傭兵にヤンデレロリは荷が重い 作:アマルガム周平
「──以上が本作戦の概要だ。質問はあるか?」
「一つある。依頼人は誰だ?」
「そこの職員だと。奴さん曰く、『こんな研究所はあってはならない』らしい」
「きな臭いな」
「オレもそう思う」
一介の傭兵として働くこと八年。日銭を稼ぐため、俺は重い腰を上げた。
▫▫▫▫▫
目標の施設は森の中にあった。市街地から離れているのは好都合。
ブリーフィング通り、今は警備が手薄だ。警備システムは予め遠隔でシャットダウンさせてある。気づかれるまで持って十分ってところか。もちろん時間帯は真夜中。
正面以外に出口は無い。俺は三流の傭兵だ。バカらしく、真正面からの突破を決め込む。
「? 止まれ。ここから先は──」
警邏の機械兵とオートマタを一振りで殺す。俺の得物である高周波ブレード、『ソラキリ』の切れ味は今日も健在だった。
「始めるか」
ロックが掛かっている扉を切り裂き、各部屋へ侵入。
今回の依頼は研究所の爆破。跡形もなく吹き飛ばしてほしいとのこと。
そのため、バッグに詰めていた爆弾を各部屋へばらまく。一通り連鎖するように置いていきながら研究所員の機械人たちを斬殺する。
機械人。十年以上前に誕生し今では全世界の70%が機械人と化している。だがそこには落とし穴があった。
機械化手術。それによって脳のスペックや身体能力の著しい向上を望めるが、問題はそのメカ部分。シンギュラリティに達したAIにより機械化した人間は思考を支配されるようになっていたのだ。
そして生まれたのが機械至上主義。生身の人間は迫害と排他の対象となり、世界は段々とロボットに乗っ取られている。その勢いは留まることを知らない。
「ざっとこんなもんか」
大体めぼしい場所に爆弾を置いた。後は脱出し、建物を爆破するのみとなったが──一つ気になることがある。
俺が殺した機械人の一人が『被検体を持ち出せ』と仲間に呼びかけていた。後顧の憂いを残しては報酬も減る。俺は当局が来る前に探索を始めた。
▫▫▫▫▫
「ここは……」
死骸からカードキーをくすね、幾重にも渡る扉を開くとそこには大きな地下室があった。ここも爆破しなければ。
「よし。後は──」
爆弾を設置してから、ある方向へ目をやる。
「……」
視線の先には、液体が充満した透明なカプセルに閉じ込められている少女がいた。
「……人体実験か。忌々しい」
苦虫をかみつぶしながら呟き、端末を操作する。いきなり培養槽を壊しては何が起こるか分からない。
一目見て分かる。このガキは純正の人間だ。まだ手術は受けていなかったのか?
液体が排出され培養槽が開かれると、そいつはまばたきを二回してから俺を見た。
「わたしを助けに来てくれたの?」
「違う。助かりたきゃ勝手に助か──……いや、ほっとくのも寝覚め悪いな。ついてこい」
「助けてくれるの?」
「お前次第だ」
動くのに難儀していたため、傍にあった白いブラウスを着せてから、俺はそいつを抱えた。
▫▫▫▫▫
「……爆発、しちゃった」
「悪く思っていい。俺は犯罪者だからな」
「いや、ありがとう。ずっと外に出たかったから」
夕闇に燃え盛る研究所。生き残りはこの少女のみ。
「ねえ」
「なんだ」
回答をいくつか考えていた。『自分はこれからどうなるのか』、『なんで人間がここにいるのか』、『何故研究所員を殺したのか』。
しかしそいつの口から放たれた言葉は、いずれにも当てはまらず。
「名前、何?」
「……『ヒャカ』だ」
見ず知らずの他人に本名を教えるメリットは無い。だが俺は三流の傭兵。教えたからには、責任を取る。
▫▫▫▫▫
「これが報酬だ」
「ああ」
情報屋兼依頼仲介人の『セン』から金を受け取る。これならしばらくは保つだろう。……食い扶持が一人増えたが。
「お疲れさん。情報、買ってくか?」
ブリーフィング時とは裏腹にフランクな態度になるセン。こいつとは長い付き合いなため、お互い気心が知れていた。
「今日はいい」
「珍しいな。いつも次に襲撃する場所に目星立ててるのに」
「やっかいごとが増えたんだよ。……ああ、じゃあ情報を買う。ガキの世話は、どうすればいい」
「……ガキ? お前子供こさえたのか!?」
「……。まあそう捉えてもらって構わない」
「それごとき、わざわざ金払うまでもないぞ。メモってやるから待っときな」
「……すまん。世話になる」
「気にすんな。お互い持ちつ持たれつだろ」
▫▫▫▫▫
「帰ったぞ」
「あ、おかえりヒャカ」
……さて、こいつをどうするか。
ガキは日の当たる所で健やかに育つべきだ。しかし、この世界の孤児院や学校などといった身の置き所は機械に軒並み支配されている。
そして俺は何の気の迷いか、こいつに本名を教えている。責任を取ると一口に言えば便利だが、厄ネタが増えると思うと今から頭が痛い。
