カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について 作:コイントスは先行が良い
――市立・星辰学園。私達が通っている、ごく普通の小中高一貫校。『レゾナンス・バトル』関係の教育に力を入れているという点に目を瞑ればだが。
乱入者の少女の着ている制服から、彼女が初等部の生徒であることが分かる。正確な学年までは推測できない。
少女の登場に真っ先に反応をしたのは、意外にも取り巻きの一人。彼女は少女に対して、「さっさと向こうに行きなさい、遊びじゃないの」と軽く威圧する。
だが、少女は動じた素振りは一切見せずに、むしろより近づいてくる。止めようとした者もいたが、何かに気圧されたかのように途中で足を竦ませていた。
最終的に少女は何の妨害もなく、私と九条院さんの間に割り込むように立つ。
近くで見えた少女の顔立ちは、最初の印象以上に幼く見えた。腰までは届かない程度の癖っ毛な黒髪が風で揺られ、淀んだ蒼色の瞳が私と九条院さんの間を行き来する。
しばらくの間、耳障りな静寂が辺りを支配した。そして、その静けさを一番最初に破ったのも、黒髪の少女であった。
ウンウンと一人で納得した様子を見せると、彼女は顔を九条院さんの方へ。その小さな背中を私の方へと向けた。
「ボクの見た限りだと、お姉さん達がこっちのお姉さん達を虐めて、無理やりにカードを奪おうとした……そういう解釈で間違ってない?」
私と九条院さんの両方に確認するように、声を発する少女。九条院さんは先ほどまでの敵対的な笑みを引っ込め、ご令嬢らしい高貴な微笑みを浮かべ忠告を促す。
「……たとえそうだったとして、初等部の貴女には関係はないでしょう? 他の方も仰ってましたが、今すぐにでも引き返せば先ほどの発言も聞かなかったことしてあげます。流石の私も、何の理由もなく歳下の子供を甚振ったりはしたら良心が痛みますわ」
九条院さんの発言に、私は思わず口を挟んでしまう。
「どの口が言うんだか……」
「黙っていて下さい。今私が話しているのは彼女であって、貴女ではありませんわ。……それで、どうしますか?」
私の言葉を一蹴し、九条院さんはその矛先を少女の方に向け直す。
「うーん……それだったら、
少女は尚も去ることはなく、徐に懐から一枚のカードを取り出す。私の立ち位置で見えたのは、そのカードの裏側だけ。
何の変哲もないカードに過ぎない――そのはずなのに、視界に捉えた瞬間、鳥肌が立つ。背筋を冷たい汗が伝った。本能やデッキのカードが警鐘を鳴らしてくる。
私でさえそんな反応であるのだ、案の定と言うべきか九条院さんもそのカードを見た途端に、それまで崩れることのなかった笑みに揺らぎが生じる。
だが、それを塗り潰す程の歓喜が浮かんでいた。目の色が変わってしまっていた。
私が感じている『違和感』よりも、そのカードの『価値』や『希少性』に惹かれた――魅入られてしまったかのように。
「……良いでしょう。私でも見たことのないそのカードなら、
「そんな必要はないよ? ……だって、ボクと『彼女』は今度こそずっと一緒にいないといけないんだから」
意味深長な台詞を九条院さんは気にした様子はなく、私を無視をして『レゾナンス・ギア』の設定をいじり直す。対戦相手を少女に変更する為に。
もちろん、それを私が看過できることではない。九条院さんに……そして何より少女にそのことを告げ、元通りの対戦カードを組んでもらおうと声を発しようとしたけれど――それを咎めるように、あの『声』がどこからともなく聞こえてきた。
『――スター! マスターっ!?』
「だ、誰っ!?」
咄嗟に返事をし、周囲を見渡すがそれらしき人物はいない。元からいるメンバーの視線や注意は、ほぼあの少女に注がれている。
