傭兵にヤンデレロリは荷が重い 作:アマルガム周平
「……お前いつまでひっついてんだよ。暑いからやめろ」
「離しても、どこにも行かない?」
「……今日のところはな」
「分かった」
そう言ってようやく離れるロル。便利なのは変わらないが少々面倒だな……。
「ロル」
「なに?」
「社会勉強、行くぞ」
▫▫▫▫▫
「ここがブラックマーケット。出所は黒いが大抵のものは揃ってる。ああ、後で銃の試し撃ちするか。お前は非力だしな」
「へー……」
ソラキリは念のため起動済み。今日はロルにこの世界の一部分を知らせるつもりだった。
「ん、あれ何?」
「ラーメン屋。……あそこまだ潰れてなかったのか」
「美味しいの?」
「粘土の束食ってるみたいな感じだ」
そう言うと興味を失ったように目を逸らす。あんなマズイ飯屋がなくならないのは流石転骸区と言ったところか。
「そこのお二人! マッサージはどう? ……ってヒャカくんじゃないか。その子は?」
「……訳あって引き取ったガキだ」
「ロルだよ。よろしくね」
「元気でよろしい! さてさて、今日こそはうちでマッサージを──」
「断る。お前の施術はただ痛いだけだ」
「あーん、無情……」
長い間この地区に住んでいると顔なじみも増えていく。今声をかけてきた奴は男なのか女なのかハッキリしない見た目で、未だに性別を知らない。そんなんでも薄く関わるようになっていた。
「ねえヒャカ、今の人って誰?」
「さあな。名前は知らんがマッサージ店を営んでる」
「向こうはヒャカのこと知ってたのにヒャカはあの人のこと知らないの?」
「俺の人間関係はそこまで厚くない」
「ふーん……」
転骸区は一癖も二癖もある奴ばかりだが、それでも今を生きていることに変わりはない。そのぬるま湯に浸かることを、いつしか俺は恐れなくなっていた。
「ロル。怖いか」
「ううん、でも、なんか不思議な感じ」
「これからお前が生きていく場所だ。恐怖が無いからそれに越したことはない」
それから一通り歩いて、ガンショップに顔を出した。
「お、ヒャカちゃんじゃん。今日は連れがいるんだね、珍しー」
「こいつに銃を撃たせたい。できるだけ反動の軽いブツを頼む」
「りょーかい。連れの子、ちょっとアタシに触れてみて」
ガンショップの店長はワンオペで働いている。古い言葉で言うと『ギャル』の人間だ。
そして、こいつに触れられると銃の適性を計測される。これも何かしらの異能なのか……?
「わわっ、ヒャカ……」
「大丈夫だ。安心しろ」
あれよあれよという間にイヤープラグとゴーグルを装着させられるロル。俺以外に触れると緊張するらしい。
「はい! じゃああの的に向けて撃ってみて! ……間違ってもアタシたちに向けちゃダメだよ?」
「う、うん……」
ぎこちないが、しっかりとしたフォームで構え、的を撃ち抜くロル。……ああ。素質は悪くない。
「ちょっとちょっと~! ヒャカ、あの子どこで拾ったの~?」
「トップシークレットだ」
「ちぇ~、それはそれとして、買ってく?」
「ああ。今撃った銃と弾薬五マガジン分くらいくれ」
「まいどあり~!」
▫▫▫▫▫
「ふー……色々新しい日だったな~……」
「疲れたか?」
「少しだけ。でも、なんとなく面白かったよ。ヒャカが傍にいたから」
俺はただ教えただけだ。だが、それが生きる力になるのなら十分すぎる休日だろう。
「……ロル」
「なに?」
「お前はガキだ。異能があっても、お前は人間だ。幸福を追求できる権利がある。今ならまだ間に合う。俺から離れて陽の当たる場所で生きていくのもでき──」
「嫌だ」
「……」
「ヒャカと離れるのは、嫌だ」
真っ直ぐ、目を合わせて確かに告げられる。……流石に手遅れだったか。まあいい。
「……俺と絡むと、面倒事の連続だぞ。それでもいいのか」
「あそこで実験されるよりは全然いいよ」
そうだよなぁ、こいつ、悲惨な生まれだもんなぁ……。
「ハァ……」
「ヒャカは、わたしがいない方がいい?」
「前はな。今はどっちでもいい」
「そっか。ねえ、今日も一緒に寝てくれる?」
「暑苦しいんだが……。……ハァ。分かったよ」
それから夕食を摂り、同じベッドに横たわり後は寝るだけとなった時に、ロルはまたしても面倒な問いを投げかけた。
「ヒャカって機械人嫌いなの?」
「……嫌いというか、俺は奴らを殺さなければいけないんだ」
「眠れてないのは、それが理由?」
