全国大会、準決勝。
城東シニアの相手は、武蔵野シニア。
春の大会でも戦った相手だ。
そして、そのマウンドには。
「真田、136!」
ブルペンから声が聞こえる。
真田蒼士。
春と同じ136km/h。でも、数字が同じだからといって、何も変わっていないわけじゃない。
身体は少し大きくなっているし、投げている球も前より強く見える。
真田がこっちを見る。
目が合った。
「成瀬」
少し離れたところから声をかけてくる。
「今日、お前が投げるんだな」
「うん」
「ちょうどいい」
真田が笑った。
「春の借り、返すから」
「返させないよ」
それだけ話して、それぞれのベンチへ戻る。
今日は俺が先発。打順も変わらない。
3番、ピッチャー。
投げて、打つ。
相手が真田なら、なおさら楽しみだった。
◇
1回表。
先攻は城東。
1番、橘さんがセカンドゴロ。
2番、三上がライトフライ。
ツーアウトで、俺の第1打席。
真田がマウンドの上からこっちを見る。
初球は136km/h。
外角いっぱい。
バァンッ!
「ストライク!」
速い。
玲の141km/hとは違う。
球速だけなら玲の方が上。でも真田のストレートは、最後まで強い。
2球目は外へ逃げるスライダー。
振らずにボール。
3球目、135km/hをファウル。
ワンボール、ツーストライク。
真田がセットに入り、腕を振る。
スライダー。
「っ!」
振る。
でも、バットの下を通った。
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
真田が小さく拳を握る。
俺はそのままベンチへ戻った。
「どうだった?」
「いい」
「感想それだけ?」
「スライダー、春より曲がる」
「嬉しそうだな」
「うん」
打てなかった。
だから、次が楽しみになった。
◇
1回裏。
今度は俺がマウンドへ上がる。
先頭打者。
高瀬は初球から内角に構えた。
130km/h。
「ストライク!」
見逃し。
もう一度、同じところ。
今度は打者が振ってきた。
カンッ!
ファウル。
速い球には合っている。
高瀬が外へ構える。
少し迷ったけど、頷いた。
外角低め。
130km/h。
カンッ!
ライト前。
いきなりヒット。
ノーアウト1塁。
同じストレートを続けて、最後に外へ。
狙いは悪くなかった。
でも、打たれた。
「切り替えよう」
高瀬がボールを返す。
2番は送りバントの構え。
ここで遅い球はいらない。
バントを失敗させようとして四球にする方が嫌だ。
外角へ129km/h。
コツンッ。
「俺!」
前へ出て捕り、1塁へ送る。
「アウト!」
ワンアウト2塁。
3番。
初球は高めの130km/h。
振り遅れてファウル。
もう一度。
今度は内角。
カァンッ!
またファウル。
速い球に合わせようとしている。
高瀬を見る。
チェンジアップのサイン。
今なら効く。
腕を振る。
77km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
身体が完全に前へ出た。
ツーアウト2塁。
4番、真田。
打席に入る。
「投手同士だね」
高瀬がマスク越しに言った。
「打たせないよ」
真田は多分、さっきの3番を見ている。
速い球を続けて、最後に遅い球。
なら。
同じことはしない。
初球。
77km/h。
真田は振らない。
「ストライク!」
少しだけ眉が動いた。
2球目。
またチェンジアップ。
今度は待っていた。
カンッ!
ファウル。
やっぱり合わせてきた。
高瀬のサインはストレート。
頷く。
内角へ130km/h。
詰まった。
カンッ!
力のないセカンドゴロ。
「アウト!」
無失点。
マウンドを降りる時、真田がこっちを見る。
「遅すぎ」
「2球目は待ってたでしょ」
「次打つ」
「どうぞ」
俺は笑った。
◇
2回表。
4番、黒田から。
真田の135km/hを捉えた。
カァンッ!
でも、センター正面。
高瀬はスライダーで三振。
6番もショートゴロ。
三者凡退。
真田の調子はいい。
◇
2回裏。
先頭の5番。
初球のストレートを見送る。
2球目。
同じ外角へ130km/h。
今度は振ってきた。
カンッ!
センター前。
続く6番。
さっきの打者がストレートを打った。
高瀬は初球からカーブを要求する。
109km/h。
打者は待っていた。
カァンッ!
左中間。
「抜けた!」
ノーアウト2、3塁。
今日最初のピンチ。
高瀬がマウンドへ来る。
「カーブ狙ってたな」
「うん」
「どうする?」
「1点はいい」
「了解」
7番。
内野は通常位置。
ここで三振が欲しい。
初球。
内角へ130km/h。
詰まってファウル。
2球目。
もう一度ストレート。
今度は高め。
ブンッ!
