カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について 作:コイントスは先行が良い
――ボクがカードゲームというものに触れたのは、とあるアニメが切っ掛けとなった。見始めた理由も、別アニメの後番組というどうでも良いようなもの。
しかし、当時はまだ純粋な少年であった自分は、高クオリティなCGで描かれた多種多様なモンスターや、魅力的なキャラクター達、緊迫したストーリーに完全に虜になっていた。
特に、ボクのハートをがっちりと掴んだのは、一枚のモンスターカード。劇中でのそのカードの活躍がお気に召したボクは、しつこく両親にねだることで次の誕生日プレゼントとしてそれを手に入れることができた。
丁寧な包装をおっかなびっくりな手つきで剥がし、震えて若干汗ばんだ掌に収まるそのカードに、興奮と感動を覚えたのは今でも昨日のように思い出せる。
とはいえ、一枚のカードだけでは対戦はできない。とにかく安価で強そうなカードを探したり、これまたアニメでの同キャラクターが使っていたカードを集めたりと苦心し、何とかデッキと呼べるものを作り上げることができた。
今見ればシナジーも碌にない紙束としか言えない代物でも、友達の家や公園のベンチの上と場所を選ばずに、和気あいあいと盛り上がれたものだ。
それは学年が上がり、年齢相応な頭脳や知識を身につけても変わらず、より一層深みへとのめり込んでいった。
そんなボクの
それは、ボクの
たとえ言葉を交わせなくとも、ボクと『彼女』はずっと共にいたのだ。初めて出会った時から、今こうして
霞む視界の中で、流れ出ていく真っ赤な液体に厳重にスリーブに仕舞われた『彼女』が汚れていないことに安堵する。
こうなってしまった前後の記憶は曖昧だが、『彼女』が無事であるならば何の問題もない。ああ、一つだけ心残りがあった。
もう既に碌に力の入らない右手を『彼女』に差し伸ばそうとする。――ずっと一緒にいるっていう約束を破ってごめん。……もっと遊びたかったなあ。
今際の際に抱いた願いは言葉になることはなく、その代わりに吐き出されたのは血の塊と掠れた空気だけ。後悔とそれを上回る冷たさに体と心を支配されながら、ボクの意識は闇へと落ちていく――。
◆
――というのが、『前世』における最期の記憶だった。次に意識を取り戻したボクは、『前世』とよく似た――だけど、決定的なものが異なる世界へと生まれ落ちていた。
その『違い』とは、ボクの性別が男から女に変わっていた――ことではない。その程度のこと、今世での記憶と数年間もの時間があれば、嫌でも慣れてしまう。
今では何の違和感もなく、日常生活を送っている。
なら、肝心の『前世』と今世との最大の『相違点』というのは――カードゲームでの勝敗が全てを支配するというもの。
幼い頃に見たホビーアニメのような世界観であった。ちなみに、流行っているカードゲームはボクが『前世』でどハマりしたものと同じだった。流石に、アニメそのものの世界に転生した訳ではないようだが。
……それはともかくとして、この世界でならボクはまた『彼女』と共に戦えるのだ。記憶が戻った直後は、そう思って喜んだ。『前世』で自分が命を落としたことが些細な出来事と割り切れるぐらいには。
だが、ボクは当たり前の事実を理解していなかった。ボクが『前世』から持ち越すことができたのは、あくまでも記憶だけ。
当然ながら、『彼女』を含めたカードの全てを『前世』に置き去りにしてしまった。大いに取り乱し、一時は自ら命を絶つことも考えた。そうすれば、もう一度『彼女』に会える気がして。
まあ結局はそうはならず、紆余曲折を経て『彼女』と再会し、再び一緒の生活を――『前世』以上に密着した生活を送っている。
『彼女』と再会した経緯……とは言っても、そんな大層なイベントがあった訳じゃない。ダメ元で『前世』のコンビニや歯科よりも多く建っているカードショップを片っ端から突撃し、店の隅から隅まで虱潰しに探していく途中。棚の奥で埃を被りかけていた『彼女』を見つけ出しただけ。
たった、それだけのことだ。強いて挙げるとしたら、そのカードが単なる同名カードではなく、『前世』で共にいた『彼女』そのものであると絶対的な確信があったこと……ぐらいだろうか。
転生した事実があるのだ、何が起きても別に不思議でもない。
今はただ、『彼女』と再び共にいられる。偶に遊戯に励む。『前世』では普通のことであった営みが、何よりも幸福に感じられる。
……だが、一つだけこれ以上の贅沢を言っても良いのならば、ざらついた紙の感触ではなく、生きた『彼女』の温もりを直接感じつつ、言葉を交わしてみたい。
あわよくば、『彼女』もボクと同じような気持ちを抱いていてほしい。
転生という非科学な現象を一度は経験したのだ。そう願う程度のことは、『彼女』もきっと許してくれるだろう。――ねえ、――――――?