そのせいで突然の私の奇行に気づいたのは、私以外には庇った女子生徒だけだった。申し訳ないことに心配をして声をかけてくれたので、「な、何でもいから!」と無難に返事をしておく。
彼女の不安げな瞳の色は変わらなかったが。
「何だったの……今のは」
そうボヤいたと思ったら、また同じ『声』がする――いや、私の脳内に直接響いてきていたのだ。
「……幻聴? それよりも今は――」
『後で詳しいことは説明しますので、あの少女とカードに近づいてはいけませ――』
途切れる謎の『声』の力強い主張に、出かかっていた言葉や体が躊躇いを示してしまう。それはほんの一瞬の出来事ではあるが、致命的な隙となる。
その間に、正式に九条院さんと少女のバトルが成立してしまう。気がつけば、謎の『声』は聞こえなくなっていた。
――『バトルフィールド』。超最先端の科学力や技術の結晶たる『レゾナンス・ギア』によって展開される特殊な対戦空間。
周囲数メートルに張られたそれは、観戦者としてその内部にいた私達をも巻き込んだ。
今回のプレイヤーである九条院さんと少女の正面には、対戦台――カードを置くための各種ゾーンが光によって表示され、二人の間には透明なディスプレイが浮かび上がる。
彼女達は、その定められた一角に己の武器とも言えるデッキを置き、初期手札の五枚のカードを引く。
先行、後攻はランダムに決められる――抽選の結果、先行を取ったのは例の少女であった。
「よーし、じゃあボクのターンからね」
少女は場の空気にそぐわない明るい声色で、山札からカードをドロー――をすることはない。最初のターンプレイヤーは、ドローを行うことはできないのだ。
彼女は右手に握られた初期手札を数秒間眺めた後、顔を思いっ切り上げたと思ったら、「ターンエンド!」と宣言をした。
ただ単に手札
私と同じようなことを対峙している九条院さんを含め――いや、むしろ彼女本人が少女のプレイに驚愕の表情を一瞬浮かべた後、それを険しいものへと変える。
「……貴女、私のことを舐めているんですの?」
もしも本当にそうだとしたら、九条院さんとしては大変屈辱的な行為だろう。少女の真意を尋ねるべく、低い声で問いかける。
その質問に答える少女は「酷いなあ、そんなつもりは全くないんだけど」と不服そうな表情になった。
「……でしたら、その態度はお止めになった方がよろしいかと」
「ご忠告、感謝するよ」
「では、次は私のターンですわ……ドロー」
計六枚となった手札をしばらく吟味した後、九条院さんはその内の一枚をたおやかな手つきで透明なディスプレイへと置いた。
「でしたら、貴女の場ががら空きの間に一気に攻めさせてもらいますわ。『
白銀の鎧を纏った小柄の騎士が、九条院さんの前へと跪くような形で現れる。突然の騎士の出現に、九条院さんを始めとしてこの場の誰も驚いた様子を見せない。
このような光景は、私達カードバトラーには見慣れたもの。『レゾナンス・ギア』の機能の一つである立体映像だ。当然ながらダメージのフィードバックなんて危険性は一切ない、完全な安全仕様となっている。
続けて、九条院さんは別のカードを台へ置き、宣言する。
「『共鳴力』を二点消費し、コスト二の『マジック』カード《援軍》を発動――《援軍》の効果により、デッキから二体目の《白銀の従騎士》を特殊召喚」
通常では一ターンに召喚可能なユニットの数は一体。その基本的な法則を《マジック》カードを用いることで、あっさりと歪めてしまう。
二体目の白銀の騎士が、優美に参上した。
「――貴女のフィールドはがら空き。最初に召喚した《白銀の従騎士》で直接攻撃させてもらいますわ」
主君の命令に従い、一体の白銀の騎士が腰に差した剣を抜刀する。虚像とは分かっていても、光を反射して銀色に煌めく剣の切っ先を向けられたと思うと、足が僅かに震えてしまう。