空振り。
ツーストライク。
打者の目線は完全に上。
高瀬が低めへ構えた。
チェンジアップ。
77km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
ワンアウト2、3塁。
8番。
初球から打ってきた。
カンッ!
セカンドゴロ。
三上が捕る間に、3塁ランナーがスタートする。
「1塁!」
アウト。
その間にホームイン。
0対1。
ツーアウト3塁。
9番。
初球は外角130km/h。
振り遅れたファウル。
高瀬がもう一度同じところへ構える。
129km/h。
カンッ!
詰まった打球はライトへ。
「オーライ!」
捕球。
1点。
それだけで止めた。
ベンチへ戻ると、高瀬が隣に座る。
「予定通り」
「うん」
「打って返せ」
「それは黒田たちにも言って」
「お前3番だろ」
「分かってる」
◇
3回表。
7番がセカンドゴロ。
8番はスライダーで三振。
9番もレフトフライに倒れた。
三者凡退。
0対1のまま。
◇
3回裏。
先頭の1番はセンターフライ。
2番の打球はセカンドの右へ。
「三上!」
追いつく。
でも、グラブの先で弾いた。
「セーフ!」
記録はエラー。
ワンアウト1塁。
3番。
前の打席では速い球を意識させて、チェンジアップで三振を取った。
同じ攻めはしない。
初球。
109km/hのカーブ。
見逃し。
「ストライク!」
2球目。
もう一度カーブ。
今度はバットが出る。
ファウル。
ツーストライク。
遅い球に意識が寄った。
高瀬を見る。
ストレート。
外角高めへ130km/h。
ブンッ!
「ストライク!」
振り遅れ。
三振。
ツーアウト1塁。
そして、真田の第2打席。
「今度は打つ」
「どうぞ」
前の打席。
チェンジアップを2球続けて、最後は内角のストレートで詰まらせた。
なら、最初から速い球。
130km/h。
真田が振る。
カァンッ!
ファウル。
合っている。
もう一球。
129km/h。
今度は見送った。
「ボール!」
少し高い。
高瀬がカーブを要求する。
一度、首を振った。
まだ速い球を意識させたい。
3球目。
外角へ130km/h。
ファウル。
ツーストライク。
ここで初めて。
109km/h。
カーブ。
真田が待っていた。
カンッ!
センター前。
「ナイス!」
ツーアウト1、2塁。
「……待ってたか」
真田が1塁上からこっちを見る。
「打った」
「カーブ狙ってた?」
「さあ?」
「顔が嬉しそう」
「うるさい」
やられた。
でも、面白い。
5番。
真田の打席でカーブを使った直後。
高瀬のサインはストレート。
初球。
内角130km/h。
カンッ!
詰まった打球はショート正面。
「アウト!」
チェンジ。
0対1のまま。
◇
4回表。
打順は1番から。
橘さんがレフト前ヒット。
ノーアウト1塁。
三上には送りバントのサイン。
しっかり1塁側へ転がす。
ファーストが捕って1塁へ。
「アウト!」
ワンアウト2塁。
そして、俺の第2打席。
真田を見る。
向こうも、こっちを見ている。
初球は136km/h。
内角。
ファウル。
2球目は外へ逃げるスライダー。
ボール。
3球目は135km/h。
また内角。
見送る。
「ボール!」
ツーボール、ワンストライク。
真田がセットに入る。
4球目。
外角のスライダー。
春なら、センター方向へ返そうとしていたかもしれない。
今は違う。
昨日まで、ずっとやってきた。
外の球を、右へ強く。
踏み込む。
振り切る。
カァァンッ!
