カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について   作:コイントスは先行が良い

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第三話 戦乙女は魔女の手に堕ちる

 

 

 ――私(わたくし)、九条院レイカは完璧でなければならない。

 

 

 九条院家は誰もが知る名家。単純に資産が膨大にあるという訳ではなく、その血筋の多くの人間が様々な分野で活躍し、大きな成功を収めている。

 九条院家の末席に生を受けた私も、先達に負け劣らない名声を求められた。期待された。

 それに稚心ながらも一生懸命応えようとして――手当たり次第に習い事に手を出した。幸いなことに(不幸なことに)、環境は整っていたから。

 

 

 ピアノ、御琴、茶道、他にも色々と。だが、どれも標準より上の成果は得られても、それ以上の上達は見込めず、器用貧乏にしかならなかった。

 家族を含めた周りの人間は徐々に私に対して期待するのを止め、その度に私は余計に習い事にのめり込み――全ては空回りに終わった。

 気がつけば、誰も近くにはいなくなっており……ぽっきりと心が折れてしまった。

 

 

 自他ともに無能の烙印を押された私は屋敷の自室に引きこもり気味になり、世界に絶望――することはなかった。私の悔しさや悲しみを受け止めてくれる『人』がいてくれたから。

 震える私の体を、何も言わずに優しく包み込んでくれた銀髪(・・)の『お姉さん』。声や顔だけではなく、どのような立場の人であったことすら思い出せない。

 それでも、『彼女』のお陰でもう一度立ち上がろうと決心することができ、誰にでも誇れるような人間になったら『お姉さん』に恩返しがしたいと約束を結ぶ。

 いつの間にか『お姉さん』の姿は、一枚のカードだけを残して部屋からいなくなっていた。けれど、不思議と何れは再会できる予感があり……私にはその事実だけで充分だった。

 

 

 ――そんな私が選んだのは、『レゾナンス・バトル』。『お姉さん』がお守り代わりにくれた一枚のカードを中心に組んだデッキで、戦いの世界に飛び込み、想定以上の頭角を現すことになる。

 九条院家での立場も安定したものとなり、軽蔑や侮蔑ではなく尊敬の視線が向けられるようにもなった。

 

 

 ……だが、いつまで経っても『お姉さん』が会いに来てくれることはない。その原因が、私がまだ『お姉さん』に会うに相応しい人間になれていない。バトルの腕前が足りないと結論づける。

 

 

 ――九条院レイカは完璧でなければならない。『お姉さん』と再び会う為に。もっと強くならないと。

 

 

 しかし、今持っているカードだけでは駄目だ。……だったら、どうする? 答えは簡単、他人からアンティルールでカードを奪ってでもデッキの改良をしていけば良い。

 

 

 壮大な矛盾を孕み、狂った暴挙を日陰に潜み繰り返す日々の中――とある一枚の『カード』に出会う。『アレ』さえあれば、きっと――そう暴走する欲求を抑え込み、いつも通りにバトルに臨んだ結果。私は大いに後悔することになった。……取り返しがつかない程の。

 

 

◆

 

 

 ――生意気にも私(わたくし)にバトルを持ちかけてきた初等部の少女を負かし、『報酬』を頂き自分をより高みへと。『お姉さん』への再会に一歩近づく。

 ほんの少し前までは、そう信じて疑わなかった。だというのに――戦況は私の不利に傾きつつあった。

 

 

 対戦相手である少女が土壇場で呼び出した《契約喰らいの魔女パンドーラー》の効果により、私の切り札であり……一番付き合いの長い、思い入れが深い《白銀の戦乙女エリシア》が奪われてしまっている。

 

 

 ――コントロール奪取。他者のユニットを奪い取り、自らの傀儡に貶める最大の禁忌。数多のプレイヤーからは、蛇蝎の如く忌み嫌われている行為。

 アンティルールとはいえ、今まで他人のカードをエゴで奪ってきた私にはお似合いの罰ではないだろうか。

 それに……とても業腹だが、コントロール奪取はあくまでもユニットの効果、ルールに基づくもの。バトルが終われば、当然カードは私の元に返ってくる。

 

 

(――そんな正論、納得できませんわ……私は)

 

 

 《白銀の戦乙女エリシア》は私にとって、『お姉さん』が預けてくれた大事なもの――正確には両親からのプレゼントだが――であり、どこか『彼女』の面影を感じられる唯一の縁(よすが)。

 たとえルール上問題ない行為とはいえ、それを目の前で奪われたことで、今まで作り上げてきた完璧な『九条院レイカ』の仮面が剥げ落ちていく。心が悲鳴を上げそうになる。

 

