全国大会、準決勝。
3対2
武蔵野シニアに勝って、決勝進出が決まった。
試合が終わってしばらく経っても、身体にはまだマウンドの感覚が残っている。
6回2失点。真田から打った逆方向へのホームラン。そして最後は、黒田のタイムリーツーベース。
「成瀬」
荷物をまとめていると、黒田が隣に座った。
「何?」
「今日の決勝打、誰が打った?」
「黒田」
「よし」
「何の確認?」
「お前がホームラン打ったせいで、全部持ってかれそうだから」
「ちゃんと覚えてるよ」
「ならいい」
満足そうに立ち上がる黒田を見て、高瀬が笑った。
「最近、自己主張強くなったな」
「4番だからな」
「最初から4番だろ」
「最近やっと扱いが4番になってきたんだよ!」
確かに、全国大会に入ってから黒田は何度も大事なところで打っている。
高瀬もそうだ。橘さんも、三上も。
俺と玲だけで勝ってきたわけじゃない。
当たり前のことなのに、改めてそう思った。
◇
宿舎へ戻る前、監督からミーティングがあった。
「明日の決勝、相手は東海第一シニアだ」
部屋の空気が少し変わる。
ここまで来た。あと1試合。
「先発は水城」
「はい」
「成瀬はショート。打順は3番。いつも通りだ」
「はい」
昨日は玲。
今日は俺。
そして明日は、また玲が投げる。
監督が全員を見回した。
「ここまで来たら、特別なことはするな。今までやってきたことをやれ」
誰も声を出さない。
「明日は、このチームでやる最後の試合だ」
3年生にとっては、負けても勝っても最後。
少しだけ空気が重くなる。
「暗くなるなよ」
橘さんが笑った。
「まだ終わってねえんだから」
「そうっすよ。勝ってから泣けばいいじゃないですか」
黒田が続ける。
「お前が言うと軽いな」
「何でですか!」
笑いが起きた。
さっきまでの空気が少し戻る。
橘さんが俺を見る。
「成瀬」
「はい」
「明日も打てよ」
「もちろんです」
「でも、お前だけで決めようとすんなよ」
一瞬、意味が分からなかった。
橘さんは笑う。
「俺たちにも仕事残しとけってこと」
「ああ」
それなら分かる。
「お願いします」
「任せろ」
明日も、みんなで野球をする。
◇
宿舎へ戻ると、スマホにメッセージが届いていた。
詩織。
『決勝進出おめでとう!』
その下に、もう1通。
『今日も楽しかった?』
少し笑う。
真田との勝負。
ホームラン。
黒田の決勝打。
最後のショートゴロ。
全部思い出してから返信する。
『うん。楽しかった』
すぐに既読がついた。
『よかった』
それだけ。
でも、なんとなく嬉しかった。
少し前までなら、明日の試合のために何時に寝るか、何時間休めるか、今日の疲労をどう抜くか。
そんなことばかり考えていたと思う。
もちろん、それも考える。
でも、ほんの数分。
詩織とやり取りをするくらいなら悪くない。
そう思えるようになっていた。
◇
夕食後、廊下に出ると玲がいた。
壁に背中を預けながら、スポーツドリンクを飲んでいる。
「明日、先発だね」
「うん」
「調子は?」
「普通」
「またそれ?」
「伊織も言うじゃん」
「俺は最近言ってない」
「昨日言ってた」
「……そうだっけ」
玲が笑う。
少し間が空いた。
「今日、ホームラン打ったね」
「うん」
「右に」
「うん」
「すごかった」
「ありがとう」
玲は、自分が打ったみたいに嬉しそうだった。
「明日も打って」
「玲が抑えて」
「抑えるよ」
「じゃあ打つ」
いつものやり取り。
でも、明日は決勝だ。
「玲」
「何?」
「日本一になろう」
「うん」
迷いのない返事だった。
◇
部屋へ戻って、システムを開く。
【成瀬 伊織】
球速 130km/h
コントロール B78
スタミナ B76
ミート B70
パワー B70
走力 C69
肩力 B71
守備力 B76
捕球 B70
パワーがBになった。
小学生の頃と比べれば、全部伸びた。
打てるようになった。守れるようになった。投げられるようになった。
少しずつ、本当に少しずつ積み上げてきた。
そして明日は、全国大会の決勝。
ここまで育ててきたものを全部使える。
そう思うと、自然に口から出た。
「楽しみだな」
日本一まで、あと1勝。