絶望はなかった。
希望がそもそもなかったから。
物心ついた時には、なんて言い方は不適切だけど、少なくとも私が覚えている限りでは、私は最初から檻の中で暮らしていた。
幼い頃に誘拐されたらしい。
そして今の環境──キメラ教で祝福を受け、私は彼らの戦力、信徒の一人として数えられている。
幼い頃はそれに抗おうとしていたらしいけど、どうしたところで幼い少女でしかなかった私にどうこうできる筈もなく、その上元々諦めやすい
キメラ教の教典に曰く、私は贄。私は器。偉大なるキメラの力を宿すべくして、そのために私は肉体と精神を鍛えられた。
肉体を鍛える訓練はひたすらに戦闘で、教団の戦闘員として数多くの訓練をこなしている。一対一、多対一、一対多、武器を持って、武器を持たず、健康な状態で、不健康な状態で、悪環境で、ひたすらに戦っている。
精神を鍛える訓練は、苦痛と快楽を耐え抜くための訓練だった。戦闘訓練後に私は数十人の教団の男の人に抱かれた。薬を使われて過剰な快楽にむせび泣くこともあった。全身が痣だらけになるほどに殴られたこともあった。唾液や排尿を飲まされたこともあった。嘔吐するほど喉の奥に物を突っ込まれたり、首を絞められ呼吸が困難になり、失禁と失神を繰り返すことも多々あることだった。
何度も妊娠して、何度も流産した。
そのうち妊娠すらできなくなり、子供を産めなくなったけど、そのあたりは特に気にしていない。気にしたところで意味はないし、実際それを聞かされた時も何も感じなかった。
肉体の成長は思春期の直前で止まった。過度な訓練や栄養失調が原因らしい。しかし私は四肢の長さに恵まれているらしく、背丈もその頃には小柄な大人程度には成長していた。
むしろ栄養が足りず伸びづらい筈なのに、よくここまで成長できたものだと呪医の人も言っていた。
そして私が器として成熟した時──私の肉体に、
しかしどの悪魔と契約できるかは使用者の適性に依存する。その適性を高めるために、私は数多くの男の人に抱かれる必要があった。
ああ、つまりインモラルの限りを尽くすことで、適性が高まる悪魔がいるということで、それが教団の名の由来でもあるキメラなのだろうと、漠然とそう思った。
そして私は、キメラ──キマイラと契約した。
それから教団は、少しだけ私に対する態度を改めた。
ようやく私は彼らに認められたということだろう。
身を浸すほどの理不尽は一度終わりを告げた。
次に強いられたのは、私にはこの居場所しかないのだと、私自身にそう思わせるための甘美な悪夢。
その悪夢に酔い痴れることはできなかったけど、それでもマシになったと思う程度には環境は変わった。
戦闘訓練は、私が悪魔契約で超人になったことで、超常の力を使うための訓練が付け足された。勘が鈍らないように実戦に近い形の訓練も続けている。
相変わらず教団の男の人たちは私を抱いたけど、だいぶマシになったと感じている。悪魔契約で肉体が負担に強くなったことと、精神構造に変化があったことも関係があるかもしれない。
ご飯も美味しいものが食べられるようになった。
檻の中の生活は変わらなかったけど、布団が使えるようになった。 服も特別なものになり、教団内での地位も明確に向上した。
そうして少しずつ私の身の回りは改善されていって……
……それでも私は、それが希望足り得るとは思えなかった。
そもそも希望とは何?
あることの実現を望み願うこととは、そもそもいったい何の実現を望み願っている?
教団は私から一切の希望を棄てさせたいらしい。でも、そもそも私には希望というものがよくわからない。
呪医の人は
教団の言う通りに動くしか選択肢はない。そもそも選択の余地がない。だって、私の居場所というものは教団以外には何も残っていないだろうから。
呪医の人の話を繋いでいくと、そもそも外の世界で私は死刑に値する咎人でしかないように思う。
それこそ、自ら望み願ったことは何一つとしてないけれど、それでも犯した罪に違いはないだろう。
外に世界にとって、私は教団のみんなと同じ、ただの犯罪者でしかない。そう思っている。
そう言うと、呪医の人は少しだけ憐れむような表情で私を見つめ、でもそれ以上は何もなかった。
ある日のこと。
ギルド未登録のダンジョンが発見されたらしい。
教団はそこを新たな拠点とすべく、ギルドや特警に見つかるよりも早く、そのダンジョンを制圧し隠蔽するために、初めて私を外に出す判断を下した。
パーティーは私と、私の護衛と銘打たれた監視が三人。
全員が
教団は初めて外に出す私の裏切りを心配しているらしいけど、私にそのつもりはない。私の存在を、外の世界は許さないだろうから。私の存在が認められるのは……黙認されるのは、キメラ教しかない。
従順に、粛々と任務を進め、今回の件が片付いたなら……きっとようやく、私は教団の一員として、仲間として認められる。
それを感慨深いとは思わないけど、それでも同じことを何度も問われ続ける日々は終える筈。
そんなことを考えながら、私は任務に向かった。
……この時の私には、知る由もないが。
この日を境に、私の人生の歯車が狂う。
この程度の表現はギリギリセーフであると願って。