強豪、西京シニア。
試合前、玲はブルペンで最後の投球練習をしていた。
バァンッ!
「141!」
計測係の声が聞こえる。
速い。
でも、もう驚かない。
玲にとって141km/hは、たまたま出る数字じゃなくなっていた。
「調子良さそうだね」
「普通」
「高瀬みたいなこと言うね」
「伊織に言われたくない」
玲が少し笑う。
今日は玲がマウンド。
俺はショートで、打順は3番。
昨日とは役割が逆だ。
「玲」
「何?」
「抑えて」
「伊織が打って」
「分かった」
それだけで十分だった。
◇
1回表。
玲の初球は140km/h。
バァンッ!
「ストライク!」
相手の1番打者は振らない。
2球目。
141km/h。
カァンッ!
ファウル。
速い球に遅れていない。
全国ベスト8まで残っている打線だ。当然、速球への準備はしている。
3球目。
高速落下球。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
空振り三振。
2番にはセンター前へ運ばれた。
今日最初のヒット。
ワンアウト1塁。
3番。
140km/h。
ファウル。
高速落下球。
ボール。
チェンジアップ。
ファウル。
最後は141km/h。
ブンッ!
「ストライク!」
ツーアウト1塁。
4番が打席へ入る。
初球。
カァンッ!
三遊間。
「伊織!」
前へ出る。
捕る。
そのまま2塁へ。
「アウト!」
チェンジ。
ベンチへ戻る途中、玲が声をかけてくる。
「ありがとう」
「取れるところだったから」
「結構深かったよ」
「取れたからいいの」
玲がまた少し笑った。
◇
1回裏。
1番、橘さんがセンターフライ。
2番、三上がセカンドゴロ。
ツーアウト。
俺の第1打席。
西京の先発は右投手。
130km/h前半のストレートに、スライダーとカーブ。
初球。
外角ストレート。
「ストライク!」
2球目。
外へ逃げるスライダー。
ボール。
3球目。
低め。
ボール。
4球目。
また外。
見送る。
スリーボール、ワンストライク。
5球目。
ストレートが外れた。
「ボールフォア!」
四球。
1塁へ向かう。
昨日までなら、打ちたかったと思ったかもしれない。
でも、今日は準々決勝。
出られたなら、それでいい。
続く黒田がセンターフライに倒れ、無得点。
0対0。
◇
2回表。
先頭の5番。
初球の140km/hを捉えた。
カァンッ!
左中間。
ツーベース。
ノーアウト2塁。
6番。
玲は変わらない。
140km/h。
ファウル。
高速落下球。
空振り。
最後は141km/h。
「ストライク! バッターアウト!」
ワンアウト2塁。
7番。
初球。
チェンジアップ。
カンッ!
センター前。
「橘さん!」
2塁ランナーが3塁を回る。
返球。
ホーム。
「セーフ!」
0対1。
西京が先制。
玲はホームを一度見て、すぐにボールを受け取った。
8番。
140km/h。
ファウル。
高速落下球。
空振り。
最後。
141km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
ツーアウト。
9番はショートゴロ。
俺が捕って1塁へ。
「アウト!」
1点で止めた。
ベンチへ戻る玲に高瀬が声をかける。
「まだ2回だ」
「うん」
「1点なら問題ない」
「分かってる」
玲の表情はいつもと変わらなかった。
◇
3回表。
玲は三者凡退。
奪った三振は1つ。
1回。
2回。
3回。
球速はほとんど変わらない。
でも、少しずつ投球のテンポが良くなっている。
高瀬のサインに首を振る回数も減っていた。
「玲、上がってきた?」
ベンチへ戻ってきた玲に聞く。
「多分」
「投げやすくなった?」
「うん。だいぶ」
水を飲みながら、玲が答える。
まだ1点差。
なら。
次は俺たちの番だ。
◇
3回裏。
先頭の9番が倒れてワンアウト。
1番、橘さん。
カァンッ!
センター前。
ワンアウト1塁。
2番、三上。
送りバント。
「アウト!」
ツーアウト2塁。
俺の第2打席。
ここで返したい。
初球。
外角ストレート。
ボール。
2球目。
スライダー。
ファウル。
3球目。
また外角。
ストレート。
「そこ」
踏み込む。
カキンッ!
打球は右中間へ。
「抜けた!」
外野の間を転がる。
橘さんが3塁を回った。
俺も1塁を蹴る。
「セーフ!」
ホーム。
「セーフ!」
1対1。
タイムリーツーベース。
2塁ベースの上で打球が抜けた場所を見る。
また、右方向。
でも。
前みたいに、当てにいった感覚はない。
普通に振った。
その結果が、右中間だった。
「ナイス、成瀬!」
続く黒田。
初球。
ファウル。
2球目。
ボール。
3球目。
カァンッ!
センター前。
「回れ!」
3塁コーチが腕を回す。
俺もスタート。
ホームへ。
「セーフ!」
2対1。
逆転。
黒田が1塁上で拳を握る。
俺もベンチへ戻りながら笑った。
「ナイス、黒田」
「お前が2塁にいれば返すだけだ」
「かっこいいね」
「だろ?」
「今のは本当に」
「今のはって何だよ」
高瀬が横から笑った。
◇
4回表。
先頭の3番。
140km/h。
ファウル。
141km/h。
ファウル。
高速落下球。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
続く4番。
カァンッ!