「一つ、聞く。お前はこれからどうしたい」
「名前、つけてほしいかな」
「そういう趣旨の質問ではないが……お前、名前無いのか」
「うん。実験の時は番号で呼ばれてたからね」
思わずため息をこぼす。名付け親になる経験など味わったことがない。
「……『ロル』。お前の名前はロルだ」
「分かった。それって何か由来ある?」
「生き物は何かしら
「そうなんだ。ありがとう」
昨日の今日攫ってきた少女を、俺は早くも持て余していた。
▫▫▫▫▫
「何か食べられないものは……アレルギーはあるか」
「無いと思うよ。何かを食べたこと無いから確実にそうとは言い切れないけど」
「栄養補給はどうしてたんだ」
「点滴?とかよく分からない液体飲まされたりとか」
ブラックマーケットで買ってきた食材を一通りカットし、煮込みながらルーを投入。シチューを作る予定だった。
食事すらしたことないのだから粥やおじやの方がいいのでは?とも思ったがそれじゃ俺が不満足。見ず知らずの他人にそこまで気を遣うつもりはなかった。
「何作ってるの?」
「シチューだ」
「それってどんな味?」
「食べれば分かる」
物珍しさに質問を浴びせてくるロル。こいつは実験体。世間知らずもいいところだった。
「はい、スプーン」
「……? ヒャカ。『すぷーん』ってどう使うの?」
「……それで掬って、口に入れるんだよ」
知らないことが多すぎる。俺は何度目かも分からないため息を吐いた。
「もぐもぐ……。……ヒャカ。口の中が気持ちいいんだけど、これって何?」
「……『美味い』ってことなんじゃないのか」
シチューは我ながら悪くない出来だった。夢中で貪るロルを眺めながら、俺は改めて質問をする。
「これからどうする。お前、どこか頼れる所はないか」
「ごくごく……。『美味い』かったー。頼れる所? わたしずっとあそこで閉じ込められてたから、外のことは何も知らないよ」
「……」
──殺すか? 今なら罪悪感もさほど湧かない。所詮こいつは実験体。身寄りはなく、伝手もない。
「……」
……と、考えてそれは無理なことを悟る。俺はどうも、散々命を奪っておきながら純粋な人間を殺すことはできなかった。
「……お前は、何ができる」
「研究所の人が言うには、『異能』?が使えるよ。試そうか?」
「……この部屋を壊すなよ」
「大丈夫、危ないことはしないから」
次の瞬間、ロルの姿は俺の対面から部屋の隅に移動していた。これは……
「研究所の人が言うには『転移』ができるみたいだね。行ったことのある場所しか行けないし、使いすぎると疲れちゃうから何度も連発はできないけど」
「分かった。お前、ここに住め。異能のことは誰にも言うな」
「……え? いいの?」
俺は聖人ではない。が、こいつの存在は大きすぎる。放っておけば多くの血が流れるだろう。しかし重要なのはそれだけではなく。
名前を教えてしまったこと、名前を付けてしまったこと、共に食事をしてしまったこと。それが、ロルを見捨てるという案を完膚なきまでに破棄していた。俺はチョロい男だ。
「ただし。条件がある。居候するには料理ぐらいはこなせるようになれ。あと俺が言うまでこの部屋を出るな。それを守らねえならここには住まわせない」
そう言って俺は埃を被っていたレシピ本を渡す。ロルはパラパラと捲り納得したように頷いた。
「分かった。ところでだけど、この本って何書いてあるの?」
「…………ハァ」
文字が読めず、飯の作り方も知らない。これは骨が折れそうだ。……いつから俺はガキのお守り役になったんだ。センから受け取った幼児用のメモも案外バカにできないな。
▫▫▫▫▫
「意外と探せば見つかるもんだな」
「これを全部やればいいの?」
「嫌なら出て行ってもらう。文句言うなよ」
「いや……嫌とかじゃなくて、実験と比べたらずいぶん楽だなって思って」
「……」
思わず眉をひそめる。
とりあえず俺は園児から小学生の範囲まで教育を施すことにした。文字の書き方、読み方、計算のしかた、解き方などなど。
それと平行して料理の勉強もさせる。食材の切り方や処理方法を覚えさせる。
「ところでだけど、この文字ドリルってどこにあったの?」
「旧世代の物だから希少価値は高かったが値段自体は安かった。いいからお前は学べ」
この時代、生身の人間の教育は煩雑になっている。学び舎が機械に支配されている以上、まともに育つ手段は限られていた。
そうしてしばらくは世間知らずのガキに常識を叩き込む日々を過ごしていた。俺は奇矯者だな、と内心自嘲しながら。
▫▫▫▫▫
『
そんな場所で傭兵稼業をやっているのだから、仕事は腐るほどあった。もっとも、大抵が二束三文のしょっぱい依頼だが。
その点ロルの研究所襲撃はかなりの額を稼げた。報酬金で数ヶ月はロルへの教育に集中できる。
……教育、か。俺も毒されてきたか?
