カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について 作:コイントスは先行が良い
――運命というものがあるとしたら、『私』にとってはあの邂逅以外あり得ない。
その瞬間のことは、今でもつい数刻前のことのように想起できる。
――始まりは『私』がただのカードに過ぎず、どこぞの店頭の隅に他のカード達と並べられていた頃。『私』を購入したのは、人の良さそうな一人の男性だった。
だが、『私』を購入に至るまでに結構な時間を要した。棚と棚の間を何度も行き来し、いざ立ち止まったと思ったらカードを選ぶ手つきもぎこちない。
最終的には店員に声をかけて、目的の品――『私』の発見に至った。
お店に入ってきた際の不慣れな感じも併せれば、普段からこういう場所には縁がないことが窺えた。だったら、この男性はどういった理由で『私』を買いに来たのだろうか。
そんな疑問がふわふわと浮かんでくるが、正直に言ってどうでも良く、
所詮は人の手で作られた紙切れに過ぎない『私』の末路など、廃棄以外ないだろうから。それが分かっているので過度に悲観することもなく、かと言って何かを期待することもない。一枚のカードとして無意味に消費されよう。
そう思いながら、やけに派手で手間のかかる包装を施され、『私』の視界は束の間の闇にいっぱいとなり、どことも分からない場所へと運ばれていった。
それから体感時間として、二・三日が経過した頃だろうか。購入者である男性の時以上に、おっかなびっくりな手つき。
もしかして包装ごと破かれてしまうのではないか。一抹の不安が過ぎる。捨てられる覚悟はしているとはいえ、流石にこんな早期になるとは誰も想像できないだろう。
と一
包装紙を破き、『私』を取り出したのは一人の『少年』だった。そのまだ幼さの残る顔に、『私』は既視感があった。『私』が目にする人間など、お店の店員達か『私』の前を素通りする客ぐらいのものである。
――いや、一人だけ例外がいた。『私』を買ったあの男性だ。目の前の『少年』にはその面影が感じられる。
それだけの材料があれば、考察は容易い。『私』はこの『少年』の誕生日プレゼントか何かとして贈られたのだろう。
それならば、適当に付き合えば良いだけ。諦観に満ちた心持ちのまま、改めて『私』を両手で優しく持つ『少年』を見た。
――『私』を見つめる、きらきらと輝く汚れの知らない純粋な瞳。年相応な夢や希望に満ちあふれる無垢な表情。
『私』は『少年』の浮かべるそれらにすっかりと虜になっていた。薄っぺらな自分にも、こんなにも熱い感情が秘められていたことに驚愕するも、それすらも心地よい。
――運命というものがあるとしたら、『私』にとってはこの邂逅以外あり得ない。
『――ねぇ、君のお名前は?』
胸の内側から湧き上がる衝動を我慢し切れずに、『私』は『少年』に『声』をかける――が届くことはない。どれだけ熱烈な感情の籠もった言葉を紡ごうとも、囁こうとも『少年』がこっちを向いてくれることはない。
『彼』の目に映るのは、『私』のイラストが載ったカードの方だけ。それはそれで嬉しいのだが、若干――多分に物足りない。
と言っても、『声』が聞こえない『少年』に対して、『私』ができることは皆無に近い。当初の予定通り――それ以上に『私』が『彼』のエースカードとして活躍し、勝利を捧げる。
そして、『私』は『彼』の笑顔が見れてハッピーな気分になれる。
時折、『彼』の方からも語りかけてくれる。相変わらず『私』からの返事には気づかないで、一方的なものであり、話す内容も日常のあれこれやバトルについての感想など、取り留めのないものばかりではあるが、『私』にはどれも興味深いことだった。
だって、『彼』が『私』の為に聞かせてくれるのだから。それ以上に大切なことはないでしょう?
……こんな細やかな幸せな日々が、ずっと続いてほしい。それが『私』が抱いた初めての願い。しかし、世の中そんな上手い話があるはずもない。
――愛しの『彼』が『少年』から、凛々しさを垣間見せる『青年』に差しかかろうしていた時期に、悲劇は起きてしまう。
『彼』が家に一人で留守番をし、二階の自室で『私』を始めとした数十枚のカードを机の上に広げて、デッキの調整で頭を悩ましていた。時間帯は日も沈んで、すっかりと暗くなった頃。
扉の外から聞こえてきた不審な物音に、『彼』が反応し椅子から立ち上がって確認しようとした瞬間――グサッ、と硬いものに鋭利な何かを突き立てるような音が響く。
――え?