センター前。
今日4本目のヒット。
でも玲は変わらない。
5番。
140km/h。
空振り。
高速落下球。
ファウル。
チェンジアップ。
ボール。
最後は141km/h。
「ストライク!」
ツーアウト1塁。
6番。
初球。
カンッ!
ショートゴロ。
俺が前へ出る。
2塁へ。
「アウト!」
チェンジ。
4回を終えて1失点。
玲がマウンドから戻ってくる。
「ナイス」
「伊織も」
「俺は捕っただけ」
「それが助かる」
1点差。
でも、2回までとは違う。
玲が打たれる感じが、少しずつなくなっていた。
◇
5回表。
7番。
三振。
8番。
三振。
9番。
セカンドフライ。
三者凡退。
球速は140から141km/h。
落ちていない。
むしろ、回を追うごとに球が強く見える。
「……やっぱり上がってるな」
高瀬も感じているのか、ミットを構えるまでが早い。
玲も迷わない。
2人のテンポが合ってきていた。
◇
5回裏。
先頭の橘さんがセンター前。
ノーアウト1塁。
三上が送りバントを決める。
ワンアウト2塁。
俺の第3打席。
初球。
外角スライダー。
ボール。
2球目。
内角ストレート。
ファウル。
3球目。
低め。
見送る。
ボール。
ツーボール、ワンストライク。
4球目。
外角ストレート。
振る。
カンッ!
ショート正面。
「アウト!」
今日は初めて打ち取られた。
橘さんは2塁に残る。
黒田は勝負を避けられて四球。
ツーアウト1、2塁。
5番、高瀬。
初球。
ストレート。
見送る。
2球目。
カーブ。
ファウル。
3球目。
外角。
カァンッ!
右中間。
「抜けた!」
橘さんが3塁を回る。
「回れ!」
ホームへ。
「セーフ!」
3対1。
高瀬のタイムリーヒット。
「ナイス!」
ベンチから声を飛ばす。
高瀬が1塁上からこっちを見る。
「お前らだけに打たせるかよ!」
2点差。
大きい。
◇
6回表。
玲の球は、まだ落ちない。
先頭。
141km/h。
ファウル。
高速落下球。
空振り。
最後は140km/h。
「ストライク! バッターアウト!」
続く2番はセカンドゴロ。
ツーアウト。
3番。
粘る。
ファウル。
ボール。
ファウル。
またボール。
フルカウント。
でも、玲は四球を出さない。
最後。
141km/h。
外角。
カァンッ!
ライトフライ。
三者凡退。
6回を終えて。
与四球0。
そして、奪三振は9。
ベンチへ戻ってきた玲の顔に、疲れは見える。
でも。
球はまだ死んでいない。
◇
7回表。
3対1。
あと3つ。
先頭は4番。
140km/h。
ファウル。
高速落下球。
ボール。
141km/h。
ファウル。
4球目。
チェンジアップ。
カンッ!
弱いセカンドゴロ。
「アウト!」
ワンアウト。
5番。
初球。
カァンッ!
センター前。
今日5本目のヒット。
ワンアウト1塁。
高瀬がマウンドへ向かう。
何かを話す。
玲は一度だけ頷いた。
6番。
初球。
141km/h。
空振り。
2球目。
高速落下球。
ファウル。
ツーストライク。
3球目。
140km/h。
ボール。
最後。
高速落下球。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
10個目。
ツーアウト1塁。
あと1つ。
7番。
初球。
141km/h。
「ストライク!」
2球目。
チェンジアップ。
ファウル。
ツーストライク。
スタンドから声が聞こえる。
でも玲は、いつも通り高瀬を見る。
サイン。
頷く。
最後。
141km/h。
外角高め。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
11個目。
「ゲームセット!」
3対1。
全国大会。
ベスト4進出。
◇
整列を終える。
玲が戻ってくる。
「ナイスピッチング」
「ありがとう」
「後半すごかったね」
「そう?」
「5回くらいから、全然打たれる感じしなかった」
「投げやすくなった」
「途中から?」
「うん」
今日の玲。
7回。
被安打5。
失点1。
与四球0。
奪三振11。
序盤に点を取られても崩れない。
中盤から球が強くなり。
最後まで落ちない。
「いいな、それ」
「伊織も欲しい?」
「ちょっと」
「ダメ」
「何で」
玲が笑った。
◇
帰宅後。
今日の試合を思い返す。
俺は2打数1安打。
四球1。
タイムリーツーベースで1打点。
全国大会に入ってから。
1回戦。
3打数3安打。
2回戦。
3打数3安打。
準々決勝。
2打数1安打。
「8打数7安打か」
自分で数えて、少し驚く。
でも、今日一番気になったのは俺の数字じゃなかった。
システムを開く。
【水城 玲の解析情報】
球速 141km/h
コントロール C68
スタミナ B78
高速落下球
チェンジアップ3
【確認済み特殊能力】
奪三振
怪童
リリース○
キレ○
その下に、新しい表示が出ていた。
【解析情報が更新されました】
【尻上がり】
「やっぱり」
序盤より、中盤。
中盤より、終盤。
今日の玲は、試合が進むほど良くなっていた。
玲が抑えた。
俺と黒田で逆転した。
高瀬が追加点を取った。
それで勝った。
全国ベスト4。
そして、次の相手はもう決まっている。
武蔵野シニア。
春にも戦った相手。
真田蒼士。
全国の舞台で、もう一度戦う。