鎧が鳴らす重い金属音がリアルに響き、目にも止まらぬ速さで少女に対して一閃を振るう。思わず、私の隣で見守っていた女子生徒は目を瞑ってしまう。
それでも少女は瞬きすらすることもなく、その一撃を無抵抗に受け入れた。
「――引き続き、二体目の《白銀の従騎士》直接攻撃」
先ほどと同じような光景が繰り返され、少女の
それが面白く思わなかったのか、九条院さんは不満げな空気を漂わせていた。
「ターンエンドですわ」
「じゃあ、ボクのターン。ドロー! ……ターンエンドで」
「またですか……。そっちがそのつもりでしたら、その油断や怠慢を突かせてもらいますよ」
二ターン目に突入するも、少女は勢い良くデッキからカードをドローするだけで、今度は手札を軽く見ることすらせずにターンの終了を告げた。
そこで、あの少女以外の全員が察した。どのような意図があったとしても、少なくとも手札が悪いから何もしないというプレイではないということを。
あからさまな挑発に思えるプレイングも、二度目となれば九条院さんには効かないようだ。淡々とデッキから一枚ドローをし、自らの盤面を整えていく。
「『共鳴力』を一点消費、一体の《白銀の従騎士》をコストの代用とし、コスト二《白銀の騎士団長》を召喚。さらにコスト三の『マジック』カード《騎士団召集》を発動――」
先ほど呼び出された《白銀の騎士団長》が剣を引き抜き、天高く掲げ号令をかける。それに従い、九条院さんのデッキ、手札という非公開領域から《白銀》の名を冠する騎士達が続々と集う。
総数はフィールド上に存在できる上限の五体。しかし、九条院さんのターンはまだ終わらない。
「――ここからが、私の騎士団の本領発揮ですわ。――このカードを特殊召喚する場合、《白銀》と名のつく三体のユニットをコストにしなければならない。その条件に従い、コスト五の《白銀の戦乙女エリシア》を特殊召喚します」
《騎士団召集》の効果に召喚された三体の騎士、彼らは何の不平不満を唱えることはなく、その身を主の勝利の為に躊躇なく捧げる。
彼らの姿が銀色の光の粒として綺麗に溶けて消えていく中、その中心から一人の人物――他の騎士達と同様の鎧に身を包む銀の戦乙女が顕現した。
唯一の違いは、頭を兜で隠しておらず、その美しい
そして、そんな戦乙女の姿を私が見るのは二度目になる。一度目のそれは、ほんの少し前――私が九条院さんとバトルをしていた時。その際に私に止めを刺してきたのが、彼女の切り札であるあのカードだった。
だが、立体映像として現れた白銀の戦乙女は、先ほどとはどこか違って見える。彼女の九条院さんを見つめる目には、複雑な感情を内包しながらも確かな慈愛が込められていたのだから。
何度目を擦ったり、瞬きをしてみても変わることはない。作り物の虚像には思えなかった。
けれど、同じような感想を抱いたのは私だけらしい。他の観戦者はもちろんのこと、担い手である九条院さんすら彼女からの視線に気づいた様子はない。
大事には扱ってはいるが、それは盤上の駒としてのもの。そのすれ違いのように見える錯覚が、私にはとても悲しいものに思えてしまった。理由や原因は、肝心の私にも分からないが。
「――さあ、
九条院さんの言葉に連動するように、《白銀の騎士団長》の代わりに今度は《白銀の戦乙女エリシア》が純白の聖旗を堂々と振り上げる。
それを合図とし、一斉に『白銀の騎士団』達は主の敵の下へと殺到した。
「ふふっ」
連続で直接攻撃をされる少女。特に《白銀の戦乙女エリシア》は九条院さんに向けていた優しげな眼差しを引っ込め、敵対な厳しい目線や生々しい殺気を纏いながら銀色の一閃を見舞う。
それすらも、不気味とも取れる小さな笑い声を漏らすのみに終わるが。けれど、確実に少女のライフを削っていた。
彼女の余裕そうな態度とは裏腹に、風前の灯火。次の九条院さんのターンで、決着がつく。誰がどう見ても分かる状況であった。