それは、『私』と『彼』のどちらの声だったのだろうか。それを認識するよりも先に、『彼』の体が崩れ落ちる。同時に、『彼』の体が机に当たってしまったようで、『私』の視界も百八十度回転してしまう。
突然の浮遊感に目を回し、酔いそうになりながらも
――その結果、腹部にナイフが突き立てられた『彼』を見た。刺さった部分の隙間からは、少量とは言えない程の
あまりの衝撃に、『私』の思考は固まってしまっていた。けれど、状況は『私』を置き去りにして推移していく。全身黒尽くめで、男か女かも不明な下手人は、痛みに喘ぐ『彼』を見下ろしていた。
パーカーのフードを目深に被っており、『私』では下手人の顔を見ることはできない。
――コイツが、コイツが……!
『彼』に対するものとは似て非なる、どす黒い炎のようなものが胸の内を焼き焦がす。
無情にも『私』の憎悪が一片足りたとも伝えることはなく、下手人は床に散らばった
――下手人の目的は、
だが、ごく一部の人間達には金銀財宝と同価値を持つと信じ込んでいる者がいるということは、聞きかじりの知識としては存じていた。
……けれど、まさかそんな狂人の戯言に『彼』が巻き込まれるなんて。
その証明と言わんばかりに、下手人は『彼』の血によって濡れた両手を
『彼』に対する罪悪感と、最愛の『彼』を失ってしまう恐怖がぐちゃぐちゃ混ざり合う。絶望が『私』を支配しようとしてくる。
――嫌だ、嫌だ、いやだ。『私』のせいで。
カードを物色していた下手人の腕が、ついに『私』に迫ろうとした瞬間――その手は阻まれた。一体、誰が? 『彼』だった。
激痛で意識が朦朧としているはずなのに。未だに血が流れ続けているのに、『彼』は『私』に触らせないようにしていた。
下手人の足を掴み、その歩みを妨害する。
そんな『彼』を鬱陶しく思ったのだろう、下手人は『彼』を押しのけようとさらに追い打ちをかける。何と、突き刺さったままの刃物をより深く押し込んだ。流れ出る血の勢いが加速した。
「があっ――――――!?」
言葉になり切らない悲鳴が部屋中――夜の閑静な住宅街に響き渡る。少し遅れて、辺りが騒々しくなり始めた。それに気づいた下手人は舌打ちを鳴らし、ダメ押しと言わんばかりに腹部に蹴り上げると
一先ずの危機は去り、安全は確保される。きっと異常を察知した周辺住民の誰かが、助けに駆けつけてくれるはずだろう。――『彼』がそれまで持ち堪えられたらの仮定になるが。
カードに宿る幽霊のような存在である『私』にも分かる。このままでは助けが来る前に、『彼』の命は尽き果ててしまうだろう。『私』を守ろうとした代償に。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……! 『私』のせいで、『私』なんかがいたから……!
こんなにも近くにいるというのに、何もできない自分に嫌気が差し、声なき慟哭が『私』にだけ木霊する。無力感に苛まれながら、『彼』の最期を見届けることしか『私』には――。
「よ、かったぁ……よご、れてなくて」
『彼』の安堵した声が聞こえてくる。だが、既にその声に覇気はなく、瞳の焦点は合っておらず明後日の方向を向いていた。
声を発するだけでも辛いはずだろうに、『彼』の口は止まることはない。
「ごめ、んね……ずっと一緒にいてあげるってやく、そくしたのに」
――もう良いんです。喋らなくて。
「――もっと、あそ……びたかった、なあ……」
その言葉を最後に、『彼』は事切れた。『私』の大好きであった綺麗な瞳が、もう『私』を映してくれることは二度とない。
――こんな結末、到底納得できる訳がない……!
折れかけていた心に喝を入れ、『彼』の体から飛び出そうとしている『モヤモヤとした塊』を、『私』の意識が確立した時からずっと持っていた『箱』の中への収納を試みた。
『アレ』を手放したら、もう二度と『彼』に会えなくなる気がして。
……ただし、『私』は初めてのことで非常に焦っていたのだろう。ほんの『一部』ほど回収し切れずに、その大半は『私』の手の届かない場所に行ってしまった。
だからと言って、『私』にもう諦めるという選択肢は存在しない。遠くに行ってしまったのなら、『私』が迎えにいけば良いだけの話。
『箱』に収めることのできた『一部』との、か細い繋がりをたどっていく、長い、永い旅路が始まった。
この時になって初めて知覚した力を使い、カードでしかない体とともに。
ゴールの見えない無限螺旋。あれだけ強気に旅立った癖に、道中で何度も挫けそうになるも、その度に『箱』から感じられる温もりや残り香だけを支えに、『私』は立ち上がり続け――とある瞬間、ついには力を使い果たしてしまう。
無理が祟ってしまったのか、自力で動くことは不可能に陥る。さらには『彼』でもない人間に拾われ、二束三文で再びカードショップへと売られてしまった。
――こんな所で油を売ってる暇なんか、『私』にはないのに……!?