 

 これまで、私の犠牲者になった子達も同じ――いいや、もっと辛く、絶望したに違いない。そんな当たり前の現実を今さらになり突きつけられる。

 また、私の過去を『お姉さん』に知られたら『彼女』は幻滅するだろう。

 でも、でも。私は他者から奪う行為をもう止めることはできない。『お姉さん』とまた会えるその日まで。

 

 

 重たい頭を持ち上げ、歪む視界で対面を見やる。そこには、私に剣を向ける目が虚ろな銀髪の戦乙女と、彼女の顎の下に手をやり見せびらかすように邪悪に微笑む魔女の姿があった。

 その光景が『レゾナンス・ギア』による虚構であることは頭では理解しているはずなのに、受け止め切れず、視界のブレが一層酷くなる。

 周りの音もノイズ混じりになる中――何故か対戦相手である少女の声ははっきりと聞こえてくる。

 

 

「ふむふむ……中々良い効果をしているねぇ。君のエースカード。早速使わせてもらうね――まずは《白銀の戦乙女エリシア》で、《白銀の従騎士》を攻撃」

 

 

 魔女は手を引っ込め、戦乙女の後ろに回り込む。まるで自分こそが騎士に守られるか弱い姫という顔をし、戦乙女の耳元で何かを囁く。

 それを聞いた戦乙女は、大きく跳躍し自らの部下であった一人の騎士の眼前に躍り出た。兜を被った状態であったとしても、彼または彼女の困惑を隠せてはいない。

 明らかに正気を失っている戦乙女に、剣を向けることを躊躇っていた。

 だが、魔女に魅入られた哀れな傀儡にそんな心情や理屈は通用しない。

 

 

 一切の躊躇なく振るわれた銀色の一閃は、《白銀の従騎士》の体を切り裂き――霧のようにかき消えた。しかし、そこで悲劇は終わらない。

 その理由は私がよく知っている――。

 

 

「――このタイミングで、《白銀の戦乙女エリシア》の効果を発動。このユニットが戦闘で相手のユニットを破壊した場合、連続攻撃が可能となる。ボクが次に攻撃対象に選ぶのは《白銀の騎士団長》」

 

 

 少女の手によって、次の犠牲者の名が告げられる。惨劇が起こる直前に、少女は思い出したように『補足』を行う。

 

 

「ああ、そうそう。お姉さんは知っているだろうけど、一応言っておくね。《白銀の戦乙女エリシア》のこの効果には、ターン制限がないから」

 

 

 私にとっては既知の事実でしかないが。だからと言って、これからの未来は変わらない。再び剣撃が振るわれ――一体のユニットが破壊される。

 それを繰り返すこと三度。その果てに、私のフィールド上は空っぽになっていた(騎士団は壊滅していた)。唯一の生存者たる戦乙女も、今や魔女の手の内。

 そして、最後の一回分の攻撃の対象に選ばれるのは――当然の如く私だ。

 

 

「――《白銀の戦乙女エリシア》で直接攻撃」

 

 

 気がつけば、私の目の前には戦乙女が立っていた。虚像の感情を映さない瞳が私を射抜く。剣がゆっくりと振り上げられ、風を切る音がしたと思った次の瞬間には私のライフは大きく減っていた。

 先までの連続攻撃の余波も合わさり、ライフは危険域に達していた。

 

 

「続けて、《契約喰らいの魔女パンドーラー》で直接攻撃……と言いたいんだけど、効果を使ったターンはこのユニットは攻撃はできない。命拾いしたねぇ、ターンエンド」

 

 

 そうこちらを小馬鹿にしたように、くすくすと笑う少女。辛うじて次のターンを迎えることはできたが、フィールドは焼け野原の上に、手札も前の自分のターンの展開で使い切っている。

 震える手つきで、「……私のターン、ドロー」と山札のトップから一枚カードを捲る。しかし、そのカードはこの圧倒的に不利な状況を覆すことのできるものではなかった。

 

 

「……ターンエンド」

 

 

 掠れた小さな声で、そう呟くだけで精一杯だった。少女は流れるようにドローを行い、そのまま戦闘に移行する。

 

 

「じゃあ、これで止めだね。――《白銀の戦乙女エリシア》で直接攻撃」

 

 

 意識を保っていられたのは、そこまでだった。まやかしに過ぎないはずの《エリシア》の表情も、魔女の嘲笑も。逆に現実のものである少女の言葉や周囲の音も、私には届かなかった。

 

 

◆

 

 

