傭兵にヤンデレロリは荷が重い 作:アマルガム周平
「ふぁあ……」
「おはよう、ヒャカ。よく眠れた?」
「……まあ、最低限は」
朝食の香りと、冷たい水。寝たりない俺の脳を覚醒させるには十分だった。
「いただきます。ほら、ヒャカも」
「……いただきます」
ここしばらくは悠々自適な毎日を過ごしていた。腕が鈍らないよう転骸区からの依頼はこなしていたが、大体日帰りで済む。
ロルの調理技術は大分上達した。贔屓目無しに美味いと思えるだけのものを作れている。
「美味しい?」
「……まあ、悪くない」
「そう。よかった」
こいつを拾って、もう一年が経つのか。
「……なんだよ」
「なにが?」
で、こいつは暇さえあれば俺を凝視している。何がそんな面白いのか……。
「なんでずっと俺見てんだよ」
「理由無かったら見ちゃダメ?」
一つひとつの行動が、重い。だが、どうも──
「……」
「……ハァ。絵本読んでやるからこっちこい」
「うん」
その視線には、振り払うには惜しい温もりがあった。
▫▫▫▫▫
「シッ」
「甘い」
ハイキックを躱し距離を詰め、制圧。軽い組み手は今日も俺の勝ちだった。
「まだまだだな」
「うーん、いつになったらヒャカに勝てるんだろう……」
「こちとら九年傭兵やってんだ。そう易々と追いつかせるか」
一年も共にいればお互い大抵のことは分かってくる。好きな食べ物、好きな音楽、手癖云々。そしてこいつの重さも、それを悪くないと思う俺も、とっくに筒抜けだった。
「ねえ、あとなんかやることある?」
「あ? 掃除……はしたばっかだし……洗濯……も済ませてあるし……。……特にない」
「なんでもするよ? なんかないの?」
……面倒だ。そしてそれ以上に、どこか満たされていた。散々人を殺しておきながら、俺は陽だまりの中に揺蕩っている。
こいつの何が俺を満足させるに至っているのかは分からない。だからその献身も、一切理解できなかった。
「俺は寝る(ことを試みる)。お前も好きにしろ」
「じゃあ、隣いい?」
「……好きにしろ」
▫▫▫▫▫
さて、悪夢にうなされながら少ない惰眠をむさぼっていたらもう夜になっていた。飯の支度をしようにも今日はやる気が起こらない。
「今日は外食にするか」
「うん。分かった」
大して休めていない体を起こして外出準備。転骸区にも美味い飯屋は存在する。
「靴、サイズ合ってるか」
「うん。靴擦れもないよ」
ロルの身なりはブラックマーケットの古着屋で整えた。故に質素で飾り気が無いものだが、俺は悪くないと思っている。
「うう、少し寒いね」
「上着取ってくるか?」
「歩いてればあったまるから大丈夫だよ」
一年も転骸区にいれば色々と分かってくるようで、踏み入れてはいけない場所、話しかけてはいけない人間などの分別がついていた。こいつは中々に適応能力が高い。
「どこ行くの?」
「そう遠くはならない。腹空かしとけ」
ブラックマーケットから一キロメートル離れた場所に、その店は鎮座している。相変わらず外から見ただけでは営業時間かどうか分からない。
「大将、やってるか」
「ああ。ヒャカと……連れか。好きな場所に座れ」
ロルはキョロキョロと店内を眺めている。点けっぱなしのテレビでは今日も機械化手術の広告が流れている。
「生姜焼き定食にすっか……ロルはどうする」
「……ここってなんでもあるね」
この飯屋はたまの贅沢として訪れることにしていた。メニューは多種多様で、どれも味は一級品。
「じゃあ……わたしはオムライスにするよ」
「そうか──大将、生姜焼き定食とオムライス頼む」
「おう」
テレビの映像は機械人共のバラエティ番組に切り替わっていた。編集で付け足されたであろう笑い声、わざとらしいボケとツッコミ。陳腐なものだ。
殺す。俺は、機械人を殺さなければならない。そのためなら魔道に堕ちても構わない──筈だったんだが、どうしてだ?