◆
――『レゾナンス・バトル』。世界中で大人から子供、老若男女問わずに大流行しているカードゲームの名称である。
しかし、それだけであるのなら、大多数の遊戯の内の一つで終わっていただろう。このカードゲームの最大特徴は、
勝者は敗者に何をしたって良い。敗者はどんな理不尽な要求であったとしても、勝者には従わなければならない。
もちろん、そんな過激な思想を持つのは、一部であり、それ以外の大多数の人達によって秩序や規律は保たれている。
至って、平和な世界だ。
「――あらあら、威勢の良い啖呵を切って挑んできたというのに、この程度ですの? 全く時間の無駄でしたわ」
「くっ……!」
「流石ですわっ! レイカ様!」
「当たり前のことを褒めたって、何も出ませんわよ」
勝ち誇った笑みを浮かべるお嬢様然とした少女と、その取り巻きと思わしき数人の少女達。
そんな彼女達とは対照的に、地面に散らばった山札の海の中で、悔しげに睨む一人の少女――
この光景こそが、残酷なまでに厳しい現実の縮図である。
――現在の状況に至ったのは、私の無謀な正義心が全ての始まりだった。
――九条院レイカ。名家・九条院家のご令嬢。学業も優秀で、容姿も整っている男女問わず魅了する高嶺の花。バトルの実力も並のプロ顔負けの凄腕。
一般市民にしか過ぎない私と彼女の関係性など、精々同じ中学校に通っている程度しかなく、クラスも違う私では話しかける機会さえ与えられない。
本来であったら、卒業後も含めて交わることのなかったはずの私達の人生。だが、その前提は私が彼女の『秘密』を不意に目撃してしまったことで崩されてしまった。
品行方正で生徒や教師、他の保護者の人達にも評判の良い九条院さんの『裏の顔』。人が滅多に近寄らない、常に日当たりの悪い校舎の裏手側。そのせいで、どこかじめじめと湿気が溜まっており、余計に人の足が遠のく空間。
そこに大人しそうで逆らうことができなさそうな女子生徒を連れ込み、取り巻きを含めた数人で取り囲んでいた。
しばらく何かを一方的に話した後、女子生徒と九条院さんという対戦カードで半ば強制的にバトルが始められる。しかし、案の定と言うべきか数ターンもかからずに、女子生徒の敗北に終わった。
九条院さんはニヤニヤと嘲笑の類の笑みを浮かべていて、負けた女子生徒に何かを言っている。その彼女は、目を涙で潤ませながら体を小さく屈め、両手で何かを大事そうに庇っていた。
取り巻きの一人が、その彼女の態度に苛ついたのか、単に周りの空気に呑まれてヒートアップしたのか、守っている物を強引に暴き、奪い取ろうとしていたのだ。
女子生徒は必死に抵抗を試みようとしていたが、多勢に無勢であっさりと隠していた一枚のカードを奪われてしまう。
とうとう我慢できなかった私は九条院さん達の前に飛び出し、女子生徒のカードを返してもらうことを条件にバトルを挑んだ。
私が敗北した時の代償は、私自身の一番大切なカードを差し出すこと。
義憤を燃えたぎらせ――その結果が、冒頭の状況に繋がる。
九条院さんに私のような並の域を出ない人間が挑んだ所で、勝てはしないだろうと、頭の冷静な部分ではどこか理解していた。
だが、それでも黙っていることはできず、体が考えるよりも先に動いていたのだ。結局はミイラ取りがミイラになっただけだが。
「……さて、約束は忘れていませんわよね? バトルに負けた場合、貴女の大切なカードを一つ、
地面に倒れ込んでいる私を見下ろし、そう促してくる九条院さん。
優等生の仮面の『裏側』に、このような残虐な本性が潜んでいたとは。接点がほぼなかったとはいえ、そんな噂を聞いたことは一度たりともない。
実際に目にすることがなければ、他人が言ったとしても信じることはなかっただろう。
密かに抱いていた尊敬や憧れの念が一気に反転し、怒りの感情へと変じる。私が咄嗟に飛び出せたのも、それが関係していたのかもしれない。
そう冷静に分析した所で、この絶望的にピンチな状況を打開する為の手がかりにすらならない。
「ご、ごめんなさい……! 私のせいで無関係な貴女まで……!」
駆け寄ってきてくれた女子生徒が、私の背中を支えながら涙声で謝ってくる。それを支えにしつつ、私は軽く彼女の方に頭を向けて言った。
「気にしないで……私が勝手に首を突っ込んだだけだから」
「で、でも……」
尚も謝罪の言葉を続けようとする女子生徒に、「――大丈夫」と短く、されど力強く宣言した。彼女は取りあえずは納得してくれたのか、開きかけていた口を閉じ静かに頷く。
(……そうは言ったけど、一体どうしよう)
助けるつもりが私自身も負けてしまっている現状、穏便に事を済ませようとするなら、大人しく条件を呑んで女子生徒共々カードを引き渡すのが最善だろう――そういった理不尽が嫌いでもあるから、私は九条院さんに楯突いたはずだ。