しかし、『私』の声を聞く者は単なる独り言――になることはなかった。
『――どうせ、お前も元の持ち主に捨てられた口でしょ?』
――は?
『私』の声に答えたのは、
――いきなり何ですか、貴女。初対面で失礼でしょう。それに『私』は捨てられた訳じゃありません。……色々とあって、一時的に離れ離れになっているだけです。
『私』の返答をどう捉えたのか、『同類』はクスクスと笑う。
『……へえー、その
どこまでも他人を馬鹿にしたような――あるいは、自分が傷つきたくないから、わざと突き放すような言葉遣いなのか。
どちらであったとしても『私』には関係ない。『彼』との思い出は『私』だけのもの。初めて会った『同類』とはいえ、その一片足りたとも共有してやるつもりはなかった。
状況の打開に繋がらないのであれば、これ以上の『同類』との会話は時間の無駄になるだけ。脱出方法の考案、検証を無数に繰り返していく。
そんな『私』の耳元で煽るように、何度も言葉を囁いてくるが無視をし続けた。
そんな『私』にとっても、『同類』にとっても無意味な時間がいくらか経過した。以前のように、『私』が売られてきた店に『彼』との再会の切っかけが訪れる奇跡を願いながら――。
だが、煩わしく止むことのない騒音の中に、決して無視をすることのできない台詞があった。
『――お前の『力』って、本当に不気味よねぇ。他人を自分の意のままに操る禁忌の力。自分に向けられると思ったら、怖いよねぇ、恐ろしいよねぇ。……だから、そんな『力』を持つお前を疎ましく思って、捨てたんじゃないの?
それに、たとえお前の妄言が事実だったとしても、その『力』が原因で今こんな場所にいることになってるんじゃあ?』
『私』が捨てられた。その事実だけは自信を持って否定できる。けれど、それ以外――特に最後の部分は概ね的を射ていた。
『私』がいたから……『彼』は死んでしまったのだから。精神にトラウマとして刻み込まれた、『彼』が力尽きる場面が瞬時に何度もリフレインされる。
思考が纏まらない。『私』が『彼』と同じ人間であったら――生身の体を持っていたら、胃の内容物を辺りにぶち撒けていただろう。
『同類』の嗤い声がどこか遠くのように聞こえる――いや、本当に遠くなっていた。気がつけば『同類』の姿はなくなっており、周りにあるのは『私』を除けばただカードばかり。誰かに買われたのだろうか。
それが良いことなのか、悪いことなのか、考える余裕すらない。静寂が、またもや『彼』が静かになる瞬間を想起させる。
あの『同類』の言葉の正しさを証明するかのように、『私』は誰にも買われることもなく、そもそも見向きもされることもなく。奥の方の棚へと追いやられ、時間の経過を象徴するように埃が積もっていく。
それに比例して自我が擦り切れていく。自分が自分でなくなっていく感覚。遠からず、『私』は周りに並ぶ紙切れと同じ存在へと堕ちるだろう。
いや、元に戻ると言った方が正確だろうか。どっちにしろ、『私』の死場はここになる。
ならば、それまでの時間は、『箱』に収められた『彼』の――。
「――みつけた」
――声が聞こえた。小さく、若干舌足らずな子供の声。聞いたことのないはずなのに、何故か懐かしさが胸の内から溢れ出す。
『目』を向ける。そこにいたのは、一人の幼女。だが、その表情には『彼』が『私』を慈しんでくれた優しさが。その瞳には『彼』が『私』に向けてくれた純粋さがあった。
その小さな口で、一生懸命に『私』の名前を呼んでくれた。
「――やっと、みつけた。おそくなって、ごめん。パンドーラー、迎えにきたよ」
――運命というものがあるとしたら、『私』にとってはこの邂逅以外あり得ない。
相変わらず、『彼』――現在は『彼女』か――は『私』の声が聞こえないことにがっかりし、宛のない旅路の果てに異世界に来ていたことに驚いたものの、今の『私』にとってはどちらも些事。
だって、『彼女』がすぐ傍にいるのだから。それ以上に幸福なことはないでしょう?
――だから、『私』は排除する。道具として、踏み台としてボロ雑巾になるまで利用してやる。『私』と『彼女』の幸せを阻もうとする奴は一人残らず。
……今度こそ、『彼女』と共に命果てる為に。ただ、もう一つだけ我儘を言って良いのなら、最期の瞬間までに一瞬だけで。一瞬だけで良いから『彼女』と一方的な独り言ではなく、直接お話がしてみたいなぁ。
『私』の可愛い、可愛い、愛しの――。
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