 ――ピィィィン……。『レゾナンス・ギア』から響き渡る、無機質な電子音。それは勝敗の決着を告げる無慈悲な合図。

 そして、今回の勝者と敗者は誰の目で見ても一目瞭然であった。

 地面に持っていたカードを落としながら、膝から倒れ伏す九条院さん。その他のカードも一緒に散らばってしまう。

 私と対戦した時には、物量とタクティクスを披露し、圧倒してきた凄みは今の彼女からは感じられない。

 切り札である《白銀の戦乙女エリシア》のコントロールを奪われてから、明らかに本調子ではなかった。ルール上問題ないとはいえ、他人のカードを利用するコントロール奪取というプレイングは忌避される傾向にある。

 

 

 アンティルールでカードを弱者から奪い取るような非道な真似をしていた九条院さんであっても、自らの切り札を他者に扱われるのは堪えるらしい。

 だったら、初めから人にされて嫌なことはするなという話に帰結するのだが……。それを差し引いても、あのカードに相当な思い入れがあるように見えた。

 例えば、私の『あの子』のように――。私は無意識の内に、デッキに触れていた。

 謎の『声』を始めとした不可解な現象が多発したバトルではあったが、それらについて追求するのは後回しだ。

 

 

 今は九条院さんに、女子生徒から無理やりに盗ったカードを返却してもらう為に詰め寄ろうとした。ちなみに、取り巻き達はバトルが終了し、『バトルフィールド』が解除された段階で捨て台詞を吐く暇もなく、全員逃げ出している。

 だが、私よりも先に対戦相手であった少女が呆然自失な九条院さんにゆっくりと近づくと屈み込み、彼女の周りに散らばっていたカードの上で視線を彷徨わせ始める。

 いきなりの行動に、私の足が止まってしまう。そうしている間に、用事は済んだのか少女は立ち上がる。その片手には、一枚のカードが握られていた。

 散らかっていた九条院さんのカードは綺麗に一纏めにされており、少女の持ち物らしき広げられたハンカチの上に丁寧に置かれている。

 

 

 拾ったカードを持ったまま、今度は私達の方へと寄ってくる。少女に若干の警戒の視線を送っていると、彼女は短い腕を精一杯に伸ばしカードを差し出してきた。

 

 

「はい、これ。お姉さん達のどっちかのカードでしょ?」

 

 

 思いがけない少女の言葉に私は肩透かしを食らうも、同時に彼女に対して申し訳ない感情を抱いてしまう。バトル中の態度はヒール気味ではあったが、少女の行動は純粋な善意に基づいたものであったのだから。

 様々な面で、歳上の人間として恥ずかしい。

 

 

「そ、それ……私の物です。取り返していただいてありがとうございます……!」

「いいよ、別に。次は気をつけてよー。……大事なカードなら尚更にね。そっちのお姉さんも」

 

 

 差し出されたカードを持ち主である女子生徒が、両腕でぎゅっと胸に抱きしめる。もう二度と離さないといわんばかりに。

 その様子を少女は眩しいものを見るように目を細めた後、小さく微笑んだ。けれど、その瞳には寂寥の色が浮かんでいた。

 

 

 それを隠すように明るい声色で、少女は「ばいばーい、お姉さん達」と早足で立ち去ろうする。何故か彼女をこのまま帰してはいけない。

 そんな確信があり、少女の背に声をかけようとした。女子生徒も別の思惑だろうが、呼び止めようとする。

 しかし、それは叶わなかった。

 

 

 ――キーンコーンカーンコーン。聞き慣れた規則的なチャイムが、逸れかけていた私達を日常に戻す。

 さっきのチャイムはお昼休みの時間の終わりを告げるもの。急いで戻らなければ、次の授業に遅刻してしまう。

 

 

 けれど、どうしても私には放っておけないことが一つある。既に結構な距離が開いてしまった少女――ではない。彼女に関しては、また改めて探してお礼を言えば良いだろう。そう納得させる。

 私の後ろ髪を引くのは、未だに反応がない九条院さんだ。彼女に対して色々と言ってやりたい気分ではあったが、この状態でここに放置しておくのも寝覚めが悪い。

 遅刻覚悟で、有り難いことに女子生徒の手も借りて九条院さんを保健室に運ぶことになった。

 

 

◆

 

 

 ――今日も楽しかったね、パンドーラー。ついでとはいえ、良いこともできたし気分がちょっとだけ良いよ。

 

 

 当然のように、『彼女』から――『うふふ、そうですね。私も楽しかったですよ。新しい『人形』も手に入りましたので』――の返事はない。

 

 

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