――まだ、私の心は折れていない。まだ、完全に屈した訳ではない。その思いに呼応するかのように、地面に散らばったカード内の一枚が淡い光を発し始めた。
それと同時に、脳内に直接語りかけてくるような声が響いてくる。
『――――――。――――――』
音全体にノイズがかかっており、肝心の内容は全然理解できなかったが、一つだけ伝わったことがある。『――頑張って下さい、マスター』と。
明らかに異様な現象であるはずなのに、私以外の人間は何の反応も示さない。もしかしたら私にだけみえていないのか、それとも単なる幻覚の類か。
いや、たとえどちらであったとしても、もう一度奮起する為の勇気をくれたのだ。感謝することがあっても、無碍にする理由はない。
それに応えるべく、震える足に力を入れて立ち上がり、九条院さんの目を見据える。
「――九条院さん。もう一度だけ、バトルをしてもらっても良い? それで私が勝ったら、この場でのことはなかったことにして。
もしも乗ってくれるなら、一枚と言わず私の持っているカードを全部あげても良いし……今後貴女の言うことは何にだって聞いてあげる」
私の勝手な言い分に取り巻きの一人が、荒々しく「ああっ? お前は負けたんだから、大人しく――」と言い終わる前に、九条院さんが右手を上げて制止する。
「――その発言の意味を分かっているのかしら? そもそも私は貴女と後ろにいる彼女にバトルで一度は勝っている。
事前に取り決めもしていました。一つぐらい素直に私の要望に応じていただきたいのですが……まあ、良いでしょう」
九条院さんはそこで言葉を一旦区切ると、若干ふらつく私を足元から頭の先まで舐め回すように見つめてくる。その視線に、何故か先ほどまでとは少し異なるものが含まれているのか、背筋に寒気が走る。
「――立場を分からせるというのも、上に立つ者としての責務。物分かりが悪い貴女にも理解できるよう、根気よく付き合ってあげますわ。……中々、躾甲斐がありそうですし。さあ、さっさとカードを拾ってバトルの準備をして下さいまし」
……それでも私はここで退く訳にはいかない。幻聴であったとしても、何故かあの『声』を裏切りたくはなかった。
なるべく迅速にカードを拾い集めようとすると――沈黙を保っていた女子生徒が同じように腰を屈めて手伝おうとしてくれる。
「……このぐらいはさせて下さい。元々は私の問題なのですから」
「……ありがとう」
「いえ」
考えていたよりも少しだけ早く拾い集めると、私は九条院さんに「終わったよ」とぶっきらぼうに言う。それに優雅でありながら、嗜虐的な捕食者の笑みを浮かべたまま、九条院さんは「分かりました」と応じた。
お互いに距離を取り、それぞれの後方に観戦者は固まる。右腕に取り付けている腕輪型のデバイス――『レゾナンス・ギア』を再起動させる。
慣れた手つきで操作をし、専用の『バトルフィールド』が半径数メートルに渡って展開されていく。
まさに「どこでも、いつでもバトルが可能」といううたい文句に恥じない機能の一つだ。
「では、ルールは先ほど同様のもので? 別に私はハンデを付けていただいても構いませんが?」
「そんなものは要らないわ。今度は絶対に勝つから」
「それはそれは……その自信がいつまで保つか楽しみにしておきますわ」
明らかな挑発を飛ばしてくる九条院さん。それに不敵に笑って返してみせる私。『バトルフィールド』の展開が完了し、二度目の……私の今後の人生の全てを賭けた決闘の成立が告げられようとする直前――「その勝負、ちょっと待って」と小さく透き通る声によって遮られた。
だが、今さっきの声に私は一切の聞き覚えがなく、ましてや九条院さんやその取り巻き達、私の後ろにいる女子生徒のものでもなかった。
では、一体誰が? この場にいる全員が同様の疑問を抱いたのだろう。自然と皆んなの視線が、声のした方向に向けられる。――そこにいたのは、私達よりも数歳以上年が下であろう背丈の低い少女だった。
他の人達からはどう見えているかは分からないが、私の目にはどうしても彼女が異質に映る。まるで、警告を発するかのようにデッキの中の一枚が熱を帯び始めた気がした。
「――その勝負、良かったら
――けれど、その少女の瞳はどこか寂しげな色が浮かんでいるように感じられた。
◆
――この子達、剣呑な雰囲気だけど……何かあったのかな? お嬢様っぽい子が他の子達のカードを盗ろうとしているのか。流石に見過ごせないね。頑張ろっか、――――――。
ボクのその問いかけに、当然ながら『彼女』は答えてくれない。
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