「さて、私はこれにてターンを終了。サレンダーするのなら、今の内ですわよ?」
善意からか意趣返しなのか、すっかりと調子を取り戻した九条院さんは強気な笑みを向ける。それを無視し、少女は静かにデッキからカードを引き、それを一瞥し――纏う空気が変わる。狩られる側から狩る側へと。
「よーし、じゃあ次はボクの番だねぇ」
少女の口角が歪に上がる。対して、九条院さんは表情こそ変わらないものの無意識だろうか、一歩足を後ろに退いていた。
そんな主君を庇うかのように、《白銀の戦乙女エリシア》はそっと前に立つ。
それに構わず、手に取った一枚のカードの召喚条件を淡々と読み上げていく。
「――このカードを召喚できない。特殊召喚する場合、自分のLPが初期値10000の半分以下でなければならず、手札にあるこのカード以外の《魔女》の名称が付いたカードを3枚選び、『
――コスト七《契約喰らいの魔女パンドーラー》を特殊召喚。ようやく出番だよ、パンドーラー」
少女が感慨に満ちた声でそう呟いた瞬間――それに重なるようにして、別の『声』がした。私のデッキから聞こえてきた『声』とは違う。全く別の、恐ろしい何か――。
『――待ちくたびれましたよ、私の可愛い可愛い――』
フィールド上に、一つの漆黒が形成される。それは十三歳から十五歳くらいに見える少女の形を模していた。
白い肌とは対照的な、《魔女》という肩書きに恥じない黒色のローブ。腰まで届く、くすんだ金髪。頭から被られた黒のヴェールの隙間から覗く、青紫色の瞳や常人の域を外れた美しい容貌。そこから繰り出される、絶対零度の無表情。
それでいて、時折少女に向ける表情は不気味なぐらいに甘い笑顔。
その中で何よりも目を惹かれてしまったのは、大事に大事に両手で抱えられた黒い小さな『箱』。何の変哲もない見た目であるのに、寒気が収まらない。
悪い意味で、九条院さんの《白銀の戦乙女エリシア》と同じように立体映像とは思えなかった。
そのことを事前に知っていなければ、『箱』を除けば取り込まれてしまいそうな魅了があった。たとえカードの状態であったとしても、九条院さんが欲しがるのは無理もないだろうと自然と納得させられた。
――私も欲しいなぁ。そんな不純な欲望が鎌首をもたげた途端、熱を放つ私のカードによって正気が保たれる。霧が晴れたように、先ほどまでの執着は消え去っていた。感謝を述べる代わりに、そっと右手を添えた。
しかし、冷静であるのは私と九条院さんだけのようで、周りの観戦者達は大なり小なり恐慌状態に陥っている。最低でも隣にいる女子生徒を落ち着かせようと声をかけ――ようとして、私の意識はバトルの方に向かせられていた。
少女は純黒の魔女に寂しげに一瞬だけ微笑むと、プレイヤーとしての顔に戻す。
「――《契約喰らいの魔女パンドーラー》の効果を発動。一ターンに一度、相手のフィールド上のユニットを一体選び、そのユニットを破壊する……ボクが選択するのは《白銀の戦乙女エリシア》」
「なっ……! エリシアっ!?」
少女が指を差したのは、銀髪の戦乙女。彼女は表情をより一層険しくするものの、破壊耐性を有していない。必死に抵抗するが、純黒の魔女が無造作に放った『箱』に吸い込まれるように消えていき――だが、その行先は『
「――残念だけど、まだ効果の続きがあるよ。破壊したユニットを無条件でボクのフィールド上に特殊召喚できる」
いつの間にか魔女の手元に戻っていた『箱』が、再び開く。そこから出てきたのは、特大の――九条院さんにとっての『絶望』の具現化。
彼女のエースユニットである《白銀の戦乙女エリシア》が、先ほどまでとは異なり、虚ろな瞳で剣の切っ先を元主の方へと向けていた。
◆
――これから反撃開始だね、パンドーラー。
当然のように、『彼女』からの返事はない。