俺は熟睡ができない。その理由は誰にも語る気は無い。この苦しみは、俺だけのものだ。
「電気消すぞ」
「うん。おやすみ」
▫▫▫▫▫
『ゴめん、ゴメん、ヒャカ……』
「ッ!!」
……隣には眠っているロル。クソ、またあの夢を見た。
忘れもしない記憶。俺が父親を手にかけた、あの日のこと。
▫▫▫▫▫
俺の父親は当時相当なろくでなしだったようで、俺が生まれたのは自殺した母親の胎内からだった。
そのことを酷く後悔した父親は、俺に最大限の愛情を注いだ。俺はあの人のことを今でも慕っている。
転機が訪れたのは俺が八歳になった時。
当時は機械化手術が流行っており、父親も同僚の
そして世界を揺るがす大事件が起きる。
機械化した人間が『最も愛情を向ける相手』を殺すという、忌々しいパンデミック。
『ゴめん、ゴメん、ヒャカ……』
機械化されて帰ってきた父親は、泣きながら俺の首に手をかけた。
最後の理性だったのだろう。俺の手が届く範囲に包丁を置いてくれていた。俺は初めて
親殺しとなった俺は後に師匠となる人間に拾われ、七年間鍛錬を積むことに。
十五歳となり師匠の元から離れ、傭兵稼業を開始した。それから八年。まさか少女を拾うことになるとは思わなかった。人生というのは数奇なものだ。
「んん……ヒャカ? 起きてるの?」
「……まだ真夜中だ。お前は寝てろ」
「ん……」
「……まったく」
面倒なものだ。俺の手を掴むロルも、トラウマを振り切れない自分も。
▫▫▫▫▫
「前も言ったが、よく気をつけて挑め。とにかく気をつけろ。お前、かなり深いところに足を踏み入れてるぞ」
「肝に銘じておく」
あれから依頼人不明の高額任務が舞い込むようになった。長生きしたけりゃそういった輩とは距離を置いた方が賢い。しかし俺は三流の傭兵。命より金を取る。というか転骸区の依頼だけでは到底生きていけない。
「……悪いな、ロル」
「ん、なんか言ったか?」
今回のミッションで、俺は死ぬかもしれない。
▫▫▫▫▫
「……行くか」
ソラキリを起動し、目標地点である軍需工場の上空から飛び立った。
今回の依頼は工場の破壊。バックパックに詰めた爆弾は一個。工場内の燃料などを巻き込むことで半径500メートルを焼き尽くす……というのがブリーフィングの情報。
「……」
段々と近づいていく地面。今回は潜入ミッション。敵をわざわざ殺す必要は無い。ロルの研究所とは違い、『穴』がたくさんある。
「ッ!」
パラシュート無しの降下は師匠の修行で経験した。今回はソラキリを使い衝撃を流す。
「作戦、開始」
幸いにも落下音程度の音では気取られない。俺は内部に侵入していった。監視カメラのハッキングは依頼人側で済ませてあるらしい。……どうにも怪しい。
▫▫▫▫▫
「! 敵しゅ──」
巡回の兵士にバレかけたがソラキリを一振りして黙らせる。周りには……よかった、気づかれてない。
工場内は非常に入り組んでおり、あらかじめ地図を頭に叩き込んでもなお迷いかけた。
「燃料倉庫は……ここだな」
目標地点に到達。バックパックから爆弾を取り出し、設置。ここから脱出する時間も含めて……四十分程度にするか。
次の瞬間、けたたましい音量の警報が鳴った。
『総員、燃料倉庫に突撃! 侵入者だ!』
なぜバレた? 倉庫に警報装置はついていない。考えられる点は……監視カメラのハッキング忘れ。
「これだから外の奴らは信用できないんだよ」
吐き捨てて、ソラキリを構えた。
▫▫▫▫▫
「ハァッ、ハァッ、これで二十五体目……こいつら何体いるんだ」
俺は基本的にソラキリしか用いない。銃では弾薬切れの恐れがある上、機械人相手に致命傷を与えるには大口径の使いづらいものを使用しなければならないからだ。
敵兵の銃撃はソラキリで弾くか、防ぐ。なるべく同士討ちを誘いながら剣を振るっていたが……時間が無い。あと二十分ってところか。
「ハァッ!」
外皮に剣を突き立てる。これで……二十六体目。少しずつ焦りが増していく。
「弾幕を張れ! 侵入者は一人のみだ!」
「……!」
物陰に隠れた俺に断続的な銃撃を浴びせられる。これはマズい。無理をして飛び出せば蜂の巣。しかしこのままでは爆発に巻き込まれる。
「……父さん」
死を目の前に突きつけられても思考は冷静だった。俺はきっと、天国には行けないだろう。
「まあ、こんなもんか」
くだらない人生だった。奪うだけで、何者にもなれない傭兵として死んでいく。一度くらい煙草を吸ってみるべきだったか?