打球が高く上がった。
方向はライト。
「行った!」
ベンチから声が飛ぶ。
ライトが下がる。
フェンス手前まで追い、そのまま見上げた。
打球は、その頭上を越えた。
「入った!」
一瞬、音が遠くなった。
ライトスタンド。
逆方向へのホームラン。
「……マジか」
自分でも声が出た。
1塁を回る。
春にも真田の球を打った。
でも、今のは違う。
外角のスライダーを逆方向へ。
それも、スタンドまで運んだ。
3塁を回ると、橘さんがホームで待っている。
「ナイスバッティング!」
「ありがとうございます!」
ホームイン。
2対1。
逆転。
ベンチへ戻ると、黒田が両手で俺のヘルメットを叩いた。
「お前、それ右に入れるのかよ!」
「俺も今ちょっと驚いてる」
「ちょっとかよ!」
「結構」
「だろうな!」
高瀬も笑っている。
「グラウンド全部、どころじゃなくなってきたな」
「まだ1本」
「その1本がホームランなんだよ」
その後、黒田はショートゴロ。
高瀬も三振に倒れてチェンジ。
マウンドを見る。
真田が新しいボールを受け取っていた。
目が合う。
悔しそうだった。
でも、笑っていた。
俺も笑う。
やっぱり、楽しい。
◇
4回裏。
逆転した直後。
先頭の6番。
さっきはカーブを長打にされている。
高瀬も分かっている。
初球。
130km/h。
ファウル。
2球目もストレート。
今度はボール。
3球目。
またストレート。
空振り。
ワンボール、ツーストライク。
ここまで全部速い球。
高瀬が初めてチェンジアップを要求する。
77km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
ワンアウト。
7番にはストレートを中心に攻める。
何球か粘られ、フルカウント。
最後もストレート。
外れた。
「ボールフォア!」
今日初めての四球。
ワンアウト1塁。
8番は送りバント。
ツーアウト2塁。
9番。
前の打席はストレートで詰まらせた。
初球。
また130km/h。
見逃し。
「ストライク!」
2球目も速い球。
ファウル。
ツーストライク。
高瀬が外角低めに構える。
今度はカーブ。
109km/h。
バットが止まる。
「ボール!」
見られた。
なら。
もう一度カーブは使わない。
高めへ130km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
無失点。
2対1のまま。
◇
5回表。
6番から始まる。
ライトフライ。
7番はセカンドゴロ。
8番はスライダーで三振。
真田も崩れない。
さっきホームランを打ったのに、その次の回には何もなかったみたいに抑えてくる。
だから強い。
◇
5回裏。
先頭の1番。
第1打席では外のストレートをライト前に運ばれている。
高瀬が内角に構えた。
130km/h。
ファウル。
もう一度内角。
129km/h。
今度は詰まりながらもバットを合わせてきた。
カンッ!
打球はセンター前へ落ちる。
今日5本目のヒット。
ノーアウト1塁。
「上手いな」
思わず呟く。
2番が送りバントを決めて、ワンアウト2塁。
3番。
前の打席ではカーブを2球続けてから、ストレートで三振を取った。
今度は逆。
初球から130km/h。
ボール。
2球目もストレート。
ファウル。
3球目。
さらに130km/h。
またファウル。
速い球に完全に意識が寄っている。
高瀬のサイン。
チェンジアップ。
頷く。
77km/h。
打者が待つ。
振らない。
「ボール!」
止まった。
読まれた。
ツーボール、ツーストライク。
高瀬を見る。
カーブのサイン。
首を振る。
今は変化球を待っている。
なら。
130km/h。
外角。
カンッ!
ライト前。
「ホーム!」
2塁ランナーが3塁を回る。
返球。
「セーフ!」
2対2。
同点。
今日6本目のヒット。
「……そっちか」
考えた。
読んだ。
でも、打たれた。
それも野球だ。
ワンアウト1塁。
高瀬がマウンドへ来る。
「ここまで6本」
「うん」
「でも2点」
「うん」
「次、真田」
「分かってる」
真田が打席に入る。
前の打席で、真田はカーブを狙って打った。
だから。
今日はもう、カーブを見せなくてもいい。
初球。
内角130km/h。
ファウル。
2球目。
また内角。
129km/h。
今度は見送る。
「ボール!」
真田が少しだけ後ろに重心を残している。
変化球を待っている。
高瀬を見る。
目が合った。
サインはストレート。
同じ考え。
外角低め。
130km/h。
カンッ!
セカンド正面。
「三上!」
2塁へ。
「アウト!」
1塁。
「アウト!」
ダブルプレー。
チェンジ。
2対2。
真田が1塁へ走りながら、少し悔しそうな顔をしていた。
カーブは、投げなかった。
◇
6回表。
9番から。
セカンドゴロでワンアウト。
1番、橘さん。
フルカウントから2球続けてファウルで粘り、最後は外角の球を見送った。
「ボールフォア!」
ワンアウト1塁。
2番、三上。
初球。
カァンッ!
ショート正面。
「セカンド!」
2塁へ。
「アウト!」
1塁。
「アウト!」
ダブルプレー。
チェンジ。
2対2。
これで次の回は、俺から。
◇
6回裏。
この回が最後。
監督からそう言われていた。
先頭の5番。
前の打席では内角のストレートで詰まらせた。
だから今回は外から入る。
130km/h。
見逃し。
「ストライク!」
もう一度外。
今度は打ってきた。
カンッ!