この世界に『正義』は無い。俺は俺のために、任務を遂行する。だから……まあ……かったるいが、ロルの面倒を見るのもやめない。
「ヒャカ、わたしが眠るまで、傍にいて」
「……仕方ねえな」
だから、まあ。これもしょうがない。
▫▫▫▫▫
「ごちそうさまでした。どうヒャカ、わたし、料理上手くなったでしょ」
「……まあ、上達は早いな」
数ヶ月の努力でロルは大分使えるようになった。ある程度成長しているのを込みにしても、物事の吸収が早い。
「よし、それじゃ組み手しよっか」
「ああ。食後だからって容赦はしないぞ」
俺は本当に血迷っている。ロルが死のうが道具を無くしただけに過ぎないのに、自衛できる力をつけさせようとしている。
俺はロルを任務に使う気はない。傭兵としての個人評価が下がる恐れがある上、異能持ちという世界でも有数の存在をバラすわけにはいかなかったからだ。
「はっ」
「甘い」
ジャブからのストレートを絡め取り、関節を決める。初期状態と比べると強くはなったがまだまだ甘い。
「いたた……。ヒャカって強いね」
「本業が傭兵だからな」
依頼でもない、休養でもない、他者のために確保した時間。面倒だと思いながらも、責任は取る。
「ねえ、わたし、ヒャカの役に立ててる?」
「……どうしてそんな質問をする」
「だってわたしはヒャカに助けられたから。だから助けたいと思った。それじゃダメ?」
「……勘違いするな。お前を拾ったのはただの気まぐれだ」
「だとしても、だよ。事実として、わたしは助けられてる」
「妙な言葉遊びも上達しやがって」
「ヒャカが教えてくれるからね」
「……ハァ。明日っから任務に復帰する。お前はこのアジトを守れ。いいな」
「うん。それがヒャカの望みなら」
ずいぶんと都合のいい道具ができたもんだ。俺は鼻を鳴らした。
▫▫▫▫▫
「で、今日の依頼はなんだ」
「今日は破壊工作だな。前にお前襲撃依頼が欲しいって言ってたから」
「どうせ報酬は渋いんだろ」
「いや? それがそうでもないんだが……」
「ないんだが? なんだよ」
「それがな……お前、妙なところに目をつけられたかもしれないぞ」
「というと?」
「依頼人が機械側の奴なんだよ。確かに機械至上主義者も一枚岩じゃないから思想の違いで争いが起こることもあるが、今までお前宛てに来る任務に
「……」
俺は罪人だ。いつどこでどう死のうと、気に病む者はいない。たとえそれが黄泉への入り口でも、今息を続けられるなら喜んで踏み出そう。
「受ける。作戦内容を教えてくれ」
「……分かった。マグト地区の工場なんだが──」
▫▫▫▫▫
「……ふう、任務完了」
二日間に渡る作戦は無事成功。機械パーツの工場を破壊し、俺は転骸区に帰った。
「お疲れさん。ほら、報酬だ」
「ああ。他に襲撃依頼はないか」
「転骸区からの依頼なら山ほど」
「……大した額も払えず、火の粉を払う勇気も持てない軟弱者たちの、か」
「まあそう言うな。人間として生きる苦しみはお前だって知ってるだろ」
「……帰る。世話になった」
「おう。子供にはよく構ってやれ」
センから報酬金を受け取り、帰路につく。携帯端末を起動してからロルにメールを送った。
「帰ったぞ」
「────」
「ん? なんだよ、何が言いたい」
アジトに帰還すると胸に突撃された。それごときで揺らぐ体幹ではないが、疑問符が残る。
「よかった……ヒャカ、生きてる……」
「そりゃ帰ったんだから生きてるだろ。飯できてるか」
「うん。一緒に食べよ」
こいつを拾ってまだ一年も経っていない。なのだが……
『ヒャカ? どこにいるの? ……ああよかった、どこにも行ってない』
『分かった。ヒャカのためならなんでもするよ』
『ヒャカは死なないでね』
懐かれた。が、妙に重い。