そして瞬いた次の瞬間、ロルが目の前に現れた。
「……は? ロル?」
「話は後。わたしに掴まって」
夢中で差し出された手を掴むと、俺はアジトに『転移』した。
「……え?」
「ごめんヒャカ。勝手に『同調』使っちゃった」
先程まで絶体絶命だった俺。混乱する頭の片隅で考えたのは、センにどう説明しようという面倒事の処理法だった。
▫▫▫▫▫
「はい、報酬だ。しっかしお前、よく生きて帰ってきたなぁ。戦闘になったんだろ?」
「……色々あって助かった」
「……そうか。まあ深いことは聞かない。次は信用できる筋から依頼取ってくる」
「恩に着る」
今回は依頼人による不手際によって報酬金に詫び金が上乗せされた。金が増えるのはありがたいが、今回ばかりは怒りが勝った。
「……」
アジトに帰りながらロルの異能を思い返す。行ったことのある場所以外行けないのではなかったか? 『同調』がなんなのかも気になる。
頭痛薬を買ってから帰還。ロルのおかげで助かった以上説教する気にもなれなかった。
「あ、おかえりヒャカ」
「……お前は……いや、まず飯にするか」
▫▫▫▫▫
「ごめん。わたし、ヒャカに隠してたことあるんだ」
「……言ってみろ」
「わたしが使える異能は三つ。『刻印』と『同調』と『転移』。研究所の人が言うにはもう二つあるはずらしいけど、今はその三つしか使えない」
「『刻印』と『同調』について教えろ」
「うん。『刻印』は『同調』と『転移』の補助に使う異能でね。簡単に言えばマーキングできるんだ。ヒャカが寝てる時に使った。その刻印をした人のいる所なら行ったことなくても転移できる」
「『同調』はなんだ」
「『同調』は刻印した相手の考えてることとかどんな状況に置かれてるか分かるんだよ。今回はヒャカのピンチを感じ取った」
「……ハァ。俺言ったよな。俺が言うまでここを出るなと」
「でもわたしがいなかったらヒャカ死んでたよ」
「俺が死ぬのは別にいいんだよ。元より犯罪者なんだから」
「ねえ。ヒャカはどうして、わたしを『使って』くれないの?」
「お前に犯罪の片棒を担がせるわけにはいかないからだ。お前は誰も殺すな。汚れ役は俺みたいな奴で十分だ」
くだらない意地を張っている自覚はある。それでも、ロルを血で汚したくなかった。
「わたし、ヒャカの役に立ちたいよ」
「……」
無力感は面倒な感情だ。俺はそれを止められるほどの『
ああ本当に面倒だ。俺は空を仰ぎながらため息をついた。
▫▫▫▫▫
時は少し遡り、とある部屋でその男は監視カメラからの映像を傍受していた。
「ふ、ふふ、ふふふ……」
青年、ヒャカは三流の傭兵だ。少女、ロルを引き取るまでは安価な任務で生計を立てていた。故に、一つ甘露を垂らしてしまえば楽に食いつく。
「……やっとだ。やっと君を、僕のモノにできる」
映像に映るのは、一瞬でヒャカの前に現れ、一瞬で消えるロル。
その男は、画面を眺めながらただ哄笑していた。