センターフライ。
ワンアウト。
6番。
初球。
高瀬はカーブを要求した。
第2打席でカーブを長打にされている打者。
一瞬迷う。
でも、今までずっと速い球を意識させてきた。
頷く。
109km/h。
打者が前へ出る。
カンッ!
ショートゴロ。
ツーアウト。
最後の7番。
ここまでストレートで押してきた相手。
初球。
130km/h。
ファウル。
2球目。
同じ球。
今度は見送った。
「ボール!」
高瀬のサイン。
チェンジアップ。
首を振る。
まだ。
3球目。
また130km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
3球続けて速い球。
打者のタイミングが完全にそこへ合っている。
高瀬を見る。
今度は首を振らない。
77km/h。
腕を振る。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
6つ目。
チェンジ。
マウンドを降りる。
今日の結果。
6回。
被安打6。
失点2。
与四球1。
奪三振6。
完璧じゃない。
考えても、打たれることはある。
でも、そのたびに次を考えた。
真田と投げ合って、2対2。
「ナイスピッチング」
監督が言う。
「ありがとうございます」
高瀬が俺の肩を叩いた。
「あとは打て」
「もう打ったよ」
「もう1回」
「欲張りだね」
「勝ちたいからな」
それは、俺も同じだった。
◇
7回表。
先頭は俺。
第3打席。
マウンドには真田がまだ立っている。
2対2。
最後の回。
真田がこっちを見る。
「今度は打たせない」
「さっきも聞いた気がする」
「言ってない」
「そうだっけ」
構える。
初球は136km/h。
外角に外れてボール。
2球目のスライダーをファウル。
3球目。
内角135km/h。
振る。
カキンッ!
センター前。
「よし!」
今日2本目。
ノーアウト1塁。
4番、黒田。
打席へ向かう前に俺を見る。
「返せばいいんだろ?」
「お願いします」
「だから何で敬語なんだよ」
真田が投げる。
初球のスライダーはボール。
2球目、135km/hをファウル。
3球目。
外角のストレート。
黒田が振り切る。
カァァンッ!
左中間。
「抜けた!」
走る。
1塁を蹴り、2塁へ。
外野が打球を追っている。
3塁コーチが腕を回した。
「回れ!」
3塁を蹴る。
ホームへ。
返球。
滑る。
「セーフ!」
3対2。
勝ち越し。
黒田が2塁上で拳を握る。
「よっしゃあ!」
ベンチが沸く。
立ち上がって黒田を見る。
「ナイス!」
「言っただろ!」
打ったのは俺じゃない。
黒田だった。
でも、すごく嬉しかった。
後続は倒れ、3対2のまま最後の守備へ入る。
◇
7回裏。
俺はショートへ戻る。
マウンドには3年生の投手。
打順は8番から。
3対2。
あと3つ。
8番をセカンドゴロ。
ワンアウト。
9番はレフトフライ。
ツーアウト。
あと1つ。
打席には1番。
初球をファウル。
2球目はボール。
3球目。
カンッ!
打球が俺の方へ来る。
ショートゴロ。
前へ出て捕る。
1塁へ。
「アウト!」
「ゲームセット!」
その瞬間、ベンチから全員が飛び出した。
3対2。
全国大会、準決勝。
勝った。
決勝進出。
◇
整列を終える。
武蔵野の選手たちと挨拶をする。
真田が俺の前に来た。
「……負けた」
「うん」
「ホームラン、あれ反則だろ」
「何が?」
「外のスライダー、ライトに入れるなよ」
「入ったから仕方ない」
「腹立つ」
そう言いながら、真田は笑っていた。
「次は絶対勝つ」
「うん」
「水城にも」
「玲にも?」
「当たり前だろ。お前ら2人とも倒す」
真田らしい。
「じゃあ、またやろう」
「絶対な」
差し出された拳に、俺も拳を当てた。
春とは違う。
全国大会の準決勝。
それでも、また野球をやりたいと思った。
◇
家に帰って、システムを開く。
今日の打撃結果。
【3打数2安打】
【本塁打 1】
【打点 2】
続けて表示が変わる。
【逆方向への本塁打を記録しました】
【長打経験を大量に獲得しました】
【打撃経験を獲得しました】
そして。
【パワー経験値が規定値に到達しました】
「お」
次の表示を見て、思わず声が出る。
【パワー C69 → B70】
70。
B。
小学生の頃から何度も見てきた数字の変化。
それでも、ランクが1つ上がる瞬間はやっぱり嬉しい。
今日のホームランを思い出す。
外角。
真田のスライダー。
ライトスタンド。
「……Bか」
まだ伸ばせる。
もっと強く、もっと遠くへ。
でも、今日はそれより先に。
全国大会、決勝進出。
日本一まで。
あと1勝だった。