──もう、復讐心が枯れかけている。確かに父親に手術を勧めた機械人は憎い。だが、その囚われは日に日に薄く霧散していく。
今日を生きる金と、最低限の食事。それがあればもうなんだっていいような気さえしていた。
だが俺は人殺しだ。一度堕ちたら、もうまともには戻れない。
中途半端なんだよ。俺って人間は。
「……ヒャカ。どうしたの?」
「あ? 何がだよ」
「出会った時からそうだったけど、最近は特にずっと辛そうだよ」
「お前……同調したんだろ? なら──」
「はいお待ち」
サーブされる生姜焼き定食とオムライス。俺は言葉を切らざるを得なかった。
「……まず食うか」
「うん。いただきます」
▫▫▫▫▫
飯屋を出ると空はすっかり黒く染まっていた。帰路につきながら口を開く。
「『同調』でそいつの考えてること分かるんだろ?」
「うん。ヒャカのお父さんのことそれで知っちゃった。ごめんね」
「謝らなくてもいい。もう過ぎたことだ」
「……でもヒャカは、ずっとそれで苦しんでる」
俺は最大限の愛情を注がれている。しかし実験体として生まれたロルには何も無い。痛ましさでいえばこいつの方が上だ。
「俺の手はとっくに汚れてる。だから俺は、穢れの中で死ぬべきだ」
「……そんなの、悲しすぎるよ」
不意に、俺の内から妙な衝動が芽生えた。俺は躊躇わず、それを行動に移した。
「……一度しか言わねえ。いつも助かってる。ありがとうな、ロル」
「!?」
この汚れた手で触れるのは躊躇われる。それでも、軽く置くようにロルの頭を撫でた。
「……わたしは、ヒャカのためならなんだってするよ。一緒に汚れてもいい」
「お前も頑固な奴だな」
「頑固にもなるよ。だってわたしは、ヒャカの帰る場所になりたいから」
「……ふっ」
「む。バカにしてる?」
「違う違う。ただ……ああ、『嬉しい』って感情は、久々だと思っただけだ」
愛情も友情も血塗れの俺には持て余す。が、悪くないと、思わされてしまった。
▫▫▫▫▫
「そろそろ寝るか」
「うん」
この少女は俺を望む。言葉も、視線も、温度も、俺の何もかもを尊んでいる。
安く済むならそれでいい。どうせ俺は眠れない。だから、今日も″それ″をしてやることにした。
「今日は何の絵本がいい」
「食べ物が出てくるのがいいな」
いつからか、就寝時に絵本を読み聞かせすることがお決まりになっていた。そういう繋がりに焦がれていたロルならともかく特に嫌がらない自分自身が不思議でたまらない。
枕元の明かりを小さく灯し、ページをめくりながら語りかける。そうしていると──
「……寝たか」
さて、俺も眠れりゃいいんだが……
▫▫▫▫▫
『ゴめん、ゴメん、ヒャカ……』
「ッ!!」
知っていた。どうせこうなるだろうとは思っていた。
「ん、ヒャカ……? またあの夢見たの?」
「いつものことだ。お前は寝てろ」
布団をはねのけて飛び起きた衝撃でロルを起こしてしまう。密着している以上それは避けられなかった。
「……眠れない?」
「一回同調したなら知ってるだろ」
「わたしじゃ、ヒャカの拠り所になれない?」
「そんなもん要らねぇ。俺はお前を……。……道具、としか、思ってない」
あんな告白をしておきながらよく言う。しかし、こればかりは治しようがない。……筈なのに。
『頑固にもなるよ。だってわたしは、ヒャカの帰る場所になりたいから』
「っ……」
「ヒャカ……? どうしたの、苦しいの……?」
気づけば、胸元に抱き寄せられていた。
「……ロル」
「……なあに?」
「悪い。少し──心を預ける」
久方ぶりに、随分遠くにあった雫が瞬きを潤していった。そして久方ぶりに、よく眠れた。
次の日起きた俺が羞恥心に駆られたという後日談は、まあ蛇足だろう。
▫▫▫▫▫
「そろそろ第四の異能に目覚めるかな? じゃあちょっと、追い詰めてみようか」
青年ヒャカと少女ロル。彼らの心は少しずつ溶け合っていた。そんな二人を切り裂くような暗雲が、立ちこめようとしていた。